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 武は私立の中学に進学して、ロールスロイスで送り迎えをして貰っていた。金持ちの生活を続けて10年になるが、その間に、髪型、顔立ち、服装は金持ちに相応しいものに変化していった。昔の面影を残しながらも、きりっと締まり、品のある顔つきに変わっていったので、標準家庭の生活をしている姉とは、何処か見た目が違う。

 姉と触れ違っても、もう武とは気づかないだろう。かおりはずっと武を追い求めているのに、武は遠い存在になってしまっていた。弟はすぐ近くに住んでいるのに、遠い存在になっていたのだ。そんなこととは知らずに姉は弟と出会うことを信じてやまなかった。弟と出会うことが始まりであると思っていたから、今の人生は弟に会う為のアプローチで、弟に会わないと人生はスタートしないと思っていた。だから、いつか何処かで、どうしても弟と会わないといけなかったのだ。

 

 武もすっかり大きくなり、20人用のテーブルに両親と3人で腰をかけ、朝食を食べた。学校に行く為の準備をして、ブレザーとネクタイを締めていた。朝食は、いつも通りシェフが腕を振るって料理を作ってくれる。今日の朝食はローストビーフ、レタス、トマトが挟まったサンドイッチだ。パンも無農薬でシェフこだわりのふわふわのパンを使っている。それに紅茶、ヨーグルト、サラダが添えられていた。それを食べ終わると、チーズケーキが運ばれてきた。シェフは毎日違う朝食を作り、ケーキも毎日変えていた。

 こんな生活をしていることなど、かおりは全く想像もしていなかった。

 3人は黙って食べていたが、そこに武が静かに口を開いた。

「子供の頃、僕貧乏だったような記憶があるねん」

 それを聞いた母は慌てて父の顔を見る。

「そんなわけないやろ。お前が生まれたときからこの家に住んどったし、金もあったし」

 剛は諭すように優しく言った。

「どうしてそんな事言うの?」

 母は、どうしてばれたんだろうと慌てて聞いた。

「でも時々、変や夢見る」

「変な夢って?」

 母は驚いた顔で言った。

「借金取りに追われて家族と逃げる夢で、すごく怖い夢。4人で逃げるんやけど、家族の顔がハッキリ見えなくって、なんか霧がかかったような感じで」

「ただの夢よ。あなたは、ここで生まれたのよ。変なこと言わないで。それに家族は3人よ」

 武が納得した表情をすると、母は上手くごまかせたと、ホット胸をなで下ろした。

「うん、ごめん」

 そう言いながらも、武は何か納得いかなかったが、両親は笑ってお茶を濁した。

 時計を見ると、もう7時半を過ぎていたので武は慌てた。

「学校に遅れてしまう」

 そう言うとコーヒーでサンドイッチを流し込んだ。

「ごちそうさま」

 慌てて鞄を持って玄関を出ると、玄関の前にはいつもロールスロイスが待ってくれていた。武がロールスロイスに乗り込むと、ロールスロイスは裏口の大きい門から出て行った。

 

 武はいつものように後ろの席に座り、黙って座っていた。20分くらい行った所で車は国道から脇道に入っていった。そこで、いつも女子高生の登校中の波にそう遭遇する。その間はロールスロイスはスピードを出すことは出来ないので、速度をゆるめた。その間も武は何も話すこともなく、ボーと学校に着くのを待っていた。

 ロールスロイスは登校中の波を左に見ながら走っていると、その波の中にかおりの姿があった。女子高生の横断の為に停まっていたロールスロイスの直ぐ横を通り過ぎたのだ。しかし、そのことに対して、武も気づくことはないし、かおりも気づくことはなかった。毎日、武とかおりはすれ違っていたのに、お互い気づくことはなかったのだ。かおりは弟に会いたいと思っていたので、それに気づけばどんなに喜んだだろう。しかし気づくことはなかった。武の方は、自分が養子だと言うことすら知らないので、姉の存在を知るはずもなかった。

 

 更に数年が過ぎ、武は高校生になっていた。幼稚園から大学までのエスカレーター式の学校だったので、そのまま普通にしていれば進学できるのだ。

 3人で夕食をとっていると、武がしゃべり出した。

「お父さん、僕もう16歳やし、バイクの免許、とりたいんやけど」

 それを聞いた途端、父はものすごい勢いで怒った。今までに見せたことのないような怒り方だ。父の剣幕をなだめるように、母は優しく言った。

「まだ免許は早いわ」

 父とは反対に、母は優しく言った。

「でも友達も免許持っとうし」

「そんな事しなくても、家はどこでも送り迎えするドライバーがいるし、免許とらなくっても困る事無いやろ」

 父は凄い剣幕でまくし立てた。普段の優しい父からは想像出来ない。

「でも自分の運転で走りたいんや」

「そんな事、絶対に許さんぞ」

 父のあまりの迫力で、武は驚いた。

「もしお前が事故にでも遭ったらどうするんや。この家の跡取りは、誰がするんや」

 武は、父の迫力に諦めるしかなかったが、食事を終えて自分の部屋に行った武は、納得できない顔をしていた。

「お父さん、ちょっと怒りすじゃない?いくら事故に遭うと言っても、あの怒り方は異常やで」

 武が自分の部屋に行くと、ダイニングでは父と母の2人になったので、母は父にとがめた。

「お母さん、考えてみて。免許とると言うことは住民票が必要になってくる」

 その瞬間、麗子の表情はこわばった。

「養子やってばれてしまう。あの年で養子やと知れば、暴れるかも知れへん。家を飛び出すかも知れへん。多感な時期やし、まだ言わん方がええんちゃうかな。いつかは判ることやと思けど、もう少し大人になってから言った方が衝撃も緩いんじゃないかと思う。精神的にも成長した大人になってから言った方がいいと思うんや」

「それも、そうね」

 母は素直に納得した。

 

 武は布団の中に潜り込むと、今まで見せたことの無い父の怒り方が気になった。

「なんで、あんなに怒ったんやろ。今まであんなに優しかったのに」

 そう考えている間に、いつのまにか寝てしまっていた。そして小さい頃から、よく見る夢を、また見ていた。

 武は母に抱きしめられ、真っ暗な景色、真っ暗な海の中に入っていこうとしている。少しずつ前に進むに連れ、恐怖感が募っていく。何か怖いものを感じる。更に黒い真っ暗な海に向かって進もうとしている。辺りは真っ暗でよく見えないが、すぐ横を電車が通っていた。電車の走る音が聞こえ、電車の明かりが暗い景色を照らした。

 そして、いつもそこで汗をびっしょりかいて目が覚める。

「今のは何だったんや。小さい頃からよく見る夢やけど、何か不吉な感じがする。怖い」

「そう言えば昔、知らん叔母ちゃんが来て、僕をギュッと抱きしめ、叔母ちゃんは泣いていた。あの日の夜も、同じ夢を見たな。自分には何か隠された過去があるんちゃうか?」

 その頃から何か腑に落ちない物を感じるようになった。

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10へつづく