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12

 

 千絵は気づいたら披露宴を飛び出して、街をさまよっていた。綺麗な衣装は汚れ、ストキングは敗れ、ヒールは脱げ、裸足で歩いていた。しかし千絵は歩くのをやめず、行く当てもない街を放浪していた。

「もう、あの家には戻れない。誰も身内がいない。どこにも行く当てもない。私は天涯孤独になってしまった」

 ポケットからペンダントを取り出し強く握りしめていた。

「パパ助けて」

 涙は溢れた。

「もう、どうすることも出来ない」

 やってしまった事への後悔の念が募った。やらなければ良かった。しかしああでもしないと、自分の気持ちが収まらなかった。ペンダントを強く握りしめると、

「パパごめんなさい」

 そう心の中で呟き、千絵は街の真ん中でナイフを取り出し、自分の手首に刃を入れた。大量の血が血しぶきとなり吹き出し、服や辺りを真っ赤に染め、そのままアスファルトに倒れた。

「きゃー」

 一気に人だかりが出来ていた。

「これで良かったのよ。私の人生苦しかったけど、考えようによっては幸せだったかもしれない」

 千絵の意識は薄らいでいく。

「これで死ねるのよ。ママの元に行けるのよ」

 そう思うと不思議と安らぎの顔に変わっていった。そして安らぎの表情とは裏腹に、これより千絵にとっての苦しい人生の第2幕が切って落とされたのだ。

 動かなくなった千絵の回りには人だかりが出来、救急車のサイレンが大きな音を鳴らしながら、近づいて来た。

 

 千絵が目を覚ますと病院のベットの上にいた。

「あれ、ここ何処?」

 少しずつ記憶を探っていった。結婚式のスピーチをした事、式場を飛び出した事、街をさまよっていた事、自殺を図った事、1つ1つ映像が蘇ってきた。

 そこに看護婦が入って来た。看護婦は若く、千絵と同じくらいの年だった。

「目を覚ましましたね。注射打ちますからね。これで大丈夫よ」

 看護婦は千絵の腕に注射を打った。その間、千絵はボーとしていた。

「看護婦さん、私どうやってここに?」

「昨日、救急車で運ばれてきたのよ。運ばれてきたときは、出血多量で、もうダメなんじゃないかと思われたけど、輸血したら何とか一命は取り留めたみたい」

 千絵はポカーンとしていた。あれから1日経っていたのかと思った。

「でも自殺するなんて、相当何かに悩んだみたいね。また時間あるとき、聞いてあげるわ」

 看護婦はにこやかだった。千絵は手首にナイフの歯を入れたことを思い出し、慌てて自分の腕を見ると、細い腕に包帯が巻かれ、急にジンジン痛んだ。

「すぐ治るわよ」

 

「すぐに退院できるから」

 看護婦はニコニコしていた。千絵はそれとは裏腹に不安になってきた。自分が行くところがないことに気づいたのだ。

「これから、どうやって過ごせばいいのだろう。退院と言われても、行く当てもない。また手首を切って、もう少し、ここにいさせて貰おうかな。それとも病院の屋上から飛び降りて、本当に死のうかな」

 そう考えると、また暗くなった。彩子も松本も、後藤家は、みんな怒っているだろうな。育てて貰った人に対して、恩を仇で返すような事をしてしまったのだから。自分のしたことに反省をした。

 松本はどうしているのだろう。もともと嫌われているかもしれないが、もう取り返しの付かない事をしてしまった事に悔やんだ。彩子の結婚式をむちゃくちゃにしてしまったのだ。なんであんな事をしてしまったのだろう。あのまま我慢していれば、豪邸に住まして貰う事が出来たはずなのに。2人とも、今頃新婚旅行かな。私の言った事を忘れて、楽しく過ごしてくれているかな。

「でもあの家には、もう帰れないな」

 そしてパパのことも気になった。

「パパはどうしたのだろう。とうとう最後まで、会う事が出来なかった。家を飛び出した以上、あの家にも戻れないし、パパと会うチャンスを切ってしまった事になる」

「もう一生パパとは会えないんだわ」

 そう思うと、やってしまった事への反省の念で涙が出てきた。死んでいたら、もう悩まずに済んだのに。また同じ事の繰り返しだと暗くなった。死ぬ事も出来ない自分に対しても情けなく思った。

 

「おはよう」

 看護婦は明るかったが、千絵の気持ちは暗かった。退院の話しを持ちかける事が怖かったのだ。

「あなた、もしかして、館林千絵じゃない?」

 千絵はビックリして顔を上げた。

「同じ小学校だった。あー、やっぱり」

「私、松野亜紀子よ」

「あー、そう言えば、あのころの面影が残ってるわ」

 千絵は知り合いに会った事に、喜びを隠せなかった。天涯孤独の身になったと思ったら、こんな所に救いの手を差し伸べる人がいたのだ。その時の嬉しさはひとしおだった。

「今どうしてるの?」

 千絵の顔が曇った。

「あ、変なこと聞いたね」

「私、今は親元離れて独り暮らししているの」

「へー、頑張ってるんだ」

「でも実家は、すぐ近くなんだけどね」

「私は・・・」

 途中まで言いかけるが言葉が詰まった。

「言いたくなければ、言わなくてもいいのよ」

「小学校の時、あなた事情も言わずに急に転校したでしょ。あの、お母さん亡くなった頃よ。ときどき思い出していたけど、こんな所で会うなんて思わなかったわ。ずっと近くにいたのね
 千絵はママの死によって急に転校を余儀なくされた。言えない事情を思い出して、暗くなった。しかし亜紀子は優しかった。昔の面影を残し、どこか懐かしく、ホッとさせてくれる人だった。

 

「今日で退院よ。ほんと大したことなくて良かったよ」

 腕に巻かれた包帯が痛々しそうで、千絵の顔が冴えなかった。

「もっと喜んでよ」

「私、行く所無いの」

 千絵は、ぼそりと言った。

「じゃ、うちにおいでよ」

 亜紀子はあっけらかんと言った。

「いいの?」

 嬉しさがこみ上げた。そんな事を言ってくれるとは、想像してなかったから、尚更嬉しかった。

「丁度1人で寂しかったのよ」

 そう言うと亜紀子も喜んだ。

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13へつづく