5節・8P
2人は中学3年生になっていた。リビングで革張りのソファーに座り、仲良く勉強していると、ママはキッチンからケーキと紅茶をお盆に載せて、運んできてくれた。
「頑張ってるね」
そう言うとケーキと紅茶を置いて、出て行った。彩子は鉛筆をテーブルに置くと、
「ケーキ食べよう」
彩子は千絵に笑顔で言った。
「うん」
千絵がケーキにホークを入れ、食べようとすると、彩子が言った。
「そっちの方が大きそう」
「えー、一緒よ」
「絶対、そっちの方が大きいよ」
「一緒よ」
「交換して」
「あなたいつも私の欲しがるのね」
「私のって、どっちも私のママが買ってきたんじゃない。あんたのママ死んだんでしょ」
そう言われると、千絵はホークを置き、泣き出した。彩子の言う事は正論だが、一番触れて欲しくない事だった。千絵は昔の思い出が走馬燈のように蘇ってきた。病院で死んだ母の顔を見たときの事が思い出され、その日の夜パパと公園で寝たこと、次の日お腹が空いているのを我慢して三宮まで歩いたこと、後藤家の庭で寝て、それがばれたときはドキッとしたが、その後食事を戴いたときは嬉しかった。そしてママに次いで、パパも出て行き、自分1人になった事が思いだされ、涙が溢れてきた。この年で両親がいない、その悲しみを彩子は体験してないので、千絵の気持ちをくみ取る事が出来なかったのだ。
千絵は泣きながら、走って自分の部屋に戻った。交代に、ママは騒ぎに気づき飛んできた。
「どうしたの?」
彩子が膨れている顔を見て、ママは喧嘩したのだろうと察した。
「何言ったの?」
「あの子がケーキ交換してくれないから、あなたのママ死んだんでしょって言ったら、泣き出したのよ」
「それは言っては行けない事よ。あの子に謝りなさい」
「交換してくれない、あの子が悪いのよ」
彩子はふて腐れていた。
「私、あの子と一緒に住むの、もう嫌」
「そんなこと言わないの。あの子はね、幸せに暮らしてたんだけど、ある日パパが人の借金を背負うことになって、家を追い出されたのよ。そして安いアパートで住んでいたら、ママはカビにやられて死んでしまったの。そしてパパも出て行って、行く当てがないのよ」
ママは彩子に諭(さと)すように叱った。
「あなたが同じ立場なら、どう思う?」
彩子は、それには返事をしなかった。
「可愛そうな子なのよ。パパが戻ってくるまでは、一緒に仲良くしなさい」
声に出さずに、渋々納得した。
「判ったら、謝りに行こ」
優しく諭し、2階に上がると千絵の部屋のドアをノックした。
「はい」
千絵は泣きながら、返事をした。ドアを開けると、千絵はベットの中でうずくまっていて、背中を丸くし、体を震わせて泣いていた。
「さっきはご免ね。この子がわがままばかり言うから」
布団をかぶったまま、顔を出さなかった。布団の中からは、千絵の引きつりながら泣いている声が聞こえた。
「ほら謝りなさい、彩子」
「ご免ね、千絵ちゃん」
「うん」
声を引きつりながら返事をした。
「ちゃんと仲直りして」
彩子は黙っていた。そこで母は、助け船を出し、仲直りもかねた提案をした。
「今度の日曜日、仲直りに遊園地でも行こ」
「ほんと!」
喜んだのは彩子だった。
「今まではパパが忙しく、あまり遊びに連れて行ってあげれなかったけど、今度は本当に行こう」
その言葉に効果あったのか、千絵は布団から顔を見せ、引きつりを抑え、泣くのをやめた。
「彩子のこと、許してあげてね」
「うん」
涙を拭いながら返事した。