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この日、彼はバイトで会えないので、千絵と彩子は2人で帰り、途中、彼と行くいつもの喫茶店に寄った。彩子は珈琲を飲みながら、ぼそりと言った。
「私、好きになったみたいなの?」
千絵はビックリして彩子の顔を見た。
「誰を?」
千絵は嫌な予感がして驚いた。
「判ってるでしょ、松本さんよ」
「えー!」
千絵は驚き、頑(かたく)なな表情になった。
「この前、タイプじゃないって言ってたじゃない?」
「そのときはそう言ったけど、やっぱり段々好きになったみたいなの?」
彩子はゆっくり喋った。彩子の性格を知っていたので、千絵は腰を抜かさんばかりに驚いていた。小さい頃から千絵の物を何でも欲しがっていたし、人の物がよく見える性格なのだ。今までは取り替えていたが、今度は物ではなく、人なので無理な話だった。
まさか彼氏にまで手を出すつもりなのか?でもそれはないだろうと納得した。
「私と彼は、もう切っても切れない関係になったから」
「えー!もうやっちゃったの?」
「まだやってないけど、彼も私の事好きって言ってくれてたし」
千絵はすねた顔をした。
「一回でいいから彼とデートさせて」
彩子はすねた顔で言った。
「ダメ。絶対ダメ」
千絵は強く言った。
「一回デートすると諦めるから」
「今回は絶対ダメ」
強く言い放した。彩子は何をしでかすか判らない人なので、1回デートしただけで状況が変わるのが怖かった。
「彼、あなたの事、好きって言ったんでしょ?」
彩子は下手に出て、優しい口調で喋った。
「うん」
千絵は強気で言った。
「それなら、私と1回くらいデートしたからって彼の気持ちが変わったりしないはずよ。それとも私に取られると思ってるの?自信ないの?」
「そんな事はないけど、でも絶対ダメ」
千絵は少し自信を失い、弱々しく言った後、強く言い放った。今までは彩子にいろんな物を取られていたけど、今度は絶対取られないと固く心に思った。
「私を不幸にしているのは、全部あなたよ」
千絵はそう言いたかったが、言葉を飲み込んだ。 「判ったわよ」
彩子が静かに言うと、千絵はホッと胸をなで下ろした。
次の日の放課後、校舎を出ると、雨が降っていた。松本は、校門の前で傘を差して待っていた。そこに千絵と彩子がもみ合いながら校舎から出てきた。
「帰ってよ。諦めたんじゃないの。彼は彩子より、私のように控え目なタイプが好きって言ってたのよ」
「だから1回デートさせてくれたら諦めるって言ってるじゃない。ね、ごめん1回だけ」
最初はキツく言ったが、その後、甘えた声で言った。松本の前まで行くと、 「遅くなって、ごめんなさい」
彩子は明るく、松本に言い、傘をすぼめると、松本の腕に自分の腕を絡ませ、先に歩き出した。その後を千絵は慌てて追っかけた。松本は彩子にリードされて歩いている事に少し喜んでいた。
彩子と松本が前を歩き、喫茶店のドアの前まで来て、後ろにいた千絵が傘をすぼめようとすると、彩子は千絵の方に振り向いて、ビックリすることを言った。
「今日、用事があるって言ってたわよね」
「えー!」 彩子の想像してない言葉に驚いた。
「ああ、そうなの」
彩子の企みに気づかず、素直に話しを受けとる松本にも驚いた。
「じゃ、駅まで送ろうか?」
「いいですよ、自分で帰れるから」
彩子は組んだ腕を引っ張り、店の中に連れ込んだ。ドアが閉まりかけのときに、松本は千絵に言った。
「後で電話する」
そう言われて、千絵は1人、店の外に取り残された。彩子の言葉を信じているのが、信じられなく、雨の中、傘を差すのも忘れて、暫く立ちつくしていた。髪や服は雨で濡れていて、その後も傘を差すのも忘れ、下を向いたまま、足どり重く駅に向かった。
松本を彩子に取られるのではと言う嫌な思いが頭をよぎり、気持ちは暗い。それから、どう帰ったのか、はっきりと憶えていない。
この日は、本当に、どう帰ってきたのか憶えてなかったが、パパに貰ったペンダントをしっかり握りしめていた。玄関を開けると、千絵は倒れた。倒れるときの大きな物音を聞いて、ママは走ってきた。
「どうしたの、千絵ちゃん、びちゃびちゃじゃない。傘はどうしたの?」
千絵は傘を差さずに手に持っていた。それをママは見て、不思議に思った。
「この子は、どうして何時も濡れて帰ってくるの?」
その横で千絵の意識は、どんどん遠ざかっていった。
「まー、すごい熱」
ママが千絵の頭に触れたとき、すごく熱かった。千絵を部屋のベットまで連れて行くと、寝かした。
「1日2日、寝ると治ると思うわ」
そう言うと苦しそうな表情をしている千絵に布団をかぶせ、部屋を出た。
ベットの中で千絵はうなされていた。黒いレインコートを着たパパが迫ってくる。
「千絵、もう終わりだ。もう終わりだ。もう終わりだ。もう終わりだ・・・」
パパは何度も同じ事を繰り返し、それを聞いている千絵は苦しそうな表情をしている。
「パパやめて」
そう叫びながら、寝汗をびっしょりかいていた。それでも黒いレインコートのパパは、また迫ってきた。
「もう終わりだ。もう終わりだ」
「パパやめて」
千絵は叫ぶが、パパの幻影は迫ってくるのをやめない。そのたびに千絵は苦しそうな顔をする。10歳の時の恐怖が、まだ拭い切れてないのだ。
ママと彩子はベットの横で立っていた。
「さっきから、ずっとうなされているのよ」
「昼間は元気だったのに、どうして、こうなったの?」
彩子はママに聞いた。
「雨の中、傘も差さずに帰ってきたのよ」
そう言われると、彩子は責任を感じた。
「お医者さんは、どう言ってたの?」
「注射打ったから、すぐによくなるって言ってたわ」
「よかったじゃない」
顔をひきつりながら、心は安心した。そのとき千絵は突然、上半身を起こしたので2人はビックリした。
「もう終わりよ。もう終わりよ」
千絵の脳裏では、パパの言葉と、松本を彩子に取られると言った妄想が、朦朧とした脳でダブったのだ。
「千絵ちゃん、大丈夫よ。注射打ったから、すぐ治るわ」
「死んだらどうしよ」
苦しそうにしている千絵を見て、彩子は泣きそうになっていた。
「馬鹿ね、風邪くらいで死ぬわけないでしょ」
ママは叱った。
千絵はずっとうなされ、翌日、彩子は1人で登校した。流石に千絵がうなされているのを見て、責任を感じ、1日暗かった。
「ちょっとやりすぎたかな」
授業を終え、校舎を出ると、彩子の表情は曇もり、校門で待っている松本には眼もくれず、うつむいていた。松本は、校門の前から、彩子の様子がおかしいことに気になった。松本の前を素通りする彩子の様子を見て、思わず声をかけた。
「どうしたの?」
「ごめんなさい。今日、千絵が風邪を引いちゃったの」
「それは大変だ。お見舞いに行かせて」
「風邪がうつると大変だから。今日は失礼します」
そう言うと彩子は走って帰った。彩子は急いで家に帰り、一目散に千絵の部屋に向かい、勢いよくドアを開けた。ベットの横にはママが立っていた。
「もう大丈夫よ。熱はだいぶ下がったわ」
千絵も上半身を起こし、笑顔で答えた。
「あー、よかった」
彩子は泣きそうだった。
「どれだけ心配したか」
「ごめんなさい、心配掛けて」
「でも明日も学校は無理ね」
ママが横から口を出した。
「大丈夫、私がちゃんとノートとっとくから」
「こんなとき一緒に暮らしていると助かるね」
そう言うと2人は仲良く、笑った。
「まだ風邪治ってないから、体冷やさないようにね」
「はい」
そう言うと、ママは出て行った。
「松本さんの事は気にしないで」
「あー、どうなったの?」
千絵は今まで忘れていたのに、急に思い出して心配になってきた。
「今日、校門であったけど、千絵が風邪ひいた事、伝えといたから」
「あ、ありがとう。私、うなされていて、電話も出来なかったわ」
「その後、千絵のことが心配になって、走って帰ってきたの」
「ありがとう」
彩子の優しさに、千絵は嬉しかった。
「血は繋がってないけど、やっぱり姉妹なんだ」
心の中で、そう思い、幸せを感じた。
数日後、千絵の風邪もすっかり治り、放課後、3人はいつもの喫茶店にいて、千絵の横には彩子が座っていた。
「今日は許すわ」
千絵はニコニコしながら、彩子に言った。風邪の時に、彩子が心配してくれていた事への感謝の気持ちだった。
「でもよかったね風邪が治って」
松本がニコニコしながら言った。
「私なんかすごく心配したのよ」
「そう。俺に千絵が風邪って伝えると、走って家に帰ったな」
千絵は彩子の方を見てニコッとした。2人に愛されている事に嬉しかった。
「千絵なんか、すごくうなされていたのよ」
「どんな夢見てたの?」
「昔のことを思い出したの。昔パパが借金作った日のことを」
それを言うと、みんな暗くなってしまった。
「千絵は可愛そうなのよ。だから家で一緒に暮らしているの。でも、もう姉妹みたいなものだけどね」
千絵は、彩子の、その言葉が嬉しかった。その後も3人は楽しく笑った。
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10へつづく |
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