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16

 

 千絵は夕方、テレビを付けると、ニュース映像が映し出された。レポーターも、カメラマンも慌ただしく動いていて、レポーターは早口で、大事故の状況を説明をしていた。テレビには列車が横倒しになっている映像が映り、千絵は大変な事が起きた事を知った。

「場所は、何処かしら?」

 長距離に渡り横倒しになった快速電車の映像、けが人が担がれる映像、救急車に運ばれる映像など長時間に渡り、報道されていた。しかし千絵には何かがひっかかる、スッキリしない気持ちにさせるものがあった。何か判らないが、スッキリしないものがあった。

 そして次の映像で、スッキリしない気持ちが氷解し、腰を抜かした。映像に映し出されたのは、JR芦屋駅だった。普段見慣れた駅舎だった。所々分解した映像が映し出されたために、深層心理では気づいていたが、表面の心理に上るまでに時間を要した。

「近くじゃない!大変な事が起こったみたい」

 ニュースは長時間に渡って放送されていた。そして時計が7時を回っているのに、亜紀子は帰ってこない。いつもなら帰ってきてもいい頃なのに、不安になった。そのとき突然、携帯が鳴り、ドキッとした。まさか亜紀子に何かあったのでは、そう直感した。しかし電話の主は亜紀子だったので、ホッとした。

「ニュース見た?」

「うん見た、大変な事故みたい」

 千絵は興奮して、早口に喋った。

「今、列車内で、すごい爆発事故があったみたいなの。けが人がうちの病院にどんどん運び込まれていて、今日は帰れそうにないみたい。徹夜で作業しないと行けないから」

 亜紀子が、そう言うと千絵も居ても立っても居られない気持ちになった。

「私に何か出来ないかしら?」

「え!」

 千絵の発言に亜紀子は驚いた。

「亜紀子の事も心配だし、このまま1人で居ても寝れないわ」

「それは1人でも多くの人が応援に来てくれたら助かると思うよ。医院長先生に何か出来る事無いか聞いてみる」

「じゃあ、今すぐ行くから」

「夜も遅いから気をつけてね」

「ありがとう」

 千絵は電話を切ると、亜紀子の勤める病院まで走った。

「少しでも早くついて、1人でも多くの人を助けないと」

 なぜか正義感に溢れていた。涙とさよならし、これからは1人で頑張って生きていこうと誓ったので、力強かった。千絵の後ろから、救急車のサイレンがけたたましく鳴り、3台の救急車が千絵を追い越した。

「本当に大変な事がおこったんだわ」

 救急車が3台も通り越した事に、大変なことが起きた事を再認識した。病院に向かうと、病院の周りは車と人だかりでごった返していた。テレビ局のカメラも来ていた。千絵が病院の入り口に入ろうとすると、担架が次々に担ぎ込まれている。

「どいてください、道を空けて下さい」

 担架と看護婦が次々に走って病院の中に入っていき慌ただしい。千絵にも緊張が伝わってきた。亜紀子はどこにいるんだろう。病院に入るとキョロキョロ見渡した。

「千絵」

 後ろから声が聞こえた。

「有難う、来てくれて。千絵が居ると心強いよ」

 亜紀子は息が荒れていた。

「本当に大変なことが起きたね。私、何したらいい?」

「ちょっと付いてきて」

 そう言うと亜紀子は前を行き、千絵は言われるまま付いていった。亜紀子の後ろを付いて歩いている間も、待合い室、廊下は怪我人で溢れていた。

「頑張らないと」

 そう言って、気合いを入れた。ついた先には婦長がいた。

「私の友達の千絵です。ニュースで知って、何か手伝う事が無いかと駆けつけてくれたんです」

 婦長が千絵を一瞥すると、

「どうもありがとう。こういう人がいてくれると助かるわ。早速だけど、これに生きている人の安否情報を書いていって欲しいの。家族に伝えないと行けないから、名前と電話番号と症状を書いていって」

 そう言うと婦長から、プリント数十枚とペンが渡された。

「大変だけど頑張ってね」

「はい」

 千絵は笑顔で答えた。と言っても重体患者が次々に運ばれている現状に尻込みしてしまった。

 

 もう一度、気合いを入れ直すと近くにある担架に寝かされている男の人に、恐る恐る近づいた。40代くらいの男性だ。

「すいません」

 返事がない。

「すいません、すいません」

 何度呼ぶが返事がない。亜紀子が近づいてきた。

「その人は、もう死んでるわ。次の人に聞いてみて」

「えー!」

 恐怖が背筋を走った。死体を目の前にしたのは初めてだったのだ。

「こんな簡単に人は死ぬんだ」

 周りの人が死んでいる人を見ても、悲しんでない事にも驚いた。

「仕事だからしょうがないか?」

 また気持ちを取り直して、隣の人に移った。

次は、若い女性だった。自分と同じくらいの年の人が担架に寝かされていた。

「可愛そうに。私は両親がいないが、考えてみれば自分は五体満足に生まれたし、幸せな方かもしれない。今まで泣いてばかりだったけど、幸せを数えたら、いくらでもあるかもしれない。今まで不幸せばかり数えていたのね。自分も強く生きないと、そしてこの女性も助けないと」

 そう心の中で呟き、その女性に声をかけた。

「すいません。大丈夫ですか?生きてますか?」

「あー」

 弱々しい声が返ってきた。

「あっ」

 千絵は安堵した。

「どこか痛い所ありますか?」

「少し手を切ったみたいです」

「名前は何と言うんですか?」

「鈴木咲子です」

「連絡先を教えて下さい」

 それから千絵は、どんどん仕事をこなしていった。今までの弱い自分ではなかった。これからはパパが居なくても1人で頑張っていける。頑張っていれば、いつかはパパと会えるから。そう強く思えた。

 そして30名ほどの人の安否情報を確認していった。しかし、その間にも、どんどん人が運ばれてくる。その横で亜紀子や救命隊員が走り回っている。気を許せない状況だった。

 救命隊員が勢いよく、担架を運んで病院内に入って来た。

「この人すぐに手術しないと危ない状況です」

 救命退院が叫んだ。その言葉に、婦長が飛んできた。

「判りました。手術室に運んで下さい」

「はい」

 近くにいた看護婦が、その担架を手術室に運んだ。辺りはめまぐるしい速度で動いていた。もっと人が来て助けてくれればいいのに。千絵はそう思った。そのとき亜紀子が千絵に近づいてきた。

「まだ犠牲者は沢山居るみたいよ。今日は徹夜かもしれないから頑張ってね」

 その言葉に、千絵は気を引き締めた。

「自分が、ここでくたばったらどうなる。1人でも多くの人を助けないと」

 もうすでに夜中の1時を回っていたが、眠さなど微塵も感じなかった。と言うよりも、興奮していて神経は活発に動いていた。そして次の人に声をかけた。

「すいません。大丈夫ですか」

 返事がない。千絵は不安になった。

「すいません」

 男の人の体を揺すってみた。そのとき、男の人の腕が担架から垂れ下がった。腕に力はなくダラーンと垂れ下がった。死んでいる人の腕だった。

「わー!」

 千絵は驚いて、床に尻を着いた。暫く呆然とした。気を取り直し、次の人にいったが、死体を見た後なので、声をかけるのに勇気がいった。

「い、生きてますか?」

 千絵の声に、男は顔をこちらに向けたので安心した。爆発による物なのか、男の顔は黒く汚れていて表情が判らない。目の焦点は合ってなく、朦朧とした感じだったので、千絵は少し恐怖を感じた。

「名前は何ですか?」

 朦朧として、返事がない。このままでは死んでしまうと思った。意識をしっかりさせないと行けないと思い、何度も揺すり起こさせた。

「連絡先を教えて下さい」

 大きな声で言ったが、返事がない。

「喋れますか?」

「娘が」

 その言葉にやっと返事を返した。

「娘さんが居ないんですか?大丈夫ですか?名前は何ですか?」

 意識がしっかりするまでは、何度も何度も聞いてみた。この人を絶対死なせては行けないと正義感が奮い立たせたのだ。

「館林です」

 男がボソッと言った。千絵は下を向いて書いていたペンが止まった。そして、男の顔を暫く凝視した。暫くして千絵の目からは涙が溢れていた。亜紀子に泣かないと誓ったのに、涙を抑えることが出来なかった。

「パパ。パパ、私よ。千絵よ」

 男は次の瞬間、朦朧とした目が、驚いた目に変わり、千絵の方を見た。先ほどとはうって変わって、男の目はしっかり、千絵を凝視していた。そして、次の瞬間、男の目から涙が溢れた。

「パパ会いたかった。ずっと探してたのよ」

 千絵の目からは涙が溢れていた。

「心配かけてご免な」

「そんな事いいのよ。パパとこうして会えただけで幸せだから。パパがいさえすれば、何も要らないのよ」

 安堵感で涙と鼻水で声にならなかった。

「これからは一緒に暮らそう」

「当たり前じゃない。やっと会えたのに、なんでバラバラに暮らさないと行けないの」

 千絵は、担架に寝かされているパパの腕をしっかり握りしめ、泣いた。

「もうぜったい離さない」

 今までの寂しさが、一気に吹き出した。握っている腕を離したくなかったので、何時までも握っていた。離すとパパは、何処かへ言ってしまうような気持ちになった。

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17へつづく