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朝10時頃、小林は車で秋本のアパートの近くに車を停めると、秋本を携帯で呼び出した。暫くすると、秋本がアパートを飛び出し、眠気まなこで鞄をぶらぶらさせながら、桜並木の中を走ってくるのが見えた。小林は、それが面白く見えて、笑っていた。そして秋本が車に乗り込むと、小林は車を発進させた。
車が山手幹線を走っている間中、周りには桜の木が見え、辺りをピンク色に染めていた。1年の間のこの期間だけはグレーに染まった道路もピンク色に染まるのだ。
「今日は楽しみやな。ゆり子さんと会えるんやからな」
「うん」
小林の言葉に、秋本は笑顔を見せた。
「あの子、おとなしそうやな」
「そうなんや。俺もあの子の声、一言くらいしか聞いてないねん」
「お前もか。何か暗い陰も感じるな」
「昔、何かあったんかな?」
「そう言えば、お母さんの名前を書くとき涙を流していたな」
「そうなんや。俺も驚いたで」
車が芦屋川に差し掛かったとき、広い川の両側に桜が咲いていて、北側にはほとんど障害物がないので、山まで見渡せ、その麓を小豆色の阪急電車が走っているのが見えた。更に川の両岸の緑と、山の青、空の青ともマッチして、綺麗な1枚の絵を作っていた。
芦屋川のすぐ近くにゆり子のマンションがある。学校へは阪急電車で一駅だ。マンションは新しく横にも縦にも長く、ワンルームがメインで、1階部分は店舗になっていて、コインランドリーも設備されている。独り暮らしにとって至れり尽くせりのマンションだ。
「綺麗なマンションやな」
小林は思わず口をついて言葉が出た。車をマンションの前に停めると、ゆり子はマンションのエントランスの前で立っていた。ゆり子は春色の服を着ていて、白のシャツの上に、ピンクのカーデガン、ピンクのスカートをはいていた。ピンクを着るだけで、今までの暗いイメージは払拭されて、明るい雰囲気を出していた。
「可愛い!」
ゆり子は少しくらい表情で近づいてきて、ゆり子が近づいてくるにつれ秋本は、そう言わずにはいれなかった。それを聞いたゆり子は、少し笑顔を見せ、照れた。笑顔を見せたのも初めてで、照れた表情も可愛かった。
ゆり子が後部座席に乗ると、車内は沈黙が続いたが、すぐに目的地の夙川に着いた。阪急電車で言うと一駅だ。夙川近くの駐車場には2台の車が先に着いていて、残りの4人は、すでに待っていた。秋山達が遅れたわけではない。
夙川(しゅくがわ)の桜並木は縦に長く続いている。阪神電車の香櫨園(こうろうえん)駅から、阪急電車の夙川を経て、北に伸びる阪急甲陽線の苦楽園口(くらくえんぐち)くらいまで続いていた。川の両岸にも桜は咲いているが、その川の両側の歩道も桜の並木道になっている。真っ直ぐ伸びる桜、川に向かってしなだれる桜など様々だ。歩道の桜の枝は歩道の真ん中に向かって伸び、こぼれ日が歩道を照らしていた。
夙川に着くと既に花見客でごった返していて、夙川駅くらいから、なかなか前に進めなくなった。6人は縦に並び、人混みを抜け、北に向かい高架下をくぐり、川沿いに歩いていった。今年は高橋が先に行って場所を取る役目だった。6人は人混みをより分けながら前に進んだが、人が多すぎて、なかなか前に進めない。周りに出店が出、川沿いで、飲んだり騒いだりしている人が大勢いた。
「どこで場所とったんやろ?」
6人は探し回るが、なかなか見つけることが出来ない。そのとき高橋の叫ぶ声が聞こえた。川の対岸から大きな声で叫んでいる高橋が見えた。
「あんな所におるで」
「ぐるっと回らんと行かれへんな」
対岸なので橋を渡り、またバックしないと行けない。6人は急いで近くの橋を探し、ぐるっと遠回りした。人混みをかき分けながらなので、思うように進めず高橋のもとに着くのに10分もかかってしまった。
「遅いぞ」
高橋は待ちくたびれていた。
「人が多くて、前に進めんかってん」
「まあまあ。取りあえずビールにしましょう」
亜衣がなだめ、みんなにビールを注いだ。みんなにビールが行き渡ると、小林が音頭をとった。
「ゆり子さんの歓迎会も兼ねて、これからも、このサークルをどんどん盛り上げましょう。乾杯!」
小林の音頭で、乾杯が始まった。
「早速だけど、お弁当広げるね。今日は私が作ってきたんだけど、お口に合うかな?」
そう言うと、持ってきた弁当の蓋を次々に開け、並べていった。大きなバスケットにはお握りがぎっちし詰まっていた。しそ、高菜、チキンライス、チャーハンのおにぎりなど沢山ある。おかずのバスケットには、唐揚げ、卵焼き、ポテトフライ、ソーセージ、チキンなど、これも沢山あった。
「わー、美味しそう」
みんなが一斉に言った。そしてみんなが一斉につまみ、美味しそうに食べ出した。美味しいときは、みんな黙ってしまう。暫く沈黙が続いたが、そこに小林が突然大きな声を出した。
「なんやこれ!?」
小林はビックリした表情で、おにぎりを見ていた。
「どれどれ」
麻紀が笑顔で、お握りをのぞき込んだ。「それはあんこよ。おはぎの逆バージョンね」
麻紀が笑った。
「おはぎの逆?」
小林は怒ったが、すぐに笑顔になった。
「他にも何か入っとん?」
「他には、たこ焼きやカスタードクリームなんかも入っているよ」
麻紀は考えながら言った。
「たこ焼きやカスタードクリームも?!」
周りの6人はビックリした表情を浮かべたが、すぐに笑った。
30分も飲んだり、食べたりしていると、みんなの顔も赤くなってきた。
「遠慮しないで、どんどん食べてね」
麻紀は遠慮して食べてないゆり子を見て笑顔で言った。
「はい」
ゆり子は先輩に話しかけて貰った事に嬉しくて、笑顔を浮かべた。そして、おにぎりをとると、美味しそうに頬張った。
「ゆり子さんは、彼氏居るの?」
麻紀は大人しく、寂しそうにしているゆり子に話しかけた。
「居ないんです」
また笑顔で答えた。
「もっと、うち解けていいのよ。みんな優しいからね」
ゆり子が喋らないのを見て亜衣が言った。「はい」
しかしゆり子は必要最小限しか喋らなかった。
「秋本君、あーん」
麻紀はおにぎりを手に持つと、体の向きをゆり子から秋本の方に向け、秋本の口におにぎりを優しく入れた。
「秋本君は、彼女居るの?」
麻紀は勇気がなく聞けなかった質問を酔った勢いで秋本にぶつけてみた。その様子をゆり子は羨ましそうにジーッと見ていた。
「僕はいないです」
「あ、そうなの!」
そう言うと麻紀は笑顔になったが、ゆり子も笑顔になった。しかし麻紀も好意持っているのだと知り、複雑な気持ちになった。
4時間くらい過ぎたとき、料理は、ほとんど食べ尽くされていて、麻紀は弁当を片づけ始めた。みんなも段々酔ってきて、高橋は横の桜の木にもたれ掛かっていた。
「このまま、ここで寝てしまいたいな」
高橋は言った。
「風邪ひくよ」
美帆は笑った。その頃、秋本と小林は川に降りて水と戯れていた。
「どうやって降りたの?」
美帆は川の方に足を下ろして座り、愛らしい笑顔を見せて聞いた。
「そこの階段から降りてん」
男達は階段を使って2mくらいの河原から水辺に降りていた。
高橋が眠っている横で、麻紀と亜衣は弁当を片づけていた。それを見て、ゆり子も少し手伝った。
「ゆり子さんって大人しいのね?」
亜衣は聞いたが、ゆり子からの返事はなく元気はなかった。ほとんど片づけ終わった頃、小林と高橋がコンビニの袋を持って、戻ってきた。
「コーヒーゼリー買ってきたから、食べて」
小林がみんなに配ると、
「気が利くのね」
亜衣が笑顔で答えた。
「これ食べたら、お開きにしようか」
「そうね。もう遅くなってきたし、帰ろうか」
麻紀が言った。
夕方頃、小林は秋本とゆり子を乗せ、車を運転して、ゆり子をマンションに送った。
「ありがとうございました」
ゆり子が車から降りると、体を正面に向けて、丁寧に頭を下げた。
「秋本、お前部屋の前まで送ってやれよ」
小林は秋本がゆり子の事を好きだと言うことを察知し、気を遣って言った。
「そんなのいいです。大丈夫です」
ゆり子は自分が秋本の事が好きだと言う気持ちがばれたのかと思い、顔を赤らめ、ドキドキしながら、気持ちとは反対のことを言ってしまった。
「送ってあげろよ」
車を降りない秋本に対して小林が言うと、秋本は渋々降りた。秋本もゆり子も、どちらも恋に対しては奥手だった。小林に言われて、渋々降りた顔をしていたが、本当はゆり子の事が好きだったのだ。車に1人取り残された小林は、2人が上手く行けばいいと思っていたが、こんな2人が上手く行くのか心配だった。
2人が歩いていても、お互い緊張していて、会話もなく、ぎこちない。ゆり子が住んでいるマンションの1階には様々な店舗が軒を連ねていた。レストラン、喫茶、コンビニ、美容院などで、外に出なくても、ほとんど不便を感じないくらい、マンション内で用がたせる。
「お腹空いてない?おごるから食べよ」
2人は1階の店舗を通りエレベーターに向かう途中に秋本は喋りかけた。
「あー、少しお腹空いてます」
本当はゆり子は、そんなにお腹は空いてなかったけれど、少しでも秋本と一緒に居たかったので嘘をついた。そして近くのイタリアンレストランに入り、2人はスープスパゲティーを注文した。しかし話しは弾まなかった。お互い緊張し、恋愛が苦手となると話は弾まない。また秋本がやっと話を切り出しても、ゆり子は「はい」と返事するくらいで、続かなかったのだ。2人は食事を終えると、秋本はゆり子を部屋の玄関まで送った。
その後、秋本は阪急電車で帰り、電車の中では、恋の始まりの予感を感じていた。
その時、ゆり子も、同じように恋の予感を感じていた。
桜は幸せを運んでくれる。
子どもの頃からそう思い続け、
はや10年。
10年後、本当に幸せを運んでくれた。
私にも幸せがやってきて、
薄幸な人生にも終止符。
桜の下での出会い、そして一目惚れ。
それが全てを変え、バラ色の人生へと誘ってくれた。
もう戻りたくない、今までの薄幸な人生には。
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3へつづく |
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