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第四章 冬

 

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 12月にもなり気温がぐっと下がり、まだ雪は降ってなかったが、冬の京都は寒かった。京都は盆地になっているため、他の所よりも冬寒く、夏暑い。ゆり子は細身の体にセーターを着て、その上にコートを羽織っていた。

 この日は学校をさぼって、阪急電車で四条河原町行きの特急電車に乗り、終点の四条河原に向かっていた。十三で乗り換えて50分程度で着く。電車の中では何か思い詰めるような表情を浮かべ、終始うつむき加減だった。1人で京都に来たのは傷心旅行と、実家に帰って死んだ母のもとに行くためだった。

 電車が終点の四条河原町に着くと、一斉に人が降り、とぼとぼ歩いているゆり子のもとを、何人もの人が足早に通り過ぎていった。改札を抜けて地上に出た。前に一度来たことがあるので大体の位置は判っている。真っ直ぐ行った先が八坂神社だ。ゆり子はとぼとぼ歩きながら、行く当てもなかったが最後の京都を味わいたかった。少し行ったとこで広い川が見えた。鴨川だ。夏場なら川沿いの料亭で川床を楽しんでいる人もいるが、この時期はない。

 途中、鴨川にかかる四条大橋で足を止め、鴨川を眺めながら、感慨深げに何かを考えていた。秋本の事、薄幸な自分、最後の自分の人生。暗い表情を浮かべ、決断しているゆり子の目からは涙は出てこなかった。風はびゅうびゅうふいて、川は凍りそうに冷たくなっていた。カップルが河原に座り、楽しそうに会話している風景があったが、ゆり子の目には見えてなかった。10分ぐらい橋の上から川を眺め、いろんな事を考え、そしてまた歩き出した。

 周りに商店が並び、そこを越えた所に八坂神社がある。取りあえず、そこに向かった。

 八坂神社に行って何かしようと言うのもないが、ただ何となく行ってみたくなっただけだ。人は多かった。ただブラブラ八坂神社、円山公園を歩いて時間を過ごした。桜の名所なので桜の木は多かった。桜の木を見、また感慨深げに桜を眺めながら、側にあるベンチに座った。桜の木を見ていると夙川に行ったこと、摩耶山に行ったことが思い出された。そして秋本の事へと展開していった。

 1時間ほどボーと過ごし、表情は曇ったまま、今日は涙を1滴も流していない。この後、急ぐ当てもないし、行く所もないのだ。今日ホテルに泊まり、明日福井に帰り、母の元へ飛び立とうと考えていた。

 

 八坂神社から、それほど離れていない所に清水寺がある。そこまで、とぼとぼ歩きだした。坂を上り、周りのおみやげ屋も見て回った。おみやげ屋を見ているときは、自然と心が穏やかになれた。普段なら20分くらいでつく所を、ゆっくり、とぼとぼと足どり重く1時間ほどかけて、清水寺(きよみずでら)まで歩いた。

 そして有名な清水の舞台に上がった。くぎを一本も使わずに作られ、ガッチリとした木材で作られた舞台だ。そこから見える京都の景色は圧巻だった。遠くの景色が見渡せ、心が澄み渡るように感じた。今なら大空を飛べそうな気がした。この瞬間は自殺の事を忘れ、心は穏やかになっていた。

 

 ゆっくり、とぼとぼと歩き回っていると、夕方になり、四条大橋まで戻ってくると、河原に降りていき、川のそばまで近づいた。日が沈むのは早く、5時なのにもう太陽は沈み、辺りは暗かった。周りの店の明かりが鴨川をほのかに照らしていた。辺りが暗くなるとゆり子も寂しくなってきた。ここに秋本が居てくれたらな。そう思うが、傷心旅行なのだからいるはずもない。そしてまた秋本の事を思い出していた。川の水に手を触れると凍り付くように冷たかった。風も冷たかったが、思い詰めたゆり子には、気にならなかった。まるでゆり子の心の中のように冷たかったのだ。

 

 その後、JR京都駅近くで予約していたホテルに向かった。シングルだったので、広くはないが、結構奇麗だった。窓を開けると、京都の全景が見渡せ、夜景も綺麗だった。

 そして今日は早く寝ようと思い、早く風呂に入った。服を脱いだが、ペンダントだけは肌身離さず着けていた。湯船に浸かると、感慨深げに思いにふけ、そのペンダントを強く握りしめ、悲しみに堪えた。今までの辛かったことを振り払うように、頭からシャワーを浴びた。前髪が顔にへばりついているが、放心状態になっていた。

 

 その頃、秋本は麻紀の部屋にいて、2人はベットの上で抱き合っていた。ゆり子の悲しみなど知る由もなかった。ゆり子が、この状況を見ると、どんなに悲しんだだろうか。しかし、秋本は麻紀のいいなりになり、麻紀の誘いを断れなくなっていた。

 

 風呂から出ると、少し早いが寝ることにした。しかし布団に入るが、なかなか寝付けない。そして昔の嫌なことを思い出した。

 ゆり子は、子供の頃から幸せの薄い人だった。それは自分自身4歳の時に始まったと思っている。子どもの頃は団地で育った。玄関を開けるとキッチンがあり、その奥に6畳の和室、更に右側の襖を隔てて6畳の和室となっていた。

 ゆり子が4歳の時に生まれた弟が居て、ある冬の寒い日、丁度今頃だったと思う。お母さんは襖を閉めて、奥の部屋で弟に母乳を与えていた。しょうがないのでゆり子は寂しく1人で遊んでいた。そして悲劇は起こった。このときのことを思うだけで自分を責めてしまう。

 ゆり子が1人で遊んでいるとき誤ってストーブをひっくり返してしまったのだ。その火が一瞬に畳に引火した。ゆり子は焦ったが、母に言うことが出来なかった。言うと怒られると思ったから、言えなかったのだ。畳に引火した火は、お母さんとの境の襖に引火し、天井にまで広がった。天井まで火が広がるまでは一瞬の出来事だった。ゆり子は怖くなって泣き出した。

「お母さん」

 すでにゆり子のいた部屋は火の海になっていた。境の襖も燃えている。

「ゆり子、逃げるのよ」

 事態に気づいた母の叫び声が聞こえた。しかしお母さんと弟を置いて逃げれなかった。

「お母さん。怖いよ」

 そう言ったが、母はもう逃げることが出来る状態ではなかった。火の海に包まれていたのだ。そして火の海の中から母の最後の言葉が聞こえた。

「ゆり子,逃げて」

「お母さん」

 ゆり子は泣き叫んだ。そこに隣の叔母ちゃんが急いで入って来て、ゆり子を抱きかかえて外へ出た。そして部屋は炎に包まれていき、赤ちゃんの鳴き声だけがこだましていた。外からも聞こえるくらい大きい鳴き声だった。でもその内、鳴き声は聞こえなくなってしまった。ゆり子は若かったので、母の死がまだよく分からなかった。しかし、このことがトラウマになり、いつしか自分は幸せになっては行けない、幸せにはなれないと、そう思うようになっていた。

 ベットの中で自然に涙が流れていた。母に申し訳ないことをしたと思い、涙が止まらなかった。自分のせいで、母の人生を絶ってしまったのだ。お詫びのしようがない。でも明日、母のもとに行くから。そう心に誓って、目をつぶった。しかし暫くすると目を開けた。

「秋本さんにも最後のお別れを言わないと。秋本さんは私が嫌っていると誤解をしているけど、最後なんだし、何て思われようといいから電話しよう」

 

 そう思い、携帯を手に持った。最後なんだしと思い、携帯を手に持つと自殺を覚悟しているせいか、不思議と緊張感はなかった。いつもの手の震えはなく、すんなり秋本に電話をかけることが出来た。

 秋本は布団に寝転がったときに発信音を聞いた。発信者がゆり子であることを確認すると、今までゆり子の方から、かけてきたことはなかったので不思議に思えた。そして携帯を手に持ってから5コール目に、携帯を受けた。

「もしもし」

「もしもし」

 ゆり子は暗いトーンで話しかけた。暫くの沈黙の後、秋本は何か言いしれぬ不安を感じた。

「もしもし」

 秋本は不安そうに、探り探り喋った。

「今までありがとうございました」

 そうハッキリした口調で言った。少しの沈黙の後、ゆり子は電話を切った。

「もうこれで思い残すことはない」

 ゆり子は、そう心に思うと、携帯の電源を切った。液晶画面が消え、真っ暗になり、もう誰からも受信することが出来ない。

 秋本は、何が言いたかったのかボーと思考を巡らし、電話を切った後も携帯を持ったまま固まっていた。

「誰から?」

 秋本は携帯を握りしめ、ボーとしていると、麻紀が浴室のドアから顔を覗かせて聞いた。「いや、何でもない」

 麻紀は勢いよく近づいてくると、秋本から携帯を奪い、着信履歴を見ると、ゆり子であることを確認した。もう秋本は自分のものになっていたから、ゆり子からかかってこようが、麻紀にはもう関係なかった。ぶっきらぼうに携帯を秋本に返すと、また浴室に戻っていった。

「今の何だったんだ」

 秋本は携帯を持ったまま、また不安と戦っていた。

「考えすぎ。何もないで」

 そう心に言い聞かせると、携帯を置き、寝ころんだ。

 

 夜が明ける頃、ゆり子は夢を見ていた。お母さんが夢の中に出てきたのだ。

「お母さんが死んだのは、あなたのせいだと思っているかもしれないけど、そんなこと全然気にしなくていいのよ。自殺しようなんて思わないでね。お母さんのもとに来たら、追い返すからね」

 そう言うと、お母さんは笑った。

「これからはお母さんの分まで生きて、そして幸せになってね」

 お母さんは微笑みながら、遠ざかっていった。ゆり子が目を覚ましたとき、何か幸せに包まれた感じがし、目から涙が溢れていた。しかし彼女の意志は固かった。朝、実家の福井に向かおうと考えていた。出かけるには、まだ早いのでもう一度寝、次に目覚めたときに出かける準備をして、チェックアウトをした。

 

 

京都への女性一人旅は、

何か意味ありげに見える。

薄幸な運命を背負った自分を嘆き、

宿命を受け入れたとき、

綺麗な景色は、

白黒に変わった。

冬の京都は寒い。

鴨川の凍り付くような冷たさ、

宿命を受け入れたとき、

それは気にならなくなった。

楽しかった思い出は、

凍り付いた昔話なの。

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15へつづく