11節・3P
披露宴の間中、千絵は楽しくなかった。松本が自分の元から離れていくと言う気持ちで、同じテーブルに座った人とも話す事もなく、1人沈んでいた。更にスピーチをしないと行けないと言う緊張感もあり、食事が喉を通らず、食事はほとんど手を付けなかった。
披露宴も順調に進み、中盤に進んだころ、緊張と悔しさがピークに達していた。そしてとうとう千絵のスピーチの番が回ってきた。
「それでは友人よりご祝福の言葉を頂戴したいと思います」
司会者がそう言うと、緊張した足取りで、千絵はマイクの前に立った。
「松本さん、彩子さん、おめでとうございます」
2人は笑顔で対応した。しかし千絵の目からは涙が流れた。これは松本が自分のもとから離れていく悲しい涙だった。しかし周りの人からは祝福の涙だと思われた。
「私は松本さんも、彩子さんの事も2人とも昔からよく知っている人たちで、2人とも大好きです」
千絵の祝福の言葉に、彩子は松本の方を見、顔をつきあわせて、ニコニコした。
「彩子とは子供の頃から、仲良くさして貰っていて、よく姉妹のように間違えられます。事情があり11歳の頃から彼女の家に住まわして貰っているのですが、豊かな生活をさせてもらっている事に感謝しています。時折喧嘩もするのですが、本当は仲のいい関係です。また中学の頃、一緒に行った遊園地は最高に楽しかったので、今でも忘れる事が出来ず、一生の思い出です」
千絵は喉を詰まらせて、一区切り空けた。そして、また続きを喋った。
「また松本さんの事も、私はよく知っていて、今でも大好きです。松本さんとの事もよく思い出します。楽しかった思い出ばかりです。2人で行った淡路の海は今でもよく憶えています。2人でのデートが楽しかった事を、今でも昨日のように思い出します」
そのとき会場内がざわざわし始めた。千絵の目からは大量の涙が流れていた。
「海で松本さんは、私に大好きと言ってくれましたね。そのとき私も、大好きと答えました。その言葉は一生忘れる事が出来ません。しかし今はあなたは私の元に居ません。彩子のそばにいます。あのとき言ってくれた事は本心だったのでしょうか?」
「誰かやめさせろ」
怒鳴り声が聞こえた。しかし千絵の耳には、その声が届かなかった。大量の涙を流し、マイクにしがみつき、次の言葉を続けた。
「最初につき合っていたのは私ですよね。それが、なぜ今、彩子と一緒なのか、私には判りません」
そう言うと大泣きになったが、マイクを離さなかった。係の者が取り押さえるが、千絵は手からマイクを離さず、最後のとどめを刺した。
「あのときの事を今でも信じて、私は待ち続けます。いつまでもいつまでも待ち続けます」
そう言うと、大泣きに崩れた。
会場内のどよめきは激しくなっていった。千絵も松本も慌てていた。パパ、ママは知らない事実を聞かされて、驚いている様子だった。
「結婚式がむちゃくちゃになるわ!」
彩子が怒っていた。
「結婚式で、あんな事まで言って恥かかせなくても。俺がふった事を根に持っているんじゃないのか」
松本も怒っていた。
係の者は千絵からマイクを取り上げ、千絵は大声で泣きじゃくり、うずくまっていた。披露宴に悪影響を及ぼすと思ったので、式場の外に連れ出した。
その後、司会者は明るく仕切り直した。
「それでは次は、松本さんの同僚である高橋さんによる歌です」