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5年の歳月が流れ、千絵と彩子は大学を卒業し、パパの会社で仕事を手伝っていた。貿易関係の仕事で、大学で専攻した英語を活かして外国との取引をしている。
この日は彩子は会社を休み、松本との結婚を明日に控え、家の中が慌ただしかった。連絡漏れはないか、スケジュールを確認し、ママと彩子は全てを再確認し、夕方頃、やっと落ち着いた。
でも、この結婚は千絵にとっては、辛い事だった。もう5年も経っていたが、いつも松本の事は頭の片隅にあった。たまに彩子が家に連れてきたりすると、顔を会わす事もあり、その時は非常に辛かった。いつか自分と寄りを戻す事が出来ると信じていたのに、その願いも虚しく、叶わない夢となった。
そしてパパが出て行ってから、一切の連絡もない。もうパパとの記憶も薄らいでいるが、自分が今後、どうするのか考えると不安になってくる。
「お茶でも入れるね」
ママがお茶の準備をすると、彩子はソファーに腰を下ろし、お茶を飲みながら、やっとホッとする時間がやってきたと思った。
「とうとう明日ね。こんな早く嫁に行くとは思わなかったわ!」
ママの言葉に、彩子の目からは涙が出ていた。
「でも、暫くはパパの仕事手伝って、お金稼ぐわ」
お茶をすすりながら、くつろいでいると電話が鳴り、ママが受けた。少し話した後、
「彩子、電話よ」
そう言うと彩子が電話を受けとった。
「交通事故!?」
彩子は電話を受けとると、いきなり驚いて大きい声を出した。それを見てママは、せんべいを囓っている手が止まり、心配そうに振り向いた。彩子は電話を切ると、またソファーに座って、お茶を飲んだ。
「交通事故、起こしたの?」
ママは心配そうに聞いた。
「交通事故と言ってもたいしたこと無いのよ。全治1週間くらいなんだって」
「なんだ驚かせないでよ」
「でも明日、彼女にスピーチ頼んでいたから、穴が開くのよ」
「あ、そうか。今から代わりを探すのは大変よ。誰か、代わりいないかな?」
「探してみる」
彩子は煎餅を囓り、お茶を飲みながら、誰か変わりになる友達を考えていた。
「そうね、千絵ちゃんに頼んだらどう?今から探すのも大変だし、あの子なら友人代表でいいんじゃない」
「そうね、いい考えね。帰ってきたら言ってみる」
そう言うと2人は残りのせんべいを食べ、お茶を飲んだ後、散らかしたものを片づけ、ママは夕食の準備をし、彩子は部屋でくつろいだ。
しかし千絵がスピーチを引き受けた事で、千絵は更なる不幸を招く事になり、地獄を見る事になった。
千絵は夜、ベットに入ったまま、泣いていた。今でも松本の事を忘れることが出来ないのだ。結局2人の間は修復することなく、彩子と結婚することに至った。自分の好きな人を送るために自分がスピーチしないと行けない事は辛い。
「彩子はどうして、こんな試練ばかり与えるのよ」
松本が羽を広げて、自分の元から飛び立って行く姿が思い浮かんだ。
「不幸な私と居ても、お互い不幸になるだけよ。これでよかったのよ。松本の幸せを考えると、この方がよかったのよ」
自分に言い聞かせた。こんな状況で、どうスピーチしていいか判らず、スピーチの内容など浮かんでこない。浮かんでくるのは、楽しかったときの事と、彩子に松本を取られた悔しい思い出、別れてからの辛い人生。考えれば、考えるほど涙が止まらず、枕を濡らし、いつのまにか眠りについていた。
しかし奇妙な夢を見た。
「あ、パパ」
夢の中にパパは自然な形であられた。ずっと一緒に暮らしていたような感じで、普通に接していた。その後、パパはどこかに行ってしまい、千絵は不安になった。暫くするとパパは男の人を連れて戻ってきた。それは松本だった。千絵の前まで松本を連れてくると、松本と千絵を握手させた。夢はそこで終わり、まどろんでいると、激しくドアを叩く音がした。
「早く準備して。もう出かけるから」
その声で、一瞬に現実に引き戻された。
「あー、しまった。スピーチ何も考えてない」 悔しさと緊張で食欲もない。彩子とも顔を合わせたくなかったので、朝食も食べない事にした。その空いた時間でスピーチの内容を考えるが、考えれば、考えるほど悔しさが募るだけだ。何も浮かんでこない。
家族揃って、パパの車に乗って式場に向かった。幸せそうな彩子の顔を見たくなかった。パパ、ママ、彩子は幸せそうな会話をしているが、千絵はうつむいて、1人静かにしている。
「今日は彩子の結婚式なんだから、もっと明るくしてよ」
ママは、松本を奪ったいきさつを知らない。ママに悪気はないのだが、悔しさが募る。
「私の気持ちを知って欲しい」
そう思うと、更に暗くなった。
披露宴の間中、千絵は楽しくなかった。松本が自分の元から離れていくと言う気持ちで、同じテーブルに座った人とも話す事もなく、1人沈んでいた。更にスピーチをしないと行けないと言う緊張感もあり、食事が喉を通らず、食事はほとんど手を付けなかった。
披露宴も順調に進み、中盤に進んだころ、緊張と悔しさがピークに達していた。そしてとうとう千絵のスピーチの番が回ってきた。
「それでは友人よりご祝福の言葉を頂戴したいと思います」
司会者がそう言うと、緊張した足取りで、千絵はマイクの前に立った。
「松本さん、彩子さん、おめでとうございます」
2人は笑顔で対応した。しかし千絵の目からは涙が流れた。これは松本が自分のもとから離れていく悲しい涙だった。しかし周りの人からは祝福の涙だと思われた。
「私は松本さんも、彩子さんの事も2人とも昔からよく知っている人たちで、2人とも大好きです」
千絵の祝福の言葉に、彩子は松本の方を見、顔をつきあわせて、ニコニコした。
「彩子とは子供の頃から、仲良くさして貰っていて、よく姉妹のように間違えられます。事情があり11歳の頃から彼女の家に住まわして貰っているのですが、豊かな生活をさせてもらっている事に感謝しています。時折喧嘩もするのですが、本当は仲のいい関係です。また中学の頃、一緒に行った遊園地は最高に楽しかったので、今でも忘れる事が出来ず、一生の思い出です」
千絵は喉を詰まらせて、一区切り空けた。そして、また続きを喋った。
「また松本さんの事も、私はよく知っていて、今でも大好きです。松本さんとの事もよく思い出します。楽しかった思い出ばかりです。2人で行った淡路の海は今でもよく憶えています。2人でのデートが楽しかった事を、今でも昨日のように思い出します」
そのとき会場内がざわざわし始めた。千絵の目からは大量の涙が流れていた。
「海で松本さんは、私に大好きと言ってくれましたね。そのとき私も、大好きと答えました。その言葉は一生忘れる事が出来ません。しかし今はあなたは私の元に居ません。彩子のそばにいます。あのとき言ってくれた事は本心だったのでしょうか?」
「誰かやめさせろ」
怒鳴り声が聞こえた。しかし千絵の耳には、その声が届かなかった。大量の涙を流し、マイクにしがみつき、次の言葉を続けた。
「最初につき合っていたのは私ですよね。それが、なぜ今、彩子と一緒なのか、私には判りません」
そう言うと大泣きになったが、マイクを離さなかった。係の者が取り押さえるが、千絵は手からマイクを離さず、最後のとどめを刺した。
「あのときの事を今でも信じて、私は待ち続けます。いつまでもいつまでも待ち続けます」
そう言うと、大泣きに崩れた。
会場内のどよめきは激しくなっていった。千絵も松本も慌てていた。パパ、ママは知らない事実を聞かされて、驚いている様子だった。
「結婚式がむちゃくちゃになるわ!」
彩子が怒っていた。
「結婚式で、あんな事まで言って恥かかせなくても。俺がふった事を根に持っているんじゃないのか」
松本も怒っていた。
係の者は千絵からマイクを取り上げ、千絵は大声で泣きじゃくり、うずくまっていた。披露宴に悪影響を及ぼすと思ったので、式場の外に連れ出した。
その後、司会者は明るく仕切り直した。
「それでは次は、松本さんの同僚である高橋さんによる歌です」
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12へつづく |
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