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13

 

 武の部屋は10坪もある広さだ。そこに、かおりは招かれたていた。

「この家、貴方の家だったの」

「うん」

「家から近いので、何回か前を通ったことあるけど、そこの家の人と知り合えるなんて想像してなかったわ」

「そうやったん?」

「いいね。こんな家に一度でいいから住んでみたいね」

「結婚すれば、いつでも住めるで」

「結婚?」

「あっ、まだ早かった?ごめん」

 かおりは結婚の話しが出たことにビックリした。まさか、そこまで真剣に考えて居るとは思っても居なかったからだ。そして、その言葉でかおりの気持ちは、武にぐっと近づいた。

 武はコーヒーを2つ持ってきて、部屋にある小さいテーブルに載せた。

「今度、ドレスとネックレス買いに行こ」

 かおりがコーヒーを飲もうとしたときに、武が話しかけた。かおりは、あまりの驚きでコーヒーをこぼしそうになった。

「もちろんお金の心配はしなくていいから。全部、僕が払うから」

 武は言葉を付け足した。

「どうして、そんなに親切にしてくれるんですか?」

 一瞬、間が空いたが、その後の武の発言はかおりを驚かした。

「かおりさんの事が好きになったんです」

 かおりは、あまりの驚きにコーヒーを口からこぼれ、スカート上にこぼしてしまった。そして、かおりも、どんどん武に引かれていくようになった。

「あ、大丈夫?」

 そう言うと武は部屋を出て、階段を駆け下りた。そしてタオルを持ってくると、スカートの上を叩き、シミを取ってあげた。

「どうしたん?急にコーヒーをこぼしたりして」

「いえ」

 かおりの心の中の鼓動が激しくなっていた。

 

 食卓を囲んでかおりは両親と食事を取っていた。

「かおり、最近帰り遅いけど、好きな人出来たんじゃない?」

「何でよ?」

 かおりは照れた。

「かおりの嬉しそうな顔見たら、判るよ。何年親してると思ってるの。ね?おとうさん」

 母は父の方を見た。

「ううん。そうやで何年お父さんしとうと思っとんや」

 父は本当は、全然判っていなかったのだ。

「で〜、どんな人?」

 母は好奇心旺盛に聞いた。しかしその旺盛さに、かおりは引いた。

「また、今度紹介するよ」

「少しくらい教えろよ。もし変な人だったら、お父さんがぶっ殺しに行くぞ」

「そんな変な人じゃないよ。まじめで優しい人」

「へー?」

「でも男は狼だから気を付けろよ」

 父は娘に悪い虫が付いたような扱いをした。

「そんなに心配しなくていいから」

「それならいいけど」

 父は、今まで知らなかったのに、知ったら急に娘のことが心配になってきた。

 

 かおりは武の言われれるままに、今まで来たことの無いブティックに来ていた。試着室に入り、暫くすると、紺のドレスを身にまとい出てきた。

「似合う?」

「すごく似合うで」

 かおりは有頂天になっていた。

「これ下さい」

 そう言うと、かおりはまた試着室に入って着替えた。そして、ドレスの入った紙袋を手に提げ、店を出た。

「こんな高価なもの頂いていいの?」

「かおりさんが喜んでくれるなら、いくらでも買ってあげるで」

「ありがとう」

 かおりは武の腕に抱きつき喜んだ。

「次はネックレスを買いに行こう」

「えー、まだ買ってくれるの」

「さっきも言ったやろ。かおりさんが喜んでくれるなら、いくらでもお金は払うで」

「ありがとう」

 そう言うとかおりは武のほっぺたにキスをした。

「これなんかどうでしょう」

 店員が差し出した真珠のネックレスの値段を見て、かおりは倒れそうになった。

「これは結構です」

「どうして?結構、似合うと思うで」

「でも」

 かおりは緊張していたが、武はそれが金額の事だとは気づいてなかった。

「これにしよ」

 武の言葉にかおりは言葉に成らずに頷いた。

「次は靴を買いに行こ」

 緊張しているかおりとは裏腹に、武はどんどん先に進んだ。

 

 買い物を終えると、ロールスロイスが待ってくれていて、そのロールスロイスに2人が乗り込むと、車は武の家に向かった。

 かおりは幸せに成るに連れ不安がよぎってきた。今まで貧乏生活を長いこと続け、それが板に付いているので、金持ちの生活を素直に受け入れることが出来ない。受け入れると楽しいのは判っているが、この先いつふられて貧乏生活に戻るかも知れないし、家は今もまだ貧乏だ。こんな表面的な金持ち生活を送っても不安で一杯だったのだ。

 それを考えると、ロールスロイスの中では元気がなくなり、一言も喋らなかった。

 武の家に着くと、かおりは奥の部屋でドレスに着替えた。まだ慣れないかっこうに戸惑い、自信のない歩き方で武の方に近づいてきた。そのフロアーには、既に大勢の人が集まっていて、いくつもの輪ができ、それぞれが会話を楽しんでいた。

「似合うかな?」

「似合うで。すごく綺麗やで。もう少し自信持ったらええで」

 そこに着飾った恰好の友達が近づいてきた。

「フランス料理の店で会った、あの人だ」

 かおりはそう思った。

「今日は、何のパーティーなの?」

 このときの武の言葉にかおりは驚いた。

「今日は・・僕の彼女の誕生日なんや」

 今日はかおりの21歳の誕生日だった。しかし、この言葉を聞いたかおりは喜びと疑問が一斉に頭の中を駆けめぐった。一体何から疑問を解決すればいいのか判らなかった。自分を彼女と思ってくれたことは嬉しいが、どうして私のような貧乏女を彼女に思ってくれているのか。好きって言ってくれてはいたが、それは最初の出会いの時から、まったく解決されてなかった。それに、どうして自分の誕生日を知っていたのか?しかし武は、この後更に驚くべき事を口にすることになる。

「取りあえずシャンパン開けよう」

 かおりの疑問が解決されないまま、先に進んで行っているので、かおりは取り残された感じがした。そこに鈴木章一はグラスに注がれたシャンパンを、かおりの手に渡した。

「それではかおりの誕生日を祝して、乾杯」

 そう言うと一斉に乾杯が始まった。場の活気ある空気に圧倒されて、かおりはテンションが上がってきた。まるで今まで金持ちの家で暮らしていたかのように錯覚をしていた。

「こいつ素朴な人が好きなんですよ」

 佐々木雅彦がかおりに話しかけた。

「素朴なんて失礼やで」

 鈴木章一が止めに入るが、佐々木は気にも留めずに話を続けた。

「素朴で、お姉さんタイプで優しくて、そう言うタイプが好きなんですって」

 佐々木に言われた武は少し照れていた。

「へ〜、そうなんだ」

 かおりは自分を選んでくれた疑問が、ようやく解けた感じがした。もう堂々としていればいいんだと思うようになり、少し自信が持ててきた。

「僕は子供の頃、お姉さんに可愛がって貰った記憶があって。一人っ子なので、親戚のお姉さんに可愛がって貰ったんだと思うけど、そのお姉さんもみんなお嫁に行って、近くにお姉さんと言える人がいなくなってしまって、寂しかってん。そんなときに、かおりさんが現れたんです」

「へー」

 かおりはすっかり笑顔になっていた。しかし武のお姉さんに可愛がっても貰った記憶と言うのは、かおり自身だと言うことにかおりも武も気づいてなかった。こんなにそばに、兄弟が顔をつきあわせているのに、2人ともそのことに気づいてなかったのだ。

「おめでと〜」

 そこに2人のお姉さんが近づいてきた。

「この人たちが今話ししていた親戚のお姉さん達」

「あ、初めまして」

 かおりは頭を下げた。佐々木雅彦も鈴木章一も、お姉さんが結婚するまでは、パーティーなどで会っていたので、よく知っていた。

「この人が、武君の彼女?」

 そう言うと、武は照れた。

「武君も結構やるね。こんな素敵な人どこで見つけたの?」

 しかし武は照れて言葉にならない。

「邪魔しちゃー悪いから、向こうで飲んでるね」

 そう言うと2人のお姉さんは立ち去った。

「綺麗な人ね」

 かおりは武に話しかけた。そして更に言葉を繋いだ。

「本当に優しそうな感じで、年下の面倒見がよさそうね。あの人のように弟を可愛がるなんて私には出来ないわ」

 そう言うと、かおりは親戚のお姉さんを憧れのまなざしで見ていた。

 シャンパンも飲み、デザートを食べ、ひとしきり経つと沈黙が続いた。そのときかおりは思い出したように言った。

「どうして私の誕生日、知ってたの?」

「それはかおりさんの友達に聞いてん。友達には内緒にして貰うように頼んで」

 武は微笑みながら答えた。それでようやく、かおりの疑問も解決した。

 パーティーも終盤になると、武の友達は離れ、武とかおりは2人きりになっていた。そして武はかおりに静かに語り始めた。

「僕が大学を卒業すると、父の仕事を継ごうと思う。そのときフランスにちょくちょく行くことになるけど、一緒に着いてきてくれへん?」

 武の言葉に、かおりは嬉しくなり、幸せに包まれた感じがし、下を向いたまま頷いた。そこまで考えてくれて居るとは思っても居なかったからだ。そして、この後、更にすごい事を言われた。

「その前に結構式挙げへんとね」

 武の信じられない言葉に、下を向いたまま何も言葉が出ず、涙が溢れてきた。今ままでの苦しんだ貧乏生活が一変して幸せになろうとしている。それがかおりにとっては信じられない出来事だった。

 

 かおりは布団の中に入り、幸せを噛みしめ、今日会ったことを思い出していた。

「今日は何ていい日なの。今まで生きた中で一番幸せだと思う。神様は私にも幸せを分け与えてくれたのよ。今まで貧乏に暮らしていたのに、こんな幸せをくれたのよ。この幸せを友達にも家族にも分け与えてあげたい」

「プレゼントを貰い、パーティーに招待され、好きだと言われ、プロポーズされて、こんな日が今まであった?」

「私は、これから幸せになれるんだわ。今まで貧乏で悩んでいたけど、やっと、やっと幸せになれるんだわ」

「本当に私も幸せになってもいいのね。ありがとう。武さんありがとう」

 かおりは嬉しさで、涙が溢れていた。

「本当にありがとう。感謝する。今日の日は一生忘れない」

「本当に武さんを信じていいのね。プロポーズを信じていいのね」

 あまりの幸せ感からか、子供の辛かったことが走馬燈のように蘇ってきた。

「子供の頃、貧しさで大津に行った。そのときに電車に無銭乗車し、家族で心中しようとした。しかし死にきれずに、空腹のあまりパンを盗んでしまい、警察に突き出されてもおかしくなかったけど、店主の優しさで許してもらい、更にパンまでもらった。本当はパン屋の店主も貧しかったのだ。そのときパンを食べていると優しさと元気を貰った。それでもう一度やり直そうと思い、逃げては行けないと思ったんだ。それで今があるんだ」

 そこまで思い出すと目には涙が溢れていた。

「あの辛い思いを乗り越えたから今があるんだ。あの時、逃げていたら今はどうなるか判らない。もし私が武さんと結婚すると、お父さんもお母さんも幸せにしてあげることが出来る」

「本当に今日はいい1日だった。武さんありがとう」

 何度も何度も心の中でお礼を言った。

 

 武とかおりは、2人が最初に出会ったフランス料理の店にいた。かおりはその頃とは違い、幸せな笑顔を見せていて、それを見た武も笑顔で答えた。武は19歳だというのにしっかりしていて、女性をエスコートする技も持っているし、女性に対する優しさも持っている。

「子供の頃から、お金持ちの教育を受けているのね。本当のお金持ね」

 かおりは、そう心の中で思い感心した。そこには貧乏だった武の姿は微塵(みじん)もなく、間近で見ても武だとは気づかなかった。

 そこで2人は軽くランチを食べた。前菜、肉料理に、デザート、コーヒーがついた。店内は、前来たときと同じように明るく、落ち着いた雰囲気で、青と白をベースにしたいた。太陽の光は店の前の庭に降り注ぎ、窓から店内にも差し込み、光に包まれているようにな感じがした。

「この店で出会ったのね?」

「うん」

「本当にここで出会ったのね?」

「うん」

 かおりは何度も確かめるように聞き、幸せを確認していた。

「私が友達に招待されて、この店に来なければ、武さんとも出会うことは出来なかった。これも運ね」

 かおりが嬉しそうにしているのを見て、武も嬉しくなってきた。

「これからも、ずっと、ずっと一緒にいような」

「うん」

 武の言葉に、かおりは嬉しそうに答えた。

「美味しいね」

 かおりはデザートのケーキを食べながら言った。武は甘いのが苦手なのかケーキには、あまり手を付けずにコーヒーを飲んだ。

「また連れてきてね?」

「いつでも言ってくれたら来るで」

 

 かおりは完全に武を好きになっていたが、その後、かおりは、また静かになってしまった。かおりの悪い性格だ。急激な変化に心が付いていけずに、葛藤することが多く、武もこんな、かおりの様子を何度も見ていたので慣れっこになっていたが、かおりの急変を見るたびに辛くなってくる。

 武はかおりの急変に気づいた。

「どうしたの?」

 かおりはうつむいたまま、その言葉には答えなかった。武はかおりの急変の理由が判らない。さっきまで楽しそうにしていて、ずっと一緒にいようって言ってくれていたのに、急に暗くなった理由が判らない。武は女の子の心は難しいと痛感した。

 このまま黙ったままレストランを後にしたが、かおりは足早に歩き、武の言葉には何も答えようとしなかった。

「どう考えても私とあの人では釣り合いが取れない。私のような貧乏人がいると、あの人にも迷惑がかかる」

 かおりは心の中でそう考えていた。このときかおりは武に対する恋心が燃えていたが、激しく燃える前に消さないと行けないと自分に言い聞かせた。好きだからこそ、武の元から去ろうと考え、いろいろ考えると涙が溢れてきた。

 溢れてくる涙を手で押さえながら武の元から走り去った。武は意味が分からなかったので、かおりの後を追っかけたが、既にかおりはかなり先を歩き、見失っていた。

 武が少し行った所で、かおりは歩道にひざまずいて泣いているのが見えた。

「どうして逃げたや」

 武はかおりに近づいて、聞いた。

「だって、だって私、貴方の事好きになってしまったから」

 その言葉に武は心を打たれた。

「これからもずっと一緒に居よ」

 そう言うと、武は、ひざまずいているかおりを後ろから抱きしめた。

「どうして神は人を平等にしないの。金持ちに生まれる人、貧乏に生まれる人と分けるの。もし私が金持ちに生まれていたら、こんなに悩む必要なかったのに。私のような女がこんな生活しては行けないのよ」

 涙が止まらなかった。武は何も言わず、更にかおりを抱きしめた。

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14へつづく