TOP > 小説 > 桜の咲く頃



 

 1時限目が終わると、3人の男達は、いつものイタリアンカフェのいつもの席で菓子パンを食べ、コーヒーを飲みながら喋っていた。いつものように取り留めない話しをしていると、そこにゆり子がやって来た。

「ああ来た、こっちこっち」

 ゆり子の姿を確認すると、小林はゆり子を呼んだ。秋本はゆり子が来たことに驚いた。ゆり子が近づいてくると、秋本の前に座っていた小林が立ち上がり、ゆり子を自分が座っていた席に座らせた。秋本が不思議そうな顔をしていると、

「じゃあな」

 そう言い、小林と高橋は、その場を後にした。

「よけいな事するなよ」

 秋本は恥ずかしさを隠すために怒った。でも本当は嬉しかった。小林は誰かが手を貸さないと、奥手の2人が上手く行くはずはないと思ったので、こういう行動を起こした。取り残された秋本は気まずい雰囲気になり、大人しくなった。そして、ゆり子の方を見て、照れた。

「よけいな事してなー」

 沈黙の後、やっと一言喋った。

「昨日は楽しかったね」

 と言い、また照れた。ゆり子も少し笑顔を見せた。しかし話しは弾まなかった。

 

 この日は桜見と称して、秋本のアパートの前の並木道で夜中、3人が集まって、飲んだ。夜もふけ、3人にも酔いが回っていた。桜は満開になっていて、花びらは外灯に灯され、散った花びらがアスファルトに落ちていた。

「お前、あの子の事、好きやろ?」

 小林は酔った調子で聞いた。

「そんなこと無いで」

「そんなこと無いこと無いで。お前の顔見たら判るで」

「ゆり子さんも、お前のこと好きやで」

「そんなこと無いで」

 秋本は隠すつもりはなかったが、押されたので引いてしまった。嘘を言っているからか、反論も弱々しく、同じ事の繰り返しだ。

「彼女の表情を見ていると判るんや」

「だから、ゆり子とくっつけようとしたんやな」

「お前も奥手、彼女も奥手やろ。誰かの手を借りないと上手く行くはず無いやろ」

 その言葉に秋本は怒って黙ってしまった。

「秋本、ゆり子さんの事好きなのか?そんなこと知らんかったで。言ってくれよ水くさいな」

 横で聞いていた高橋が突然口を出した。高橋は場の雰囲気とか読んだり、雰囲気を察知したり出来ないタイプで脳天気に生きている。

「こんど電話番号聞いとけよ」

 小林の強い口調に、秋本は怒り、黙ったままだ。

「お前が聞けないんやったら、俺が聞いてやろうか?」

「いいよ」

 秋本はキレ気味に答えた。どこまでも奥手だ。小林の力を借りれば上手く行くのに、ゆり子さんとの付き合いのことなど考えると緊張し、拒んでしまった。

「そんなに奥手なら俺も心配になってくるで」

 

 キャンパスのイタリアンカフェには、おにぎりが一種類だけある。炊きたてのご飯で炊いた、熱々のおにぎりだ。塩だけで味を付け、中身は何もない。のりを巻いているだけのシンプルなものだ。ここのシェフは、このおにぎりが一番美味しいと言っている。

 秋本はお握りを美味しそうに頬張ると、コーヒーを飲んだ。

「お前、お握り食べながら、よくコーヒー飲めるな!」

 高橋が笑いながら秋本に言った。

「俺はコーヒー飲みながら、どんな物でも食べられるぞ」

 たいしたこと無い自慢をした。

「このまえ電話番号聞いたか?」

 小林は高橋と違って、深刻そうな顔をして聞いた。

「そんなん聞いてないで?」

「何やっとんや。好きなんやろ!」

「好きじゃないで」

「嘘付け。聞いてないと思って、入部のときに書いて貰った電話番号控えて来たから」

「いいよ」

「とっとけよ」

 小林はメモを無理矢理、秋本の胸ポケットにねじ込んだ。

 

 その日、秋本は家に帰ると携帯を持ちながら、部屋で静かに座っていた。小林に貰ったメモを眺めながら、もう1時間くらい彼女に電話しようか、しまいか悩んでいた。心臓はバクバクする。電話するのをやめれば楽になれると思いながらも悩んでいた。

 そして決断し、ダイヤルを押した。ダイヤルする手が震えていた。震える手で最後まで押し、電話をかけた。呼び出し音を聞いていたが、緊張に耐えきれず、すぐに切ってしまった。

 暫く気持ちを落ち着かせると、もう一度電話した。

「出るな、出るな」

 呼び出し音を聞きながら、心とは裏腹の事を思い、心臓は高鳴った。そして受話器を取った音がした瞬間、心臓が更に高鳴った。

「もしもし」

 ゆり子の可愛い声が電話口から聞こえた。

 暫く沈黙が続いた。

「あっ、あの。特に用事無いんやけど」

 ふと我に返り。照れで笑ってしまった。そしてまた沈黙が続いた。

「あ、そうそう。明日、摩耶山(まやさん)行くから、寝坊せんように」

「はい」

 ゆり子は静かに答えた。

 そして電話を切った。携帯を手で持ったまま、放心状態だったが、胸のドキドキが止まらなかった。

「なんで、こんなにドキドキせなあかんのや」

 苦しいくらいに、胸は高鳴っていた。

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4へつづく