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15

 

 その日の夜、亜紀子が帰ってきても、千絵は静かにテレビを見ていた。

「何か食べに行こうか?」

「食欲ない」

 千絵に元気がないのが判った。亜紀子は冷蔵庫からジュースを取り出すと、2人分グラスに注いで、テーブルに置いた。

「今日どうだった?」

「うん」

 元気のない返事をした。

「パパ探しに行った?」

 寂しい会話だった。

「行ったけど、1月前に出たばっかりだって」

「保健所の住所変更してなかったんだ」

「何処に行ったんだろう。でもうちの病院に来たと言う事は、そんなに遠くには引っ越ししてないと思うわ」

 千絵は暫く考え、また喋った。

「帰りにパパを見かけたのよ」

「え!話ししたの?」

「それが反対の電車に乗って、どっかへ行ってしまったの」

「それなら近くに居るんだわ。もうすぐ会えるよ。元気だして」

「うん」

 千絵は自信なげに返事した。

「野宿してるのかな?」

「えー!どうして」

「借金が返せず、あのアパート追い出されたのかもしれない」

「でも、もうすぐきっと会えるよ」

 元気のない千絵に、明るく言った。そして話を変えた。

「あれから、豪邸見に行ってないんでしょ?」

「うん」

「私が見てきてあげるよ」

「いいよ。あの家とは、もう関わりたくないから」

 亜紀子は千絵を励ましたが、千絵は嫌がった。

「でも気になるでしょ」

「少しはね」

「明日見てきて上げるよ。ひょっとしたらパパの手がかりも判るかもしれないから」

 千絵も渋々納得した。

 

 2人は次の日の夜、ラーメン屋でラーメンを食べた。

「ここのラーメン美味しいのよ」

 千絵に元気がないのは、解消していた。最近明るくなったり、暗くなったりと変化が激しい。やはりパパに出会えるまでは、元気を取り戻せないのだろう。

「今日は、千絵にいい報告があるのよ」

「あー、豪邸行って、何かパパの手がかり判ったのね?」

 千絵は目を輝かせた。

「パパの手がかりは判らなかった」

 亜紀子は元気ない口調でハッキリ言った。

「あー」

 千絵は明るさを失い、ポカーンとした。

「でもビックニュースなんだ。あそこの会社潰れそうなんだって」

 亜紀子はラーメンをすすりながら言った。しかし千絵はラーメンを食べる手が止まった。

「えー!」

 千絵は静かに驚いた。自分が居候していたときは、そんな話を聞いてなかったから、1ヶ月で事情が変わったのに驚いた。

「いい気味だね」

 亜紀子は美味しそうにラーメンを食べた。

「後藤家も、私と同じ人生を歩むんじゃない?」

 千絵は心配そうな顔をしていた。

「千絵にひどい事したんだから、当然の仕打ちよ」

 亜紀子はきっぱり言い放った。

「でも、お世話になった家だから、私のように不幸になって欲しくないのよ」

「あなたの彼氏取ったんでしょ。気にしなくていいよ」

 元気のない千絵に対して、亜紀子はハッキリ言った。そのとき千絵は、彩子の事を思い出した。

「今頃、彩子どうしているのかな?私が結婚式のスピーチで、ひどい事言わなければよかった」

 そう言うと、涙を流した。

「何言ってるのよ。彼氏取られたんだから、当然の事をしただけよ」

「そうだけど」

「あなた優しすぎるのよ。泣いてたらラーメンまずくなるよ」

「でも、どうして、会社潰れそうなこと知ってるの?」

「近所の人が噂しているのを立ち聞きしたのよ」

 亜紀子はあっけらかんとしているのに、千絵は悲しそうだった。千絵は嬉しい反面、10年以上、一緒に暮らした仲なので、自分の周りの人が不幸になっていくのが辛かった。

 

 亜紀子が仕事が休みの日に2人は三宮に出かけた。

「沢山買ったね」

 亜紀子の買った服の入った紙袋で両手がふさがった。千絵も2つ袋を手伝って持っていた。

「今日はつき合ってくれたので、千絵にも服を買ってあげるわ」

「えー!いいの?」

 千絵は嬉しそうに喜んだ。

「いつも同じ服じゃ困るでしょ」

「嬉しい。いつか返すわ」

「出世払いでいいよ」

 千絵はいろいろ服を見て回り、グレーの気に入った服を取り出した。

「これなんかどう?」

 千絵は自分の胸に服を当てた。

「それよりも、もっとパッと明るい服にした方がいいんじゃない」

 亜紀子は店に掛けてある服の中からピンクの服を持ってきた。

「夏なんだから、これくらい明るいのが丁度いいよ」

 千絵は10歳の時の誕生日を思い出した。そう言えば、あのときはパパにピンクのワンピースをプレゼントして貰って喜んでいた。それが、いつの間にか、グレーなど暗めの色を着るようになっていた。

「そうね。ピンクでも着て、気持ち入れ替えようかな。試着してみる」

 明るく言うと、試着室に入った。ピンクを着るだけで千絵のふさぎがちの目はパッチリ開き、子供の頃の明るさが戻ってきた。

「すごく似合うよ。それにしよ」

 亜紀子も、明るくなった千絵を見て喜んだ。

 両手には買った服の入った紙袋で一杯になった。

「早く帰って試着してみよ」

「うん」

 2人は嬉しくて、急ぎ足で家路に向かった。歩いていると、亜紀子の目に宝くじ売り場が目に入った。

「あ、そう宝くじ買おうよ」

「宝くじなんか、いいよ。お金ないし」

「当たったら千絵の言っていた一戸建ての家が買えるよ。当たっても取らないから」

「当たるわけ無いよ」

「お金は出世払いで返してくたらいいから」

 強引に宝くじ売り場に行き、10枚ずつ宝くじを買った。

「これは千絵の分」

「いいのに」

 そう言ってすねた。そしてまた急ぎ足で家路に向かった。暫くすると、今度は千絵が足を止めた。ショーウインドーが目に入ったのだ。ウインドーのマネキンには綺麗な服を着せ飾られていた。ここは11歳の時、目を輝かせて見ていたウインドーだった。そのときと服装は違うが、今も同じように服が飾られていた。そのことをすっかり忘れていたが、そこを通った瞬間、あのときの事が脳裏に鮮明に蘇った。お金がなく、何も買う事が出来なかったが、目を輝かせながら自分がその服を着て、踊っている姿を描いていた。

「将来金持ちになって、こんな服を着る」

 と誓った。でもあれから約15年近く経っているのに、何も変化がない。ウインドーを見ていると、あの当時の事を思い出して涙が溢れてきた。あれはママが死んだ直後で、住んでいる所を追い出され、前の日公園に泊まり、翌朝、パパと一緒に三宮に来たのだ。2人は住む所もないので放浪していて、その日の夜、豪邸の人と知り合う事になった。それが悲劇を招いたのだ。それからの人生がこんなに辛いものになるとは、そのとき想像してなかった。

 それからすぐにパパは居なくなり、未だに消息不明だ。ママが死んで、パパとも別れ15年近くになる。明るかった小学生の時に、今の現実を想像する事など出来るはずもなかった。

「どうしてこうなったの?なぜ私だけが不幸なの?」

 声にならない声で叫んだ。亜紀子も、ときどき突然泣きだす千絵を見る姿にも慣れてきた。また昔の事を思い出したのだろうと察しが付くようになり、千絵を優しく抱きしめた。それに千絵は温かさを感じ、更に涙が出た。

 

 2人は夜、テレビを見ながら、缶チューハイを飲んでいた。亜紀子は思い出したように言った。

「そうそう私の昔の写真見る?」

「あー、見る見る」

 千絵は嬉しそうに言った。亜紀子は3段ボックスにあるアルバムを持ってきた。千絵はアルバムを受け取り、ページめくった。

「これ誰?」

 千絵が聞くと、亜紀子は照れくさそうに言った。

「大学の時つき合っていた彼」

「へー。今は、どうなったの?」

「何年も前に別れたわよ。でも彼とはいろいろな所に遊びに行ったわ」

「これは天橋立に行ったときの写真。これは四国に遊びに行ったときの」

 ページをめくりながら説明してくれた。

「これは淡路に遊びに行ったとき」

「へー、いろんな所に行ったのね。私も彼氏が居たときは、淡路に遊びに行ったわ」

「あ、彩子さんという人に、取られたという」

「うん、そうそう」

 千絵は笑っていた。それを見て、亜紀子は言った。

「千絵も、もう諦めがついたのね」

「うん、もう彼のことは忘れた」

 そしてページをめくり、1枚の写真に釘付けになった。

「あ、これ私じゃない」

 千絵の言葉に、亜紀子が驚いた。

「えー!」

  写真の見切れている所に、女の子の顔が半分だけ映っていた。

「えー、違うよ。別人よ」

「別人かな?」

 半分顔が見切れているので、千絵も自信なかった。しかし次の写真を見たとき、更に驚いた。

「あれ、これ彼だわ!」

「えー。そんな偶然あるのね。私たち同じ日、同じ時間に、同じ所にいたのね」

「すごい偶然ね」

 そう言って2人で笑った。しかし次の瞬間、千絵の目からは涙が溢れてきた。それを見た亜紀子は驚いて、千絵の顔をのぞき込んだ。
「どうしたの?」


「これパパだわ」

「えー!」

 亜紀子は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「そんな偶然あるの!3組の人が同じ時間、同じ場所にいたなんて。ポーカーでロイヤルストレートフラッシュが出るより、低い確率よ」


「どうして、あの時、気づかなかったんだろう。あの時気づいていたら、今頃こんなに悩んでなかったかも知れないのに」

 ビックリしている亜紀子の横で、千絵は泣いていた。

「でも、偶然にしては出来すぎた話ね」

 

「もしかしてパパ、私の後を付けていたのかもしれない。知らないのは私だけだったのかもしれない」

「でも、それなら、どうして迎えに来てくれなかったの?」

「そんな事、私には判らない?」

 そう言うと、また泣き出した。

「私がこれだけパパの事を考えているのに、豪邸に住んでいる間パパは一度も顔を見せてくれなかった。今となっては、住んでいる場所を教えるすべも判らないわ。天地がひっくり返るような偶然が起きないと、一生会えないのよ」

 泣き出している千絵をかばうように、

「大丈夫よ。パパとはいつか会えるわ。その為なら私も協力するから」

 亜紀子は励ました。

「どうしてパパが側にいるのに気づかなかったのだろ」

 そのことが悔しくて、悔しくて溜まらなかった。

 

 亜紀子は朝、いつもより早く目が覚め、寝ている千絵を起こした。

「今日は宝くじの発表の日よ。早く起きて」

「もう少し寝させて」

 千絵は宝くじに興味がなかった。パジャマのまま玄関から、新聞を取り出すと、早速新聞と宝くじを照らし合わせた。

「当たってないじゃないの。早く起きて、損した」

 二度寝したいが、二度寝するほどの時間もなかった。そして寝ている千絵をたたき起こすが、千絵は起きない。

「宝くじは?」

「財布の中」

 布団に入ったまま答え、また寝た。亜紀子はふて腐れて、千絵の宝くじと新聞と照らし合わせた。暫く照らし合わせた後、

「当たってるよ!」

 亜紀子の驚いた声。でも千絵は起きないので、亜紀子はたたき起こした。

「当たってる」

「いくら?」

「一億!」

 千絵は渋々目を覚ました。眠い目をこすりながら、

「お腹空いた。パン焼いていい?」

 千絵は亜紀子の言葉を無視した。

「何言ってるのよ。1億当たったのよ」

「私、ジャム塗る」

 とんちんかんの会話が続いた。

「一億当たったのよ」

「もういいでしょ。起きたんだから」

 千絵は亜紀子のしつこさにうんざりした。亜紀子は千絵を起こすために、嘘を付いたと思ったのだ。信じない千絵のもとに新聞と宝くじを持ってきた。新聞と宝くじを照らし合わせて、ようやく千絵は本当である事に驚いた。

「でも、これ亜紀子が買ったものだから、私の物じゃないわ」

「何言ってるの、あなたに買ったから当たったのよ。欲深い私が買っていたら当たってなかったわ」

 千絵はトーストにジャムを塗り、それを口に入れ、コーヒーを飲んだ。

「このお金で家が建てられるじゃない」

 千絵は冴えない顔で、興味なさそうだった。亜紀子は時計を見ると、時間がないことに気づき、パンをコーヒーで喉に流し込み、玄関に向かった。急いで靴を履きながら、

「何に使うか考えといてよ」

 そう言うと、急いで家を出た。

 

 夕食は部屋にあるカップラーメンを食べた。そしてお金の使い道が話題に上った。しかし千絵の口からは意外な言葉が出た。

「お金の使い方、考えた?」

 千絵は遠慮して、なかなか答えようとしなかった。

「あんたが全部、使っていいのよ」

 その言葉に促されて、千絵はボソッと言った。しかしあまりの意外な言葉に亜紀子は驚いた。

「それなら、このお金、後藤さんの所に持っていく」

「何言ってるの?」

 亜紀子は腰を抜かさんばかりに驚いた。

「会社潰れそうだから、少しでもたしになったらいいと思うから」

「今までひどい事とされてきたのよ。そんな事したら無駄金よ」

「今まで、あそこの家にお世話になったから」

「でも1億はあげ過ぎよ」

「ひどい事されたけど、あそこの人たちが居なかったら、私どうなっていたか判らない。ママが死んで、家を追い出されて、今この世にいないかもしれないのよ」

 千絵は泣きながら言った。そして亜紀子は自分の欲深さを反省した。

「あそこの家には、ほんとうに、お世話になったのよ」

 亜紀子の目からも涙が出ていて、それ以上言う事が出来なかった。

 

 銀行に行き換金して貰うと、旅行バックに1億円を詰めて、早速豪邸に向かった。千絵の背中は寂しそうだった。まるで、死刑台に上るような心境だった。結婚式をむちゃくちゃにした事に対して、今も後悔している。彩子に合わせる顔がない。顔を合わせたくなかった。

 家の前まで来ると、門扉の前でインターホンを鳴らした。玄関から出てきたのはパパだった。玄関を開けると、パパは驚いた表情を浮かべた。

「お久しぶりです」

 千絵は丁寧に挨拶した。

「何のようだ、今頃ぬけぬけと来やがって」

 と、言った感じの表情を浮かべていた。

「今まで何処に行ってたんだ。娘の結婚式をむちゃくちゃにして」

 パパは階段を下りてこようとはせず、玄関の扉を持ったまま話しをした。

「会社が潰れそうだと聞いて、これを持ってきました」

 そう言うと鞄を置いて、走り出していた。坂を下っている間中、涙が流れて、止まらなかった。

 千絵は辛かった。早くこの場から逃げたかった。これで恩は返したので、この家ともおさらばできると思った。自分の気持ちの中で整理が付いたのだ。

「もう二度と、ここへは来ない。こんな辛い目には遭いたくない。これで恩は返したから、後藤家のパパも許してくれるだろう」

 そう呟きながら、来た道を猛スピードで走っていた。目からは涙が止まらなかった。しかし人通りの多い所に差し掛かったとき、ハンカチで涙を拭き、泣きたい気持ちをぐっと我慢した。

 

 ワンルームマンションに戻り、玄関を開けると、亜紀子が帰っていたが、泣きたい気持ちを抑えていた思いが、一気に吹き出し、うずくまり号泣してしまった。

「どうして私の人生は、こんなに辛いの。もっと迎え入れてくれてもいいのに、何であんな態度で応対するの」

 千絵はワンワン鳴いた。しかし亜紀子は冷めた目で見ていた。

「私は、千絵に元気出して貰おうと、いろいろ努力してきたわ。でもどうしていつま、そんなに泣いてばかりいるの。私の身にもなってよ」

 そう言うと亜紀子も泣き出した。千絵の辛さは十分判っていたから悲しかったのだ。そう言われて、千絵はハッと目が覚めた。今まで自分が泣きたいから泣いていた。しかし亜紀子の気持ちを考えてなかったのだ。そして涙を拭いて、千絵は亜紀子に言った。

「もう後藤家に対しても、恩を返したし、パパが居なくても、私生きていけるわ。いつまでもめそめそしてないで、これからは1人で生きていくわ」

 千絵は泣くのをやめ、しっかりした口調で言った。そして更に続けた。

「これからは私もバイトする。いつまでも亜紀子に甘えてられないから。そして将来のために勉強もする」

 亜紀子は少しキツい事を言ったかと思ったが、千絵が元気になったので、嬉しかった。

「そうよ人生、いくらでもやり直しはきくのよ。若いんだし、人生これからよ」

「私、今まで甘えていたのよ。でも、これからは今までと違う私で生きていくから応援してね」

 千絵は亜紀子の言葉に、すごく勇気を貰った。

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16へつづく