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今日は武を初めて、かおりの家に上げた。こんなボロ家を彼氏に見せるは恥ずかかったが、もう結婚を前提につき合っているので、家も見て欲しい、両親にも会って欲しいと言う気持ちから家に呼んだのだ。
武はかおりの両親に会うと言うことで、スーツをビシッと決めていた。かおりが家のドアを開けると、そこはうどん屋になっていて、武のスーツ姿は浮いた感じになっていた。かおりの後ろには武が着いてきていたが、武が家に入った瞬間、何か驚いた表情に変わった。何処かで見たことのある光景だ。デジャブーのように感じられた。デジャブーのように思えたのは当然だ。3歳までここで住んでいたのだから。しかし頭の中でいくら思考しても思い出せず、結局、勘違いだと言う答えが出た。
カウンターには父と母が立ち、仕込みをしていた。そこにかおりが武を連れてきたので驚いた顔をした。
母は慌てたが事情が飲み込めたのか、カウンター席に2人を座らせると、あり合わせで素早く料理を作った。大した物は作れず、うどんと魚の煮付けたものだけだった。
「かおりも、こんな素敵な人とつき合ってるなら、ちゃんと言っといてよ」
母は焦っていた。
「ごめんなさい」
「急に来られても、何も準備して無くって」
「すいません、急に来て。気を遣わないで下さい」
「いえいえ」
母は娘には怒っていたのに、武には笑顔で答えていた。
「こんなものしか作れないですが、食べて下さい」
「美味しそうです」
「そんなのはいいのよ」
「僕、あまりお袋の味と言うのを食べたことなくって。こう言うの食べたかったんです」
「お母さんいないの?」
母は心配そうに、武の顔をのぞき込みながら聞いた。
「母は居るんですが、仕事が忙しくてあまり作ってくれないんです」
本当はシェフが料理を作っていて、母があまり家事をしないと言うことが言えなかった。
「へー、そうなの」
母は少し心配そうにしていた。
「あー、美味しい。魚の身が柔らかい」
「いくらでもおかわりしてよ。でも、かおりがつき合ってるって言うのは知ってたけど、こんな素敵な人とつき合っているなんて知らなかったわ」
「いつか言おうと思ったけど、言いそびれて」
父は裏に隠れてしまい、母はすぐそばに本当の息子がいるというのに全く気づいていない。気づくどころか、恥ずかしさで顔もよく見れなかった。でもいつも一緒にいるかおりが弟の存在に気づかないくらいに変わっているのに、母が気づくはずもなかった。
武が帰ると母はかおりを問いつめた。
「来るなら来るって言ってよ。どうして言ってくれなかったの?お母さんが娘の幸せを反対すると思った?」
「そんなことはないよ。ただ言うチャンスがなかっただけで」
そう言うとかおりは屈託のない笑顔を母に見せた。
「あの人、何処で働いているの?」
「まだ大学生」
「えー、大学生なの。そんな年には見えなかったね。しっかりしてそうで、親の育て方が上手かったのね」
「家はお金持ちなの」
「へー、お前も玉の輿に乗れるのか?」
「私、お金には興味ないから。あの人の性格が好きなのでつき合ってるだけだから」
「そうね。変なこと言ってご免ね。で、どこに住んでるの?」
「すぐ、そこよ」
「すぐそこ?」
「近くの城みたいな家の、財前さん」
それを聞いた途端、母の顔色が一瞬で変わった。当然と言えば当然だ。養子に出した弟と姉が何も知らずにつき合っているのだから。そして顔色が変わったことにかおりも気づいた。
「どうしたの?」
「いや、どうもしてない」
「でも今、顔色変わったよ」
母はしどろもどろになった。
「つき合うのはやめときなさい。あそこの家と言えば、すごいお金持ちよ。家とは全然違う次元の人よ」
「でも向こうから好きって言われたの」
「あっあっ、そうなの」
母はしどろもどろになって、裏に隠れた。
12月上旬、暮れも近づいてきているので、麗子は押入の片づけをし出した。押入の中には長いこと着ていない服などが箱に入ったままの状態で長いこと置かれているのが沢山ある。
「何しとん」
武は麗子に近づいた。
「もう暮れも迫ってきているし、入らないもの捨てないとね。長いこと着てない服は捨てようと思うの」
「へー。あ、これ憶えとう。お母さんが僕の小学校の入学式に着とった服」
「そうよ。入学式のときに着ていたのよ」
「あ、そうそう、あんたの子供の頃の服も出てきたわよ」
「えー、どれどれ」
武は興味を持って目を輝かせた。
「あ、これこれ。ほら3歳の時に着ていたの。もう捨てようかと思って」
それは青の手編みの上着だった。
「あ、何となく憶えとう。これ着とったような気がする。でも、これお母さんが編んだの」
「・・・。バザーで買ってきたのよ」
麗子は言葉に詰まった。これはまさしく幸子が編んだものだった。養子に出すときに、それを着させて出したので、今もこの家に残っている。
「そうやろな。お母さんが、こんなん編むわけ無いでな」
「こらー」
「ジョーク。ジョーク」
そう言うと2人で笑った。
武は懐かしそうに、その上着を触っていた。
「ちゃんとポケットまで付いとう」
腰の辺りに小さいポケットが左右に1つづつ付いていた。
「何か入っとう」
ポケットの中に手を突っ込むと、何か入っているのを感じた。そこから当時使っていた、手編みの手袋が出てきた。上着とおそろいの毛糸で編まれた手編みの手袋だった。
「こんなん付けとったんや。懐かしいな〜」
武は懐かしそうに見ていると、手袋の表面にイニシャルが書かれていた。TNと白い毛糸で編まれていた。しかし自分の名前と違う。
「これTNって言う子のものやったんや」
母は、そのイニシャルを聞いて、どうして分かったのかと思い、ビックリした表情を浮かべた。顔を上げると、武が手袋のイニシャルを見ていた。
確かに養子に来る前はTNだった。でも、それを言うことは出来なかった。今でも自分の子だと思って愛情もって育てているし、武が養子にだされたと聞いたらどんなにショックだろうかと考え、今まで言えなかったのだ。
この日、武とかおるは高級ホテルに泊まっていた。眼下からは神戸の1000万ドルの夜景が見える。かおりは両親に友達の所に泊まってくると嘘を付いての外泊だ。
2人はホテルの最上階にあるバーに行った。円形のバーは全体がガラス張りになり、その窓に向いての席が360度繋がっていた。席は、どこに座っても夜景が見える状態で、もちろん南側の海側が一番綺麗だが、東側なら大阪の夜景まで見える。山側は不気味な静けさがあり、落ち着ける。
2人は運良く海を眺める南側の席に着くことが出来た。もう真っ暗なので海は見えないが、ネオンが綺麗だ。宝石箱をひっくり返したようなネオンの数には驚きだ。
かおりはスクリュードライバーを飲み、目の前の窓から神戸の夜景が見えていると幸せな気持ちになれた。
「私、幸せ。こんな生活が出来るなんて思っても見なかった。これも全部、武さんのおかげ」
かおりは酔って顔を赤らめ、武の肩に顔をもたれかけた。
「日本も豊かになったね」
かおりはしみじみと言った。この言葉の裏には自分自身が貧乏から脱出できたという意味も込められていた。
「今、車の免許を取りに行っとうから、免許取れたら一緒にドライブに行こ」
「うん、楽しみにしてる」
かおりは嬉しそうに答えた。
「ドライブ行くんやったら何処に行きたい?」
「私は、どこでもいい。武さんと一緒なら、それだけでいい」
「六甲山をドライブで上るのもいいな」
「六甲山もいいし、2人で少し遠出して小旅行っていうのもいいね」
「例えば、京都、琵琶湖なんかでも」
「琵琶湖?」
武は、その言葉に引っかかり黙ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、琵琶湖という言葉に何か怖い物を感じて」
「あー、ごめんなさい。琵琶湖はやめましょ。私も琵琶湖に嫌な思い出があるの」
「嫌な思い出って、どんな思い出」
「暗くなるから、やめましょ」
「でもかおりさんの全てが知りたいから教えて」
「ああ、あの、前に言った心中しようとした話し、琵琶湖なの」
武は押し黙ってしまい、暫く沈黙が続いた。
「変なこと聞いてごめん。でも、これからは心配する事無いから。僕がかおりさんの事、幸せにするから。絶対に後悔はさせないから」
武は力強く言った後、笑顔になった。それを見た、かおりも笑顔になった。
「ありがとう。私も元気出てきた。でも何か酔ったみたい」
かおりは立ち上がろうとしたが、立ち上がることが出来なかった。
「もう部屋にもどろ」
しかしこの後、かおりの脳裏に衝撃が走った。武は精算をしようと立ち上がり、ポケットから財布を取り出そうとしたとき、財布と一緒に子供の頃の手袋が落ちた。かおりに見せようと思って、ポケットに入れていたのをすっかり忘れていたのだ。武は喜ぶと想像していたのに、かおりは一言も発せず、ジーと手袋を見ていた。
「これどうしたの?」
かおりは落ちた手袋を拾った。
「僕が3歳の時にしていたらしいんやけど、あんまり憶えて無くって。可愛いからかおりさんに見せてあげようかと思ってポケットに入れといたんやけど」
かおりは手袋を持ち、色々な事を考えて、イニシャルの辺りを手で何度も触っていた。沈黙に耐えかねて、武は話しかけた。
「どうしたん?」
「子供の頃、何か見たことあるような気がして」
「えっ!」
「でも子供の頃だから勘違いかも」
そう言うと、かおりは武に笑顔を見せた。
「ごめんなさい。もう部屋に戻りましょ」
夜中の3時頃かおりはホテルのベットの上で目が覚めた。かおりは酔いつぶれて、部屋で寝てしまっていたのだ。部屋はスイートをとってくれていたのに、ゆっくりくつろぐことも出来なかった。その後、寝ようとしたが眠れなくなってしまい、1人で色々なことを考え、色々な考えが脳裏をかけめぐった。
高級ホテルに泊まり、スイートに泊まり、バーで飲んで今日あったことを布団の中で思い出し、幸せを噛みしめていると、また悪い癖で急に心が沈んできた。自分は大変なことを忘れていることに気づいた。何を浮かれているんだ。
「自分は何て悪魔のような人間なんだ。自分さえ幸せになればいいのか」
弟の事が思い出されたのだ。今まですっかり有頂天になり弟のことを忘れていた。
「何て自分は鬼のような人間なんだ」
と思い自分を戒めた。
「いったい何処に居るのか、生きているのか、死んでいるのかくらいは教えて欲しい。自分ばかり幸せな生活をするわけにはいかない」
「自分は、まだ幸せになっては行けないんだ。弟が私の前に現れるまでは、こんな生活をしては行けないんだ」
「お金なんか必要ないと言っていたのに、武さんにプレゼントを貰い、パーティーに招待され、プロポーズされて有頂天に成っている自分が情けない」
かおりは自分を恥じた。
「今度有ったときはプロポーズを取り消して貰おう。弟が現れるまではデートも控えないと」
そう思うと涙が出てきた。幸せが舞い込んで、またと無いチャンスに巡り合わせ、やっと幸せになると思えたのに、自分からそのチャンスを断ち切らないと行けないのだ。そう考えると悲しくなるのは当然だ。
「早く弟が現れて欲しいな。そうすれば弟も私も幸せになれるのに。でも今まで現れなかったんだし、急に現れたりはしないか。このまま一生出会わずに死んでいくかも知れない」
目から流れた涙が枕を濡らした。
「私は、幸せに生きては行けない運命に生まれてきたのよ。でも一瞬幸せな気持ちにしてもらえた事は感謝する。それだけで、これから10年は頑張れるかも。でも、どんなことがあっても弟は探し抜かないと」
「弟が継母に虐められていたらどうしよう。お姉ちゃんとして私が何もしてあげれないのが悲しい。許してね、お姉ちゃんを」
弟が継母に叩かれている光景が目に浮かび、涙が溢れてきた。
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15へつづく |
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