10節・4P


 いつものように松本は校門の前に待っていた。2人は建物から出てきて、千絵の表情は暗かった。

「ちゃんと言いなさいよ」

 彩子が千絵に厳しく言った。彩子は千絵の気持ちなど考えない悪魔のように見えた。しかし彩子はただ人の物がよく見え、人の物が欲しかったのだ。人の物はよく見え、それを欲しいと思っただけで、悪魔のような心を持っていたわけではなかった。

「いつも待たせてすいません」

 彩子はニコニコして言ったが、千絵の表情が暗いので松本は心配になった。

「昨日のお金まだ見つからないの?」

「あれは私が何とかしたんです」

 彩子がさっと横から明るく言った。千絵はその一瞬の隙をねらって、2人の間をすり抜けるように走って坂を下っていった。遊びだったなどと言うのは口が裂けても言えなかった。苦しくて、苦しくて、その場から早く逃げたかったのだ。

 松本は暗い表情で走り去った千絵を見て驚き、彩子に聞いた。

「どうしたの?」

「判らない?」

 彩子は笑って、言った。

「せっかくですから、2人でお茶に行きましょ」

 彩子はニコニコしながら言い、2人は喫茶店で腰を下ろした。

「心配だから彼女に電話してみる」

 そう言うと松本は電話をかけた。千絵の鞄の中からは発信音が鳴っていて、聞こえていたが、鞄から携帯を取り出そうともせず、ただ暗く歩いていた。いくら経っても携帯をとらないので、彩子はニタニタしながら言った。

「たぶん電車に乗っているんでしょ?」

「でも、今日はどうしたんだろ?」

「あの子、ああ見えてわがままなんです。何か気にいらないことがあると、すぐへそを曲げて話もしてくれなくなるんです」

「居候のみなのに、そんな事するの?」

「そうなんですよ。それにあの子のパパ、行方判らないって言ってたけど、本当は今、拘置所に居るんです」

 彩子はひそひそ声で言った。

「拘置所?」

「人を殺したんですよ」

「えー、人殺し!」

 出任せが次々に口をついて出てきた。

「千絵から聞いてないですか?」

「それは聞いてない」

「それは言えないですよね」

 彩子は笑っていた。松本は彩子の言葉を本気で信じていた。

「それにね、いつも私の物を欲しがるんですよ」

「そんな所、あるんだ」

「ママが2人にケーキを出してくれても、いつも私の方が大きいって言って、取り替えるんですよ」

「えっ!」

「今は猫かぶっているから、先輩も気を付けた方がいいですよ」

 松本が自分の口車に載ってきているのが判り、心の中では喜んでいた。さらに滑らかになった舌からは、自分でも信じられない事をどんどん口にするようになり、溢れる嘘の固まりに自分が一番驚く事になった。

「高校の時なんか、男をとっかえひっかえして、二股三股は当たり前なんです」

「そうは見えなかったな」

「純情そうに見せて、男が振り向くのを待つの。振り向くと興味なくなり、ポイッと捨てるの。それで私が何度尻ぬぐいさせられたことか」

「え、そうなの?」

「いらなくなると、後お願いって、私に面倒を見させるの。今回も松本さんの事お願いって、私言われたのよ」

「そんなひどい子だったの!」

「その証拠に、松本さんが連絡しなければ、千絵から連絡することはないわ。だから、もう千絵とは会わない方がいいし、連絡もしない方がいいわ」

 彩子は松本から千絵に電話をしないように歯止めを掛けた。後は千絵に歯止めを掛ければ、これで全てが上手く行く。そして松本が簡単に自分の口車に載った事に嬉しかった。また自分の嘘のうまさにも驚き、自分にもこんな嘘が言えるのかと再認識し、天才じゃないのかと思えた。このときは千絵の事を微塵も悪いと感じていなかった。いつも千絵の物を欲しがるので、それに慣れきっていたのだ。


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