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 かおりと武が寝静まったのを確認すると、父は母の元に近づき言った。

「いつまでも借金とりから逃げることも出来ひんな。これから昼来られるかも知れへんし」

「そうね。そうなると更にお客さんも来なくなって困まるわね」

「明日の夜、みんなで夜逃げしようか?」

 暫くの沈黙の後、父は静かに言った。

「夜逃げ?」

 母は驚いた顔をしたが、すぐに仕方ないといった表情に変わった。

「夜逃げして、何処行くの?」

「行く当てはないけど、何とかなると思う」

「本当に何とかなるのかな?」

 母は不安だった。

「何とかなるで」

 父は楽観的だった。

「うん。私、貴方に付いていくわ」

 今なら、即離婚だけど、この当時は、妻が夫に付いていくのが当たり前だったのだ。

 

 11月にもなると外は寒くなり、5時にもなるともう日が暮れ、真っ暗になっていた。武を母が抱き、4人は線路わきから周りをキョロキョロし、誰もいないのを確認すると、走ってホームに上がった。

 行く当てもない。とにかく借金取りから逃げたかっただけなのだ。たまたま東行きの電車が止まっていたので、それに乗り込む事にした。

 車内は人が多く、ざわついている。田舎に帰るのか、風呂敷に荷物を積んで、網棚に載せ、網棚も溢れいた。通路を静かに歩きながら、前を進むが席は空いてない。乗客はみんな疲れた顔をしていた。仕方ないので4人は扉付近まで行き、そこで腰を下ろした。

 楽しい旅行とは違って、何となく気が重いせいもあり、出発する前から疲れていた。

 行き先も決めていず、行く当てもないので電車が進むままに付いていくしかなかった。4人とも、疲れた表情を浮かべ、誰も話しかけるものはいなかった。

 かおりはただ理由も聞かされず付いて来たが、父と母の雰囲気から話しかけては行けないのだと悟っていた。車内は暗く、疲れた表情の乗客で混んでいた。空気もよどみ、窓からも見える景色にも、あまり明かりはなく、真っ暗な景色に気持ちは暗くなっていった。

 かおりは疲れた表情を浮かべながらも、武を抱きしめ、武は自分が守ろうと考えていた。暫くするとかおりは疲れてしまい、武を抱きしめたまま眠ってしまった。何も知らない武もかおりの腕の中ですやすや眠っていた。

 4人は夜の8時頃、大津付近の無人駅で降りた。辺りは人も少なく、明かりもなく真っ暗だった。暗がりの中を歩いていると、更にくらい気持ちになってくる。いく当てのない4人は、とぼとぼと歩いた。

「お父さん、何処行く?」

「何処行くって言っても、行く当てないし」

 母の言葉に父は無気力に答えた。

「お母さん、お腹空いた」

 かおりは悲しそうに言った。

 

 4人は光につられて一件の食堂に入った。店の中は薄暗く、グレーのモルタルの壁に、蛍光灯が1つあるだけで、お客は誰も居なかった。中では50歳くらいの叔母さんが1人で賄って居るみたいだ。注文を聞き、料理を作り、出来た料理を運ぶ。全て1人だった。

 4人は店に入り、席に着くと、素うどんを3つ頼んだ。うどんが来るまでの間、誰も言葉を発することはなく、押し黙っていた。背中を丸め、悲しそうな目をして、生気がない。昼から食事をしてないので、お腹が空いていたのだ。

 店の隅でテレビの声がなっていたが、それが妙に悲しく感じた。薄暗い、静かな店内にテレビの音だけが響き、叔母ちゃんが作業する音が時折聞こえ、それ以外の音は聞こえなかった。それが何か悲しい気持ちにさせた。

 店の周りは田圃になっていて、窓から見える景色は真っ暗で、この時期は稲の収穫も既に終え、虫の鳴き声もなかった。

 この店もお客さんが来ないせいか、何とか生活するのが精一杯の収入しかなく、店を綺麗にするお金もないようだ。叔母ちゃんが料理を作る音だけが悲しく響いていた。

 店の叔母ちゃんが素うどんを持ってきてくれると、3人は黙々食べた。少ししかない量なので、ゆっくり味わって食べた。素うどんを食べた所で生気がみなぎるわけでもない。背中を丸め、悲しそうな目をし、黙々と食べた。

 それでもかおりは、武の事を第一に考えてあげ、自分も食べながら、時々、武の口にも麺を入れてあげた。

 3人は、これでお腹が膨れるはずもない。それがまた悲しかった。しかしお金もない。着の身着のままで出てきたのだ。食べ終わると、静かに箸を置いた。

 次の瞬間、父の目が鋭くなり、周りを伺った。奥では叔母ちゃんが洗い物をしている。父は叔母ちゃんが奥に居ることを確認すると、みんなに合図を送った。その合図で3人は一斉に店を飛び出した。

 その逃げる音に気づいた店の叔母ちゃんは、慌てて飛んできた。

「こらー、食い逃げ」

 店の入り口まで走ったが年のせいか膝も悪く、息切れもし、それ以上走ることが出来ない。悲しそうに諦めた表情を浮かべると、痛む足を手で押さえながら店の中に戻っていった。そして物悲しそうに、テーブルに残った丼を片づけた。収入もない上に、食い逃げまでされた事がすごくショックで、肩を落とし、痛む足を引きずりながら、店の奥に行った。

 真っ暗闇の中に、ポツンと立っている薄暗い外灯の下で4人は息を切らしながら立っていた。

「追っかけてこないみたい。大丈夫」

 母は嬉しそうに言うと、みんなは安心して笑顔になった。しかし次のかおりの言葉に直ぐ物悲しくなった。

「お母さん、お腹空いた」

 走ったせいか、かおりはお腹が空いたのだ。かおりだけではない。父も母も、みんなお腹が空いていたのだ。

 

 行く当てもなく4人は肩を沈め、静かに道路を歩いていたが、その間、一台の車ともすれ違うことはなく、また誰も何も喋ることもなかった。

 暫く歩くと、波の音が聞こえてきた。暗い夜の海は、不気味に見えたが、誰も何も言ってないのに4人は湖に向かっていた。武は母が抱っこしたままだ。

 しかし波打ち際まで来ても歩を緩めることはなく、足下が水に浸かった。冬の時期は寒いので、湖水も冷たい。その行動に、後ろから付いてきたかおりは恐怖を感じた。これから何をするのか、かおりにも想像がついたのだ。

 父と母は、更に1歩、2歩と歩を進めると、波が激しく向かってきた。かおりも膝まで水に浸かったとき、波の勢いが激しく、かおりは体を持って行かれそうになった。しかし、やめようとは言えなかった。父と母は死んだ目をしていたのだ。死ぬのも怖いが、自分だけ生き延びる方が、もっと怖かったのだ。

 かおりの胸まで水が上がってきた。時折激しい波が来て、頭まで水に浸り、息が出来なくなる。それでも母と父は前進するのをやめなかった。湖の中を一緒に歩くと、一番最初に息が出来なくなるのは当然かおりだ。

 かおりは息が出来なくなり溺れ出した。口の中に入った水を吐き捨てるが、すぐに新しい波が来て、また口の中に入る。そして体も浮き上がり波に持って行かれそうになる。かおりは、必死に両手をばたばたさせ、もがいた。

「私、死にたくない」

 心の中で、そう叫ぶと必死になって岸に向かってもがいた。何度も波にさらわれながらも必死になって岸に向かった。それを見て、母は我に返り、娘の名前を呼び、かおりを追っかけた。

 娘が先に岸に着くと、砂浜に座り込み、真っ白な顔で、ぜいぜい肩で息をしている。かなり水を飲んだみたいで苦しそうにし、体力も大分消耗していた。後から追いついて来た母は、それを見て、娘をおもいっきり抱きしめた。

「かおりは、お母さんが守る。どんなことをしても死なせないから」

 海岸で母が泣きじゃくるが、かおりは疲れ果てて、泣く元気もない。それにつられて、横で武も一緒に泣きじゃくっていた。

 父もすぐに追いついた。父の目からも涙が溢れていた。

「お父さんの子供に生まれてきて悪かったな。何もいい事無いし、何もしてあげられなくって」

 父は娘に泣いて謝った。かおりはまだ顔色が悪く、ぜいぜい言いながら、飲んだ海水を苦しそうに吐き出していた。横で武はけたたましく泣きじゃくっている。

「ごめん、俺が悪いんや。全部俺が悪いんや」

 父は武以上の声で泣き出した。真っ暗闇の静かな夜に、大合唱が始まったが、近くに家もなく、明かりもなく、誰にも知られることはなかった。

「もう一度、やり直そ。もう地獄を見たんだし、これ以上悪くはならないわ。家族みんなで力を合わせると何とかなるわ」

 泣いている父に母が励ました。その言葉に父は引きつりながら、頷いた。

「もう泣くのをやめましょ」

「うん」

 父は頷いた。それを聞いてかおりも少し安心した顔を見せ、母は泣いている武をあやした。

 

 その後4人は、また暫く黙々と歩いた。行くあてなどないので歩くしかなかった。父は、こんな冬に夜逃げなどしたことに後悔した。どれくらい歩いたか分からないが、空腹を抑えながら、かなり歩いたように思えた。目の前に小さなパン屋が見えたのだ。

 店の大きさは3畳程度の小さな店で、住居と店舗を兼ねている。店の引き戸は開けられていて、店主は奥にいるみたいだ。盗みに入るには絶好の店だ。父はそう睨んだ。

 コソコソ店に入ると、誰もきそうにもないので、店に並べられているパンをジャンバーのポケットに入れた。店に並べられているパンはシンプルな物ばかりで味は付いてない。でもそんなことよりもお腹が満たせればそれで良かった。

 パンを1つ2つポケットに入れる。しかし4人分の空腹を満たすには、これでは少ない。ポケットにはもう入らない。そんなときに、まだスライスしてない食パンの塊が見えた。

「あー、これだ」

 食パンを掴もうとした瞬間、誰かが父の手を掴んだ。

「何してるんですか?」

 父はビクッとした。

「あ、すいません、すいません。つい出来心でやってしまいました」

 その瞬間、横で見ていた妻と娘はドキッとした。このままどうなってしまうんだろう。警察に連れて行かれるのでは無いかと思い、不安になった。父は慌てて土下座をして、何度も何度も謝った。

「うちはボランティアで商売やっているんじゃないんだから。人に唯でやるようなパンは無いんだよ」

 頭を上げると店主は大男だったので父は、また驚いた。身長180cm、体重100kgと言った所だろう。その店主が父の胸ぐらを掴むと、父は簡単に持ち上がった。その瞬間、父の顔は青ざめ、それを見ていた母と娘も泣き出しそうになった。

「中でゆっくり話そうか。なんなら警察呼んでもいいんやけど」

 父はまた土下座した。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 必死に謝った。母と娘も近づいて、一緒に土下座して謝った。しかし店主は許してくれず、中に入るように命じられた。

「どうか警察には通報しないで下さい。私たちは食べるものも、お金も無いんです」

 中に入っても父は必死になって何度も何度も謝った。店主は、それを怖い顔で黙ってみていた。

 父が必死になっている姿と、許してくれない店主を見ていると、かおりは急に悲しくなってきた。この年で牢屋に入れられるのは辛い。警察に捕まり牢屋に入れられる事を想像すると涙が出てきた。

 家族は警察に掴まると、バラバラにされ、お母さん、お父さんとは一生会えないんだ。これから5歳になる子供が、1人で生きていくのは辛い。すごく寂しい気持ちになってきた。警察に行くと怒られ、殴られ、

「どうして、そんな事したんだ」

 と問いつめられるだろう。想像すると身が張り裂けんばかりの思いになってきた。

「さっき死んでいたら良かった」

 娘は後悔の念が押し寄せ、思わず口をついて言葉が出た。生きるのも辛い、死ぬのも辛いのだ。

「どうしたんだね。お嬢ちゃん」

 今まで黙っていた店主がかおりに訊ねた。すると、かおりは今まで堪えていた涙が溢れだしてきた。

「警察にだけは言わないで下さい」

 かおりは涙ながらに訴えた。そう言うと更に涙があふれ出した。店主は黙って聞いていたが、かおりにまた訊ねた。

「さっき死んでいたら良かったって言わなかったか?」

「さっき、みんなで湖に入って、死のうとしたんだけど、私勇気が無くって、死ねなかったんです。でも今ならきっと死ぬます。だから、だから許して下さい、お願いします」

 そう言うと小さい体で何度も土下座をした。

「どうして死のうとしたんだ?」

「私たち借金取りに追われて、ここまで逃げてきたんです」

 それを聞いた店主は難しい顔をした。そして店主は黙って奥の部屋に行った。

「警察に電話してるんだわ。やっぱりさっき死んでいたら良かった」

 かおりのこころの中で後悔の念が押し寄せてきた。4人は悲しみから逃げることも考えられなくなっていた。今なら逃げれるかもしれないが、もう気力を失っていた。それに空腹で逃げた所で、大きな大人にすぐに追いつかれることは目に見えていた。

 店主が戻ってくるのが死刑台に上るかのように緊張し、父は胃を痛め、運が悪かったと悔やんだ。店主が大きな図体で奥の部屋から戻ってきたとき、緊張はピークに達していた。 戻ってきた店主は、かおりに紙袋を渡した。かおりはキョトンとした顔をして、それを受け取った。

「これを持って、お帰り」

 娘はいつまでもキョトンとした表情を浮かべていた。

 母は娘から紙袋を奪い、袋を開けると中には、ぎっしりとパンが入っていた。それを見た途端、母の目から涙が溢れた。

「これ、いいんですか?」

 今まで黙っていた父の目からも涙が流れた。

「これ食べて元気出して。辛いのはみんな同じだから」

「有難うございます。有難うございます。このご恩は一生忘れません」

 何度も何度も泣きながらお礼を言った。最悪の事態になったと恐怖を感じていたのに、心の温かい店主にすくわれた気持ちになり、さらにまた何度も何度もお礼を言った。

 何度もお礼をいい、涙も枯れると、涙を拭きながら顔を上げて店主をよく見た。すると店主はぼろぼろの服を着ていた事に気づき、家も小さく、周りを見渡すと、どこもかしこもぼろぼろだった。今まで自分の事で精一杯で、店主の事が見えてなかったのが、この店も裕福な生活をしていたわけではなかった事に気づいた。さっきの、食堂も同じだった。そんなに裕福な暮らしをしていたわけではない。そのことを思い出すと、食い逃げした事に後悔した。

 「辛いのはみんな同じ」と言う意味に気づいた。自分らだけが辛いのでは無いんだ。その言葉に励まされ、勇気づけられ、3人は何度も何度も頭を下げ、店を跡にした。

 

 許して貰ったからと行って4人は行く当てもなく、静かに真っ暗闇の河原に腰を下ろすと、パンを黙々と食べた。

 時折、吹く風は冷たかった。

「美味しいね」

 母が泣きながら言った。

「こんなに親切にしてくれるなんて、思っても見なかったわ」

「やっぱり家に帰ろう。みんなでやり直そ。どんなに辛くても逃げ出しては行けないんや」

 父の言葉に、母と娘は静かに頷いた。4人は駅から大分離れた所まで来ていて、急いだ所で最終電車には間に合わない事に気づいていた。

「とりあえず今日は、ここで野宿して、明日帰ろう」

 しかし冬の風は身にしみるくらい冷たかった。もしかしたら明日は無いかも知れないと言う気持ちは父や母の頭にはあった。

 でも行く当てもないので、河原で寝転がっていると、星が綺麗に見えた。

「もし生まれ変わったら、お金持ちになりたいな」

「それは私も同じ」

 父の言葉に母は笑った。そう思っていると、涙が流れてきた。

 そこに冷たい風が吹き抜けた。

「もし、明日、目が覚めなければ、天国で会おう」

 父がそう言うと、母とかおりは、黙ったまま納得した。

 

 そこへパン屋の主人が焦った顔で、こっちに向かってきたので、4人にさっきの緊張が蘇り、身構えた。どうしても気が収まらなくって文句を言いに来たのか、それとも警察を呼びに来たのか、一瞬のうちにいろんな事が父や母の頭をよぎった。4人の体は冷え切り、逃げる気力など残っていなかったのだ。

「もう逃げれない。これで終わりかも知れへん」

 父がそう言うと、母とかおりも覚悟を決めた。

 しかしご主人の話を聞いて父と母は、涙が出るくらい感動した。

「探しましたよ。まだそんなに遠くには行ってないと思って、近くを探したんです」

 ご主人は走ってきたせいか息が荒く、疲れた表情を見せた。

「どうしたんですか?」

「こんな夜遅い時間に行く所もないし。知り合いに電話したんですよ」

 肩で息をし、とぎれとぎれに話しして何が言いたいのか、さっぱり伝わらなかった。

「知り合いの民宿に電話したら部屋空いてるっていうから、事情を説明すると無料で泊まっていいって言ってくれて」

 それを聞いた瞬間、父と母の目からは涙が浮かんでいた。泥棒をして迷惑をかけた上に、泊まる所まで手配してくれた事を考えると、感謝してもしきれなかった。

「有難うございます」

 父は涙で言葉にならなかった。

「もう夜も遅いし今からは帰れないし、寒い外に放り出すのも可愛そうだと思って」

「本当にありがとうございます」

 父は目に涙を溜め、ご主人の腕にしがみついた。

「このご恩は一生忘れません。何の得にもならない、こんな貧乏人を助けていただいて本当に有難うございます」

 

 パン屋のご主人に連れて行かれた民宿は、直ぐ近くにあった。夫婦で経営していて、部屋は3部屋しかないが、これで家族が何とかやって行けているくらいの収入はあった。

 民宿の奥さんに付いていって、2階に通された部屋は6畳で、土壁は所々はがれ、襖は少し穴があいていて、お世辞にも綺麗な部屋だとは言えないが、泊めて貰える事に感謝した。

 この出来事を後で振り返ってみて、あの時、もし泊めて貰ってなければ、川から吹く冷たい風で誰か死んでいたと恐怖に駆られる事がある。大人は風邪くらいでやり過ごせても、子供は確実に死んでいたはずだ。そう思うと何と運が良かったのだと思った。

 民宿の、ご夫婦も親切で、泊めてくれるだけではなく、お風呂と食事も用意してくれた。

 4人は1階の食堂に行くと、食事が並べられていた。

「本当に有難うございます」

 父と母は何度も頭を下げた。

「出生したときは必ずお礼に来ます」

「そんなこといいんですよ。その気持ちだけで幸せになれますから」

 店の奥さんは言った。奥さんは、明るくて、小さい事には気にしないタイプの人だった。

「あり合わせのものしかありませんけど、どんどん食べて下さいよ」

 遠慮している家族に、奥さんは笑顔で言った。

「はい、有難うございます」

 民宿の奥さんは、朗らかで肝っ玉母さんと言った感じで、それに4人は包み込まれるような温かみを感じた。

「後で、みんなで写真撮りましょ。思い出になると思います。いつか苦しくなったときには、このときを思い出して下さいね」

 食事を終えると、父と武とかおりは湯船につかった。すると冷え切った体に生気が蘇ってきた。

「生き返ったな」

 父は本当に嬉しそうに言った。数時間前とはうって変わって、もう一度やり直そうと言った気持ちになれたのだ。

 かおりも子供用の浅い湯船につかり、武が溺れないようにしっかり抱きしめていた。

 しかしこれで問題が解決したわけではなかった。最初の借金の問題はまったく解決されていなかったのだ。そしてこの後、不幸な出来事は更に続くことは言うまでもない。

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3へつづく