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 前回のデートから1週間が過ぎたが、あれから2人は音信不通。秋本は1人寂しく座って、携帯を持って、またかけようか、かけまいか考え1週間が過ぎ、この日は思い切って、ゆり子に電話をした。ドキドキしながら電話を耳に当て、ごくりとツバを飲んだ。10秒ほど鳴らしたが、もう出ないだろうと思ったとき繋がった音がし、秋本は一瞬ためらった。

「もしもし」

 ゆり子の暗い声が聞こえた。

「あ、あ、秋本です」

「あ、ゆり子です」

 また暫く沈黙が続いた。

「明日、空いてないかな?どこか遊びに行かない?」

 秋山は緊張を抑えるために出来るだけ明るく喋った。

「明日は、ちょっと都合悪いんです」

 ゆり子は本当は秋本にすごく会いたいのに反対のことを言わないと行けなかった。また秋本と居ることがばれたら、これから先輩に何されるか判らない。その恐怖から、ゆり子は心と裏腹のことを言ってしまった。

 この前、デートの途中で勝手に帰ってしまったことに対して秋本は怒っているだろうと思っているのに、更につけはなす事をし、この恋ももう終わりの予感がした。心と裏腹のことを言わないと行けないことに対しても本当に辛かった。

 秋本は断られたことに一瞬、沈黙した。

「じゃー、そっちの都合のいい日でいいよ」

 静かに言った。

「いま予定が判らないんです」

 また沈黙が続いた。秋本は、それ以上何言っていいか判らないので思考を巡らし、30秒ほど沈黙が続いた。しかしいい答えが見つからなく、切れた。

「じゃー判ったよ。もう2度と電話しないから」

 緊張に耐えて電話をしたのに、ゆり子が冷たい反応しかしないのでキレて、電話を切ると、持っている携帯を床に投げつけたい気持ちだった。

「俺も嫌われてしまったな」

 秋本は床にうずくまった。

 ゆり子は受話器を持ったまま目には涙を溜め、泣いていた。本当はすごく会いたかった。心の底から秋本の事が好きで、会いたかったのだ。それなのに秋本を怒らしてまでも、断らないと行けない事情があったのだ。秋本と麻紀に挟まれる葛藤は辛かった。ゆり子は秋本の言葉が胸に刺さり、握りしめた携帯を胸に当て、静かに涙を流した。

「もう戻れないのかな。楽しかったのは、ほんの一瞬だけだった」

 そう考えると、また涙が止まらなくなった。

 

 夏休みに、サークルの仲間と久しぶりに集まる事になった。いつものように朝、小林の車に秋本は乗せ、ゆり子の家に向かった。

「この前、彼女とデートしたか?」

「うん」

「久しぶりだから、気になってて。よかったな、これでカップル成立だな」

 小林は笑ったが、秋本は、うかない表情を浮かべていた。しかし小林は運転に夢中で秋本のうかない表情に気づかなかった。

 

 ゆり子のマンションに車を付けると、ゆり子は既にマンションの前で立っていた。ゆり子も元気のない表情を浮かべ、秋本とゆり子は目を合わせることはなかった。

「おはようございます」

 ゆり子は秋本の方を見ることなく、小林の方を見て挨拶をすると、小林は挨拶を返した。それを見た秋本は、更に自分は嫌われたのだと強く思ってしまった。小林は車を降り、後部座席の扉を開けてあげると、ゆり子は静かに乗った。秋本は下を向いたまま不機嫌そうな顔を浮かべていた。

 車が走り出しても秋本は話しすることはなかったので、小林は見かねて言葉をかけた。

「お前、大人しいな。ゆり子さんがおるんやし何か喋れよ」

 小林がそう言っても秋本は態度を変えなかった。

「お前、本当に女に奥手やもんな。つき合ってるんなら早くなれへんと」

 小林は明るく励ましたつもりだったが、秋本には伝わらなかった。見かねた小林が、ゆり子にしゃべりかけた。

「今から有馬温泉行くんやけど、ゆり子さんは有馬温泉行ったことある?」

「私は無いです」

 ゆり子は明るく答えた。小林のことが好きという意識が無いから、明るく答えることが出来た。しかし秋本の前では緊張して、暗くなってしまう。所が秋本は自分と違って明るい態度を見せているゆり子が、自分の事を嫌っているように見えた。

「へー、それなら楽しみだね」

「はい」

 ゆり子は全然楽しみではなかった。秋本と会うことも緊張だが、それ以上に麻紀と会うことも恐怖だった。この前の秋本とのデートに対して何て言われるか緊張で、昨日から寝れなかったのだ。

 でも秋本に対する思いは今でも変わることなかったので、この前のデートで買ったペンダントをひっそり着けていた。秋本も不機嫌な顔をしていても、何とかよりを戻したいと思う気持ちがあったので、ペンダントを着けていた。

 その後、途中で女の子達の車と合流して、有馬温泉に向かった。

 

 有馬温泉は日本三古湯の1つで日本書紀にも書かれていて、六甲山の裏に位置する。効能は神経痛、筋肉痛、関節痛、慢性皮膚病、慢性婦人病などに効果がある。お湯は金泉(きんせん)と銀泉(ぎんせん)に別れていて、2種類のお湯を楽しめ、金泉は鉄分を含む茶褐色、銀泉は鉄分をほとんど含まないので無色透明。豊臣秀吉も湯治によく利用していた所だ。

 女湯の脱衣所では、気まずい雰囲気が流れていた。ゆり子を指すような視線。ゆり子は、それに耐えかね、陰でコソコソと服を脱いだ。

「あら、ペンダント着けてるのね」

 麻紀が近づいてきたので、ゆり子はびくっとし、緊張で体がこわばった。

「ハートが割れてるから、ブロークンハート。失恋ね」

 ペンダントは、2つで1つのハートを作る。1つだけだと、割れているように見える。

 麻紀が笑うと、それにつられて亜衣も美帆も笑った。麻紀、亜衣、美帆はゆり子を脱衣所に残し、浴室に入った。

 ゆり子は1人取り残され、いたたまれないような気持ちになり、その場から逃げだしたい気持ちになった。

「どうして私は、こんなに不幸なの。私も少しくらい幸せになってもいいんじゃない」

 涙が出そうなのを抑えるのに必死だった。

 ゆり子は服を脱ぎ、タオルを体に巻くと、浴室のドアを開け、出来るだけ先輩と目を合わせないように下を向いて入って行き、3人から離れて湯船に浸かった。

 3人が体を洗っている間も、ゆり子は湯船から出る事が出来ずに、ずっと入ったままだった。下を見たまま、辛い気持ちを、ずっと耐えていた。

「あなた、結構やるわね」

 麻紀の声にハッとした。ゆり子は下を向いていたので、すぐそばに麻紀が居たことに気づいてなかったのだ。

「私が秋本君を好きなこと知ってるでしょ。優越感に慕ってるんでしょ」

 投げ捨てるように言った。

「いえ、そんなこと無いです」

 ゆり子は弱々しく言った。

「最近の後輩は、先輩を立てることを知らないみたいね」

 そう言うと麻紀は湯船から出た。その後に続いて亜衣と美帆も湯船から出た。

 湯船に1人取り残されたゆり子は寂しさと、判って貰えない気持ち、孤立した感じ、自分は昔から薄幸だと言う気持ちから、涙がこぼれた。うつむいたまま、前を見ることも出来ず、流れた涙を温泉のお湯で洗い流した。

 自分は昔から薄幸だった。それを先輩達にも判って欲しかった。先輩に自慢する為ではなかった。あの時、先輩とすれ違ったのは単なる偶然だったのだ。もう少しだけ、幸せを感じたかった。

 でもそんな事を言っても、麻紀さんも秋本さんの事が好きだし、1年の私が、秋本さんと、つき合っては行けなかったのよ。

 そう思うと涙は止めどなく出てきた。更に先輩達のひどい言葉が胸を突き刺した。

「あの子泣いてるよ」

 それを亜衣が体を洗いながら見ていて、麻紀に言った。

 その言葉がゆり子の耳に入り、悲しい気持ちを抑えるのが必死だった。抑えることで悲しみが更に助長した。ゆり子はいつまでも湯船から出ることが出来ず、先輩達が脱衣所に行くのを待っていた。

 3人が脱衣所に行くのを見ると、そこで悲しい気持ちを一気に爆発させた。今まで我慢していた気持ちが一気に押しよそ、それが涙となって流れた。10分くらい涙が止まらず、それが引きつりに変わった。それを抑えようにも抑えることが出来ないので、お湯の中に顔をつけて潜った。そこでやっと涙は収まった。

 暗い気持ちのまま脱衣所に行くと、もう誰もいなかった。1人寂しく、服を着た。

 

 女達が食事処に入ると、男達は既に席に着いていた。

「遅いで」

 高橋が言った。

「ごめんなさい」

 そう言うと女達は席に着いた。

「あれ、ゆり子さんは?」

 小林が言った。

「あー、まだお風呂に入っていたいんだって」

「へー」

「結構わがままみたいよ」

 麻紀の言葉に一番反応したのは、秋本だった。

「そうなんだ!結構わがままなんだ」

 秋本は顔を引きつらせながら答えた。そしてゆり子に対しての間違えたイメージが出来上がりつつあった。

「そう言う風には見えなかったけどな」

 高橋が言った。しかし秋山の間違えたイメージは変わらなかった。

「どうする?待ってる?」

 小林は女達に聞いた。

「ゆり子さん待ってても遅くなるから、先、食べよ」

 女達が答える前に秋本が答えた。その素早さと、冷たい言葉に、周りは驚き、周りの人たちは一斉に秋本を見た。

「そうね。先に食べましょ」

 秋本の言葉を肯定するように、すかさず麻紀が言った。

「そうしようか」

 小林も、ここで強引にゆり子を待っても場の雰囲気が悪くなるので、2人の意見に合わすしかなかった。今、ここにゆり子の気持ちを察する人など誰も居なかった。秋本を敵に回し、女達も敵に回した。ゆり子にとって願ってもいない、最悪の結果となってしまったのだ。

 ゆり子は食事処に来たのは15分くらい経ってからの頃だった。キョロキョロ周りをうかがい、みんなを捜した。

「あー、こっちこっち」

 小林が声をかけた。みんなが既に席について食事をしている姿が見え、ゆり子はあまりの悲しさに、足がすくんで1歩も前に進めなかった。

「だれも私の気持ちをわかってくれない。誰も私の味方はいない」

 そう思うと、また涙が出そうになった。でも大勢のお客さんの前では、流石に泣けなかったので、ぐっと堪えるしかなかったのだ。

「ゆり子さんの事、待ってたんだけど、遅いから、先に食べた」

 悲しそうにしているゆり子の顔を見て、小林は言った。

 席にはゆり子の分は、既に来ていた。懐石料理だ。1500円の懐石弁当になっている。ステーキ、そば、天ぷら、刺身、メロン、漬け物などが少しずつ盛られている。それにみそ汁、ご飯がプラス。

 料理は美味しい物だったが、ゆり子は少しずつ口に入れ、味など全く分からなかった。秋本と麻紀が、側にいる緊張感と、他の人も全て敵に見えたからだ。

 麻紀はゆり子の暗い表情を見て満足した。ゆり子を見ながら、にやにやしていたのだ。

「あ、そうそう、映画の券2枚有るんだけど、一緒に見に行こ」

 麻紀はわざとゆり子に聞こえるように、大きい声で、秋本に向かって言った。その言葉にゆり子は、びくっと反応し、箸が止まった。心の中では断って欲しい、そう何度も繰り返していた。しかし秋本は、突然の麻紀の言葉に、どう対応していいか判らなかった。そこに小林が助け船を出した。

「でも、秋本はゆり子とつき合ってるんやから」

「そうそう、もっと言って」

 ゆり子は心の中で、そう願った。しかしこの気持ちを自分自身が、この後否定するとは思ってもいなかった。

 すると麻紀はゆり子の方を睨むように見た。

「あなた秋本君とつき合ってるの?」

 ゆり子は麻紀の視線が怖かった。暫く顔を上げれず、凍り付いたようになり、ぽつりと言った。

「いえ、つき合ってないです」

 その言葉に素早く反応したのは秋本だった。今までの、もやもやがすっかり晴れたような気持ちになった。自分はゆり子の事を愛していたのに、ゆり子はそれほど思っていなかったのだ。そしてゆり子に対する間違えたイメージが出来上がってしまった。麻紀が操作していることなど、全く気づいてなかったのだ。そしてゆり子に対して、急に腹が立ってきた。

「今度、行きましょ」

 秋本はゆり子を睨むと、鬱憤を晴らすようにいい払った。それに反応したのがゆり子だった。断って欲しいと思ったのに、その気持ちは届かなかった。それも私を切り捨てるような言い方。もう秋本との恋はこれで終わった。それを確信し、悲しくなった。そして、それ以上、食事が喉を通らなくなった。

「でも、いいのか?」

 小林が言った。しかし秋本の意志は固く、小林の言葉に気持ちを変えることはなかった。

 ゆり子は、この場から逃げて、思いっきり泣きたい気持ちになった。そして悲しい仕打ちは、これだけでは終わらなかった。恋を破局に持っていっただけでも、かなり悲しいのに、それに追い打ちをかけるように、秋本と麻紀は敵となり、ひどい仕打ちをするようになってきた。

 

 帰りの車に乗るとき、秋本がゆり子の鞄を受け取ると、後部座席のドアを開け、後部座席に乱暴に放り投げた。それを見ていたゆり子は、泣きたい気持ちをぐっと堪えた。本当は秋本の事が大好きなのに、心と反対のことを言わないと行けなくなり、大好きな人に嫌われている。考えるだけで涙が出てきそうになる。

 車が発進するとゆり子は首をしなだれて、始終下を向いたままだ。ゆり子は暗く、下を向いている姿を見て、秋本は更に嫌われていると言う気持ちが強まった。もう自分の方を見てくれないんだ、見るのも嫌なんだ、と思った。

 車の中では終始、凍り付いたような雰囲気が流れ、秋本、小林、ゆり子は一言も喋らなかった。

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10へつづく