16節・2P


 もう一度、気合いを入れ直すと近くにある担架に寝かされている男の人に、恐る恐る近づいた。40代くらいの男性だ。

「すいません」

 返事がない。

「すいません、すいません」

 何度呼ぶが返事がない。亜紀子が近づいてきた。

「その人は、もう死んでるわ。次の人に聞いてみて」

「えー」

 恐怖が背筋を走った。死体を目の前にしたのは初めてだったのだ。

「こんな簡単に人は死ぬんだ」

 周りの人が死んでいる人を見ても、悲しんでない事にも驚いた。

「仕事だからしょうがないか?」

 また気持ちを取り直して、隣の人に移った。
次は、若い女性だった。自分と同じくらいの年の人が担架に寝かされていた。

「可愛そうに。私は両親がいないが、考えてみれば自分は五体満足に生まれたし、幸せな方かもしれない。今まで泣いてばかりだったけど、幸せを数えたら、いくらでもあるかもしれない。今まで不幸せばかり数えていたのね。自分も強く生きないと、そしてこの女性も助けないと」

 そう心の中で呟き、その女性に声をかけた。

「すいません。大丈夫ですか?生きてますか?」

「あー」

 弱々しい声が返ってきた。

「あっ」

 千絵は安堵した。

「どこか痛い所ありますか?」

「少し手を切ったみたいです」

「名前は何と言うんですか?」

「鈴木咲子です」

「連絡先を教えて下さい」

 それから千絵は、どんどん仕事をこなしていった。今までの弱い自分ではなかった。これからはパパが居なくても1人で頑張っていける。頑張っていれば、いつかはパパと会えるから。そう強く思えた。

 そして30名ほどの人の安否情報を確認していった。しかし、その間にも、どんどん人が運ばれてくる。その横で亜紀子や救命隊員が走り回っている。気を許せない状況だった。

 救命隊員が勢いよく、担架を運んで病院内に入って来た。

「この人すぐに手術しないと危ない状況です」

 救命退院が叫んだ。その言葉に、婦長が飛んできた。

「判りました。手術室に運んで下さい」

「はい」

 近くにいた看護婦が、その担架を手術室に運んだ。辺りはめまぐるしい速度で動いていた。もっと人が来て助けてくれればいいのに。千絵はそう思った。そのとき亜紀子が千絵に近づいてきた。

「まだ犠牲者は沢山居るみたいよ。今日は徹夜かもしれないから頑張ってね」

 その言葉に、千絵は気を引き締めた。

「自分が、ここでくたばったらどうなる。1人でも多くの人を助けないと」

 もうすでに夜中の1時を回っていたが、眠さなど微塵も感じなかった。と言うよりも、興奮していて活発に動いていた。そして次の人に声をかけた。

「すいません。大丈夫ですか」

 返事がない。千絵は不安になった。

「すいません」

 男の人の体を揺すってみた。そのとき、男の人の腕が担架から垂れ下がった。腕に力はなくダラーンと垂れ下がった。死んでいる人の腕だった。

「わー!」

 千絵は驚いて、床に尻を着いた。暫く呆然とした。気を取り直し、次の人にいったが、死体を見た後なので、声をかけるのに勇気がいった。

「い、生きてますか?」

 千絵の声に、男は顔をこちらに向けたので安心した。爆発による物なのか、男の顔は黒く汚れていて表情が判らない。目の焦点は合ってなく、朦朧とした感じだったので、千絵は少し恐怖を感じた。

「名前は何ですか?」

 朦朧として、返事がない。このままでは死んでしまうと思った。意識をしっかりさせないと行けないと思い、何度も揺すり起こさせた。

「連絡先を教えて下さい」

 大きな声で言ったが、返事がない。

「喋れますか?」

「娘が」

 その言葉にやっと返事を返した。

「娘さんが居ないんですか?大丈夫ですか?名前は何ですか?」

 意識がしっかりするまでは、何度も何度も聞いてみた。この人を絶対死なせては行けないと正義感が奮い立たせたのだ。

「館林です」

 男がボソッと言った。千絵は下を向いて書いていたペンが止まった。そして、男の顔を暫く凝視した。暫くして千絵の目からは涙が溢れていた。亜紀子に泣かないと誓ったのに、涙を抑えることが出来なかった。

「パパ。パパ、私よ。千絵よ」

 男は次の瞬間、朦朧とした目が、驚いた目に変わり、千絵の方を見た。先ほどとはうって変わって、男の目はしっかり、千絵を凝視していた。そして、次の瞬間、男の目から涙が溢れた。

「パパ会いたかった。ずっと探してたのよ」

 千絵の目からは涙が溢れていた。

「心配かけてご免な」

「そんな事いいのよ。パパとこうして会えただけで幸せだから。パパがいさえすれば、何も要らないのよ」

 安堵感で涙と鼻水で声にならなかった。

「これからは一緒に暮らそう」

「当たり前じゃない。やっと会えたのに、なんでバラバラに暮らさないと行けないの」

 千絵は、担架に寝かされているパパの腕をしっかり握りしめ、泣いた。

「もうぜったい離さない」

 今までの寂しさが、一気に吹き出した。握っている腕を離したくなかったので、何時までも握っていた。離すとパパは、何処かへ言ってしまうような気持ちになった。


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