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第一章 春
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空が淡いブルーに染まり、
街が淡いピンクに染まる、
この季節が、
私は一番好きだ。
両側に咲く川の公園のベンチに、
寝転がり、
うたた寝をするのが、
何よりも贅沢な時だと感じる。
寝転がっていると、
世間の嫌なことを、
全て忘れることが出来、
世間と自分の時間を、
止めることが出来るからだ。
高台から眺める、
桜の大群には驚嘆させられ、
池を囲むように桜が咲き乱れ、
その桜を囲むようにバス道があり、
車で移動するたびに、
桜と池がずれて動き、
3D映像となる。
夜になると、
幹線道路の桜並木の、
白い花のみが、
ヘッドライトに照らされて、
光っていた。
この誌は後藤ゆり子が、20年後、当時を振り返り、当時の心境を思い出しながら、当時の気持ちを綴ったものだ。当時は若かったせいもあり、辛い人生をどう乗り越えたらいいのかと言う知恵も無かった為、数々の辛い試練を乗り越えることが出来なかった。そして当時を振り返ると涙が出てくる。また逆に、運が良かったと思える事も多少だがあった。
ゆり子は新築の自宅の机に向かい、詩を綴った後、ペンを置き、ソファーに座り、ゆったりした気分になると、目の前にスクリーンが現れた。そのスクリーンに、当時の映像が表れてくると、ゆり子の目から涙が流れてきた。 200m程の桜並木の両側には家が建ち並び、丁度今、桜は3分咲きと言った感じだ。そこに昭和40年頃建てられた年代物のアパートがあった。レトロ感を漂わす建物だ。アパートの外壁はピンク色に塗られていて、この時期は辺り一面がピンクになり、ぱっと明るくなるのだ。
昭和40年に建てられたものなので2Kなのに安かった。昔の家だが、当時としてはおしゃれを取り入れてたりしてハイカラなレトロ感がある。昔の家らしく全体的に暗いが、光を取り込める工夫がされているので、ある程度の明るさは保っていた。柱なども昔の風格をかもしだし、床は木の床で、所々歩くときしむ所がある。窓は大きく、緑に塗られたしっかりした木の枠組みで作られていて、外に開くタイプの両開きだ。ベットは、その窓の壁にくっつけて置かれていて、部屋の真ん中辺りに丸いテーブルが置かれている。入り口右横に簡単なキッチンがあり、更に右側には風呂とトイレがある。キッチン、トイレ、風呂に関しては最近リフォームしたので、最新式の物がついていた。
そのメインの部屋と左側にある部屋の間には、大きな青い木の扉で仕切られていて、2枚の引き戸になっている。左側にある部屋はシンプルで、部屋の真ん中に直径1mほどの小さいテーブルと椅子が置かれ、そして2面には簡単なソファー、玄関側の面の壁には勉強机が置かれている。この部屋はあまり明るくすることはなく、くつろいだり、勉強するためのスペースとして使っていて、普段はメインの部屋で過ごしている。
秋本和也は、このレトロ感に引かれて、このアパートを借り、満足している。秋本は、そのアパートの2階で目を覚した。近くの岡本大学に通っている大学2年だ。
また静かな朝が始まった。桜並木が都会の騒音をかき消し、普段、家の前は人通りもないのもあり静かだ。上半身を起こすと、眠い目をこすりながら、緑のしっかりとした窓を開けた。ベットは窓のある壁にぴったりくっついていて、両開きの窓を開けると同時に花びらが1枚、ひらひらと部屋の中に入ってきて、ベットの上に落ちた。そして秋本は窓から身を乗り出して、外を眺めた。
「少し開きだしたな」
アパートの前の桜並木の桜の花が開きだそうとしていて、目の前はピンクに染まっていた。年に1度の楽しみで、秋本は2年なので今年で2回目だ。でも去年は引っ越しなどで、ばたばたしていたから、実際は今年が初めてと言った感じがする。安アパートだが、このアパートを借りて良かったと思える時期だ。
このときだけは花見客が大勢やってきて、騒がしくなる。今は時間が早いが、もう少しすると賑やかになる。普段は静かなのに、このときばかりは賑やかになり、春の兆しを感じる。そして花を見上げながら、ベットでうたた寝をするのが最高に幸せだ。
暫く桜をのんびりと眺めた後、キッチンに行くとオーブントースターに食パンを入れ、その間にインスタントコーヒーを準備した。トーストが焼けるまで、コーヒーをベットにまで持っていき、コーヒーをすすりながら、また桜並木を眺めた。そうこうしている間にトーストの焼けた音がした。そのトースターを頬張りながら、このときばかりはゆっくりした時が流れた。10分くらいかけトーストを食べ、コーヒーを飲み、時計を見ると、もう出かけないと行けない時間になっていたので慌てた。
急いでコーヒーカップを流しに置くと、慌てて鞄を肩にかけ、部屋を出て、アパートの鉄の階段をカンカンならしながら駆け下りた。今日は大学のサークルの、新人勧誘の日だった。 阪急岡本駅から、ほど近い位置に岡本大学は建っている。校門から続くS字に曲がった200mほどのアプローチの両脇にも桜が咲いていた。散った花びらが石畳をピンク色に染め、その上を学生が行き交った。今日は大勢のサークルが新人勧誘のために校門前に立ち、新入生を見つけると声をかけていた。
秋本が所属するイベントサークルは、5年目を迎えていた。秋本を含み2年生の男子3人、3年生の女子3人のみの計6人だ。朝から新入生に声をかけるが、未だ1人も勧誘出来てない。
秋本和也は男同士では普通にいれるのに、好きな女の子の前では消極的で、押しが弱く、ハッキリしないタイプだ。だから女の子となかなか上手く行かず、つき合うまでには至らない。だから今まで女の子とつき合ったこともないし、押しが弱い分、人に助けて貰わないと自分で上手く進めないのだ。
小林直人は盛り上げ役で男3人のリーダー的な役割を果たしている。幹事などの役目は、いつも小林がする。人と話すときも率先して前に出るタイプで、後の2人は横で黙って聞いている事が多い。
高橋健は2浪の末に大学に合格したので周りよりも年上。しかし人の後から付いていくタイプで、2人より年下に見られる。少し天然が入っていて、みんなから可愛がられる事が多い。
松本麻紀は明るくて、積極的で女性の中ではリーダー的で、人をまとめるのが好き。だからサークルでもリーダーをしている。普段は優しいのだけれど、男の人が絡むと嫉妬心に駆られてとんでもないことをしてしまうことがある。体型は157cm、50kgと、少しぽっちゃり目だ。
森下亜衣は麻紀とは仲がいいので団結力があるが、優しい反面、冷たさも兼ね備えている所がある。体型は160cm、45kg。
杉本美帆はまじめな優等生タイプ。さすがに大学には行ってからは勉強、勉強と言った感じはないが、大人しくて優しく、あまり目立たないタイプで、爽やかで空気のような存在だ。体型は160km、42kgとスリムだ。
男女6人は、いろんな人に声を掛けるが、誰も興味を持ってくれない。たまに立ち止まって話しを聞いてくれる人もいるが、興味はなさそうだ。そして未だに1人も勧誘出来ないまま、時間も遅くなってき、夕方になり、周りは暗く、人もまばらになってきた。
数人は諦めムードに入り、桜並木の石垣の上に腰を下ろした。背中には桜の木が連なっていて桜の林となっている。時間も遅くなってきたので、光の通りにくい林の中は、既に暗くなってきていた。
「今年は、もう無理みたいやな。1人も新人入らんかも」
「そうやな」
小林の言葉にやる気をなくした高橋は石畳の上に大の字に寝ころんだ。上を見上げると、桜の花がよく見える。そこに爽やかな風が吹いて、桜の花びらがヒラヒラと降ってきた。
「ここで酒でも飲みたい気分やな」
「ほんまやな〜」
ほとんどの人が飽きて座り込んでいる中、秋本だけは頑張っていた。そこに1人の女の子が近づいてきて、興味をもって話しを聞いてくれた。小林は、それに気づき、寝ころんだまま秋本と女の子をボーと眺めていた。
「よかったら明日、教室へ来てくれへん?」
秋本がそう言うと、ゆり子はほっぺたを赤らめた。その女の子にチラシを渡したが、女の子は、ほとんど言葉を発することなく秋本の言葉に黙って頷いていただけだ。一通り話しを聞くと、うつむいたまま、誰とも目を合わすことなく、みんなが座り込んでいる石畳の上を通り、帰っていった。
小林は起きあがると、秋本のもとに近づいていった。
「今の子、可愛かったな。来てくれそうか?」
「わからんな」
秋本の言葉に小林はがっかりした。しかし、その女の子ゆり子の出現で、この長いドラマの幕が下り、これから始まる20年間のドラマは涙無くしては語れないものとなった。
次の日の昼間、2年生の秋本と小林と高橋は、キャンパスの芝生の上で寝転がり空を眺めていた。芝生の上で寝転がっていると、気持ちよくって、ついつい眠りそうになる。
「あの女の子来てくれるとええな」
「あんまり期待せん方がええで。反応悪かったから来てくれへんかも」
小林の言葉に秋本が答えた。女の子は大人しかったので、あまり手応えを感じ取れなかったのだ。
「あの子来てくれんかったら、今年は全滅やな」
高橋の言葉が、そう言うと、何か寂しいムードが漂った。
その日の夕方、サークルの6人は教室で新人が現れるのを待っていたが、誰もやってこない。いろんな人にチラシをばらまいたが、その成果はなかった。次第に諦めムードになり、6人はくたびれてきた。
「来うへんなー」
小林はストレスをぶつける感じで言った。
「あの子、来てくれないと今年は全滅ね」
亜衣が喋った。そして、またしらけた雰囲気が漂い、沈黙が続いた。そんなときに突然高橋が怒鳴った。
「あの子、来た!」
「えー!」
みんなが一斉に廊下の方を見た。教室の窓のガラスから、ゆり子がうつむき加減で、歩いてくるのが見えたのだ。
「みんな準備しろ」
小林の号令と共に、全員が慌ただしく動いた。ゆり子がドアを開けた瞬間、みんなは一斉にゆり子に近づき、ゆり子目掛けてクラッカーをならした。それに驚いたゆり子はドアの所で呆然と立ちつくした。キョロキョロした目で、周りを伺い、髪の上にはクラッカーの紙の一部が載ったまま、ボーと立ちつくしていた。
「あっ、ビックリさせてごめんなさい」
小林がそう言うと、
「ちょっと覗きに来ただけなんです」
と、ゆり子は静かに言った。
後藤ゆり子は福井県出身で今年の春、神戸にやってきた18歳だ。ゆり子は芦屋のワンルームマンションに住み、目がパッチリとし、白目と黒目がハッキリ別れていて、少しつり上がりぎみ。鼻はすらっと真っ直ぐに伸びた整った顔だ。155cm、42kgで小柄で、性格は大人しく、女の子には珍しく、ほとんど喋らない子だ。話し掛けると、ゆっくり、静かに最小限のことしか喋らない。子供の頃から薄幸で、静かで、どこか陰を感じる。
「さー、こちらへどうぞ」
秋本が椅子に座るように勧め、ゆり子が椅子に座ると、みんなは一斉に取り囲んだ。
「俺たちと楽しくやろ」
「神戸は初めて?」
「いろな所に案内してあげるよ」
ゆり子は唯一の新人なので、どうしても逃がしたくなかったので、みんなは質問責めにした。諦めかけていたときのただ1人の新人だったので、ゆり子は光に見えた。それに対してゆり子は、周りの迫力に押され、声も出せない状態だった。何か怖さを感じたのだ。
「そんなに質問攻めにすると、彼女も答えにくいやん。みんなもう少し離れて」
小林がみんなをゆり子の席から手で追いやると、秋本と小林以外は外野にまわった。そしてゆり子は、やっとリラックスした。
「日曜日、夙川(しゅくがわ)で歓迎会するから来て」
秋本が言うと、
「はい」
とすぐに答え、顔を赤らめる。その早い反応に周りは驚いた。今までの大人しい感じからは想像がつかなかったのだ。誰も気づいてないが、ゆり子は秋本に一目惚れをしていたので、しょうがなしに了承したと言う感じになったが、本当は最初から、このサークルに入るつもりだったのだ。大人しくて消極的な性格なので、秋本に一目惚れしたことを隠し、しょうがなしに入った感じに持っていきたかったのだ。
秋本はゆり子に紙とペンを渡した。
「この紙の空欄を記入して下さい」
と言うと、ゆり子は住所と名前などを、スラスラ書きだした。
「へー、芦屋に住んでるの?」
小林は口を挟んだが、ゆり子はそれには返事をしなかった。暫くするとゆり子のペンが止まった。
「後、実家の住所と両親の名前を書いてください」
秋本がそう言うと、ゆり子は実家の住所と父の名前を、ゆっくり書き、母の名前を書く所で、またペンが止まり、そして凄く悲しそうな顔をした。何か思い詰めたような表情をし、それを変に思った秋本はゆり子の表情をジーッと眺めていた。するとゆり子の目から一筋の涙がこぼれた。周りに気づかれないように静かに涙を手で拭き、ペンを置いた。その姿を見た、秋本と小林は、ゆり子に声をかけれず、静かに紙を受け取った。
「ああ、ありがとう。これで俺たちは仲間だから。これからも仲良くしよ」
小林は雰囲気を変えようと、盛り上げる言葉を言うと、ゆり子は初めて笑顔を見せた。そして、この間、ゆり子は一言しか言葉を発していなかったのだ。
キャンパス内には、レストランとカフェが1軒ずつあり、どちらも綺麗だ。カフェの方はイタリアン風で、オープンカフェになっている。室内は濃いい緑と落ち着いた白で統一されていて、オープンカフェのテーブルを覆うように、せり出された、ひさしも緑だった。秋本と小林と高橋の男3人は、1時限目が終わると、いつもイタリアンカフェの外の席で朝食をとっていた。ガッチリとした木で作られた長いテーブルに席が6席ある。この日はハンバーガーを頬張り、コーヒーなど飲みながら喋っていた。
2枚のバンズの間には100gもある分厚いハンバーグが入っていて、ケチャップとマヨネーズで味を付け、レタス、トマト、ベーコンが入っていて、噛むと中から肉汁が流れてきた。普通なら1000円するくらいのものだが、飲み物とセットで500円で売られている。秋本がハンバーグを噛むと横から、たっぷりの肉汁がこぼれ落ちた。
「明日は夙川に花見やな」
「いつものように俺が秋本を迎えに行くで。そしてゆり子さんを迎えに行こう」
普段出かけるときは小林が車を出し、秋本を迎えに行っていた。
「ゆり子さん、いいな。可愛いな」
高橋は笑顔で言った。
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2へつづく |
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