TOP > 小説 > トゥール・ド・神戸


食事を終えると2人は関西国際空港行きのバス停に向かった。JR三ノ宮駅のすぐ南にあり、15分間隔で発車し、関空まで70分で結ぶ。バスを待っている行列の後ろに並び、15分待って乗れた。


「これでひとまず安心ね」

「うん。まだ飛行機の離陸まで時間があるから余裕がある」

「コンビニでホットコーヒー買ったから、飲もうか?」

「うん」

 そう言うと香代はコンビニの袋からコーヒーを取り出し、山崎に渡した。

「あっ、ホッとする」

 山崎はコーヒーを一口の飲んで言った。

「ほんとね。毎日のようにコーヒー飲んでいたから、コーヒー飲まないと何か落ちつかない感じがする」

 そう言うと見つめ合って、笑った。

「この1週間から10日間は、ほんとに楽しかったな」

「私も楽しかった。何処が一番楽しかった?」

「そうだな。1番って言うのはないよ。全部良かった。カフェに行ったり、レストランに行ったり、三宮を歩いたり、全部が楽しかった」

「そうね。1つに絞るのは難しいね」

「最初に行ったインド料理のレストランよかったな」

「あのインド人が明るいし、親切だったね」

「あの時は、香代と会った最初の日だったから緊張して、上手くできるか心配だったけど、あのインド人の明るさに救われたよ」

「そうだったの?そんな緊張している風には見えなかったけど」

「香代は、緊張してなかった?」

「私は、誰とでもすぐに仲良くなれる性格なので、そんなに緊張はなかったかな」

「へー、羨ましいな」

 そう言うと見つめ合って、笑った。

「明るいと言えば、ドイツ料理のレストランもよかったね」

「あっ、そうそう。すごく活気があったね」

「人も多くて、店も広くて、天井も高くて」

「ウエイトレスは、大量のジョッキを両手で掴み、忙しそうに動いている姿はドイツみたいだったね」

「とにかく活気に満ちあふれていたね」

 2人は思いでの世界に浸っていた。

「料理も美味しかったね」

「そうそう。ソーセージも、ビールも美味しかった」

「ベトナム料理の店も雰囲気良かったね」

「個室になっていて、アジアンテイストで」

「象の置物とか、壺とか、小物まで全てアジアンテイストでよかった」

「さっき行った洋食の店も雰囲気良かったよ」

「そうね。昔の雰囲気に浸れて、なんかタイムスリップしたみたいで、くつろげた」

「他、韓国料理も、タイ料理も、中華も、え〜と」

「フレンチも」

「あ、そうそう。全部良かったよ」

「今回初めて食べた物も、一杯あった」

「僕は初めてというか、全部初めてだったと思う」

「そう。私も全部初めてだったと思う」

 また2人は見つめ合って笑った。

「また食べたいな」

「私も、また食べたい」

「今度、僕がアメリカから帰ってきたら、また行こう」

「そうね。それにまた新しい店、見つけておくから」

「うん。それは楽しみだ」

 高速バスは既に大阪に差し掛かっていた。

「カフェで一番良かったのは、昨日も言ったけど、やっぱりカフェ・ド・ドルチェかな」

「すごく豪華だってね」

「カフェロワイヤルとオペラもよかった」

「昨日行ったカンパネラもよかったね」

「パンが美味しくって、あの値段で、ちょっと信じられないけど」

「ほんと、全てが良かったね」

「何か全てがいい方向に進んでくれたって感じで」

「山崎君が居てくれたから、いろいろ楽しい思い出が出来たと思う」

「でも今までの経験で、こんなに上手く言った事な無かった思う。やっぱり香代が居てくれたから、上手くバランスがとれたのかも知れない」

「そんな事無いよ。山崎君がほとんど考えてくれて、連れて行ってくれて」

「僕は香代と相性いいのかもしれない。だから、こんなにも上手くいったんだと思う」「じゃー、結婚すると上手くいくかも知れないね」

「うん。きっと上手くいくと思う」

 香代は嬉しそうに微笑んだ。

「神戸廻るの1週間くらいかかると思ってたけど、9日間滞在して廻ったのは三宮近辺だけで、全然日数足りなかったよ」

「西へ行けば須磨、明石もあるし」

「明石海峡大橋や、明石の玉子焼きも食べてみたかった」

「それに明石の鯛や蛸も有名」

「食べ物ばっかりだね」

 そう言うと2人は笑った。

「そう。明石海峡を渡れば、淡路島はすぐだし。少し足を伸ばせば四国にだって行ける」

「へー、四国ってそんなに近いんだ」

「橋が出来るまでは、四国は遠かったけど、今は高速バスも沢山走ってるしね」

「便利良くなったね」

「北に行けば六甲山、有馬温泉も近いし」

「そうだね。有馬温泉も行きたいね」

「でも六甲山の裏だけどね」

「後、近くに何がある?」

「後は、大阪も近いよ。JRだと20−30分くらいでつくし」

「へー、大阪とそんなに近いんだ」

「大阪行くまでに、芦屋、夙川、西宮、尼崎って言う所もあるよ」

「へー、全部廻るんだったら住まないと行けないね」

「そうね。将来住めば」

 香代がニコニコして言うと、山崎もつられて笑った。

「南に行くと何処に行くの?」

「南はね、少し遠いけど和歌山」

「今向かっている関空も、和歌山に近い」

「へ〜。でも今日は無理だな。また機会があれば行きたいな。後、京都にも行ってみたいな」

「京都は神戸からJRで1時間くらい」

「あ、そんなに近いんだ」

「うん。でも京都は広いから、またそっちでも廻るのに時間かかるよ」

「へ〜、本当に住まないと行けないね」

 また2人は笑った。

「でも最初の出会いは衝撃だったね」

 山崎は香代との最初の出会いのことを思い出しながら嬉しそうに言った。

「そう、そう。カフェのドア開けようとしたら、山崎君が先にドア開けたから、私は雪の上にひっくり返って」

「そう、そう。偶然と言えば偶然だけど、衝撃的な出会いだったね」

「それも雪降る日に出会ったって言うのが衝撃的だったね」

「あんな偶然もあるんだね」

「韓国じゃ、初雪の日に出会った人とは恋が実るって言うらしいね」

「実るって言えば、僕たちも半分実ったも同然ね」

「そうね。山崎君がアメリカから帰ってくるの待ってるからね」

「約束は守るよ」

「最初にあったとき山崎君は、私の第一印象どうだった?」

「可愛いと思ったよ。小柄で、タイプだった」

 香代はニコニコしながら、山崎の目を下から覗き込んだ。

「そう言う、香代はどうだったの?」

 そう言われると恥ずかしそうにして、そのときのことを思い出していた。山崎が手を差し伸べてくれ、山崎と目があったときは衝撃が走り、見つめて目を離すことが出来なかった。そして自然に山崎の手に、自分の手を載せていていた。山崎が引き寄せるまま、身を任せて立ち上がった。そのときの優しい手の感触、優しくすっと引き寄せてくれた事を思い出して、顔を赤らめた。

「それは・・・」

 香代は恥ずかしそうにして、口ごもった。

「何?」

「私も山崎君の事、いいと・・」

「何って?」

「私もいいと思ったよ」

「本当に?」

「本当よ」

 香代は恥ずかしそうにしていた。

「でもあの時の香代は下を向いて、お尻を濡らして、可愛かったよ」

「ほんと?」

「ほんとうだよ」

 高速バスは関空に架かる橋を走っていた。香代は嬉しさで恥ずかしそうにしていたが、そのときのことを思い出して泣けてきた。横で香代が静かになったと思ったら、静かに泣いていたのだ。

「あれ、どうしたの?」

「なんか出会ったときのことを思い出してたら悲しくなってきて」

「・・」

「出来たら、またあの時に戻りたいね」

「そうね。また出会った頃から始めたいね」

「やっと知り合えて仲良くなれたのに、また1人になってしまうのが寂しい」

「でも1年なんかすぐに経つよ」

「これから、また1人で過ごすのは寂しい」

 香代は涙を拭きながら答えた。

「アメリカ着いたらメールするから」

「うん」

 香代は涙を拭いて、笑顔で答えた。

「もう関空着いたみたい」

 そのときバスは空港のバス降り場に停止した。

「速かったね」

 

 高速バスを降りると2人は手を繋ぎ、静かに歩いた。山崎はチェックインをし、鞄を預け、その間も香代は一歩下がって静かに着いてきた。山崎の腕にしっかり掴まり、もう別れたくないと言う気持ちを込めていた。

 搭乗ゲートまで向かうと、まだ時間があったので、2人は搭乗ゲートの前でぎりぎりまで時間を一緒に過ごした。もう2人の間には話しはいらなかった。まったりとした空気だけが流れていた。もう搭乗ゲートを通らないと行けないアナウンスが流れたとき、香代は寂しそうな表情を浮かべた。その香代の気持ちを察して山崎は香代をグッと抱きしめた。香代は体の力を抜き、身を任せるようにして山崎の胸に顔を埋めた。その瞬間、香代の目からは涙が流れた。

「もう、お別れなんだ」

 そう心の中で呟いた。山崎はここでキスしたかったが、人が大勢通る所だったので、それは控えた。1分ほど抱き合い、もう時間の限界だったので、香代から離れると搭乗ゲートを通った。香代はそれを悲しそうな目で見ていたが、山崎は焦っていたので、すぐにゲートの中に身を収めた。山崎が見えなくなった後も、香代はジーッとゲートを見つめていた。人のいなくなった寂しくなったゲートの前をジーと見ていた。そこに山崎が慌てて戻ってきて、笑顔で言った。

「アメリカ着いたら、メール送るから」

 そう言って、大きく手を振った。その瞬間、香代も笑顔で手を振った。そして、その後も香代は暫く搭乗ゲートの前で立っていたが、山崎が戻ってくることはなかった。その後、空港のベンチに座り、飛行機が飛び立つまで待っていた。時計を見ながら、ボーと待っていた。

そして腕時計の針が、飛行機の飛び立つ時間を差したとき、香代はベンチを跡にした。 


おわり
最後まで、読んで頂き有難うございました。

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