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   6

 

 山崎は朝7時に起き、鞄に荷物を詰めた。

「ここのホテルも、もうお別れか」

 そう思うと、しみじみした気持ちになった。

「寝に帰ってきただけだったな。もう少し、ホテルでゆっくり楽しめば良かった」

「最後に風呂でも入るか」

 湯船に浸りながら香代との楽しい思い出を思い出していた。

「神戸に来て、もう7日目になるな。早かったな」

 香代の楽しそうな笑顔、キラキラした目、小柄な体、手を繋いで歩いたこと、キスをしたことなどが思い出された。

「明後日には、神戸を出ないと行けない」

 そう思うと、何か悲しくなってきた。

 

 香代はこの日、8時に起きた。香代も朝から風呂に入り、山崎の楽しい思い出を思い出していた。離れていても、心は繋がっていたのだ。

「知り合っての5日間は、本当に楽しかった。最高に幸せだった」

「でも後、2日で居なくなるのね」

 そう思うと涙が出てきた。

「行かないで」

 そう言いたいが自分には、そんな勇気もないし、山崎君の夢を壊すのも悪いので、胸の内に仕舞うことにし、涙を湯船のお湯で洗い流した。

 

 山崎はガイドブックを見ながら、まだ行ってないメリケンパークとハーバーランドに行ってみたいと思った。メリケンパークは元町駅を南下した所で、旧居留地からもそんなに遠くはない。ハーバーランドは神戸駅を南下した所だ。しかしメリケンパークからハーバーランドは対岸で、簡単に行き出来、そんなに遠い距離ではない。でも香代の家からだと、どんどん遠くなっていっている。家から歩いて30分くらいはかかるだろう。メリケンパークまでは遠いので、少し手前のJR元町駅で待ちあわせするメールを送った。

 香代が風呂を出て髪を乾かしていると、メールが届いた。

「JR元町駅に9時半に」

 目を輝かしながらメールを読んだ。

「元町ね!判った」

 返事を送った。

「泣いても笑っても、一緒にいれるのは後2日間ちょっとだけだからね。その間は思いっきり楽しもう」

 楽しい気持ちで髪にドライアーをあて、髪を整えた。

「今日も、大人っぽく決めるか」

 そう言うと紺の膝丈のスカートを穿き、ピンクのウールのセーターを着て、黒のロングコートを着て、ブーツを履いた。ロングコートは腰の所で紐で縛るように出来ている。そしてトレードマークの白のニット帽、白のニットのマフラー、白のニットの手袋をした。大人っぽい格好をしながらも、まだ可愛らしさも残っていた。時計を見ると9時前だったが、女の子なので歩くのは遅いから、もう出ることにした。

 北野坂をトボトボ下っていると、また山崎の事が思い出された。

「山崎君と知り合って、この道も何回歩いただろうね」

「山崎君がアメリカに行ったら、やっぱり悲しくなる」

 そう思いながら、何度も見る景色を見ながら、元気が出ずトボトボと歩いた。香代の明るい性格にも、ときどき陰りが見え始めた。

「今日は本当に1日、明るく過ごせるかな」

 朝から暗くなりがちで心配になってきた。JR三ノ宮まで歩くと、その後は高架沿いに元町まで歩いた。元町駅東口のコンコースに着いたのは9時20分だった。歩き慣れているし、下り坂だったので早く歩けた。

 先に着いたので駅のコンコースにある太い柱を背にして悲しそうに立っていた。待っていると悲しくて、寂しくて、不安になってくる。しかし山崎はなかなか現れない。1人で待っていると、悲しくなり、うつむき加減になり、ずっと下ばかりを見ていた。

 

 山崎が現れたのは9時30分を5分過ぎていた。

「ごめん、ごめん、チェックアウトに手こずって」

 大きい鞄を背中に担いで笑顔で現れたときは、香代の顔は瞬間に笑顔になった。明るくできるか心配していたが、山崎の顔を見た瞬間、安心したのと、見慣れた顔を見たので笑顔になれた。山崎の笑顔は安心感を与え、香代の不安を氷解してくれたのだ。これで1日、明るく過ごせそうな気持ちになった。

「ううん。大丈夫、今来たところだから」

 香代は飛び切りの笑顔で嘘を付いた。香代はいつもの明るさを取り戻し、山崎の顔を見るなり、いきなり腕を組み、好きだと言うことを体で表現した。飛びきりの笑顔を浮かべ、ジーと山崎の顔を見ながら、組んだ腕をぐんぐん山崎の方に押していった。すっかり明るくなっていたのだ。

「これから、ど・こ・い・く?」

 と、明るく訊ねた。

 2人は腕を組んで、JR元町駅を少し南下し、香代が引っ張っていく感じで元町商店街を西に歩いた。暫く歩くと「カンパネラ」と書いた店に入った。

 

 広い店内。1つの丸テーブルに、ゆったりとした肘かけようの大きな椅子が2つずつ向かい合わせに並べられていて、それが奥まで続き、同じように横にも何列も続いていて、100人が座れる。ダウンライトのオレンジの光が店内を包み、ぴかぴかした光沢感がある床に反射し、更に天井から垂れ下がったスポットライトが店内の光沢感を増していた。朝からお客さんの数は多くて、パンが美味しくて評判の店なので、朝7時から開店しているのに一杯だ。普段でも、この時間、仕事に行く前のサラリーマン、OLで一杯で、そのお客の波はブランチの時間帯になっても変わりがない。仕事のちょっとした休憩、商談にもよく使われ、仕事を一区切り終えた主婦など大勢がやってくる。ランチになるとOLの山となる。

 この店のもう一つの特徴は、50種類のパンが常時置いてあり、その全てが食べ放題、飲み放題、ワンプレーがついて800円だ。パンの食べ放題と、飲み放題だけなら400円。それが人気を呼んでいる。ドイツのハード系のパンが中心で、ゴマ、クルミのパン、ライ麦のパンなどさまざまなパンが置かれている。ワンプレートにはベーコン、スクランブルエッグ、ハム、チーズ、サラダが載っている。店の中央にはパン、飲み物が置かれていて、セルフサービスなので、そのパンを取りに来る客で、店内は活気に満ちあふれていた。

 2人も、その活気に影響されて、ここぞとばかりに皿にパンを載せ、食べた。ドイツのパンは堅くていつまでも飲み込めないが、噛めば噛むほど味がしみ出てきて美味しい。山崎が堅いパンを食べている迎えで、香代は柔らかいライ麦の食パンを囓っていた。3口ほどで食べられ、口当たりもいいので、いくらでも食べれる。どれを取っても飽きの来ない味だ。一番のおすすめは、中に何も入っていないシンプルなパンが一番美味しいのだ。

 2人は食べ放題という事もあり、ここぞとばかり食べて、お腹一杯になった。店を出る頃には、お腹が苦しくなり、少し後悔した。

「ちょっと食べ過ぎたね」

「ほんと。お腹苦しいよ」

「やっぱり貧乏人はこう言うときよくばるのよ」

「でも400円で食べ放題って嬉しいね」

「ほんとコーヒー代に少し足した金額でパンが食べれるのが嬉しい」

 香代が笑うと、山崎も笑った。

 

 山崎は大きい鞄を背負いながら、元町商店街を抜けて南下した。JR元町駅の南が元町通。元町商店街はここを東西に走り、そのすぐ南には南京町がある。元町通のすぐ南が、栄町通、海岸通りだ。そこの東側が旧居留地で、この栄町通、海岸通りにも古い建物が沢山残っていて、同じようにショップ、カフェ、レストランとして利用されている。その南を国道2号線が走り、それを越えるとメリケンパークだ。

 メリケンパークは神戸開港120年を記念して、メリケン波止場と中突堤の間を埋め立て作られた臨海公園だ。比較的新しい神戸の名所で、メリケンパークの後、対岸にハーバーランドも出来た。昔はメリケンパークとハーバーランドを行き来するのに遠回りしていたが、今では橋がかかった事で簡単に行き来出来るようになった。メリケンパークはJR元町駅を南下した所、ハーバーランドはJR神戸駅を南下した所で、元町と神戸間は1.7kmもあるのに、メリケンパークとハーバーランドは目と鼻の先にあるのは、JR元町駅とJR神戸駅が扇形をしているからだ。中心から離れているJRは1.7kmでも、中心に近いメリケンパーク、ハーバーランドは歩いてすぐの距離になる。

 神戸には古い名所と一緒に、新しい名所もどんどん出来てきていて、1980年以後に出来たのは、ポートアイランド、六甲アイランド、ハーブ園、旧居留地のリニューアル、メリケンパーク、ハーバーランド、市営地下鉄海岸線、神戸空港など沢山ある。更にカフェやレストランも、どんどんおしゃれに生まれ変わっていき、今でも神戸は成長を続けている。

 メリケンパークに入ると人は少なく、入るとすぐにホテルオークラ神戸が建っていた。角張った建物で、気品と優雅さを漂わせながら、堂々と建っていた。下から見上げると、35階建てのホテルはそびえるように立っている。

 そのすぐ近くには、震災メモリアルパークがある。震災で傾いた街灯や、崩れた岸壁が、そのまんまの状態で残っている。

「こんなにひどく壊れたんだ!」

「そうよ。私の家も全壊だったの」

「それを考えると、よくここまで復興したね」

「外から来た人は、地震があったなんて言っても信用しないかも」

 そのすぐ近くに帆船と波をイメージしたモニュメントを屋根に取り付けた、神戸海洋博物館がある。よくテレビで神戸が紹介されるとき、ホテルオークラ、神戸海洋博物館のモニュメント、ポートタワーがセットになって映っていて、この3つは神戸を象徴するものになっている。

 そして公園を斜めに抜けて、中突堤に向かった。

 神戸メリケンパークオリエンタルホテルは、中突堤の南端に海に突き出すように建っている。331室を誇る部屋数で、曲線を描いたフォルムが美しいホテルだ。夜はライトアップされ、美しさがより強調される。周りは海に囲まれていて、全室バルコニー付きなので、海や対岸のハーバーランドが眺めることが出来る。

 山崎は、このホテルを予約していたので、鞄を預ける為に中に入った。

「綺麗な所ね」

「ホテルの中も綺麗し、外観も綺麗し」

「後、海に面しているからハーバーランドも見れる思う」

「ハーバーランドは、夜はライトアップして綺麗だと思うよ」

 フロントで鞄を預けると、2人は手を繋いで、ホテルの外に出て行った。

 中突堤を北上し、中突堤の中央付近にある、高さ108mのポートタワーに上った。この辺りは、静かで普段人通りが少ないが、上に上ると大勢の人がいた。ここの展望台からは360度の景色が見える。

「あれが淡路島」

「へー、結構近いんだね」

「明石海峡大橋を渡るとすぐだから。それとあっちが大阪」

「大阪も結構近いね」

 そう言いながら展望台をぐるっと180度ゆっくり歩いて回り、香代は嬉しそうニコニコして説明をした。

「あれが六甲山よ」

「へ〜、よく見えるね」

 そしてまた180度ゆっくり歩き、元に戻ってきた。

「すごい。下を人が歩いているのが見える」

 山崎は香代の肩に手を掛け、真下をジーと見ていた。

「ほんと。あっ、クルーズ船が帰ってきた」

「後で、乗ろうか」

 山崎が嬉しそうに言った。

「うん。乗りたい」

 香代も嬉しそうに目をキラキラさせながら言った。暫く眼下を見ていると、エレベーターで下に下りた。

「さっきの話しだけど、地震のパワーって凄いんだね」

「私が目が覚めたときには、床が波打ってたからね」

「波打ってたの?」

「まるでジェットコースターに乗っている感じだった」

「すごく怖かったでしょ。怪我とかはなかったの?」

「上に物置いてなかったし、お父さんが覆い被さってくれたから怪我は無かった」

 香代は当時のことを思い出し、真剣な目で話ししていた。

「地震があったのは6時前だったと思うけど、その後どうしたの?」

「グチャグチャの家を見て、寝ることも出来ないし、外がざわざわしだしたので、窓から外に出たの」

「窓から出たの?」

 山崎の言葉に香代は目をキラキラさせた。

「階段が物で通れなくなってから、とりあえず窓から出たの?でも外に出たときビックリしたの?」

「どうしてビックリしたの?」

「家の中にいたときは真っ暗で判らなかったけど、外に出ると1階がないの!」

 香代は目を見開き、びっくりした表情を浮かべた。

「1階がない?」

 山崎も、その意味が判らずびっくりした表情を浮かべた。

「1階がぺっしゃんこに潰れて、2階が1階になっていたの」

「えーっ」

 山崎は驚きのあまり気勢を上げた。

「でも幸いな事に家族は無事だったから安心した」

「それだけでもよかったね」

 山崎も少し胸をなで下ろした。

「もう昼だね」

 エレベータを下りたときは時計を見ると昼1時だった。

「あ!時間が経つのは早いね」

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13へつづく