10節・10P


 とうとう3人で遊園地に行く日が来た。千絵は本当は行きたくなかったが、彩子に強引に連れてこられた。車の前には松本と彩子が座り、後ろに千絵が座っていた。千絵は彩子を見て、少し前までは私が、そこに座っていたのにと思った。そう思いながら終始うつむいていた。

 松本は彩子には見向きもせず、話しかけることもなかった。それが千絵にとって悲しく、辛いものになった。

「この前は、ご免なさい」

 彩子が松本に謝った。

「大丈夫、あのときは眠かったから、ちょっとしたことでイラッときて。俺も大人げなかったよ」

 2人は仲直りしていた。

「じゃー、私はもういいじゃない」

 しかし、後ろで静かに座っていると、切り出すことも出来なかった。途中で車を降りるわけにも行かないし。



 3人でジェットコースターの列を並んでいるときも、松本と彩子は楽しそうに話していたが、2人は千絵の方を見ることはなかったし、気遣う事もなかった。

「どうして千絵を呼んだんだ?」

「だって、この前喧嘩したから、気まずくなったらまずいと思って、呼んだのよ」

 松本と彩子はコソコソ喋っていたが、千絵に丸聞こえだった。その言葉は悲しみを助長し、その場を逃げ出したい気持ちにさせた。逆に松本にとっては千絵が居る事で、気まずさを助長した感じとなった。千絵は気まずい雰囲気に居たたまれない気持ちになり、暗く、押し黙っていた。

 松本と彩子はジェットコースターの前の席に座わり、千絵は後ろに座っていた。松本と彩子は楽しそうにはしゃいでいたが、千絵は全然楽しくなかった。急速度で突っ走るジェットコースターの中で彩子は叫んでいたが、千絵は静かに下を向いて、声を出せずに、恐怖を押し殺していた。

「ジェットコースター楽しかったね。次あれ乗ろ」

 彩子が松本に言い、千絵は、その後ろを暗く黙って付いて行くしかなかった。楽しいはずの遊園地も、こういう形で来れば地獄になってしまう。近くにあるベンチに、崩れるように座った。ストレスと言う錘(おもり)につぶされていた。

 彩子は後ろから付いてきてない千絵を見て、慌てて後ろに引き返した。

「大丈夫?」

 彩子は初めて、温かい言葉をかけてくれた。

「ごめんね。仲直りできると思ってなかったから、千絵を呼んだんだけど。申し訳ない」

「ちょっと疲れたから座ってる。2人で好きなの乗ってきて」

「うん、判った」

 そう言うと嬉しそうに松本の元へ走っていった。彩子にとっても千絵の事が少し重石に感じるようになっていた。自分が千絵を呼んだわけだが、仲直りした後では、重石以外のなにものでもない。こんなに簡単に仲直りできるとは思ってもいなかったのだ。

 ベンチでポツンと1人で座っていると、段々悲しくなり、涙が出てきた。千絵の前を通る人は、みんな笑顔に溢れれているのに、遊園地で暗くなっているのは千絵だけだった。

「本当は、私と松本さんで来るはずだったのに」

 仲がいいカップルを見ると涙が出てきた。そして2人の最初の出会いを思い出していた。

「お姉さん何か落としましたよ」

 と言われ、ハンカチを受け取り、目と目が合い見つめ合った。

「あのときは最高に幸せだった。あのときは、あんなに優しかったのに。どうして私を避けるようになったんだろう」

 彩子の嘘など知るよしもなかった。

「今度ディズニーランドに行こう」

 と言ったパパの言葉を思い出して、また悲しくなってきた。久しぶりにパパの事が思い出された。幸せなときは思い出さないが、辛いときはパパの事を思い出してしまう。そしてなぜか遊園地の予定を立てると上手く行かなくなる。

 彩子の声が近づいてきたとき、千絵は慌てて涙を拭いて、2人の事など気にしなかったように明るく振る舞った。

「あー、疲れた」

 彩子は千絵の座っている横にドサッと腰掛けた。

「さっきの乗り物、速いから腰が抜けたよ。あ、そうそう」

 と彩子は言いながら財布を捜した。

「千絵ちゃん、コーヒー3つ買ってきて」

「うん、いいよ」

 無理に明るく振る舞った。お金を貰い、勢いよく走り出し、2人が見えない所に行くと、苦しさから泣いていた。



 1ヶ月が経った頃、千絵は松本とのデートがないので、毎日帰りが早い。そして無気力になることが多かった。ボーと部屋の窓から外を覗いていると、松本と彩子が仲良さそうに腕を組んでいる姿が見えた。

「本当に遠い存在になってしまったのね」

 ポツリと言いながら、涙が溢れてきた。

 玄関が開くと、2人が入ってきた。ママが近づいてきて、驚いた表情を浮かべた。

「ママ紹介する、松本さん」

 彩子は明るく紹介した。

「まー、あなたが男の人を連れてくるなんて珍しいわ。さー、上がってちょうだい。お茶でも入れるわ」

「あ、そうそう千絵ちゃんも呼ばないと」

 ママはキッチンの方に向かおうとしたが、振り向いて言った。

「ママいいのよ2人にさせて」

「あ、そうね。ごめんなさい、気が利かなくて」

「後で部屋に、ケーキとお茶持ってきて」

「はいはい」



 彩子は自分の部屋に松本を案内し、少し照れた感じでケーキにホークを突き刺すと、松本の口にケーキを持っていった。

「松本さん、あーん」

 そう言うと松本はケーキをパクッと食べた。

「今度、私にして」

 その声は千絵の部屋にも漏れていた。千絵は床に座り込んで、耳を手で押さえ、聞こえないようにした。仲良さそうな声を聞くと、千絵は胸が張り裂けんばかりに苦しかった。

「でもこれで終わった訳じゃないんだ。勝手に諦める必要はないのよ。でも私は彩子のように積極的に出来ないから、あなたが、いつか私の下に戻ってくるまでは、私も彼氏を作らないし、いつでも戻ってくる準備をしているから、それまで待っているわ」

 そう思うと、悲劇のヒロインのように思えてきて、勇気が湧いてきた。

「あなたが、もう一度、私に振り向いてくれるまで、ずっと、ずっと、いつまでも待っているわ」


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