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仲間家は財前家に頂いた100万で借金を返す事が出来、お陰で人並みの生活が出来るようになった。あれから1年になるが夫婦は恐縮しきって、財前家には1度も足を運んでいない。身分も違うし、金持ちに会いに行く服装もないので遠慮していた。
また武はもう財前家の人になったので、会いに行くのもおかしいかも知れない。そっとしておく方がいいと思った。
娘も小学校に通うようになるが、弟が居なくなってからは、すっかり暗くなってしまい、そのことに対して両親は少し後悔している。
かおりは学校から帰ると、いつものように寝室に閉じこもり、うずくまっていた。弟が居なくなってからは友達を作ることをやめ、空想するのが日常となった。この日も、いつものように夕食まで1人で空想していた。
「武は、どこに住んでいるんだろうな。お母さん、教えてくれないし」
「お母さん戻ってくるって言ってたけど、いつ戻ってくるのかな?」
母のついた嘘を、ずっと信じていたのだ。
「新しい親に虐められてないかなー。継母に虐められたと言う話しを聞いたことがあるけど、きっと武も虐められ、苦しんでいるかも知れないな。きっと食べるものも食べれず、着る物も着れず、苦しんでいるに違いない」
かおりは、武が金持ちの家に引き取られた事を知らないのだ。てっきり貧乏な苦しい生活をしていると思っていた。
「もし戻ってこなかったら、1人で探しに行くからね。武、心配しないで。お姉ちゃんが大人になったら、武を探しに行くから。それまでは我慢して。お姉ちゃんは、いつも武の事思っているからね」
空想は、あらぬ方向にどんどん膨らんでいった。そして、その空想を疑うことなく、現実だと思いこんでいたのだ。
おでんの上には、ご飯に、焼き魚、みそ汁が並べられ、3人でおでんを囲み、食事をしていた。1年経ったのに、武がいないだけで何か寂しさを感じてしまう。かおりは心の隙間をいつまでも埋められないで居た。
「お母さん。武は、どこに住んでいるの?」
その言葉に母は言葉が詰まった。
「お母さん戻ってくるって言ってたけど、いつ戻ってくるの?」
「新しい親に虐められてないかなー。私心配で心配で夜も眠れないの?」
本当のことが言えずに沈黙している母に対して、屈託のないしゃべり方で矢継ぎ早のかおりの質問に、母は涙が出そうになった。
「きっと弟は食べるものも食べれずに我慢して、やせ細って苦しんでるのよ。私が助けてあげないと、武が可愛そうで」
母は純粋な娘に対して、本当の事を言って安心させたかったが、武は養子の身だし、それを言うことは出来なかった。かおりは器用に箸を使い魚を食べながら、喋っていたが、母は横にいるのが辛くて涙を抑えていた。
「私、大きくなったら武を探しに行くからね」
「家が金持ちだったら、こんな事で娘を悩ますことはなかったのに」母は心の中で呟くと、辛くてその場を逃げだした。
夕食が終わると父は石油ストーブの上のやかんをどけ、餅を並べた。石油ストーブの周りには灯油の臭いと、マッチの燃えかすの臭いが漂っていた。その天盤の上に孝治は餅を並べ、それを見ていた、かおりは嬉しそうに近づいてきた。
「これはかおりの分、これはお父さんの分、これお母さんの分」
「あー、私の1つだけ。ずるい」
「お前食べれるのか?」
「食べれるよ」
そう言うとかおりは父が持っている餅を奪い、もう一つストーブの天盤の上に載せた。暫くすると餅はきつね色になり膨れてきた。
「あつー」
かおりは、それをひっくり返そうと触った。
「やけどには気を付けろよ」
「判ってるよ」
「お母さん、焼けたよ」
「は〜い」
熱そうに餅を掴むと、それに海苔を巻き、砂糖醤油に付けて食べた。
「餅はストーブで焼くのが一番美味しいからな」
「そうなの?」
かおりは小さい口で餅の端を加え、かみ切ろうと手で引っ張ると、餅は伸びた。
「ストーブの遠赤外線効果で美味しく焼けるんや」
「えんせきがいせん?」
「お母さん、早く来ないと冷めるよ」
「いらなかったら私が食べるから」
かおりは美味しそうに食べていた。
この日は午前中雨が降っていたが、かおりが学校の授業を午前中に終えた頃には雨はやんでいた。しかし所々に水たまりが、まだ残っている。かおりはランドセルを背負ったまま、同じクラスの女の子と少し遠回りして帰ることにした。長靴を履いて水たまりも気にせず走っているので、泥水が飛び、服などにも泥が付いていたが、そんなことは意に介せず、走り回っていた。
普段、あまり友達と遊びに行くことがないので、この日は嬉しくなり、家とは反対の方に遊びに行った。1時間も辺りをうろうろして、道草を食っている。
泥の付いた傘の先を人の家の壁に当てながら走り、その後を友達も同じようにしてかおりを追っかけ、傘に付いた泥が家の壁に線を描いた。壁は何処までも続く長い壁だった。かおりは、はしゃぎながら楽しそうに走ったが、この外壁の家こそ、まさしく武が暮らしている家だったのだ。しかしかおりはそんなことを知るはずもなく、嬉しそうにはしゃいでいた。こんな近くに武が住んでいるなんて想像もしてなかったのだ。もし知っていたら毎日のように会いに来て、かおりももっと明るくなり、今後の人生も変わったかも知れないのに。
更に武は2年後私立の小学校に通うことになるので、この先かおりと学校で会うこともなかった。
「ただいま」
かおりはそう言うと階段を駆け上がってきた。
「さむいー」
「早くストーブに温まりなさい」
かおりはランドセルをほっぽり出し、ストーブに手をかざした。なかなか温もらないので、手をこすり合わせたりして温めた。しかしストーブの火が当たってない背中は寒かった。ある程度、手が温もると今度は背中を向けて、背中を温めた。暫くすると背中が焼けるように熱くなってきた。
「今日の夕食は何?」
「今日は豚汁よ」
「えーほんと。私大好き」
そう言うとかおりは笑顔を見せた。
1週間後、かおりはいつものように1人寂しく奥の部屋で座っていた。二部屋ある奥の部屋は寝室として使っていた。
1年経っても、まだ弟の事を忘れることが出来ないでいる。弟が居なくなって、かおりはすっかり暗くなってしまい1人でよく自分の足を抱え込むようにして抱き、ボーと過ごすことが多くなった。無理もない事だ。今まで一緒に遊んでいた弟がいなくなったので1人になってしまったからだ。最近は、外で友達と遊んだりすることもなく、家に1人で閉じこもり過ごすことが多くなってきた。
それを見ている父も母も辛くなってくるのと同時に、将来友達が出来るのか、友達と仲良くできるのか、おかしくなってしまうのではないかと不安になってくる。武が居たときは明るくて元気だったのに、あれ以来、暗くなったかおりを見るのは父も母も辛かった。
夜、母は眠ってしまったかおりの涙で滲んだ目をふいてあげ、布団を掛けてあげた。
「ずっと武の事を考えてたんだね。よっぽど辛いんだね」
そう言うと母の目からも涙が滲んでいた。
「家が貧乏でなかったら、こんな心配すること無かったんやけど。かおりに辛い思いをさしてしまって、俺も親失格やな」
父は激しく泣き出した。
「貴方!」
母は父に激しく怒った。みんなが自分を責め、変な方向に行ってしまうのが不安になったのだ。
「それは、仕方なかったのよ。ああするしかなかったのよ。自分を責めるのはやめましょ」
母の激しい口調に、父も泣くのもやめた。
「私、明日行ってくる」
「行ってくって、どこに?」
母の唐突な話しに父は驚いた。
「あの金持ちの家よ。武を返して貰うように言ってくる」
「でも今はお金持ちに貰ったお金のお陰で普通の暮らしが出来るようになったけど、あのお金は返せないぞ」
「あのくらいのお金は、お金持ちにとっては端金なのよ」
「端金?」
「お金なんか捨てるくらいあるのよ」
「それは、お金持ちに対しての過大評価とちゃうか?」
「どっちにしても私行ってくる。ダメならダメでいいじゃない」
「うん、言うてみる価値はあるな」
そう言うと父も元気になってきた。今まで背負っていた十字架をおろせる日が来るかも知れないと希望が持てたのだ。
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6へつづく |
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