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17
大晦日を迎えた夜、武は、この日一大決心をし、家を飛び出した。養子と分かってからは、育ての親に対して、ぎこちなくなり、距離を置いて接するようになった。育てて貰ったのだから感謝しないと行けないのだが、まだ自分の中では養子と言うことを消化できずにいて、気持ちとは裏腹に距離を置いてしまうのだ。
大晦日の夜ともあって、人も車もまったく通らず、外は静かで寂しかった。歩いているのは武、1人だけだ。黒いコートを着て、寒空の中、襟を立てて歩を進めていた。
剛は社長なので仕事は忙しいが、この日は流石に仕事を早めに切り上げ、夕方には家に帰っていた。ダイニングに剛が座っていて、麗子は年越しそばを作ると、テーブルに並べた。大晦日とお正月は、シェフにも休暇を与え、麗子が料理を作ることにした。だからこの広い屋敷も、暫くは3人だけになる。
「武はどうした?」
剛はくつろいだ感じで麗子に言った。
「これから呼んでくるわ?」
麗子は武の部屋に向かうと、部屋が真っ暗なので不思議に思った。
「寝てるのかしら?」
部屋の電気を付けるが、武の姿がない。不思議に思い、ふと机の上を見ると、手紙が置いてあるのに気づいた。なにげに、その手紙を読み出すと、顔色が急変した。
「僕の本当の両親が判りました。やっぱり僕には、お金持ちは似合いません。今まで育ててくれて有難うございます」
その手紙を読んだ麗子はショックで、泣き出した。麗子は血相を変え、階段を慌てて駆け下りた。
「お父さん大変なのよ」
「どうしたんだ!」
「武、家を出て行ったみたいなの」
「えー!。大晦日にか?」
麗子は剛に手紙を渡した。剛は短い手紙を読むと、顔色を変えた。
「まさか死ぬつもりやないやろな?」
麗子の顔色まで変わった。
「早く出かける準備をして」
静かな大晦日の夜に、緊迫感が走った。
武は意を決して、本当の両親に会うつもりだった。電話をかけても誰も出ないし、家に行くしかないと思ったのだ。本当の両親が受け入れてくれるのか、どうか、不安と恐怖で緊張し、顔は寒さと緊張で硬直していた。
大晦日の夜、清水の舞台から飛び降りるような気持ちになった。このまま次の年まで、不安な気持ちを持ち越したくなかったのだ。しかし受け入れて貰えなかったら、最悪の大晦日が待っていることも覚悟していた。
その頃、かおりと両親は病院にいた。かおりは、ベットの上で寂しそうな表情を浮かべ、弟のことばかりを考えていた。
「弟に会いたい」
何度、そう心の中で呟いたか判らない。それだけが励みで、早く怪我を治して会いたいと思っていた。側に両親が居て、両親も一言も喋らず、下を向いたままで、今年の大晦日は最悪の日だと感じていた。
武は生まれ育った家の前まで来た。心臓はドキドキ、爆発しそうなくらい激しく鳴っていた。よく見ると、昔ここに住んでいたような気がする。
震える手を抑えながら、家の玄関のドアをノックした。待っている間も緊張が続く。暫く待つが返事がないので、もう一度ノックをした。しかし返事はなかった。そして、家の中に電気がついてないことに気づいた。
「どうしたんやろ。こんな大晦日の夜に誰もおらへんなんて。旅行でも行ったのかな?」
武はショックを隠しきれなかった。やっと重い腰を上げ、意を決して家の前まで来たのに誰もいない。
「もしかしたら僕が弟と知ったので、出て行ったのかも知れへん」
そう思うと、死にたい気持ちになってきた。
「置き手紙をした以上は、育った家にも戻るわけにも行かへんし、行く所もない」
この寒空の中、どっちつかずの状態になり、外で過ごすしかない状態になってしまった。
「大晦日の夜なのに、苦しい。今までのように何も知らずに楽しく暮らしてきた方がよかったのかな?」
今日は最悪の大晦日だと感じ、挫折感で力を無くし、玄関の前で座り込んでしまった。ときおり吹く風が冷たかったので、武はコートの襟を立て、少しでも風が入らないようにした。寒さで体は芯から冷えていた。
「このまま朝になったら、死ねるかも知れへん。僕の人生こんなもんや。もう終わりにしてもいい」
そう思うと、武はコートで身を包んだまま、眠ってしまった。
剛がハンドルを握り、助手席には麗子が座っていた。
「どこか心辺りはないのか?」
「・・・」
剛は、いろんな所に行き、探し回るが、武の手がかりはない。焦るが、時間だけが過ぎていく。
年が明けようとする時間になったとき、除夜の鐘が聞こえてきた。
しかし武は目を開けることなく、寒空で眠ったままだった。
元旦を迎えようとした時刻に、仲間家の家の前に1台のタクシーが止まった。降りてきたのは孝治と幸子とかおりだった。かおりはお正月の間だけ仮退院が許され、松葉杖をついてタクシーを降りた。
タクシーの運転手にお金を払うと、タクシーは通り過ぎた。家の玄関の前に向かったときに、家の前に武が座り込み、背中は力無く入り口にもたれ掛かっていた。
「嫌ね、こんな日に。浮浪者かしら。こんな所で寝ると死んでしまうわ」
幸子がそう言い、武の肩を揺すると、武は力無く横に倒れた。
「大変、死んでるわ!?」
3人は大騒ぎになった。
そして次の瞬間、かおりの目がウルウルしだした。
「お母さん、武よ!」
かおりの声は引きつり、涙になっていた。幸子はもう一度、男の顔をのぞき込み、武に気づいた。かおりが武を連れて来たときに弟の存在に気づいていたから、すぐに判った。
「なんで家の前で死んでるの?」
そう言うと母は養子に出した事への後悔の念がこみ上げてきた。
「お母さん、どうしよ」
かおりはずっと会いたがっていた弟が家の前で死んでいたのだ。イブの日、弟の話をよく聞いてあげたらこういう事にはならなかったのに。クリスマスの日、自分が慌てなければ、会えていたのに。再会できた時は死体になっていた。自分の足の痛みも忘れて、顔は涙で溢れていた。
「ずっとずっと会いたかった」
かおりは松葉杖をほっぱりだすと、しゃがんで、武をおもいっきり抱きしめた。
「どうして死んでしまったの。このままもう離したくない。もう何処にもやらないから」
「これから一緒に暮らそうと思っていたのに。どうして死んでしまったの」
かおりは武をおもいっきり抱きしめた。強く強く弟を抱きしめた。かおりは子供の頃から、武の事を大事にし、ちゃんとせわをして可愛がっていたのだ。最後の別れを惜しむように弟にキスをした。
「お姉ちゃんを許して」
涙が止まらなくなっていた。いつまでも弟から離れたくないので、足の痛いのも忘れて強く強く抱きしめた。そのときかおりの顔色が変わった。
武の口から小さい声が漏れたのだ。かおりは武から少し離れ、顔を見た。
「あっ!」
孝治と幸子が驚くくらいの声を出した。
「生きてる!」
安堵の表情を浮かべたかと思うと、慌てた。
「お母さん早く、ストーブたいて、温めて。お父さん速く、玄関開けて」
速くしないと死んでしまうと言う焦りから、行動を借りたっていた。
玄関が開くと、お父さんが武の上半身を持ち、かおりは武の足を持ち2階に運んだ。
「お前、足大丈夫か?」
「そんなこと行っている場合じゃないのよ。お母さん速くストーブに火を付けて」
不思議と足の痛みは感じなかった。冷え切った体を温めるには、ストーブでは追いつかないので、早く体が温まるように熱湯にタオルを浸し、少し冷えた所で武の体を何度も擦った。
かおりは必死だった。死なせたくなかったから、手は熱湯で真っ赤に腫れ上がっていたが、熱さは感じなかった。
「絶対死なないでよ。絶対に絶対に死なないでよ。やっと会えたんだから」
「お母さんが変わろうか?」
「私が絶対に弟を守る」
そう言って聞かなかった。かおりの武に対する愛情は子供の頃のまま変わってなかった。
1時間ぐらい経った頃、かおりの手は腫れ上がり、疲労でぐったりしてきた。それでも母と交代することなく、疲れた体でぎゅっと武を抱きしめていると、眠ってしまった。
そして武は目を覚ました。自分の上にはかおりが乗っかっていて、その傍らには本当の両親がいる。武は状況が飲み込めないで居た。現実を受け入れることが出来ない。まるで夢の中のような気分だった。自分が思い描いていた理想が目の前にあるのに、それを現実として受け入れることが出来ないのだ。
横では母は目をウルウルさせていた。
「かおり、武が目を覚ましたよ。貴方の介護で目を覚ましたのよ」
かおりは武を確認すると、目をウルウルさせながら、ギュッと抱きしめた。
「ずっと、ずっと会いたかった。これからは一緒に暮らそ。もう絶対離さないから」
意識がもうろうとしている武を、またギュッと抱きしめた。
「いいでしょ、お父さん、お母さん。本当の弟と一緒に暮らすんだからいいでしょ」
「でも養父や養母にも聞かないと?」
母は「いいよ」と言いたかったが、言い切ることが出来なかった。
年は明け、時刻は朝の3時になっていたころ、玄関のドアを叩く音がした。
「誰かしら。こんな時間に?」
今日は元旦で家の前を初詣に行く人が大勢行き交っていたので、夜中の訪問も、それほど気にならなかった。
母は下に降りていった。
ドアを開けると、剛と麗子が立っていた。
「お久しぶりです」
2人は深々と頭を下げた。母は2人を久しぶりに見るが、すぐに誰だか判り、武を取り返しに来たのだと緊張が走った。娘に何と言おう、そのことで頭がいっぱいになった。
「武は来てます。どうぞ、狭い家ですけど上がって下さい」
「有難うございます。やはりここでしたか?」 そう言うと、2人は落ち着いた口調で言った。大分探し回ったのか疲労の色を見せて、既に悟ったかのように、家の中に入ろうとはしなかった。
「2人で話し合ったのですが、息子さんをお返ししようかと思いまして」
母は、その意外な言葉に、びっくりした。更に剛は続けた。
「武は本当の両親の所に帰りたがって居るみたいですし、このまま会わずに帰ろうと思います」
「でも、それでは」
「武も本当の親の元の方が幸せになると思います。長い間、武を有難うございました」
そう言うと、深々とお辞儀をした。幸子が何も言えずにいると、更に剛は言った。
「でもあの子の部屋は、そのままにしていますので、家に寄りたいときはいつでも寄るように言って下さい」
「でも、お二人は、それでいいんですか?」
「武を16年間もの長い間、預けて頂いて、本当に幸せでした。有難うございました。でも武も、もう大人ですし、後は武の考えを尊重したいと思います」
「でも、少しだけでも会って行かれたら」
「私たちは、これで失礼します」
そう言うと2人は深々と頭を下げて、武とも会わずに帰っていった。
そのとき母は、かおりにいい報告が出来ると思い、最高に喜んでいた。
「誰だったの?」
母が2階に上がっていくと、かおりは母に聞いた。
「武の養父と養母よ」
そう言うとかおりに緊張が走った。
「弟を帰してって?」
かおりは心配そうに聞いた。
「武は、家で一緒に暮らしていいって」
母は嬉しそうに言った。
「本当に、本当にいいの?」
かおりは目をまん丸くして、早口に聞いた。
「うん」
「本当に、本当にいいのね?これからずっと一緒にいていいのね?」
かおりはもう一度聞くと、武を思いっきり抱きしめた。それは5歳の時の心情と同じだった。かおりは5歳の時から、この時が来るのをずっと待ちわびていたので、飛び上がらんばかりに喜んだ。
「何か今年は、年明けから、いい事があって、いい1年になりそうな気がする」
「うん」
「今年はきっといい年になると思うな」
嬉しそうにするかおりに、母も父も嬉しそうにしていた。
「お母さん、せっかく4人揃ったんだから、今から初詣行こ」
「うん、そうね。何年ぶりかしら。4人そろうなんて」
「じゃー、速く準備して」
母がそう言うと、かおりは着替えだした。武はまだボーとした状態から抜け出してなく、現状を理解してない。
母は部屋着のカーデガンを脱いだ。そのときポケットから一枚の写真が裏向きに落ちた。
「お母さん、写真落ちたよ」
そう言ってかおりが写真を拾うと、ハッとした。あのとき琵琶湖の民宿で撮った古ぼけた写真だった。
「お母さんも武の事を、ずっと心配していたんだ」
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