「ちょっと疲れたね」
「そんな事無いよ。大丈夫」
山崎は本当は疲れていたけど、優しさを見せた。
「今日はつき合ってくれて、ありがとう」
「僕も神戸のいろいろな所廻りたかったから、丁度良かったよ」
そう言うと香代に笑顔を見せた。
「つき合ってくれたお礼に、お茶おごるよ」
「え、ほんと!」
山崎は嬉しそうに言った。
オーパを下りすぐ近くに「ロック・カフェ」と書かれた山小屋風の建物が建っていた。丸太で作ったログハウスで、丸太は明るい茶色に塗られていて、日の光で光っていた。玄関の横には大きな一本の桜の木があり、それが建物の半分を覆っていて、桜の木の横には、テーブルとベンチが置いてあり、夏場はここで食事を楽しむことも出来る。
店内はそれほど広くは無いが、中も明るい色に塗られていて、木の温もりを感じられる。南側に向いて、大きな窓が作られていて、そこから日の光が差し込み、店内を明るくした。窓からは昨日の残った雪が見え、店内は静かで、スピーカーからは鳥のさえずりや、水の流れる音を絶えず流していて、山小屋に来たようにも思え、くつろげた。4人席のテーブルが並べられ、テーブルも椅子も大きな1枚板で出来ている。
「すごくくつろげるね」
香代が歩き疲れた体を癒すように椅子に腰かけた。
2人が頼んだのはショートケーキと、ホットコーヒーだ。ケーキはシンプルだが、ふわふわのスポンジの間にはイチゴのスライスを載せ、その上にはたっぷりの生クリームが載せられ、ショートケーキの上にもイチゴが載っていた。シンプルながらも、厳選した素材を使い、卵をふんだんに使ったスポンジに、濃厚な生クリームが載っている。
香代はホークでケーキを切り取り、口に運んだ。まん丸な目を大きく見開きながら、口に入れ、味わいながら口を動かしていると、次第に笑顔に変わっていった。
「美味し〜い」
「美味しいね。この生クリームが美味しいよ」
「ほら、スポンジもこんなにふわふわ」
香代は目をキラキラ輝かせて、山崎の目を一瞥すると、指でスポンジを押した。香代はホークでケーキを大きく切り取り、嬉しそうに口に頬張ると、口の周りにはタップリの生クリームが付いた。口の周りに付いた生クリームを何度も舌で拭き取った。その様子を見ていた山崎は、香代が可愛く見えた。明るく、美味しそうに食べている香代の顔を見るのが嬉しかったのだ。
香代はエスプレッソを一口飲んだ。
「新神戸オリエンタルホテル泊まっているの?いいな。あそこ一度泊まってみたいと思っていたの」
香代は山崎の目を見つめながら、嬉しそうに言った。
「部屋から見える夜景は綺麗でしょ?」
「すごく綺麗。香代さんにも見せてあげたいくらい」
山崎は香代の目を優しく見つめながら喋った。
「えー、見たいな、見たいな」
香代は甘える目で言った。
「あ、それなら、この辺にビーナスブリッジってあるの?」
「近くに、あるよ」
「車レンタルするから、夜、そこに一緒に行こ」
「え、いいの?ビーナスブリッジに連れて行ってくれるの?」
香代は嬉しそうに喜んだ。
「その前に夕食食べに行こうか?」
「うん。ほんとにいいの?」
明るく、はしゃいだ。
「でも何処行く?」
「昨日ガイドブック見てたら、雰囲気のよさそうな韓国料理の店、見つけたから、そこに行こう」
「うん、わかった」
嬉しそうに答えた。
日が沈むと一気に冷え込んできた。昨日まであったイルミネーションも、一気に片づけられ、クリスマスの輝きは消えていた。香代は白のニット帽、白のニットのマフラー、白のニットの手袋で完全防備しているのに、寒くて少し背中を丸めて歩いていた。山崎は、それでも姿勢を正して、男らしく歩いた。
「さむ〜」
香代は背中を丸めたまま、韓国料理の店に入った。2人が夕食を食べに入った店は「ポジャンマジャ」。店内はぽかぽかで、一気に生き返ったような気持ちになり、背中も真っ直ぐになった。
店の名前である「ポジャンマジャ」は屋台の意味で、創業者が韓国で屋台をひいて売り歩いていて、その後やっとの思いで店を出すことが出来たので、そのときの苦しさを忘れないように、その名前が付けられ、今では日本などを含めて20店舗までに膨れた上がっている。店長は韓国人で、働いている人も韓国人が多いが、日本人も雇っている。
店内はアットホームな雰囲気で、それほど広くはないが、昔の韓国の家みたいな作りになっていて、全体が座敷になっている。座敷は畳が敷かれ、壁には韓国の掛け軸、韓国から取り寄せた壺、チマチョボリが飾っている。
「へ〜、韓国に来た見たい」
香代は目を輝かしがら、辺りをキョロキョロ見ていた。
数種類のキムチ、ナムル、佃煮などの付きだしでテーブルが一杯になった。韓国では1品料理を頼んだだけでも、沢山の付きだしが出てきくるのだ。日本でも、少しの付け出しが出てくるが、この店では韓国のやり方を通して沢山の付け出しを出している。
白菜のキムチ、キュウリのキムチに、大根の水キムチなどのキムチが並べられた。白菜のキムチは辛いけど美味しく、キュウリはふにゃふにゃしながらも、カリカリしている。
「このキムチおいしいよ」
香代は白菜のキムチを箸でつかみ、口に入れた。
「ほんと、うま味が凝縮している感じ」
山崎も笑顔になった。白菜のキムチにはエビに似たアミ以外にも、牡蠣、イカ、アワビ、昆布などの魚介類と一緒に漬け込んでいるので、うま味が凝縮されている。これが辛いけど、美味しいの秘密だ。大根の水キムチを作る時に出来た汁は、冷麺のスープとして使われる。
ナムルはほうれん草、人参、もやしをさっとゆで、塩、ごま油を入れて、手で混ぜている。
更にスンドブチゲ、サムゲタン、じゃがいものチジミ、ご飯が並べられた。スンドブは豆腐、チゲは鍋、つまりスンドブチゲは豆腐の入った鍋だが、色は真っ赤だ。
「から〜い」
香代はスンドブチゲのスープをスプーンにすくい口に入れ、一言言って、笑った。
「そんなに辛いの?」
山崎も同じようにスンドブチゲのスープをスプーンですくい口に入れた。
「辛!」
舌を出し、辛さを抑えた。
「辛いけど、体が温まってきた」
「ほんとぽかぽかしてきたよ」
「唐辛子のパワーはすごいね」
「韓国の人は、朝からキムチ食べるので、朝から元気らしい」
「へ〜!」
次に2人はサムゲタンに手を付けた。サムゲタンは鶏を一匹まるまるを鍋に入れて煮ているので、鶏のうま味がスープに溶け込んでいる。
「おいし〜」
香代は目をまん丸にし、笑顔で言った。
「味が濃縮しているね」
山崎は笑顔を香代に向けた。山崎はスプーンでごはんをすくい、口に入れ、その後、スープをスプーンですくって口に入れた。
「そうじゃないよ!」
香代の言葉に、山崎はビックリすると、香代はニコニコして山崎を見ていた。
「私がするのよく見ていてね」
「うん」
山崎はビックリした顔で、香代は突然何を言っているのか判らなかったが、黙って香代の行動を見ていた。スプーンにご飯をすくい、ご飯の載ったスプーンをスープに浸し、口に持ってきて、スプーンを加えたまま笑顔を見せた。
「こうやって食べるのよ」
「へ〜!」
「これは冬のソナタでやってたよ。韓国人はみんなこうやって食べるのよ」
「へ〜、そうなんだ」
2人は美味しい料理に笑顔になり、体はポッカポッカに温まってきた。
じゃがいものチジミは、ジャガイモをすったのが生地になり、普通は小麦粉も混ぜるが、ここの店はジャガイモ100%で作られている。中にはネギなど入れ、焼いていて、日本のお好み焼きとは、また少し違った味がする。じゃがいもだけで生地が出来ているので、ふわっと出来ていた。
「お〜、お腹一杯」
そう言うと香代はくつろいだ。
そこにオレンジシャーベットが運ばれてきた。オレンジ100%の絞り汁で作られたシャーベットは濃厚だった。
「ほてった体にシャーベットもいいね」
「オレンジの味が濃いね」
暫くするとゆず茶が運ばれてきた。ゆずで作ったジャムをグラスに入れ、お湯でといている。
「ほっとする味ね」
香代は満足そうな顔を見せ、くつろいでいた。山崎もお腹一杯でくつろいだ。
「ちょっと休憩してから、ビーナスブリッジ行こ」
「うん」
香代はニッコリした。
山崎が車を運転し、香代は助手席にちょこんと座っている。顔は小さく、ちょこんと座っている様子は人形のようにかわいらしかった。
車はトアロードを北上し、暗闇の中に、煌めくネオンやイルミネーションの中を駆け抜けた。山本通まで進むと左折し、再山ドライブウェイを北上した。山本通や北野町のすぐ北側は山になっている。細くクネクネした山道を北上し、10分くらいでビーナスブリッジに到着した。
そこには歩道橋が架かっていて、そこからの神戸の夜景は三宮駅から近いのにパノラマの夜景が見渡せる。宝石箱をひっくり返したような夜景は、東は大阪や和歌山の方までも見渡すことが出来、六甲山から見る神戸の1000万ドルの夜景も綺麗だが、ビーナスブリッジからの夜景は更に間近に見えて綺麗だった。
「きれい〜」
香代は山崎に微笑みを向けると、黙って寄り添った。香代は白のニット帽、白のニットのマフラー、白のニットの手袋をしているが、それでもこの時間は寒い。風が吹くと、凍えるような寒さを感じる。香代は寒くなり、更に山崎に寄り添った。山崎は黒の革ジャンに、アンゴラのマフラーをしていたが、寒くなり香代の肩をぐっと引き寄せた。体は寒いが心は温まった。2人には言葉は、もう必要なくなっていた。
山崎は香代の肩を引き寄せた手で、香代の髪の毛をなでた。髪の毛は寒さで冷えきっていた。山崎が香代の方を向いたとき、香代も山崎の方を向いた。山崎の瞳には香代が映り、香代の瞳には山崎が映った。そして抱きしめた後、2人は解け合うように強く抱きしめ、香代は優しく頭を山崎の胸に埋めた。2人とも言葉には出さないが、お互いを好きになっていた。
「離れたくない」
そう、強く心の中で言っていた。
2人は帰りの車の中では一言も話すことはなく、抱きしめ解け合った時の感触を思い出していた。
「帰りたくない」
香代は心の中で、そう思っていた。
「信号が変わりませんように」
異人館通まで下りてきたとき、車は渋滞していた。信号が赤に変わり、待っているとき心の中でそう思っていた。青に変わっても、渋滞の車の列が、なかなか前には進まない。
「赤になれ、赤になれ」
心の中で何度も唱えた。しかし北野の家まではあっという間だった。そこで香代は車から降りた。
「じゃー、また明日」
山崎がそう言うと、香代は嬉しそうに答えた。
「今日は、ありがとう。また明日ね」
笑顔を向けると、ドアを閉めた。渋滞の列の中、車が発車するのを待っていて、車が見えなくなるまで見送った。
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6へつづく |
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