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携帯が鳴り、香代は携帯の音で目を覚まし、慌てて時計を見ると8時になっていた。山崎と知り合う前は昼前まで寝ていたし、最近疲れが溜まっているのか朝目が覚めなくなった。布団に入ったまま、半分眠った頭でメールを開いた。眠くて目が開かないので、目をこすりながら、文字を読んだ。
「カフェ・トアに9時に」
「9時って言うことは、ここから店まで20分くらいかかるから、すぐに準備しないと」
店はすぐに判った。トアロード沿いの店だ。トアロードは駅より北だが、三ノ宮とよりも元町に近い位置だ。
「自分は近いかも知れないけど。私は時間かかるから、もっと早く言ってくれないと」
眠いので愚痴っていた。
「ok」
返事を返した。愚痴っていても山崎と会えることは嬉しかったので、メールを送信したときには笑顔に変わり、山崎と会える嬉しさで、すっかり目は覚めていた。
「さー、着替えないと」
元気に布団から起きあがった。
「さむ〜」
昨日一日温かかったが、この日寒気団が日本列島を覆い、また寒さがぶり返した。
「また雪降るのかな?」
手と手を擦り合わせながら、窓のカーテンを覗くと、曇っていた。
「あ、早く着替えないと」
時計を見ると、8時20分だった。着替えると、すぐに家を飛び出し、北野坂を下りた。寒さで背中は丸まり、白の手袋をしてもまだ寒い。手と手を擦り合わせても温かくならないので、そこに息を吹きかけた。朝も早いので、北野坂を上る人はまばらだった。白のニット帽、白のニットのマフラーをしていても寒く、そこに北風が吹き込んできた。
「早く着かないかな」
と思いながら急ぎ足でカフェに向かった。下り坂なので、あまり走ると転んでしまう。山手幹線まで下りると、急な坂は穏やかになった。西に向かいトアロードを目指し駆け足で行った。普段7−8分かかる距離を5分で駆け抜けた。信号を渡り、トアロードを少し南下した所に、その店はあった。
「あ、さむい〜」
急いで店に飛び込んだ。
いつも山崎が先に来ていたが、今日は香代の方が早かった。駆け足で来たので店に着いたのは9時45分だ。カフェの店内は和風の雰囲気で、そのミスマッチ感が新鮮に感じられた。床は茶色、柱は黒く塗られいる。テーブルは昔懐かしいおでんの足を伸ばした感じの物で、黒く塗られていた。椅子は籐で作られいて、和風の黒塗りの箪笥がオブジェとして店内の隅に置かれている。香代は籐の椅子に腰を下ろした。店内は全体的に黒で統一されているが、艶のある、鮮やかな黒で綺麗だ。
「何かホッとする」
屏風(びょうぶ)が仕切となり隣との席を目隠ししてくれているので、周りの目線もそんなに感じない。スタンドの先の提灯風の照明が、ほんのり店内を灯していた。店内は暖かく、ぽかぽかしていた。
「おはよ〜」
香代がゆっくりくつろいでいると、山崎が入って来た。
「待った?」
「う、うん。今来た所」
花しょうぶ、ぼたん、椿などの造花の一輪挿しが花瓶に、あちこちに生けてあった。
「何か落ち着く所ね」
「ほんとホッとする」
モーニングは、ガーリックトースト2枚、サラダ、コーヒーが付いて450円だ。薄目の食パンをカリッと焼き、その表面にニンニクを擦り込ませ、更にバターを塗っている。香代がガーリックトーストを囓ると、カリッとした音がし、サックとした食感がし、簡単にかみ切れた。口の中にはトーストの香ばしい香りと、バターの甘い香りと、ガーリックの刺激的な臭いが鼻をついた。
「このパン美味しいね」
「こう言うの初めて食べたけど美味しい」
「私も初めて」
2人は見つめ合った笑った。
「ちょっと臭うかな?」
香代は美味しいながらも、ちょっと困った顔をした。
「でも、このガーリックの臭いがいいよ」
「癖になりそうな味がするね」
「こんなパンがあったなんて知らなかったな」
山崎は美味しさに感心した。
「でも、外は寒かったな!」
「うん。温かくなったかと思ったら、また寒くなって」
「骨まで冷え切った感じがした」
山崎のオーバーな言い方に、香代は笑った。
「この店くつろげるし、外寒いし、出たくないね」
「このまま1時間くらい粘ろうか」
そう言うと、また笑った。
「とりあえずガーリックトーストおかわりしよ」
「うん」
香代は笑顔で頷いた。ウエイトレスが持ってきてくれた、ガーリックトーストを1枚ずつ食べた。カリカリ、サクサク音を立てながら、無性に食べた。トーストの香ばしい香りと、バターの甘い香りと、ガーリックの刺激的な臭いがたまらない。音と味と香りとで楽しめる。暖房の温かさに加え、ガーリックで更に体は芯から温まっていった。
「しかし美味しいね」
「本当に癖になりそう」
「こんなパンがあったの今まで知らなくって損した感じ」
「ほんと、これなら家でも簡単につくれそうだけど」
「またおかわりする?」
香代は食べ終わり、空になった皿を見ていった。
「もういいよ」
2人でまた笑った。でも何か物足りない感じが残った。
「もう一回だけおかわりしようか」
「うん」
香代は山崎の目を見つめて、嬉しそうに頷いた。またカリカリ、サクサク音を立てながら、無性に食べた。
「何か体がぽかぽかしてきた」
「僕も。にんにくのせいかな」
「これなら外に出ても大丈夫かな」
「うん。大丈夫みたい。でも口の中が燃えてる感じがする」
香代が笑いながら言った言葉に、山崎も笑った。
2人は元気に外に出た。
「大丈夫みたい。寒くない」
「ほんと、全然平気」
2人は手を繋いで歩き出した。
「何処に行こうか?」
「そうね」
そのとき強い風が吹いた。香代は白のニット帽を目深にかぶり、白のニットのマフラーが飛ばされないように手で押さえた。山崎はアンゴラのマフラーをしっかり、首に巻き直し、黒の皮のコートの襟を立てて身を守った。その後も、強い風はやまなかった。
「さむい〜」
香代は一気に体が冷え込み、背中を丸くした。山崎はその場で足踏みした。
「何処か店入ろう?」
「でも今出てきたばかりなのに!」
「あ、そうだ!温泉はどう?」
「温泉?」
「すぐ近くにあるんだけど」
「そこにしよ」
山崎は走る香代の後を追っかけた。
走って着いた所は駅から5分の距離にある天然温泉の神戸サウナだ。
「へ〜、駅から近いのに天然温泉があるんだね」
走ったせいで息が切れ、肩で呼吸していた。1階は落ち着いた、すがすがしい空間にカフェとマッサージのスペースがある。エレベーターで6階に上がった。ここがサウナのフロントになっている。フロントで料金を払うと2人は別れた。
1階も温泉もフィンランドや北欧のイメージを感じさせる、落ち着いた雰囲気だ。露天風呂、ジャグジー、塩サウナ、フィンランドサウナ、あかすりなどがある。
山崎は温泉に浸かった。冷えきった体に温かい血液が流れ込むかのように、次第に温まっていた。
「駅の近くに温泉があるのはいいな」
体が温まってくると、体も気持ちもほぐれてきた。
「香代さん、どうしてるかな?」
香代のことを考えていた。
「このまま出るのもったいないな」
「神戸に来て5日目か?このテンポだと、1週間かけても神戸全部を廻ることは不可能だな」
「そう言えば今まで三ノ宮駅の北側ばかりで、まだ南側見てないな。どんな所だろ?センター街も行ってみたいな」
気持ちが燃えてきたら、ジッとしているのが嫌になってきたので風呂を出た。さっきまで体は冷え切っていたのに、体はすっかり温かくなっていた。
山崎は1人で1階のカフェでアイスコーヒーを飲んだ。
「とりあえずメールしとこ」
「1階のカフェで待ってるから」
と、いつも通り簡単なメールを送った。香代は出てくるの遅いと思ったので、鞄からガイドブックを取り出すと、駅の南側、センター街あたりでいい店がないか探した。本をペラペラ捲っていると、ハンバーガーと紅茶の美味しい店が紹介されていた。名前は「ベリー・ベリー」
「紅茶もたまにはいいな。ここの店にしよ」
そう思うと急にお腹が空いてきた。
「しかし遅いな」
携帯を見るがメールの返事もなかった。時計を見ると、もうすぐ12時だ。アイスコーヒーも飲み干し、する事も無くなっていた。「遅いな〜」
少しイライラしていた。ジッとしているのも退屈なので、立ち上がり周りをキョロキョロした。そのとき急に後ろから抱きついてきたのだ。
「お待たせ」
山崎が振り返ると、香代は笑顔で山崎の顔を見た。後ろから女の子に抱きつかれている感触が心地よく、イライラしていた気持ちが吹っ飛んだ。
「さっきいい店、見つけたから行こ」
「うん、行こ」
香代は飛び切りの笑顔で山崎を見た。
「もう行く?」
香代の言葉に、山崎は歩き始めた。香代は後ろから抱きつき手を山崎のお腹に持っていって、二人羽織のようになりながら、足を同時に出し、歩いた。香代は後ろから楽しそうに、嬉しそうに、笑顔を浮かべて歩いた。駅に近づくに連れ、人も多くなったので恥ずかしくなり、前に出て、山崎の腕を香代が自分から組み、最高に幸せそうな笑顔を山崎に向け、下から山崎の顔を覗き込んだ。
2人で高架下を潜って初めての三ノ宮駅の南に出た。人の数はすごかった。JR三ノ宮駅の高架下を通っている南北の道がフラワーロードだ。横断歩道を渡り、フラワーロードを少し下った所にセンター街があった。センター街のアーケードの下は、一番の繁華街だけあって人は多い。カフェ、レストラン、ショップと多数の店が軒を連ねていた。この辺りはビルが建ち並ぶので、上にも地下にも店が多数ある。震災でセンター街のアーケードは潰れ、店も多数壊れたが、今は元の姿を取り戻している。「ベリー・ベリー」はセンター街を少し入った所にあった。
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9へつづく |
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