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仲間家は貧乏から脱出できたとはいえ金持ちでも貧乏でもなく、ごく標準的な家庭だ。この頃、どこにでもある一般家庭だった。
10年が経つとかおりは高校生になり女子校に通うようになっていた。弟が戻ってくる事はないが、暗さは幾分ましになってきた。しかし、その分性格が歪んだ。武が帰ってくると信じていたのに、母の付いた嘘をいつまでも根に持つようになったのだ。
しかし、かおりは今でも武の事を忘れることが出来ないでいる。もう帰ってこないと諦めていたので、大人になったらいつか自分の力で探しに行こうと、心の底で思っていた。
朝、制服を着たかおりは友達と話ししながら、とぼとぼと登校していた。いつも歩く道をとぼとぼと歩いていたのだ。今日の朝方まで雨が降っていたので、空はどんよりしていた。
「この近くに金持ちが通う私立の学校があるでしょ」
「うん、あるある」
「友子がね、その金持ちとつき合ってるらしいのよ」
「へー、いいな。でも私は、お金持ちには興味ないよ」
「えっ、そうなの。でも友子は、その人と結婚の約束もしているみたい」
「私は、お金よりも、本当に好きな人と結婚したいな」
「私も、お金持ちには興味ないな」
かおりと友達が喋りながら歩いている横を、黒塗りのロールスロイスが通り過ぎた。中には中学になる武が乗っていたが、かおりはそんなことなど気づくはずもなかった。ロールスロイスは水たまりをはね、かおりのスカートに泥水をかけた。
「いやねー。泥着いちゃった」
「あの私立の学校の生徒ね。豪華な車で送り迎えしてもらってるのよ」
「・・・」
「金持ちだか何だか知らないけど、ひどいね」
「だから私は金持ちが嫌い」
「お金持ちで性格いい人いないからね」
「取れないよ。どうしよ」
かおりは手で泥を払ったので、広がってしまった。空が暗い上に、朝から嫌な気持ちになり、暗くなった。
10年経っても弟が帰ってきてないので、かおりは親の言うことを信用しなくなり、性格もおかしくなってきた。また勉強もしなくなり、成績もドンドン悪くなってきた。
「勉強しなさい」
「お母さんは嘘言ったんだから、お母さんの言うことなんか聞けないよ」
お母さんが、いくら言っても言うことを聞かなくなり、授業を終えると、そのまま三宮に遊びに行き、帰るのは夜遅く。それに対して、お父さんも手をこまねいていた。そして、そんな矢先に事件は起きた。
「あの時、武を養子にやるんじゃなかった。もし養子にやらなければ、今頃、家族4人笑って、幸せに暮らせていたかも知れない。養子にやったのが行けなかったのよ」
母は泣き出した。
「そんなこと言っても、あのときは仕方なかったやろ。ああするしかなかったんやから」
父は反論した。
「私たちの家族どうなるのかしら。昔のように仲良くできないのかしら。貧乏でも、みんな仲良かった頃が懐かしい。武も、戻ってくれば、どんなに幸せになるか。私は何も望まない。武さえ戻ってくれば、それでいいの。死ぬまでにそれだけは叶えたい。そうしないと死んでも死にきれないわ」
母は涙を流しながら、とぎれとぎれに訴えた。それに対して父も辛かった。
「でも、元はと言えばお母さんが、かおりに嘘を付くからこうなったんやろ」
「私のせいにするの?全部、私が悪いのよ」
母はヒステリックになった。
「そうじゃなくって、もう言い争うのはやめよ。これ以上、家族が崩壊するのは耐えられへん」
父がそう言うと、母は更に泣いた。
「武を戻すことも出来ひんし、10年の歳月を戻すことも出来ひん。戻ってきても武は一緒に過ごした頃の記憶も無いし、もう一緒に暮らすことは出来ひんで」
父がそう言うと、母は大泣きした。
「どうして、こんな目に遭わないと行けないの。どうして神は私たちを、こんな辛い目に遭わせるの」
母の言葉に、父の目からも涙が滲んでいた。かおりの反抗が発端となり、家族は破滅状態になろうとしていた。しかし更に悪いことが起ころうとは、この時思ってもいなかった。
そんなときに悲劇の電話が鳴ったのだ。母は涙で濡れた目を手で拭きながら受話器をとった。暫く穏やかに話していたが、次の瞬間母の大きな声に、父の心臓が止まりそうになった。
「万引き?」
母は驚きのあまり大きな声を出してしまった。
「家の娘が万引きをしたんですか?はい、わかりました。はい、はい」
そう言い電話を切ったとき、父は母の元に近づき、2人の顔からは血の気が引いていた。
「なんやて?」
父は気分を落ち着け、間違いであって欲しいと言う気持ちから、穏やかに聞いた。
「かおりが万引きしたって?」
「うん」
「今まで優しくて、いい子で育っていたのに、この所、親に反発ばかりして、とうとう万引きまでするようになって」
父も母も来るときが来たと言う思いに駆られた。かおりが武の事を心配して、会いたがっていることは判っていたが、こればかりはどうすることも出来ない事だ。それに対して夜も寝れず、どうしたらいいか悩んだ日もあった。しかし、これと言った解決策も浮かばないまま時が流れて、10年になる。この問題をほって置いたのが原因だったのだ。
「どうしよう、お父さん」
怯えた表情で母は父に尋ねると、父の表情は緊張していた。
「チョッと言ってくる」
「1人で行くの?」
「うん」
そう一言、言うと父は1人で出かけた。
父が通された部屋は従業員用の休憩室だった。テーブルと数脚の椅子が並べられているくらいの小さいスペースだ。
ドアを開けると、娘と目が合った。娘は椅子に座り、足を組んで、ふてぶてしい顔をしながら、いかにも「親のせいで私は、こうなりました」と言わんばかりの表情をしていた。
「家の娘が申し訳ありませんでした」
従業員が説明をする前に、父は土下座をして謝った。
「お宅は、一体どういう教育をしてるんですか?!」
「すいません」
店員は、すごく怒っていた。と言うのも、かおりのふてぶてしい態度にも気に入らないし、最近、万引きの被害が多い為に、収入が落ち込んでイラついていたのだ。
「こういう事するの初めてと言ってましたけど、本当に初めてなんですか?初めてだと警察に通報されないと思って、初めてと言う子が多いんですよ。うちの店でも、毎月すごい万引き被害を受けて居るんですよ。全部、この子がやったんじゃないんですか?」
「いえ、本当に家の子は優しくて、いい子なんですよ。今回が初めてだと思います」
父は必死になって訴えた。そして父は娘を見た。
「早く謝まりなさい」
そう言うと、娘は不敵な笑顔を見せた。
「今から警察に通報しましょうか?」
店員は、かおりの反省しない態度を見て、怒っていた。
「いえ、それだけは勘弁して下さい。弁償しますから、勘弁して下さい」
父は目に一杯涙を溜めて、何度も何度も土下座をした。
「娘が、こういう風になったのも私のせいです。私が変わりに何でもしますので、どうか許してください」
そう言うと汚れた床の上に何度も頭を付けて謝った。その態度を見ていると、店員も、それ以上の文句を言えなくなった。
「そこまで、して頂かなくっても」
そう言われても父は謝るのをやめようとはしなかった。目には涙を溜め、何度も何度も頭を床にこすりつけた。さっきまでふてぶてしい態度を見せていた娘の目にも一瞬キラッと光る物が見えた。
「ほんとに2度と、こういう事はしないで下さいよ」
「有難うございます」
また頭を下げた。
「もう遅いので、これで帰って下さい」
そう言うと店員は部屋を出て行った。その店員の目にもキラッと光る物があった。
「かおり、ごめん」
足を組んでいるかおりにしがみついて謝った。怒られると思っていたかおりは、一瞬驚いた顔を見せた。
「お父さんを殴ってくれ」
それに対して、かおりは何も言えなかった。
「お父さんが全て悪いんや。武を養子に出したのも、かおりがぐれだしたのも、すべてお父さんが悪いんや。お父さんを恨んでくれ」
父は泣きながら必死に娘に訴えた。
「お前には本当に迷惑をかけてしまった。もう取り返しのつかないことをしてしまったと思っている。でもお父さんにも、いくら頑張っても無理なことがある。この10年を返せと言われても、それは無理や。しかしそれ以外のことなら何でもするから、お父さんを許してくれないか」
父はまくし立てるように喋った。そして更に続けた。
「もし武と会った所で、お姉ちゃんの事は憶えてないと思う。だから弟の事は忘れてくれないか。どうか、この通りだ」
そう言うと頭を床に着けて謝った。
「全部お父さんが悪いのも判ってる。お父さんが貧乏じゃなかったら、お前を苦しめることもなかったはず。武の事は許してくれないか。他の事なら何でもお父さん頑張るから。お父さんを許してくれ。お父さんを許してくれ。お父さんを許して。どうかお父さんを許して」
父は娘に抱きついて、涙を流しながら必死に訴えた。
「だから、だから、昔のように家族仲良くしよ」
父は。そう一気にまくし立てたが、娘が何も言わないので、崩れこむように泣き出した。顔を腫らし、泣き崩れ、恥ずかしさも忘れ、今までに見せたことの無い顔を娘の前で見せた。
「おとうさん、ごめん」
そのとき初めて娘は言葉を発した。
「お父さんに無理なこと言って、ごめん。お父さんに負担かけて、ごめん。私も半分は弟が帰ってくるとは思っていなかったの。でも、これで吹っ切れた。もう弟の事は諦める。だから家族3人、もとのように仲良く暮らそう。居なくなった弟の事を考えて家族が分裂するより、今居る家族3人が仲良くする方が大事だから」
「かおり、ありがとう」
かおりの言葉に父はすくわれた気持ちになり、涙を流した。
「帰ってこない人の事を考えて、家族が不幸になるのなら、今あるもので幸せを作る方が絶対大事だと思う」
そう言うと娘も泣き出した。
「お父さん顔を上げて」
父も娘も顔は涙で溢れてた。
「ありがとう。判ってくれて」
そう言うと父は娘におもいっきり抱きついた。
「また3人で幸せに暮らそうな。昔のように幸せに暮らそうな」
「私たち家族は最初から3人だったのよ」
「ありがとう」 父は心の中から喜んだ。父にとって、こんなに嬉しいことはなかったのだ。
しかし、その後もかおりはボーとすることが多くなった。登校中も授業中もずっと武の事を考えていた。父には、もう武の事を忘れると言ったが、そう簡単に忘れることが出来るはずもない。両親に弟の事を話すと、両親を悩ますことになるので、1人で悩むことにした。両親に、もうこれ以上の負担をかけたくないと思ったからだ。
だから大人になったら、絶対に1人で弟を捜し出そうと心に決めていた。
「高校を卒業しても大学行く金もないし、大学行く学力もないので、高校を卒業すると、すぐに就職し、お金を貯めて、いつか弟を見つけて、幸せになろう」
そう考えた。
「弟が見つかるまでは自分には幸せは来ないと思うし、また弟が見つかるまでは自分は幸せになっては行けないのよ」
と小さい頃から思い続けている。辛い生活を送っている弟を尻目に、自分だけ幸せになることは許されなかったのだ。かおりは、弟が金持ちの家に引き取られて、可愛がられて、幸せに暮らしている事など露程にも思っていなかった。
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9へつづく |
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