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校門から校舎までの間は20mくらいあり、そこには直径8mもある大きな丸い花壇があり、いろいろな花が植えられていた。校門を入った人は、まず一番に、この校庭の花に目がいく。赤や青、紫、黄色と言ったいろいろな花が咲き乱れ、キャンパスを華やかに盛り上げていた。
キャンパスは緑のアスファルトがひかれ、その前には校舎が奥に長く伸びていた。鉄筋4階建ての校舎で、薄いピンク色に彩られていた。校門から始まり、校庭を一周するように桜の木が植えられていた。春には桜が一斉に咲き、大学生以外の人も、大勢見に来る。
校門の花壇周りには、いくつもベンチが置いてあり、絶えず誰かが座わり、くつろいだり、勉強したり、友達と話ししたりして使われている。
放課後、千絵は校門近くのベンチに座り、本を読んでいるふりをしていて、男を待っていた。
「あー、千絵」
彩子が千絵に気づくと、走って近づいてきた。こんな時にまずいと思い、聞こえてないふりをした。しかし彩子はしつこかった。
「ちょっとお茶でも飲んで帰らない」
「今日は用事があるの」
「えー、怪しいな。デート?」
「そんなんじゃないんだって!」
「じゃー、今度ね」
彩子は、すんなり帰っていった。千絵がデートしようが、彩子にとってそんなに興味はなかった。
「あー、来た」
校舎から出てくる男を見かけた。男は千絵に気づくことなく、校門を抜けて行った。千絵も慌てて本を鞄に仕舞い、校門を抜けた。気づかれないように少し距離を置いて歩いている。大勢歩いているし、男は後ろを振り向くこともないので、気づかれなかった。
ずっと追っていくと、男は駅前の本屋に入って行った。千絵も慌てて本屋に入った。中はかなり広かったので見失ってしまった。人混みでなかなか前に進めない。
「いないな。確かに、ここに入ったのにな」
本屋の中をうろうろしたが、見あたらない。
「あ、いた」
参考書のコーナーで本を見ていたのを見つけた。そして心臓が激しく高なってくるのを感じた。
「どうしよう、どうしよう」
そう思い冷や汗を流し、気づくとポケットからペンダントを取り出し、強く握りしめていた。
「パパ、私にチャンスを頂戴」
ペンダントが壊れんばかりに強く握っていた。千絵は参考書のコーナーに入り、少し離れた所で本を手に取り見た。本の内容などは目に入らず、横目で彼を見ながら、もう少し近づき、近くの本を取った。男は千絵の存在に気づいてない。しかし千絵の心臓ははち切れんばかりに鼓動していた。
もう少し近くにより、彼のすぐ近くまで来ていた。
「どうしよう。ここまで来て引き下がれない」
どんどん心臓は高鳴っていた。
「苦しい」
心臓が破裂しそうだった。そして更に近づいて、わざとぶつかり、千絵は持っていた本を落とした。顔は真っ赤で周りなど見えてなかった。
「あ、ごめんなさい」
慌てたふりをして本を拾った。恥ずかしくて顔が見れない。
「あ、昨日の?」
「あっ、偶然」
男が気づいてくれたことに安心し、慌てて顔を上げ、偶然を強調した。
「昨日は有難うございました」
真っ赤になりながら頭を下げた。
その後、2人は喫茶店に入った。テーブルには2つのコーヒーが置かれ、2人の間に暫く沈黙が流れた。沈黙を破ったのは千絵の方だった。 「勉強熱心なんですね?」
「俺、家庭教師しているから、そのために見ていたの。勉強熱心なんかとは違うよ」
2人笑った。千絵は男と一緒に喫茶店に来れたことに喜んだ。
「君は何年生?」
「私、1年生です」
「じゃ、1つ違いだ」
「学部は?」
「英文学科です」
「じゃ、僕と一緒じゃない」
「本当ですか?」
千絵は驚き、目を輝かせながら男を見た。男の名前は松本伸一で、千絵より1つ年上だった。
「あーそうだ、今度よかったら、ドライブに行かない?」
「えー、でも、いいんですか?」
「免許取ったから、ドライブ行きたくて、うずうずしてるんだけど、一緒に行ってくれたら嬉しいな」
「はい」
千絵は下を向いて、顔を赤らめ、静かに返事した。
次の日曜日に2人はドライブを楽しんだ。松本は親から車を借りてきて、近くの駅で待ち合わせして、千絵と合流した。
「どこ行くんですか?」
松本は運転をし、千絵は助手席に座っていた。
「淡路島行こうか?」
「あー、いいですね」
車は須磨を越え、左側には山陽電車が走っていて、そのすぐ横は海だ。塩屋駅を過ぎた頃には右側を見れば、すぐ横は山になっていた。
「あー、海が見えてきた」
「もうすぐ明石海峡大橋や。橋を渡ると、もう淡路島やで」
「淡路まで近いのね」
4km続く明石海峡大橋を通り抜けると、そのまま淡路の高速に繋がっていて、最初のインターチェンジで降りた。高速を降り、暫く車を走らせると、真っ白に輝くガラス張りの建物が見えてきて、そこのガレージに車を停めると中に入った。
「わー、おしゃれなレストラン」
2人がテーブルに着くと、千絵は周りをキョロキョロした。建物の両側は、全てガラス張りになっていて、その窓からは海が見える。太陽が波をキラキラ光らせ、その光がレストランまで降り注いでいた。
反対の窓からは、御影石で作られた長い崖があり、上から水が流れて滝を作っていた。
建物の内装は、明るいオレンジで塗られていて、南ヨーロッパのようなイメージに作られている。
「まるでフランスかイタリアに来たみたい」
2人は新鮮な魚介類が入り、トマトソースがたっぷりかかったスパゲティーを食べた。パンを食べながら、トマトソースのかかったスパゲティーを口に入れる。その中には手長エビやイカやあさりなどが入っていた。まだ出会って間がないので、2人の間には会話がない。2人は静かにトマトソースのスパゲティーを食べた。
スパゲティーを食べ終わると、ウエイトレスがコーヒーを運んできてくれた。千絵はコーヒーをすすりながら言った。
「素敵な所ね。こんな所で住めたらないいな」
「ここで誰と住むの?」
「もちろん松本さんと」
暫く考えた後、そう言うと千絵は恥ずかしくなって照れた。
2人はレストランを出ると、北淡町の岬に立って海を眺めていた。そこは公園になっているが、人もあまりいない所だ。
「明石、あんなに近いのね」
ここの公園からは対岸の明石や三宮などの建物がよく見えた。海の風を顔で受けながら、暫くいい雰囲気が流れた。
「俺は千絵が好きだー」
そのとき突然、松本は海に向かって大声で叫んだ。そのことに対して千絵は驚いたが、嬉しかった。松本は2人の距離を縮めるために、勇気を持って言ったので、照れた顔をしていた。
「お前も言ってみろよ」
恥ずかしかったので千絵にも言うように促した。
「私もよー」
暫く考え、大きい声で海に向かって叫んだ。2人はお互い照れくさそうにしていた。
公園で暫く楽しむと、帰ることにした。車内では2人の間に幸せな甘い時間が流れていた。
「明日、放課後会ってくれないか?」
「いいですよ」
千絵は嬉しそうに答えた。海に向かって大声に叫ぶことで2人の距離は縮まっていた。千絵は、これが夢に見た大学生活なんだと嬉しくなってきた。このとき今までの不幸な事は忘れ去っていて、約10年ぶりぐらいに小学生の頃の笑顔と、幸せが戻ってきていた。
「家までおくるよ」
「近くでいいですよ」
「どうせなんで、家までおくらせて」
そう言うと、千絵は家の前まで車で送ってもらい、家の前で車を停めた。
「ここ?お前の家?金持ちなんだな!」
松本は、大きな家にびっくりした。しかし千絵は言葉に詰まった。
「全然知らなかったよ。こんな家に住んでるなんて」
「有難うございました」
千絵はそれには答えず、車を降りると松本に笑顔を見せ、礼を言った。松本も千絵の方を向き、幸せな笑顔を見せた。
そして千絵が扉を閉めると、立っている横を車が発進した。車が発進すると、車の方に体を向け、車が見えなくなるまでずっと見送った。
千絵は嬉しくて、ニコニコしていた。家に着いてもニコニコしていた。玄関を開けると、彩子はソファーに座っていて、目が合った。
「どこ行ってたの?」
それに対しては千絵は答えず、玄関で靴を脱いでいた。
「デートでしょ?」
「当たり」
千絵は嬉しそうに答えた。
「どんな人?カッコいい?今度会わせてよ」
「また今度紹介するよ」 千絵は少し自慢したかったのだ。
千絵が授業を終え、人混みに混じり校舎を出ると、校門の前で人混みの流れの中に松本が立っているのが見え、嬉しそうに駆け寄った。
「ごめんなさい」
「俺も今来たとこ」
千絵は喜びを抑える事が出来ずに、松本の腰に手を回し、抱きついた。すっかり昔の明るさを取り戻していた。
「みんな見てるから」
校門の前の坂を授業を終えた生徒が大勢歩いていたので、松本は照れくさそうにしていたが、少し嬉しかった。
2人はまた学校の近くの喫茶店で腰を落ちつけた。
「お前の家、金持ちなんだな?」
その言葉に千絵はうつむいた。
「私、居候なの」
「居候?そう言えば、表札と名前違っていたもんな」
そして千絵は、好きな人に自分のことを全部話そうと誓った。
「私、パパもママもいないの。小学生のときにパパが借金の肩代わりをしないと行けなくなって、一夜にして貧乏になったの。そして、その後、ママもすぐに死んでしまい、パパは今でもどこで暮らしているのか判らないの!」
千絵は今にも泣き出しそうな顔になっていた。それに松本は慌てた。
「あー、ごめんな。嫌なこと思い出させて」
「でも好きな人に知って欲しかったから全部喋ったの」 「俺も金持ちと言うことで、つき合っていたわけじゃないから」
そう言うと千絵は笑顔を取り戻した。しかし松本には疑問が残った。
「パパどこにいるか判らないって、どういう事?」
「パパ、私をあの家に置いて出て行ったの」
「娘を置いて出て行くなんてひどいな」
その言葉に千絵は敏感に反応し、慌てて否定した。
「あのときの事情を考えると仕方なかったの」
「本当に、何処にいるか判らないの?」
松本は心配そうに聞いた。
「うん。もしかしたら今頃、死んでいるかもしれない」
パパの行方を考えると、急に寂しくなり、目から涙が流れていた。
「本当にご免ね」
松本は慰めた。千絵は松本の前で泣いたら行けないと思うと、余計に悲しくなった。
「今日は帰ろうか」
変な雰囲気になってきたので、2人は喫茶店を出た。喫茶店を出たとき、雨が降っていた。
「そう言えば、今日夕方から雨って言ってたな」
千絵は鞄から折りたたみの傘を取り出した。
「今日傘持ってきてないから入れてくれる」 「うん」 千絵は急に笑顔になり、嬉しそうにした。松本は本当は傘を持ってきていたが、一緒に入りたかったから嘘を言ったのだ。千絵の肩に手を回して、小さい傘に一緒に入った。千絵は涙を拭きながら、嬉しそうだった。
駅へ向かっていると、次第に雨が激しくなってきて、小さい折りたたみの傘に2人は入りきらず肩が濡れた。雨が激しくなるに従い千絵の様子がおかしくなってきた。唇が震えだし、次第に恐怖の顔へと変わった。松本の前で変な顔は出来ないと、必死に押さえようとするが、抑えようとすると余計に恐怖はつのった。千絵の表情から笑顔は消えていた。それに気づいた松本は不思議に思った。
「どうしたの?」
「少し気分悪くなっただけ。私、先に帰る」
そう言うと松本を1人残し、千絵は慌てて駅に走った。好きな人に変な顔を見せたくないのと、雷が鳴る前に先に帰りたかったのだ。
「どうしたんだろう」
1人取り残された松本は呟いた。さっきパパの事を突っ込んで聞いたのが悪かったのかな。そう自問自答し、鞄から傘を取り出すと、駅までの少しの距離を歩いた。帰る途中、どうしても千絵のさっきの行動が脳裏から離れない。
「嫌われたのかな?」
千絵の行動を気にしながら、トボトボと歩いた。
電車の中で、千絵は怯えた表情を抑えるのに必死だった。ポケットの中に入ったペンダントを握りしめ、雷が鳴らないように祈った。
「パパ、家に帰るまでの間、助けて」
必死に祈っていた。そのとき松本の事を考える余裕もなかった。目をつむり、苦しそうな表情を浮かべ、外の景色も見れない。早く帰ることばかりを考えていた。
祈ったかいがあったのか雷も鳴る事もなく、次第に雨もやんだので、千絵も気持ちが落ち着いてきた。電車を降りた頃には雨は、すっかりやんでいた。気持ちが落ち着くと、松本の事が思い出され、急に不安になってきた。変な顔見られたんじゃないかと不安だった。松本を置いて帰ったことよりも、そっちの方が気になった。
「でも明日、話せばいいか?」
そう思うと、また笑顔に変わった。
玄関のドアを開けると、リビングで彩子はヨーグルトを食べていた。彩子がチラッと、千絵の方を見た。
「千絵,ヨーグルト食べる?」
「うん」
千絵が玄関で靴を脱いでソファーに座ると、彩子がヨーグルトとスプーンを持ってきてくれた。
「有難う」
彩子が妙に優しく感じた。
「最近、明るくなったね」
「そう、そんなことないよ」
「今日もデートだったんでしょ。よっぽど、いい男なのよね。明日、私にも紹介して」
彩子は嬉しそうに話しかけてきた。
「まだダメよ。またいつか紹介するわ」
千絵は困った顔をして、少し出し渋った。
「明日会わせてよ。ちょっとだけでいいから」
彩子は甘えた。
「じゃー、ちょっとだけよ。放課後会う約束しているから、そのときに紹介する」
彩子は諦めないと思ったので、千絵は渋々、応じた。
「やったー」
「でもすぐ帰ってね」
「判ってるわよ、邪魔はしないから」
そう言うと千絵は彩子が持ってきたヨーグルトを食べた。彩子が妙に優しかったのは、こういう事だったのかと思った。でも、千絵も少しは自慢したかったし、いつかは紹介しないと行けないと思っていたので、今回がいいチャンスかも知れないと思い、納得した。
放課後、千絵と彩子は人混みに混じって、話ししながら校舎から出てきた。校門には、すでに松本が待っていた。
「どの人よ?」
「ほら、あそこに立っている人」
千絵は彩子が少し迷惑だった。
「男前じゃない?」
2人はもみ合いながら松本の前まで来た。
「紹介します。居候させて貰っている家の彩子です。私と同じ年なんです」
「初めまして、彩子と言います」
彩子は男前を前に少し緊張し、普段と違って大人しかった。
「初めまして、松本と言います」
そう言うとお互いに笑顔で挨拶をした。しかし千絵だけは迷惑そうな顔をしていた。
「彩子さんも綺麗だね」
「わー、恥ずかしい」
彩子は大きく喜んだ。その横で千絵は、社交辞令を本当に受け取ってと、馬鹿にした顔をしていた。松本は校門を抜けると、千絵と彩子はその後ろと付いて歩いていて、もめていた。
「もういいでしょ、早く帰ってよ」
「もうちょっと、一緒にいさせて」
2人はもめながら、3人でいつもの喫茶店に入った。千絵と彩子は隣に座り、その前に松本が座った。
「何で、あんたが一緒にいるの?」
「こんないい男とは思わなかったから」
松本の前で、ひそひそ話をしていた。そこに松本も話しに入って来た。
「2人とも顔がよく似ているね。姉妹みたいで、仲良さそうだけど喧嘩するの」
松本には2人が仲良さそうにしているように映った。
「喧嘩もするけど、普段は仲いいんです」
彩子は千絵が喋る前に、目を輝かせて、嬉しそうに答えた。
「今度、家に遊びに来ませんか?ご馳走しますよ」
彩子は、すぐに続けて喋った。
「やめてよ?」
「どうして、あなたを応援してるのよ」
「そうは見えないけどな」
千絵は、ぼそりと言った。
「楽しそうで、いいね」
「えー!」
千絵は苦笑いした。
「女の子の姉妹って羨ましいな。男には無い仲良さを感じるよ。彩子さんも、またよければ一緒に」
「えー!」
千絵はビックリした。
「松本さんも気を遣ってくれているのよ」
千絵の驚いた顔を見て、彩子が言った。その言葉に、千絵は安心した。
松本はコーヒーを飲みながら、2人の会話をほほえましく見ていた。
喫茶店を出ると、松本と別れた。
「失礼します」
彩子は嬉しそうに、頭を下げた。その横で千絵は苦虫を噛み潰したよう顔をしていた。別れ惜しそうにしている千絵の腕を彩子は強引に組んで、駅に引っ張っていった。千絵は引きずられるように歩を進めた。
「いい男だったね」
「もう、いい加減にしてよ」
千絵は怒って、腕を振り払おうとした。
「でも安心して、私のタイプじゃないから」
その言葉に、千絵の怒りは収まり、抵抗をとき、一緒に駅に向かった。
休みの日。千絵はいつになく早く起き、出かける準備をしていた。綺麗な服に着替え、朝9時に玄関を出た。家の門扉に向かう階段を下りるとき、すでに松本の車が止まっているのが目に入り、千絵は門扉まで急いだ。慣れないハイヒールで上手く歩けず、ヨタヨタしながら階段を下りていった。その後を、慌てて彩子が玄関から出てきて、階段を下りてきた。千絵は気づいてない。
千絵が助手席に乗り込んだときに、彩子は運転席をノックしていた。
「今日は、どこ行くんですか?」
彩子は笑顔で、松本の方を見て、聞いた。
「もういいよ、早く引っ込んで」
彩子に気づくと、助手席に座っている千絵は横から恥ずかしそうにした。
「千絵をよろしくお願いします」
「任しといて」
松本は彩子の方に笑顔を向けると、車を走らせた。千絵は安心し、シートベルトをした。
「ほんと、すいません」
千絵は困った顔で言った。
「楽しそうでいいじゃない」
千絵はそんな事無いといった顔をした。
「まだ手を振っているよ」
「えー!?」
バックミラーに千絵が手を振る姿が映っていた。千絵は慌てて、身を乗り出して後ろを見ると、彩子が手を振っている姿が見えたが、もう付いてこれないと思うと、優越感の笑顔を見せた。
「彩子さん、面白いね。いつも家は賑やかで、楽しいんじゃない」
「松本さんが、カッコいいので興奮して居るみたいなんです」
「でも俺は、彩子さんより、千絵の方が好きだな」
松本は照れくさそうに言った。
千絵は好きだと言ってくれた事の嬉しさと、照れくささで下を向いた。
「ああ言う積極的な子より、控えめな千絵の方が好きだな」
千絵はまた顔を赤らめた。しかし言った方も照れくさそうにしていた。照れくささを隠すために、千絵に質問をぶつけた。
「俺は千絵のこと好きだけど、千絵はどう思う?」
「どおって?」
恥ずかしさのあまり、突っ張った返事しかできなかった。
「俺も言ったんだから、ちゃんと言ってくれないと」
「うん。私も好きよ」
千絵は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして、下を向いてボソリと言った。
「何、聞こえなかった」
松本はニタニタしながら、少し意地悪なことを言った。
「私も好き」
更に下を向いて、恥ずかしそうな顔をして、少し大きめに言った。
「聞こえない」
「私も好き」
3回目となると大きな声になっていた。窓を閉めてなければ、そこら中に聞こえる声になっていて、千絵はまた恥ずかしくなり、顔を赤らめた。
メリケンパーク近くの中突堤から出ているパルデメールに乗り、神戸港のクルーズに向かった。中はアールデコ調のインテリアにまとまられていてる。
オリエンタルホテル、ホテルオオクラを背に船は動きだし、モザイクガーデンの遊園地を通り、明石海峡大橋に向かった。海から見える景色は、普段陸から見ていた景色と少し違って見えた。
レストランに着くと、豪華ランチが振る舞われた。
「予約してたんですか?」
「君のためにね」
千絵は照れた。
運ばれてきたステーキをナイフで切り、口に入れた。好きな人と一緒にいれて、豪華な食事をしている事に幸せを感じた。豪華さの中にいると、自分の気持ちまで豪華になったように思え、幸せに包まれているとような感じがした。今までの不幸な人生を忘れる事が出来、夢の世界に浸れることが出来た。
「勉強はどう、ついて行けてる?」
「今のところは、大丈夫」
「もし判らない所があれば、俺に聞いて。多少は教えられるかもしれないから」
2人は笑った。これで勉強の事も心配ないし、大学生活は思いっきり楽しめそうな予感がした。
「私にも、春が来たんだわ。神様は見捨てなかったんだわ」
心の中でそう呟き、喜びを噛みしめた。
「食べたら、デッキに行こう」
「はい」
千絵は素直に答えた。
2人はデッキの先頭に、仲良さそうに寄り添って立ち、ここちいい風が髪をなびかせていた。松本が千絵の肩に手をかけ、更に引き寄せると2人は密着して、幸せな笑みを浮かべていた。
「風が涼しくて、気持ちいい。私、今までで一番幸せよ」
今まで不幸の連続だから、自分にこんな幸せが来るとは思っても見なかった。
「俺も幸せ。千絵と一緒に入れるなんて、世界で一番幸せかもしれない」
松本が更に千絵を引き寄せ、周りに人がいないことを確認すると、軽くキスをした。しかし千絵は唇を離したくはなかった。この幸せをいつまでも噛みしめていたかった。30秒くらい唇をくっつけた後、唇を離した。
千絵は顔を赤らめ、頭を松本の肩にもたれ掛かり、小さく呟いた。
「私、幸せ」
帰りは家まで送ってもらった。千絵は幸せを噛みしめながら、玄関を開けると彩子は飛んできた。
「今日のデートどうだった?」
千絵は彩子を一瞥すると、キスしたことを思い出し、優越感に浸っていた。これで2人の間には、誰にも邪魔される事のない関係を築いたからだ。
「どこ行ったの?」
「遊覧船乗った」
「それで?」
「食事した」
「それで?」
キスしたシーンを思い出したが、それ以上は言えなかった。
「それでどうしたのよ?」
「それで帰ったの」
「それだけ?」
「それだけよ」
千絵は冷たく言った。
「なんだつまらない。また明日会うんでしょ」
「明日は会わない。彼バイトがあるって」
「えー、つまらないな」
千絵は自然に笑顔になっていた。彩子に邪魔されてたまるかと言った気持ちだった。
布団の中に入っても、嬉しさがこみ上げていた。
「パパ、今日松本さんと、キスしたのよ」
千絵は天井を見上げ、嬉しそうに言った。
「私も、こんなに幸せになれたよ。もう自分には幸せは来ないと思っていたのに、私にも幸せが来たのよ」
そのときパパの事が心配になった。
「でもパパは、幸せに暮らしてるのかな?」
「いつか絶対会えるよね」
そう思い、頭から布団をかぶると、眠りについた。
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9へつづく |
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