5節・4P
ある日、千絵は夜、勉強を終え、部屋の奥にある風呂から出てきた。髪をタオルで拭きながら、2階の廊下を歩き、自分の部屋に向かっていた。廊下を歩いていると、リビングのソファーに座っているパパとママの喋り声が耳に入った。
「あの子、いつまで面倒見るの?」
ママの声だった。
「あの子のお父さんが戻ってくるまでだよ」
「でも、いつ戻ってくるか判らないわよ。もう3年にもなるのに、何の連絡もないし、もしかしたら、自殺してるかもしれないわ」
その言葉を聞いて千絵は真っ青になり、2人に気づかれないように身を隠した。
「あの年で追い出すのは可愛そうだよ」
「孤児院に連れて行くのは、どう?」
千絵は不安になってきた。
「あの子、1人育てるくらい、たいした出費でもないだろう」
パパは怒った口調でママに言った。
「まあ、そうだけど」
千絵は2人に気づかれないように静かに廊下を歩き、静かにドアを開けると、部屋に入り電気も付けずにベットに潜り、布団を頭からかぶった。ママがあんな風に考えていたなんて、ショックだった。普段は優しく接してくれるママが、本当は自分を邪魔扱いしている事に気づいたのだ。孤児院に連れて行かれたらどうしよう。自分に安住の地など無いことに気づいた。
「パパ早く帰ってきて。そして私を迎えに来て」
それが一番の頼りの綱だった。泣きながらお願いした。
「それとも彩子のママが言っていた通り、パパ死んじゃったの?」
3年も何の連絡もないし、死んでいるように思えてきて、考えれば考えるほど悲しくなってくる。
「全ては田中さんが失踪したのが原因なのよ。田中さんが借金を背負って、どうして私の家族が犠牲にならないと行けないの。あのとき、パパが保証人にならなければ、こんな事にはならなかったのに。あのことで、家族はむちゃくちゃになった」
幸せだった頃を思い出すと、悔しくなってくる。田中さんのせいで家族がむちゃくちゃになったことを考えると、腹が立て来る。でも、もう過ぎた人生は戻ってこないのだ。また枕を濡らして、眠りについた。寝ているときが一番幸せなのかもしれない。