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12
今年は夏が来るのも早かったが、秋が来るのも早かった。9月の中旬頃、少し肌寒い日が続き、長袖のシャツを着るようになった。木々が色づき始めるのも早く、ときどき冷たい風が吹いていた。
3人はまたカフェで菓子パン、コーヒーなど飲みながら喋っていた。服装もTシャツから長袖のシャツに替わっていた。
「今日、何時に集まる?」
高橋が聞いた。
「どこに?」
秋本は不思議そうに答えた。
「送別会やで」
「誰の?」
「えー!お前知らんのか?」
「聞いてないのか?送別会のこと」
小林と高橋はビックリした。でも秋本は冷静だった。小林と高橋が何にビックリしたか判らなく、2人のビックリした顔にビックリした。しかし次の小林の言葉に、秋本もビックリした。
「ゆり子さんの送別会やで」
「えー!また?」
秋本は2人がビックリさせるために嘘を言ったのかと思った。しかし2人の表情は真顔だった。
「本当なのか?」
「本当やで。本当に知らなかったのか?」
小林は驚いた顔で言った。そこで初めて秋本は事情が飲み込めて驚嘆し、顔からは血の気が引いた。ゆり子の事をいいようには思っていなかったが、離れないと言う安心感から強がっていたのだ。離れていくとなると話しは別だ。急に寂しくなってきた。その時初めて、もう少し優しく接してあげたら良かったと後悔した。そして、よりを戻したいと言う気持ちが初めて芽生えてきた。しかし女性に奥手な秋本にとって1人の力で、どうこうすることも出来なかった。強がっていた分、今更2人に協力して貰うことなど出来ない。また運命には逆らえず、2人は更に離れていき、遠い存在になろうとは、このとき気づいていなかった。そして強がっていた秋本も、その時初めて後悔する事になる。
この日の夜、居酒屋には2年の男子、3年の女子がすでに座っていた。後はゆり子を待つのみだった。6人は座敷に通され、男は壁側、女は入り口側に座っていた。そして遅れて、ゆり子がやってきた。下を向いた状態で、人と目を合わせないようにコソコソとした感じで入って来た。靴を脱ぎ部屋に入るときに、秋本をチラッと見た。
「救って」
と言う気持ちを込めて目を合わせた。秋本はゆり子の視線を感じ、目を合わせたが、ゆり子の気持ちを理解することが出来なかった。ゆり子は秋本の事を今でも諦めきれなかった。だから2人で買ったペンダントを今日も着けていた。ペンダントを着けたのは、それだけの理由ではなかった。
「私の気持ちを判って」
と言う強い気持ちが込められていたのだ。秋本と最後のチャンスなので、精一杯おしゃれをした。クリーム色のカーデガンに、紅葉した銀杏(いちょう)の葉のような色の膝丈のスカート、茶色のストッキングだ。
「ゆり子さん、こっち」
小林が上座に座るように指示した。上座に近い位置に座っているのは、秋本と麻紀だ。そでだけでゆり子は緊張し、普段無口なのに、更に無口になり、ずっと下を向いたままになった。
「じゃー、みんな揃ったことだし、乾杯しよ」
小林が音頭をとった。みんながジョッキを持つと、
「ゆり子さんの栄光を祝して乾杯」
小林の合図で乾杯をした。ゆり子はグラスを持ったまま静かにうつむいて、秋本からも麻紀からも乾杯をして貰えない悲しみは辛い。
「もう今日で最後だぞ。乾杯しろよ」
小林は、うつむいてジーと静かに座っている秋本に促した。秋本は仕方なく自分のジョッキを、ゆり子のジョッキに合わせた。これだけでゆり子は幸せを感じた。そこへ後ろの席の小林と高橋が身を乗り出して乾杯した。
一通り料理が運ばれて来て、みんなはゆり子の事を気にせず食べていた。しかし当の本人は下を向いたまま、ほとんど食事に手を付けてなかった。それを見かねた麻紀は優しさを見せた。
「これ食べて」
そう言うとゆり子の前に料理を差し出してくれた。ゆり子はその優しさに、思わず涙が出そうになった。麻紀はただゆり子がこれで居なくなるのと、最後くらいは優しくしようと思っての行動だった。それと悲しそうにしているゆり子を見て、少しやりすぎたかなと思い、反省の意味もこもっていた。
「これから、どうするの?」
麻紀はゆり子に優しく聞いた。それに対してゆり子は堪えきれずに、抑えていた涙が流してしまった。それを見た秋本の心も動揺した。しかし秋本は何も出来ず、静かに下を向いたままだ。ゆり子が泣いているのに気づいているのは秋本と麻紀だけだった。みんなは、それには気づかず騒いでいた。周りに気づかれないように、麻紀は優しくハンカチを渡した。麻紀の優しさに、ゆり子は嬉しくなり、更に泣きそうになった。そして我慢しきれずにトイレに向かった。
ゆり子はトイレに行くまでの間、涙を手で押さえていた。そして個室にはいると、便器に座り込み、ハンカチで涙を拭いた。ひとしきり落ち着くと、首にしているペンダントを取り出し、そのハート部分を握りしめた。このペンダントは1日たりとも手放したことがなかったのだ。洗面所で顔を洗い、鏡で涙が残ってないか確認すると、鏡に映った目は真っ赤に腫れていた。これでは暫く、人には見せれない。秋本の前でこの顔を見られたくないと思った。
みんなは酔いが回っていた。高橋もかなり酔い、秋本に近づき、秋本に甘え、体をすり寄せてきた。秋本はゆり子が横にいて暗い表情を浮かべていたので、食事も喉に通らなかった。高橋がすり寄ってきたことも気にせず、さっきまで食べれなかった分、今食べていた。
「お前は、どうしてゆり子の気持ちが分からないんや。ゆり子はお前が好きなんやろ。お前が誘ってくれるのを待っとんやで」
高橋は秋本に絡んだ。横で秋本は鬱陶しそうにしていた。
「判った、判った。少し飲み過ぎちゃうか」
「お前は、ちっとも判ってない。ゆり子はお前のことが好きなんやで」
そこに麻紀が止めに入った。立ち上がり、2人の間に座ると、絡みついている高橋を振りほどこうとした。そして、この後、麻紀は嫉妬心に駆られ、さっきまでのゆり子への優しさは消えた。
「おー、お前ペンダントしとんか?見せてくれよ」
高橋が絡んだときに首筋に光る物を見え、服の中にあるペンダントを取り出そうとした。その言葉に麻紀は素早く反応した。
「おー、半分に割れたハートか?誰かとくっつけたら1つになるんか?」
秋本もゆり子の事をまだ忘れていなかったのだ。しかし自分から積極的によりを戻すことなど出来なかった。また今までの誤解を、絡まった紐を少しずつ解くように、2人の心の誤解を解くような高度な能力など持ち合わせていなかったのだ。それ以前に、秋本はゆり子に嫌われたと思っていた。デートの途中で帰った事、その後、電話して誘ったが断られた事。舞子の海に行くときも自分に電話せず、小林に電話したこと、今回のサークルを辞めること。どれをとっても自分から離れたいんだとしか思えなかった。しかし、やはり好きという気持ちは、少しは残っていた。また2人で行った2回のデートは、今でも脳裏から離れる事はない。
それとは反対に麻紀はメラメラと嫉妬心をもたげ、秋本と高橋の前から離れ、元の席に戻った。
ゆり子がトイレから戻ってきて席に着くと、麻紀にはさっきの優しさはなく、嫉妬心が芽生え、そのオーラーをゆり子は感じ取り、怖くなった。
高橋は秋本とゆり子のよりを戻させたかったので、ゆり子に話しかける事で、秋本に積極的に行動して欲しいと思った。
「ゆり子さんとも今日で終わりやな」
その言葉に、高橋の気持ちなどくみ取れず、素直に受け止めた。秋本とも最後だと言う思いが強まった。そしてまた涙が出そうになった。
「これで本当に最後なんだ」
ゆり子は噛みしめるように自分に言い聞かせた。そして秋本が側にいる実感を暫く感じていたかった。
「もうこれで最後。私がいると秋本さんも迷惑なだけ。私は、これで去る」
そう心の中で叫んだ。そして少しだけど幸せを感じたことに
「ありがとう」
と小さい声で言った。この続きは家に帰ってから、おもいっきり泣こうと思った。しかし、この後、別の悲しみが待ち受けているとは、知るよしもなかった。
送別会もお開きになり、小林が会計を済ませると、みんなは店の前にいた。
「ゆり子さんお疲れ様。夜遅いし、秋本に送ってもらえば」
小林は、よりを戻す最後のチャンスとばかりにゆり子に言った。その言葉にゆり子は嬉しさで瞳は輝いた。最後のチャンスが回ってきたと思った。しかし秋本は浮かない表情をした。もう一押し欲しかったのだ。
「おい秋本、ゆり子を家まで送ってあげろよ」
高橋が酔ったはずみで絡んだ。
「やったー」
ゆり子の心は喜んでいた。しかしこの喜びは一瞬で終わった。
「私を、送ってよ」
そこにメラメラと嫉妬心に絡まれた麻紀が、酔ったふりをして秋本の腕に自分の腕を絡めてきた。
「離れろよ。ゆり子を送るんやから」
高橋が説得するが、麻紀は離れなかった。
「行きましょ」
麻紀は秋本に絡ませた腕を放さず、フラフラと酔ったふりをしてヒールをくねらせながら、闇の中に消えていった。
「ごめんね。俺が送るわ」
「お前が送ってもしょうがないねん」
高橋の言葉に、小林が割って入った。
「あ、いいです。私1人で帰れます」
ゆり子は秋本との最後のチャンスをたたれて、泣きそうな心境だった。少しでも早くみんなと離れて、思いっきり泣きたかったのだ。会計を済ますと、そのままゆり子は走って、闇の中に姿を消した。それを見ていた小林と高橋は、ゆり子の後ろ姿から泣いているのが見てとれ、いたたまれない気持ちになった。
そして、ゆり子を1人で帰した事に、みんなは、この後、後悔することになった。
「もう一件行くぞ」
ゆり子を見送った後、小林が残った高橋,亜衣,美帆に号令をかけた。するとみんな付いてきた。歩きながら、秋本の情けなさに、小林は高橋に愚痴っていた。本当にやりきれない気持ちだった。
ゆり子は、みんなと別れると、走って闇の中に消えた。そして、人のいない公園に行き、陰に隠れると、そこでおもいっきり泣いた。
「本当に最後のチャンスもたたれてしまったのね。本当に、もう会うチャンスは無いのね」
秋本と麻紀は、この後、何処に行ったか考えると、いたたまれない気持ちになった。そして涙は止まらなかった。さっき居酒屋のトイレでおもいっきり泣いていたが、それでもまだ涙が出た。公園は外灯がほのかに光っていて、薄暗く、それが寂しさを助長した。
そして雨がポツリ、ポツリと降り出したが、それでも泣くのはやめなかった。雨はすぐにやんだが、この後、ゆり子に恐怖が走った。
公園に若い男2人が入ってきた。
「おい若い女が居るぞ。いいものみつけたな」
一瞬にして涙が止まり、ゆり子は凍り付いた。声を出そうにも声がでない。声を出した所で近くに家はない。そして男2人が徐々に近づくるにつれ、恐怖心は、どんどん高まり、顔からは血の気が引き、心臓が爆発しそうになった。ゆり子は咄嗟に逃げようとした。その後を男2人も走って追っかけてきた。そしてすぐに追いつかれた。
男はゆり子の肩をぐっと掴むと、自分の方に引きよそ、押し倒した。軽いゆり子は簡単に地面に倒れた。そのときゆり子はものすごい恐怖感を感じていた。そこに男達は馬乗りになり、カーデガンのボタンを1つはずし、スカートはまくれ上げられた。
ゆり子は恐怖で血の気がひき、男達から逃れようと暴れたが、男の力に勝つことは出来ない。服のボタンははずれ、よれよれになり、背中はどろどろだった。ストッキングも破れ、ぼろぼろになっていた。秋本に見せたくてした、おしゃれな服が、男の欲望の元で無惨にもぼろぼろにされていたのだ。
「キャー、助けて」
ゆり子は涙を流し、今までに出したことの無い声で叫んだ。しかし周りに民家もなく、聞こえるはずもなかった。そして、そのとき別の悲しみが押し寄せてきたのだ。もう逃げてもムダだ。どうせ私は不幸の星の下に生まれてきた薄幸な女よ。神はこういう運命を差し出したの。それに私は刃向かっては行けないのよ。そう思うと、抵抗するのをやめた。そして目からは涙がぼろぼろ流れていた。既に服もスカートも脱がされ、身も心もぼろぼろになっていた。
無抵抗になったゆり子を男達は、いいように弄んだ。そしてゆり子は最後まで無抵抗を通した。事が終わった男達はズボンをはき、さっさと闇の中に姿を消した。
残されたゆり子の目からは涙が止まらなかった。心身共にぼろぼろの状態のまま、秋本に見せるためにした、おしゃれな服もぼろぼろになり、服もスカートも穿かずに、放心状態で、地面に包まれるように、その場にいた。
「もう死にたい。どうして私は薄幸に生まれたの。お母さんの元に行きたい」
涙は止まらなかった。
1時間ほど公園の土の上で放心状態のままいた。もう既に涙もかれていて、そして静かに体を起こすと、服とスカートを穿いた。しかし服のボタンはとれ、よれよれで、スカートもよれよれ、ストッキングは破れていた。何処から見てもみすぼらしく見えた。まるで秋本との恋が終わった象徴のように、ボロボロになっていた。
この恰好で、人とすれ違うことが恥ずかしかったが、ここにいるわけにも行かない。とぼとぼと家に向かって歩きだした。
小林、高橋、亜衣、美帆は2次会を終え、固まって歩道を歩いていた。
「少し寒くなってきたな」
「もう冬だね」
「最高の酒だったな。うじうじしている秋本が居なくて、楽しい酒が飲めたよ」
高橋はヨタヨタ後ろ向きに歩いていた。
「危ないよ」
亜衣が言った。
「これから俺の家で3次会せえへんか?」
高橋はヨタヨタした足で歩いている。
「これ以上はダメよ。取りあえず高橋君を家まで送り届けないと」
美帆が言った。
「あれ、ゆり子じゃない」
小林が道路を挟んで反対の歩道を歩いている人を指さした。女はぼろぼろの恰好で、下を向き、とぼとぼと歩いていた。
「どれどれ」
高橋は酔ってて見えてない。
「違うよ」
ぼろぼろになったゆり子を見て、亜衣が言った。
「とっくに帰ったのに、こんな時間に居るはず無いよ」
「でもあの人可愛そうに、みすぼらしい格好してるね」
「ほんと乞食みたいよ」
「あんな人に関わらない方がいいわよ」
女の子達は見て見ぬふりをした。
「違うよ、あれゆり子やで」
女の子の見て見ぬふりの態度とは違い、小林は強い口調で言った。
「えー!」
亜衣は驚いた。
「言われれば、そんな雰囲気あるわね」
美帆が言った。
「ちょっと近づいてみましょ」
4人はざわめき立ち、みんなが走って、一斉に道路を横断した。そして、ゆり子のもとに近づくと
「やっぱりそうだ」
そして一斉にゆり子に近寄った。いつもの聞き慣れた声が聞こえ、ゆり子は安心して、泣き崩れた。
「どうしたの?」
女の子達は心配そうに言った。その言葉にほっとして、ゆり子は大声で泣いた。そして4人は何となく事情を指し、亜衣はおもいっきりゆり子を抱きしめた。
「私の胸で泣いていいのよ」
その優しさに、声に出して泣いた。泣きたい衝動を抑えることが出来ず、声に出た。今日1日でどれだけ泣いたか計りしれない。
「こんな時、秋本君が居ればね」
亜衣が言った。泣きやまないゆり子の背中を、亜衣は優しくさすった。
「あー、そうだ電話してみる」
小林が言った。ゆり子は、その言葉に嬉しくなり、涙が止まった。これで秋本が来てくれたら、今までの苦しさを全て忘れることが出来る。そう思うと嬉しくなってきた。
そして小林は秋本に電話をかけた。何ども呼び出し音が聞こえる。しかしいくら呼び出し音をならしても秋本が電話に出ることはなかった。
「あいつ最後の最後まで何してるんや」
小林は怒った。
「取りあえず、みんなで俺の家に行こ」
高橋はそう言うと、正義感からか、すっかり酔いが覚めていた。
みんなで高橋の家に行くと、部屋に上がった。悲しみで引きつっているゆり子の背中に高橋は毛布を羽織ってあげた。
「これでも飲んで」
と言ってホットコーヒーを渡した。みんなの優しさが嬉しかった。みんなの優しさと、温かい飲みもので、心まで温まってきた。
「ありがとうございます」
ゆり子は、初めて言葉を発した。他の3人にも同じようにホットコーヒーを渡した。涼しくなっていたので温かい物が、体に温もりを与えてくれ、心身に活力を与えてくれた。
「あのとき、一緒に帰っていれば、こういう事にならなかったのにな」
小林はポツリと言った。
「そうね。私たちも悪かったのよ」
亜衣が言った。
「今日はみんな、俺の家に泊まっていったらええで。明日、秋本に会ったら、とっちめてやるからね」
その言葉が嬉しかった。薄幸ながらも、みんなが優しくしてくれる。それが嬉しかった。しかし、この先もゆり子に幸せが、やってくることは無かった。
恋愛は桜が咲き乱れた春のようだ。
しかし花の咲いている期間は短く、
儚いものだ。
また失恋は紅葉の後の冬のようだ。
日本海の冬の荒波、
凍り付く池の水のようだ。
風がびゅうびゅう吹くと、
心にも風がびゅうびゅう吹いている。
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13へつづく |
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