8節・9P
休みの日。千絵はいつになく早く起き、出かける準備をしていた。綺麗な服に着替え、朝9時に玄関を出た。家の門扉に向かう階段を下りるとき、すでに松本の車が止まっているのが目に入り、千絵は門扉まで急いだ。慣れないハイヒールで上手く歩けず、ヨタヨタしながら階段を下りていった。その後を、慌てて彩子が玄関から出てきて、階段を下りてきた。千絵は気づいてない。
千絵が助手席に乗り込んだときに、彩子は運転席をノックしていた。
「今日は、どこ行くんですか?」
彩子は笑顔で、松本の方を見て、聞いた。
「もういいよ、早く引っ込んで」
彩子に気づくと、助手席に座っている千絵は横から恥ずかしそうにした。
「千絵をよろしくお願いします」
「任しといて」
松本は彩子の方に笑顔を向けると、車を走らせた。千絵は安心し、シートベルトをした。
「ほんと、すいません」
千絵は困った顔で言った。
「楽しそうでいいじゃない」
千絵はそんな事無いといった顔をした。
「まだ手を振っているよ」
「えー!?」
バックミラーに千絵が手を振る姿が映っていた。千絵は慌てて、身を乗り出して後ろを見ると、彩子が手を振っている姿が見えたが、もう付いてこれないと思うと、優越感の笑顔を見せた。
「彩子さん、面白いね。いつも家は賑やかで、楽しいんじゃない」
「松本さんが、カッコいいので興奮して居るみたいなんです」
「でも俺は、彩子さんより、千絵の方が好きだな」
松本は照れくさそうに言った。
千絵は好きだと言ってくれた事の嬉しさと、照れくささで下を向いた。
「ああ言う積極的な子より、控えめな千絵の方が好きだな」
千絵はまた顔を赤らめた。しかし言った方も照れくさそうにしていた。照れくささを隠すために、千絵に質問をぶつけた。
「俺は千絵のこと好きだけど、千絵はどう思う?」
「どおって?」
恥ずかしさのあまり、突っ張った返事しかできなかった。
「俺も言ったんだから、ちゃんと言ってくれないと」
「うん。私も好きよ」
千絵は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして、下を向いてボソリと言った。
「何、聞こえなかった」
松本はニタニタしながら、少し意地悪なことを言った。
「私も好き」
更に下を向いて、恥ずかしそうな顔をして、少し大きめに言った。
「聞こえない」
「私も好き」
3回目となると大きな声になっていた。窓を閉めてなければ、そこら中に聞こえる声になっていて、千絵はまた恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
メリケンパーク近くの中突堤から出ているパルデメールに乗り、神戸港のクルーズに向かった。中はアールデコ調のインテリアにまとまられていてる。
オリエンタルホテル、ホテルオオクラを背に船は動きだし、モザイクガーデンの遊園地を通り、明石海峡大橋に向かった。海から見える景色は、普段陸から見ていた景色と少し違って見えた。
レストランに着くと、豪華ランチが振る舞われた。
「予約してたんですか?」
「君のためにね」
千絵は照れた。
運ばれてきたステーキをナイフで切り、口に入れた。好きな人と一緒にいれて、豪華な食事をしている事に幸せを感じた。豪華さの中にいると、自分の気持ちまで豪華になったように思え、幸せに包まれているとような感じがした。今までの不幸な人生を忘れる事が出来、夢の世界に浸れることが出来た。
「勉強はどう、ついて行けてる?」
「今のところは、大丈夫」
「もし判らない所があれば、俺に聞いて。多少は教えられるかもしれないから」
2人は笑った。これで勉強の事も心配ないし、大学生活は思いっきり楽しめそうな予感がした。
「私にも、春が来たんだわ。神様は見捨てなかったんだわ」
心の中でそう呟き、喜びを噛みしめた。
「食べたら、デッキに行こう」
「はい」
千絵は素直に答えた。
2人はデッキの先頭に、仲良さそうに寄り添って立ち、ここちいい風が髪をなびかせていた。松本が千絵の肩に手をかけ、更に引き寄せると2人は密着して、幸せな笑みを浮かべていた。
「風が涼しくて、気持ちいい。私、今までで一番幸せよ」
今まで不幸の連続だから、自分にこんな幸せが来るとは思っても見なかった。
「俺も幸せ。千絵と一緒に入れるなんて、世界で一番幸せかもしれない」
松本が更に千絵を引き寄せ、周りに人がいないことを確認すると、軽くキスをした。しかし千絵は唇を離したくはなかった。この幸せをいつまでも噛みしめていたかった。30秒くらい唇をくっつけた後、唇を離した。
千絵は顔を赤らめ、頭を松本の肩にもたれ掛かり、小さく呟いた。
「私、幸せ」