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18
この日、新居で初めて寝た。畳が青々しく、いい匂いがする。新鮮な気持ちと、嬉しい気持ちで、幸せを噛みしめて床についた。空が青くなり、朝が明けようとしていた時刻に、秋本は素敵な夢を見た。
新築の家の前の庭を一生懸命、スコップで掘っていた。慣れないせいか疲れるが、汗は爽やかで、ハンカチでおでこを拭った。ある程度掘ると、横にあった桜の苗を手に掴み、その穴に入れ、土をかけた。
場所は変わり学生の頃、住んでいたアパートが夢の中に表れた。そこで秋本が楽しそうに暮らしている。ベットに乗り窓を開けると、1枚の桜の花びらがヒラヒラと部屋の中に入ってきて、ベットの上に落ちた。アパートの前の桜は満開だった。
「あれから20年経つな。綺麗だな」
秋本は飛び起きた。はるかが言ってたように桜の苗が夢に出てきたので驚いた。前住んでいたアパートは桜並木になるし、そこに行けば何か桜の苗の手がかりがあるかもしれない。そう直感した。考えてみれば学校を卒業してからは、あそこのアパートにも1度も行ってない。急に、あのアパートが懐かしくなったし、もう桜の時期だ。アパートの前の桜も急に見たくなってきた。
今日は日曜日だし、予定が無いので、アパートを見に行くことにした。でも、まだ時間が早いので、もう一度寝た。
10時頃目を覚ますと、シャワーを浴び、久しぶりに朝食は喫茶店で食べようと考えた。シャワーで目を覚ますと、早くあのアパートが見たくなり、ウキウキしてきて、服を着て、髪を乾かすと、外出の準備をした。
家を出ると庭先で伸びをし、庭からは神戸の景色が見え、所々桜が咲いているのが見えた。坂を下って行き暫くすると、桜が咲いていた。桜を見ると、ゆり子のことを思い出した。始まりは桜の木の下での新人の勧誘。そして夙川、摩耶山へ出かけたこと。そして2回のデート。そして破局。喫茶店に着くまで、いろいろなことを思い出していた。
山手幹線まで降りると、おしゃれなカフェがいっぱい増えていて、そこの1軒の店に入った。店の中はシックなテーブルなどで統一され、少し照明を落とし、落ち着いた感じがした。イタリアンカフェで店の外にもテーブルがあり、そこに座った。外は中とはまた違った雰囲気で、太陽の日が当たり、車の通りもよく見えた。休みの日で、朝も早いので、人通りはそれほど多くはなかった。
そこでシフォンケーキとアイスコーヒーを頼んだ。普段あまりケーキは食べないが、甘いものが食べたい気分だった。家も買ったし、幸せな気分でいっぱいだったし、甘いものを食べて、更に幸せがやってくるようにも感じた。
「学生の頃は、毎日キャンパスのイタリアンカフェでお茶を飲んでいたな」
学生の頃が、懐かしく思い出されて来た。
「ゆり子とデートしたのもイタリアンカフェだったな」
「なんかイタリアンカフェに縁があるな?」
席からは山手幹線の桜がよく見え、太陽の光を浴びていた。
「こんな天気だと、遊びに行きたくなってくるな」
光を浴びて輝いている桜を見ると、気持ちも澄み渡ってきた。
そうしている内にウエイトレスがシフォンケーキを持ってきた。皿の上にはスポンジケーキ、その上にたっぷりの生クリームが載せてあり、ケーキを切ろうと、ホークを入れると、ケーキは柔らかくすんなり切れた。その切ったシフォンケーキをホークでさし、口に運んだ。生クリームの甘みと、スポンジの柔らかさが、幸せ感を感じさせてくれた。ケーキを頬張ると、口の中でケーキが溶け、そしてアイスコーヒーを飲んだ。ケーキを食べ終わると、気分良くなってきた。
「さー、アパート目指すか」
急に元気になっていた。
少し歩くと、懐かしい桜並木が見えてきた。桜は満開で、桜見物の客が大勢いた。
「懐かしいな。丁度満開の時で良かったな」
懐かしさを心に噛みしめながら、桜並木の前で歩を止めた。桜並木の間に立つと、木漏れ日がすがすがしい。暑くもなく、寒くもなく、気持ちいい風が吹き抜けてくる。
「この木、一本でもいいから欲しいな。一本有るだけで、家の庭から見える風景は抜群に良くなるんやけどな」
昔住んでいたアパートの前まで来た。その瞬間、昔のいい思い出が一瞬にして脳裏に蘇ってきた。
「ここに住んでたんやな。なつかしいな」
アパートは昔と変わっていなかった。外壁はピンク色に塗られていて、これを見た瞬間、良かった思い出、悪かった思い出が思い出され、うれし涙が少し流れた。暫く、この懐かしさに浸りたかった。
そして人に押されながらも前に進んだ。前に進むのも大変だったが、前の人の歩くスピードに合わせた。昔を懐かしみながら歩いていると、前の女性が何かを落とした。女性は、そのことに気づかずに前に進んだので、秋本は、それを踏みそうになり、
「あっ」
と思った瞬間、顔から血の気が引いた。
「まさか。いや違う。そんなはずはない」
そう言いながら、女性が落とした物を拾った。掌にそれを載せると、それは光に当たり、光を反射した。それはゆり子と買ったハートのペンダントだった。真ん中で二つに割れている片方だ。あの時買ったのと、同じタイプのものだ。
次の瞬間、頭の中はパニックになっていた。一緒に買ったペンダントと同じだ。でもあのペンダント誰でも持っているタイプの物だし、持っていたとしても、今もしているはずがない。当時300円で買ったペンダントを、今も大事にしているわけがない。それに、福井に帰った、ゆり子が、ここにいるはずがない。
秋本は、あらゆる否定を探したが、次の瞬間、自分でも無意識に、大きな声が出ていた。
「ゆり子」
普段大きな声を出すタイプではないので、自分の言動に自分自身が驚いた。
「人違いだ」
と思った瞬間、前の女性は立ち止った。暫くの沈黙の後、女性は振り向いた。目には一杯涙を溜めていた。聞き覚えのある声に反応し、秋本の側に近づいてきた。そしてこのとき秋本はゆり子で有ることを確信した。
「今まであなたのことを忘れた事は1度もないんです。貴方に会いたくて、毎年ここの桜の木を見に来てたんだけど、今日会えるとは思っていなかった」
ゆり子は秋本の元へ駆けてくると、そのまま秋本の胸に抱きついて号泣した。ゆり子は秋本の体に思いっきり抱きつき、秋本も思いっきり抱きしめていた。
「あの時は、麻紀さんのことがあって、秋本さんの元から去ってしまったの。あの時、私に勇気があれば、こんな風にはならなかったのに」
秋本は麻紀に気を遣っていることを初めて知った。
「ごめんよ。俺こそ、ゆり子の気持ちを察することが出来ずに」
秋本の目にも涙が流れていた。
「でも、貴方が東尋坊に来てくれて、自殺を止めてくれたときは嬉しかったです。もしあの時、止めてくれなかったら、今、貴方と、こうして、こういう風に会うことは出来なかったはず。本当に、こんな再会があるなんて、私信じられないです」
秋本はゆり子を思いっきり抱きしめ、泣いた。ゆり子に昔の大人しさは消えていた。
その後、ゆり子を自分の家に招待した。そのとき気持ちは一段落していた。2人は庭で御茶を飲んだ。
「すてきな家ね。庭からの眺めもいいし。こんな所に住む奥さんは幸せね」
そのことに秋本は答えなかった。
「新婚なの?奥さんに私のこと何て説明するの?奥さんに怒られるから、もう帰ります」
「俺、結婚してないねん。お前のことを忘れることが出来なくて、結婚もしてないし、あれ以来誰ともつき合ってないし、お前のことを一日も忘れたことがないねん」
そう言うとゆり子の目から、また涙がこぼれた。
「私も、貴方のことを忘れることが出来ず、結婚してないんです」
秋本は更に驚いた。
「もう、とっくに自分のことを忘れて、結婚し、子供もいると思っていた」
「じつわね。私、秋本君に会いたいから、毎年、秋本君が住んでいた家の前の桜並木を見に行っていたの」
「え!福井から?」
「そうなの。毎年、春になると神戸に来ていたの。それを10年以上続けて、やっと今年会えたの」
そう言うと、ゆり子は嬉しさで、涙ぐんでいた。秋本は、そんな事知らなかったので、驚きを隠せなかった。
そして2人の気持ちは高まり、20年の歳月は一気に縮まり、秋本はゆり子の手をとると、目を見つめた。
「お互い遠回りしたけど、俺と結婚してくれないか?」
ゆり子は涙を流した。そして大きく頷いた。そして秋本は2つの幸せを同時に手に入れた。家と妻だ。
その日の夜、ゆり子は秋本の家に泊まることにした。2人は夕方、近所のスーパーに買い物に行った。2人は若い恋人同士のように、腕を組みながら、食材を選んだ。
「じゃー、今日は私が手料理ご馳走するから。座ってて」
家に帰ってくるとゆり子は手際よく、シーフードスパゲティーにサラダ、コーンスープを作った。
「美味しそう」
出来上がった料理を見て、秋本は喜んだ。
「せっかくだから外で食べない」
「うん、そうしようか」
「じゃー、貴方、これ運んで」
秋本は普通だったが、何処か新婚のような台詞にゆり子は照れた。20年の歳月は一瞬に縮まり、2人は長いことつき合っていたかのように感じられた。そして料理を外のテーブルに運んだ。
「綺麗な景色ね。こんな所から夜景が見えるなんて最高ね」
スパゲティーを食べながら、ゆり子が言った。
「これからは、いつでも見れるよ」
そう言うと、ゆり子は嬉しさで涙が出てきた。
「本当に結婚してくれるですか?」
「本当やで」
ゆり子は泣きながら言った。
「私、今まで薄幸だったから、秋本さんと再会したことも信じられないし、結婚することも信じられないんです。私、わがままなんか言わないよ。こんな所に住めて、秋本さんと一緒に居るのが、ずっと夢だったので。それで幸せだから」
そう言うと涙をすすりながら、スパゲティーを口に入れた。
夢は諦めない。
思い続けることで叶う。
明け方の夢が正夢になり、
幸せに導いてくれた。
不幸の中で掴んだ幸せだから、
より嬉しい。
大器晩成型でもいいじゃない。
今が幸せなら。
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19へつづく |
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