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第二章 夏

 



 

 秋本は、夕方家に着くと、また携帯をもったまま、かけようかかけまいか30分ほど悩んでいた。そして、ゆり子にダイヤルするが、またダイヤルする手は震えていた。

 すぐに繋がったが、緊張し、沈黙が続いた。

「あー、秋本です」

 沈黙の後、慌てて自分の名前を言った。

「ゆり子です」

 ゆり子も同じように、静かに自分の名前を言った。そして、また沈黙が続いた。

「昨日、楽しかったね」

「はい」

「じゃ、また明日」

「はい」

 淡々と話しして、緊張で何も言えずに、受話器を切った。

「どうして喋れないんや」

 秋本は、自分の消極的な性格を恨んだ。

 

 今日の朝はキャンパスで豚まんを食べながら、コーヒーを飲んだ。

「お前ゆり子に電話したか?」

「したで」

「やるやん」

「それで誘ったのか?」

「誘ってない」

「何んで誘わんのや」

 いつもの小林と秋本の会話だ。最後は秋本は照れくさそうにしていた。

 

 この日、ゆり子は教室に座っていたが、講義を聴いていなかった。ノートを開いて、一生懸命何かを書いていたのだ。それは秋本の顔だった。秋本の事が好きで、秋本の事が頭から離れないのだ。講義どころではなかった。昨日の電話の会話を思い出していた。

「昨日、楽しかったね」

「じゃ、また明日」

「はい」

 恥ずかしそうに答える自分の台詞を思い出して顔を赤らめた。いつものように表情は硬く、暗かったが、時折、思いだしながら笑顔を見せた。

 

 電話を期待していたのは秋本だけではなかった。ゆり子も秋本からの電話を期待していた。この日は学校から帰ると、ずっと携帯を手に持ち、秋本の事を考えていた。部屋のベットにもたれ、ボーと秋本の事を考えていた。周りから見ると切ないくらいの純粋な恋だ。しかし待てど暮らせど電話はかかってこない。それもそのはず、秋本もゆり子に負けず劣らず控え目な性格なのだ。結局3時間くらい、携帯を持ち、ベットにもたれ、秋本のことを考え、ボーと待っていたが、かかってこなかった。

 諦めてシャワーを浴びることにした。暗い顔にシャワーのお湯を浴びせかけ、少し気持ちがスッキリした。湯船に浸かると、

「秋本さん、明日はかけてくるかな?」

 秋本に対する燃え上がる気持ちは、どんどん広がっていった。

 

 その頃、秋本は、また携帯を手に持ち、ダイヤル押しながら手が震えていた。何度かけても慣れない。途中までダイヤルを押すが手が止まる。

「しつこいって思われたらどうしよう?嫌われたらどうしよう?」

 そんなことばかり考えているから奥手になってしまう。ゆっくり深呼吸し、気持ちが落ち着くと、最後までダイヤルを押した。そのとたん急に心臓がバクバク言い出した。

 ゆり子は風呂から出、バスタオルで体を拭いていた。秋本に対する思いは、心の奥底で静かに燃え上がっていた。そのとき携帯が鳴ったから驚いた。

「もしかして」

 ゆり子の心臓も急にバクバク言い出した。慌ててバスタオルを体に巻いって、ベットに置いた携帯に向かった。そして携帯を取ろうとした瞬間、携帯は切れた。慌てて着信履歴を見た。

「あっ、先輩からだ。どうして切れたんだろう?」

 心臓が嬉しさでドキドキする反面、切れた事で寂しさを感じた。

 そのころ秋本は、心臓の高鳴る緊張の重圧に耐えることが出来ずに、ダイヤルした後、すぐに切ってしまった。その後の秋本は放心状態だった。

「どうして切ったんだろう?」

 ゆり子は発信しようと、発信ボタンに指を乗せ、かけようか、かけまいか5秒ほど迷ったが、結局かけない方を選び、携帯をベットに置いた。ゆり子にも電話をかける勇気が出なかった。嫌われたらどうしよう、そのことばかり考えていた。

 周りから見たら、これで上手く行くのかと心配するくらいの2人だった。

 

 朝はいつもの時間、いつもの場所で3人は菓子パンを囓りながら、コーヒーを飲み、喋って、いつものようにとりとめない会話をしていた。

「今度、サークルで何処行く?」

「この前、続けて夙川と摩耶山に行ったから、暫くはええん違う」

 高橋の問いに、秋本は答えた。

「今度はボーリングに行って、秋本とゆり子さんを同じレーンにして、2人きりにするって言うのはどうや?」

 小林はからかうように言った。

「そんなのやめてくれよ」

 いつものように心と裏腹に機嫌悪そうに言った。

 

 そこにゆり子がニコニコして、現れたから、3人は驚いた。中でも一番驚いたのは言うまでもなく秋本だった。また小林が仕組んだんだと思い、小林を睨んだ。

 「違う、違う」

 小林は秋本の方を向いて、慌てて否定した。

「また、ここにいるんじゃないかと思って来てみたんです」

 ゆり子が自分から積極的が来たのを知って驚いた。秋本がモーションをかけないので、ゆり子が積極的に出た。普段の性格から考えると想像出来ないが、ゆり子は胸の中では燃え上がる思いを秘め、その思いが募ったき普段考えれないくらいの行動力を見せる。しかし燃え上がる思いを人に見せることはなく、常に内に秘めていて冷静を装っている。またいくら心の中で燃え上がる思いを秘めていても、何度も行動を起こすことはなく、人に心を見せることを極度に恥ずかしく思い、常に静かに行動していた。それが彼女の性格なのだ。

「お前デートに誘うチャンスやぞ。彼女、誘えよ」

 小林が秋本の耳元で喋った。

「ええで」

 秋本は、いつものように否定した。

「何言っとんや。彼女の方からモーションかけてきたんやぞ。彼女に恥かかすのか?」

 小林は、ゆり子に聞こえない声で、秋本に怒った。しかし内気な秋本が積極的に行動することはなかった。

「あ、そうそう、映画の券2枚有るから、明日見て来こいよ」

 そこに助け船を出すように、高橋が喋りかけた。

「あー、私映画好き。見たい」

 何も言わない秋本とは裏腹に、ゆり子の積極的な発言に、3人の男は驚き、彼女の顔を見た。そして彼女は恥ずかしそうにし、もとの暗い表情に戻った。小林は彼女の暗く戻った表情を見て、慌てて秋本にせかした。

「早く誘えよ」

 小林は半分切れかけだった。

「今度の休みの日、一緒に行こ」

 秋本は照れながら、感情を込めずに、淡々と言った。ゆり子の事が好きだという気持ちがばれるのが嫌だった。そして、まともにゆり子の目が見れなかった。しかし、ゆり子は少し笑顔を見せ、声に出さず、頭を下げて、頷いた。その後、ゆり子は恥ずかしそうに、教室に帰っていった。

「ゆり子さんの方がよっぽど積極的やないか」

 小林は秋本を責めた。秋本も、それを実感し、あれだけ消極的なゆり子が積極的なのを考えると自分が情けなく思えた。

「お前何で、映画の券2枚持っとんや」

 小林は我に返り、高橋の方に向くと、笑いながら言った。偶然にしては、できすぎていたので驚いたのだ。

「持っとうわけ無いやろ」

「どういう事や」

 秋山と小林は、高橋の発言に驚いた。

「彼女とデートに行く前に、金券ショップに行って映画の前売り券2枚買っとけよ」

 そう言うと高橋は、照れを隠すために席を立った。続いて小林も席を立った。

「また彼女に電話しとけよ」

 去り際に小林が言った。取り残された秋本は高橋の親切に改めて感謝した。自分の力だけではゆり子を誘うことなど出来なかったのだから。普段はゆり子に興味ない表情を浮かべているが、全て見透かされていたのだ。

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6へつづく