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昭和40年、日本は高度成長期で豊かになりつつあったが、世の中にはまだ貧乏な生活をしている人は沢山いた。ここで紹介する仲間家も、その内の1つに入る。神戸市長田区の靴工場が建ち並ぶ一角に、仲間家のうどん屋はあった。
父、仲間孝治は、幸子と6年前に結婚して、5歳になる、かおりと言う娘と3歳になる武と言う息子をもうけた。昔サラリーマンをしていたが、自分の店を出すことが夢で、やっと去年念願の店を出すことが出来、細々ながらも、小さなうどん屋を出す事が出来た。
家の1階がうどん屋になっていて、カウンター席が10席で、テーブルが3つあるくらいのこじんまりしたもで、20人も座れば満室になる店だ。
2階は二間で、そこで家族4人が身を寄せ合って暮らしていた。
しかし商売は父が考えている程、甘いものではなく、店は流行らず、そのときに出来た借金を返すことが出来なくなり、ときどき借金取りがくるようになった。
20席が満席になったのは開店のときだけで、料理の経験もなく始めたために、味付けも上手く出来ず、次第に客足は離れるようになった。店の改装費、テーブルや椅子などの備品などお金をかけたのに、元を取り返すどころか、借金はどんどん増えていった。
2階のおでんに並べられた食事は質素な物だった。ご飯、みそ汁、アジを焼いたのだけだった。かおりが食べている横で、武がまだ箸を上手く持てない手でぎこちなく箸を持ち、アジの身をとっていた。それを横で見ていたかおりは、
「私が取ってあげる。貸して」
そう言うと、かおりは器用にアジの身だけを取ってあげた。
「あーん」
そう言って武の口を開けさすと、自分の箸でアジの身を口に入れてあげた。
「おいしい?」
片づけを終えた母がやってきてニコニコしながら言った。
「武がね、上手く食べれないからね、私が取ってあげたの」
「あっ、そう。お利口ね」
母がそう言うとかおりはニコニコして、自分の口にご飯を入れた。
夕方、かおりが遊びから帰ってきて、家の玄関を開けたとき、かおりはビックリした。武が店のカウンターの椅子に上ろうとしていたのだ。椅子はお客さんが座るものなので、高さは大人用。それに上ろうとしていたから椅子がグラグラして今にも倒れそうな様子が目に飛び込んできた。
「あー、危ない」
かおりは驚いて、目を丸くし、玄関のドアを閉めるのも忘れて、倒れそうな椅子に向かって突っ走った。かおりが椅子に近づいた瞬間、椅子はかおりに向かって倒れてきた。かおりは椅子の下敷きになり、上に乗っていた武は横に転がったのだ。
「わーん、わんわんわん」
かおりは倒れた勢いで椅子と武が乗ってきたので痛さと重さで泣いてしまった。しかし親は2人とも出かけていたため誰も助けに来ず、涙を流しながら、大泣きした。
その後、椅子の上に乗っていた武は床の上に転がり、かおりの鳴き声の後に、武の鳴き声が続き、合唱になった。かおりは自分の泣き声と共に武の泣き声が聞こえたことに、ハッとした。
「そうだ武は大丈夫かな?」
武の事が急に心配になると、涙がパタリと止まった。かおりは涙を拭き、立ち上げると、武に駆けより、泣いている武を心配した。
「大丈夫?怪我してない?」
そう言っても武は泣くばかりだ。泣いている武を見ていると悲しくなってきて、また涙があふれ出てきた。
「武、死んじゃーいや」
かおりは溢れてくる、涙を拭くと、気持ちを切り替え、武を起こし、服とズボンの汚れを払ってあげた。それでも泣きやまない武を、かおりは抱きしめた。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがついているからね。お姉ちゃんが守ってあげるからね。だからもう泣かないで」
泣き出しそうになっているのを必死に堪えた。
「さー、どうぞ」
昼間なのにうどん屋には、お客さんは1人もいなかった。武とかおりはカウンター席の大人用の椅子にちょこんと座っていた。そこに母は2人にカレーを出した。
「わー、カレーだ」
かおりは嬉しそうに喜んだ。2人は体に比べて少し大き目のスプーンを持ち、カレーをすくうと、まだ小さい口に運んだ。口元を汚しながら美味しそうに食べた。
足はもちろん床まで届かないのでブラブラさせていた。
家の玄関は簡単な木で出来た開き戸だ。時々油を差さないときしみ、隙間も多く冬になると冷たい風が入ってくる。鍵も簡単なものだったが、この当時は平和で事件などは起こらなかったのだ。
玄関の前は1畳くらいのコンクリートで、その前は車の通る道路になっていた。そのコンクリートの上で、武はよく1人で遊んだ。四つん這いになって、ミニカーを走らせていたのだ。
「ブー、ブー」
前に植木鉢があると、それを迂回させ、道路の手前で左折して、Uターンしてドアの前まで戻った。ドアの前までに戻ると、またUターンして同じ道を走らせていた。これを何時間も飽きずに繰り返していたのだ。
周りに友達がいないせいもあり、武はかおりが居ないときは1人で遊ぶことが多かった。
「おい、何やってるんだ」
そこに悪ガキ3人が近づいてきた。武は恐怖で固まってしまった。今まで感じたことのない恐怖を感じた。
「俺にもかせよ」
そう言うと抵抗する武の腕からミニカーを奪い取ろうとした。まだ小さいので抵抗する力も、反抗する力も、備わってなかった。もう半泣き状態で、目から涙が潤んでいた。
「こらー」
遊びから帰ってきたかおりは、虐められている弟を見て、走ってきたのだ。その勢いに悪ガキどもが蜘蛛の子を散らすように走って逃げた。そして弟に近づいて、声を掛けた。
「ひどい子ね。何処の子かしらね」
弟は目に涙を溜め、今にも泣きそうだった。
「お姉ちゃんが、ちゃんと守ってあげるからね。心配しなくていいから」
そう言うと、かおりは弟の涙を拭いてあげ、弟を抱きしめた。かおりは弟思いで、ことのほか弟を可愛がったのだ。
しかし、これからこの兄弟に悲運が待ちかまえている事など、このとき予想だにしなかった。
今日は家族4人揃って、鶏の水炊きを食べていた。貧乏で鶏でだしを取ることが出来ないので、本当に水に具を入れただけのシンプルな物だった。でも時代がそうだったというのもあるし、それに対してかおりも文句を言わずに食べていた。
「やけどしたら危ないから私がとってあげる」
そう言うとかおりは武のために、白菜と鶏肉を小皿にとってあげた。不器用に箸を持ちながらも武は白菜を口の中に入れた。
「武は大きくなったら何になりたいの?」
父が口に鶏肉を入れると、嬉しそうに武に聞いた。
「ぼくね、大きくなったら、お姉ちゃんと結婚する」
それを聞いた父と母は笑った。
「兄弟は結婚できひんねんで」
「えー、出来ないの?」
かおりが残念そうに言った。
「法律で決まってるから」
「私も武と結婚したかったな」
かおりが残念そうに言った。ただ1つを除けば、平和で幸せな家族だった。借金取りさえ来なければ、いつまでも幸せが続いたかも知れに。しかし、この幸せをぶち壊す事件が、この後、起ころうとしていたのだ。
夕食も終え、夜の10時頃、もう寝ようかとしているときに、訪問者が訪れた。
「ドンドンドンドン」
けたたましくドアを叩く音がした。
「お父さん、また来たよ」
お母さんが言った。
「電気を消して、みんな静かにしろ」
父の言葉で、母は明かりを消し、4人は布団をかぶり身を寄せ合った。
「おるのは判っとんやぞ」
借金取りは激しく怒鳴った。4人は布団をかぶり、ぶるぶる震えていた。
「金を取り逃げするのか?」
ドアを激しく叩いた。
「大丈夫やから。彼らも家の中までは入ってこうへんから。家の中にいると安全やから」
父は震えている家族に言った。そう言われるとかおりも安心し、強気になった。
「武を貸して」
母に言うと、母の側にいる武を、自分の側に引き寄せた。そして、ぐっと抱き寄せると、真剣な目で訴えた。
「私が武を守る。絶対に武を守るから」
何も判らない武はかおりの腕の中で姉の温もりを感じていた。怖いながらも家族が身を寄せ合っていると体温で家族の温かみを感じることが出来た。そして安心感と幸せを感じる、ひとときでもあった。かおりは、悪者は自分が退治すると正義感を振るっていた。敵を想定することで、家族の絆は更に深まった。
「早く立ち去らないかな」
父は布団の中で呟いた。立ち去れば全て解決すると思っていた。10分くらいしたころ外は静かになっていた事に気づいた。既に借金取りは立ち去っていたのだ。
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2へつづく |
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