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「おはよ〜う」
早苗が学校のカフェに入ったとき、残りの5人は既に座っていた。
「おはよ〜」
元気な早苗の態度に、みんなも挨拶を返した。広瀬は早苗の笑顔を見て嬉しかった。昨日の暗い表情とは裏腹に、今日は明るかったので安心したのだ。早苗はコーヒーの紙コップを持って、ニコニコしながら広瀬の隣に座った。
「お前らいいな。仲良くって」
関洋一がそう言うと、
「ふゅ〜、ふゅ〜」
みんながからかったので、早苗は笑顔を見せながら、恥ずかしそうに下を見た。そのとき早苗は、自分はみんなに守られているんだと言う事を再確認できた。
早苗は、いつものように女同士で固まって授業を受けていた。みんなに守られている事を実感できたが、昨日の父が怒った事がサッと脳裏をよぎり暗い表情に変わった。父に広瀬と別れろと言われたとこを思い出すと、悲しくなってきた。早苗は広瀬の事が好きなので、それを言われると悲しくなってくるし、父の事だからまた言ってくると思うと暗くなってきた。父は間違いを認めるタイプではなく、一度言い出したら引かないのを知っているから、暗くなっていく。もし父が娘の気持ちを受け入れる優しさがあれば、早苗はこんなに悩まなくても済んだのだ。
「どうしよう」
そう心の中で呟くと、先生の話は耳に入ってこず、目はうつろで涙が出そうになってきた。更に昨日料理をひっくり返された事を思うと、悲しくてたまらない。
「どうしてうちの父は、ああいう性格なの」
どんどん暗い気持ちになっていく。
「家には帰りたくない」
そう思っても、帰るところも無かった。そのとき大粒の涙が目からこぼれた。
隣に座っていた小泉絵美は、様子がおかしい早苗に気づいた。
「どうかしたの?」
そう言われると早苗は慌てて涙を拭いた。
「うううん。何もない。昨日見たドラマの事、思い出して」
そう言うと、その後の小泉絵美の言葉を無視して、一心不乱にノートをとった。それを見ていた小泉絵美は不安そうな表情を浮かべた。
授業が終わると早苗は暗い気持ちで、広瀬と話すことなく1人でトボトボと家路を歩いた。広瀬を無視して1人で帰ったのは、広瀬と別れる努力をしての行動だった。1人で歩いていると、どんどん悲しくなってきて、自然に涙も溢れてくる。父の鉄のような頑固な性格を考えると、悲しくなるばかりで、俯(うつむ)いてアスファルトを見ながら、トボトボ歩いていた。
そこに慌てて広瀬が駆けよってきた。
「どうしたの?」
広瀬は1人置き去りにされた事に少し怒っていた。
早苗は慌てて涙を拭くと、とびっきりの笑顔を広瀬に向けた。広瀬には悲しい気持ちを見せたく無かったので、暗い気持ちとは裏腹に笑顔を見せた。早苗が悲しい表情をしていたのに、態度が一変した事に広瀬は少し戸惑った。
「ちょっと急ぐ用があったので、広瀬君に言う暇もなかったから」
と明るく言った。広瀬はその言葉に納得するふりをしたが、しかしそれまでに言う事も出来たし、トボトボ歩いている姿を見て、急いでいる風にも見えなかった。早苗が無理しているように見えたのだ。
「それなら途中まで一緒に帰ろう」
「うん」
広瀬の言葉に、またとびっきりの笑顔を向けた。
「私ね、みんなに守られている感じがして嬉しいの。広瀬君にも守られている感じがするし」
早苗は楽しそうに喋り出した。その明るさに、広瀬は戸惑い、さっきまでの暗い感じとは裏腹に、明るく振る舞っている早苗が不自然に思えたのだ。
「あ、そうそう、さっきの授業難しかったね。私の頭ではさっぱり判らないよ。あっ、夏休みは何処行く?・・・。昨日面白いテレビしてたけど見た?何か楽しい気持ちになってきた」
1人で楽しそうに喋っている早苗を見ると不自然にも思い、明るくなった早苗を見て戸惑っていたが、次第に安心してきた。暗くなっていく早苗を見ているのが嫌だったので、明るくなった事に安心したのだ。そして2人は手を繋いで、寄り添い仲良く歩いた。
「今から飲みに行かない?」
早苗は突然、広瀬の顔を見ると、笑顔で言った。
「え!用事あったんじゃないの?」
「用事はいいの。またいつでもいい用事だから」
「じゃー、飲みに行こうか」
広瀬も嬉しそうに返事をすると、すっかり明るくなっていた。
「カンパーイ」
2人はカルピスハイを片手に持ち、乾杯をした。2人の入った居酒屋はカントリー風で、落ち着いた雰囲気だ。天井には黒い太い梁が店の端から端まで繋がり、横の梁と交差していた。照明が薄暗いが、店内は明るい雰囲気で、200人が一度に入る事が出来、賑わっていて、6人掛けの木のテーブルに、長い木の椅子が、いろいろな方向を向き無秩序に並べられていた。
早苗は手に持ったカルピスハイを一気に飲むと、顔は真っ赤になった。父との嫌な事を忘れる為に一気に飲み、酔った勢いで、明るく振る舞った。
「早苗さんは、普段よく飲むの?」
「私は、普段そんなに飲まない。広瀬君は?」
「僕も、あまり飲まないな」
早苗は唐揚げを食べながら、2杯目のカルピスハイを飲み干した。
「もう2杯目じゃないの。そんなに飲んで大丈夫なの?」
「何か楽しくなってきた。広瀬君といると楽しい気持ちになれるから」
そう言われると広瀬も嬉しくなった。
「今日は、飲もう」
「広瀬君の住んでいた金沢はどんな所?」
「金沢は綺麗なところだよ。特に雪の兼六園が綺麗かな?」
「あっ、兼六園、写真で見た事あるけど綺麗なところね。今度、私も行ってみたいな」
「じゃ、今度一緒に行こう。大阪からサンダーバードで3時間くらいで着くから」
「へー、意外と近いんだね」
「うん。近いよ。金沢からだと高山、下呂温泉、世界遺産の白川郷にも近い」
「あ、そうなんだ。いいな有名な温泉地が近くにあって」
「後、富山にも近いからホタルイカ、寒ブリは最高に美味しい」
「あっ、冬のブリ大根は私も好き。やっぱり寒いところで食べる、新鮮なブリ大根は美味しいんだろうね」
「それは美味しいよ」
広瀬は笑顔で言った。早苗は暗い気持ちにならないように、テンションを上げる為に、酎ハイを何杯も飲んでいた。
5杯目の酎ハイを飲み干したとき、朦朧とした意識の中で、昨日父に、「広瀬と別れろ」と言われた事、料理をひっくり返された事が脳裏をよぎった。そして一瞬にして暗い表情に変わったかと思うと気分が悪くなった。
「大丈夫?」
苦しそうにしている早苗の顔を見て、広瀬は焦った。そのとき早苗の上半身の力が抜け、テーブルに顔を埋めた。そして広瀬は更に焦った。
「おい大丈夫か!?」
広瀬は心配そうに叫んでいるのが、もうろうとした意識の中で聞こえた。
飲み過ぎた苦しさより、父の性格が嫌だった。それを忘れる為に飲んだのに、苦しさと共に、嫌な事が思い出されてきた。そして苦しさと、父の嫌な思い出が交互に早苗を襲ってきた。「苦しい、死にたい」
そう心の中で叫んでいた。早苗はテーブルに顔を埋めたまま、息が荒くなるのを見て、広瀬は焦った。
「大丈夫か?」
広瀬は必死な形相に変わっていた。そのときの早苗の苦しみを広瀬は判るはずもなかった。
広瀬は心配そうな顔をしながら、早苗の横に座り、背中をさすった。
「このまま何かあったら大変だ。元気出してくれ!」
広瀬は必死に訴えていた。
「すいません、お冷や下さい」
広瀬が店員に言って、持ってきて貰った。
「これ、飲んだら、少しましになるから」
言われるままに早苗は氷で冷えた水を飲んだ。少しずつ飲んでいると、気持ち悪いのがましになってきた。
「チョッと飲み過ぎたんじゃない」
「ごめんなさい」
早苗は嫌な事を思い出したくなかったので酒を飲んだのに、それを広瀬には言えなかった。
「本当にごめんなさい」
大分楽になったのか、広瀬に謝った。その言葉を聞いて、広瀬は胸をなで下ろした。
「もう、帰ろうか」
「はい」
素直に返事をした。しかし早苗は家に帰りたくなかった。あの分からず屋の父が待っているかと思うと、このままここにいたかったのだ。
早苗は、すっかり気分は元通りになったので、広瀬も嬉しくなった。2人は手を繋いで、早苗の家まで送った。2人は無言で歩いたが、早苗の表情には笑顔が浮かんでいた。横に広瀬が居る事が幸せだったのだ。
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6へつづく |
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