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 アパートでの暮らしも1年が過ぎ、明るい未来の見通しは未だ立たない。いつまでこの生活が続くのだろう。娘は、そんな事に悩むような子ではなく、元気に明るかった。

「今日は、何の料理?」

「今日はごちそうよ。お肉よ」

「エー本当。久しぶりの、お肉だね」

 キッチンに立って料理を作っているママの横で、娘ははしゃいだ。

「すぐ作るから楽しみに待っていてね」

「うん」

 千絵は元気に頷き、勉強を始めた。ワンルームなので、勉強するのも、食事をするのも、寝るのも全て同じ部屋だった。娘は、普段食事をする丸テーブルに教科書とノートを開き、勉強をしていた。千絵は努力家で、苦しい生活を送りながらも、成績は優秀な方だ。

 クラスでも明るく、みんなの人気者だった。昔レストランで言ったように、苦しさにめげるような子ではなく、家でも学校でも明るかった。丸テーブルに向かい、学校で出された算数の宿題と国語の宿題をしていた。女の子なので算数は苦手だったが、国語は好きで、本を読むのも好きだった。1時間くらいで宿題を片づけると、社会の本を開き、予習をしていた。パパが遅く帰るようになり、退屈な時間が長くなったので、その時間を勉強に充てたお陰で、成績も上がっていった。

 千絵が勉強に集中していると、キッチンの方ですごい音がした。音の方を見るとキッチンでママが倒れていた。

「ママ、大丈夫?」

 千絵は心配そうに近づいた。

「大丈夫よ」

 その言葉とは裏腹に、ママの意識は次第に遠のき、意識を失った。

「ママ、ママ。どうしよう?」

 千絵はおろおろするばかりで、どうしていいか判らない。ママは暫く前から体調を悪くしていたようだが、心配しないようにパパと千絵には隠していたのだ。

「ママ、ママ」

 何度呼んでも、返事がない。

「どうしよう、救急車呼ばないと」

 千絵は慌てて、119番に電話をし、そしてママが居なくなったときの恐怖を感じ泣いていた。

「ママを助けて。速く、急いできて。ママが死んじゃう」

 泣きながらも必死に受話器を掴み、用件を伝えた。電話を切ると、ママの方に近づいていった。

「ママ、大丈夫?救急車呼んだから、死なないでね」

 千絵は倒れたママの横で泣きじゃくっていた。

 

 ママは数時間後、病院のベットで意識を取り戻した。ベットの脇では千絵が笑顔になった。

「ママ死ぬんじゃないかと、私心配したわ?」

「馬鹿ね、ママ、こんなに元気よ。たいしたこと無いみたい、すぐに退院できるから」


 千絵はホッとしたのか涙を流した。それを見ていたママは千絵の小さい体を抱きしめた。

「千絵ちゃんが、ママを助けてくれたのね」

 側でお世話をしている看護婦が笑顔で、そう言うと、千絵は誇らしげに喜んでいた。


「あのとき千絵が居なければ、ママは死んでいたかもしれないわ」

「嫌、そんなこと言わないで。家まで取られて、ママも死んだら、私どうして生きていったらいいか判らないわ」

 ママと看護婦は側で笑っていた。

 

 そのときパパは医者に呼ばれていた。医者はレントゲンを見ながら、深刻そうな顔をしていた。

「これを見て下さい」

 レントゲン写真を見ながら医者が言った。

「これは肺に繁殖したカビです」

「カビ?そう言えば、あの安アパートカビくさかったな」

「申し上げにくいのですが、もう手遅れです」

「どういう事ですか?」


「もって3ヶ月です」

 パパは驚きのあまり目を見開いた。

「助からないんですか?」

「薬でなんとかやってみますが、それで効果があるかは判りません」

「絶対、死ぬという事ではないんですね」

 それに対して医者はうなずかなかった。その後冷静に言った。

「もう少し早かったら助かっていたかもしれません。かなり前から、症状があったと思われますが、気づきませんでしたか?」

 その言葉にパパは考え込んだが、思い当たる節はない。借金返済の為に、仕事を忙しくしていて、家には寝に帰るだけだった。それにママも2人が心配しないように、苦しそうな表情を見せなかった。ママも大分前から苦しそうにしていたが、お金がなく医者に行くのを、ためらっていたのだ。

「もしかして、お金のことを気にして、隠していたのかもしれません」

 そう思うと、今まで病気に気づき、苦しいのを我慢していたママの辛さが伝わってきた。

 病室を出るとパパは泣いた。

「どうして言ってくれなかったんだ、ママ」
 床にうずくまって床を叩いた。


「俺が保証人になったばっかりに。どうしてママが死なないといけないんだ。どうして不幸がこう重なるんだ。神は俺たち3人を見捨てたのか?」

 悔しさが次々に露呈して、収まりがつかない。今まで泣いたことのないパパは、涙を止める方法を知らなかった。

「どうして、こう不幸の道を歩まないと行けないんだ。幸せな人は沢山いるのに、どうしてうちだけが、こんな辛い目に遭わないと行けないんだ」

 うずくまって泣いているパパの側を、看護婦が通りかかり、近づいてきた。

「大丈夫ですか?」

 パパは涙を拭きながら、看護婦に抱きかかえられるようにして立ち上がった。涙を拭くと、ママや千絵には、この顔を見せれないと思いトイレに入った。トイレの鏡に自分の顔を映すと、目は腫れて、髪はくちゃくちゃで、服は少し皺になっていて、今まで見せたことのない顔になっていた。このままママに会うと、感づかれてしまうと思い、ハンカチで涙を拭(ぬぐ)った。泣き声で喋ってはまずいので、気持ちを落ち着かせるために何回も深呼吸した。

 やはりママの病気の原因は家に生えたカビだった。換気も悪いため、家に一番長いこと居るママが犠牲になったのだ。普通なら人間の体内に繁殖しないカビだが、大きな借金を抱えたことがストレスとなり、抵抗力をなくしていたのだ。その上、換気が悪かったのも原因した。

 ママの肺に入り込んだカビは、パパの願いとは裏腹に、その後も悪魔のように繁殖を続けていった。

 

 パパは涙で濡れた目をこすりながら、ママの居る病室に入り、明るく振る舞った。

「あ、パパだ」

 真っ先に気づいたのは千絵だった。

「今日は仕事早いのね」

「仕事少し落ち着いてきたから」

 パパは悲しみを抑える口調で喋った

「ママの好きなオレンジジュース買ってきたよ」

「有難う」

 パパと医者との会話は、ママも千絵も知らなかった。

「それでママ何の病気なの?」

 千絵は、ママに近づくと、純粋な疑問をぶつけた。パパは動揺し、それを悟られないようにするが、どこか不自然だった。しかし千絵には、全く悪気のない純粋な質問で、本当の事を隠している自分を罪深く感じた。しかし、これこそ嘘も方便だと自分に言い聞かせ、2人に嘘を付いた。

「ストレスから来る疲労だって」

「へー、最近、ママ悩んでいたからね」

「でもたいしたことなくって良かった。ママが死んだら、私どうやって生きていったらいいか判らない」

「千絵を残して死ねないわ」
「大したこと無くって良かった」
 千絵は目を輝かせていた。

 パパは側で聞いているが、2人の会話に参加することが出来なかった。治ると信じている千絵のあどけない表情に、目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死で堪えた。

「ママが退院したら、ディズニーランド行こうね」

 借金が原因でディズニーランドに行く話は、ずっと延期になっていたのだ。

「千絵が3年も前から楽しみにしてたからね。今度こそ絶対行こうね」

 パパは涙を抑えることに必死になり、2人に悟られないように静かに部屋を出て、トイレに向かった。

 トイレの洗面の鏡に顔を写すと、また目が腫れていた。さっき涙が出ききったと思っていたが、また涙が溢れてきた。水で顔を洗い、水滴を顔から滴らしながら、

「ママ、ご免。俺が保証人になったばっかりに。俺はママに何て、お詫びしたらいいんだ。俺が代わりに死ねば良かったんだ」

 そう言うパパの目からは、涙が止まらなくなっていた。

 

 千絵は毎日のように病院に通い、ママに会った。夜まで、ママとは、いろんな事を楽しく話し、終始ニコニコしていた。

 そして1ヶ月が過ぎ、千絵が授業を受けていると、先生に呼ばれた。

「急いで病院に向かって。病室でお母さん亡くなったらしいの」

 先生にそう言われると、千絵の目から一気に涙が吹き出した。千絵は教室を飛び出すと、泣きながら、病院に走った。突然のママの死を信じる事が出来なかった。

「ママ、すぐに退院って言ったじゃない。昨日まで、あんなに元気にしてたのに!」

 涙で前が見えない。病院は学校から、そんな離れていないのに、涙で前に進めなくなった。

 病院に着くと、ベットの上でママは横たわっている。そばではパパが既に来ていて、泣いていた。千絵はママの死体に近づいた。

「いや、生き返って、ママ、目をつむっているだけでしょ」

 周りを気にせず、ママを揺すったりし、激しく泣きじゃくった。看護婦が止めるが、今までに見せたことのない力で看護婦を振り払い、ママの死体に抱きついた。

「ママ、もうすぐ退院って言ったじゃない。どうして死んじゃったの。私を1人にしないって言ったじゃない。私はどうやって生きたらいいの。ママ起きて。ディズニーランドなんかいいから、ママと一緒に入れるだけでいいのよ。起きて。私を見捨てないで」

 千絵は異常なくらい激しく泣いて、冷静さを失っていた。看護婦が止めに入るが、自分がもし11歳のときに同じ立場だったらと考えると、涙を抑える事が出来ず、一緒に泣いた。その横でパパも静かに泣いていた。

 

 パパと娘は、ママが死んだ日、カビくさい家を引き払った。大した荷物もないので、着の身着のままと言った感じで出てきた。この家で、このまま暮らしていると、また犠牲者が出るかもしれない、千絵を殺すわけにはいかない。そう思ったからだ。でも行く当てはなかった。

 千絵はママとの別れの時に、涙が出ききったのか、今はもう泣いてない。涙と共に気力も失い、何も考えることが出来なく脳は空っぽで、魂の抜け殻のように、パパの後を付いて歩いていた。

「どうして神様は私たちを、こんなに苦しめるの?」

 千絵がボソッと言った言葉に、パパは答えることが出来なかった。

「マンションをなくして、アパートも出て、ママまでいなくなって、これからどう生きていったらいいの?」

 全ての始まりは保証人になったことだ。パパは責任を感じていた。2人は夜道を歩き、歩き疲れた先に公園を見かけたので中に入っていった。

「今日は、ここで寝よう」

 千絵は何も返事が出来なかった。ただ黙ってパパの後を付いていくだけだ。公園内にある石で作られた車のオブジェの中に入り、座った。

 千絵は押し黙り、いつもは明るいのに、静かに座っていた。千絵にとってママの死は、相当ショックだった。放心状態のままで、脳の思考は止まり、考えることをやめていた。ママの死を意識してなかったために夢なのか現実なのかも判らなくなっている。まだ夢を見ているような感じで、信じたくなかった。

 この日は、まだ温かく、寝ころぶと、星が見えた。

「ママは、どの星になったのかな?」

 千絵の言葉に、パパは横で静かにしていた。ひときわ光る星を見て、あれがママになったのではないかと思えた。

「今日ここで寝て、明日目が覚めるかな。もし明日目が覚めなかったら、そしたら、私はどの星になるのかな?」

 そう思うと悲しくなってきた。このまま死んでママと会えるのも幸せかなとも思えた。

「そんなことを言うなよ」

 パパはキツく言った。そして千絵に元気を出さすように、言葉を続けた。

「明日、日曜日だから、どこかに遊びに行こう」

「そう言う気分にもなれない」

 千絵は静かに言った。

「三宮にショッピングに行こう。お金無いから買ってあげれないけど、ウインドショッピングしよう」

「うん、ここに居てもしょうがないから、行こうか」

 また2人に沈黙が続いた。30分くらい沈黙が続き、哀感(あいかん)の情に浸っていたが、次のパパの言葉に千絵は泣いた。パパはいろんな事を考えたあげく、ペンダントを千絵に差し出した。

「なに、これ?」

「もしもパパと、別れることがあったら、これを見て思い出して欲しいんだ」

 千絵は慌ててパパを見て、目をウルウルさせた。

「何言ってるの?そんなこと言わないでよ。パパもどこか行っちゃうの?ママも亡くし、パパも居なくなって、私に1人で生きていけっていうの?」

「そう言う意味で言ったんではないんだ。もしもの事を想定して・・」

 パパはしどろもどろになった。その後、千絵はエンエン泣きだし、止まらなくなった。

「パパ居なくなるなんて言わないで。そんなこと言わないで。絶対どんなことがあっても私から離れないで。わがまま言わないし、一緒にいれるだけで幸せだから、絶対そんなこと言わないで」

「パパが悪かった。軽はずみなこと言って」

 千絵の涙は止まらなくなった。昼間あんなに泣いたのに、まだ涙が残っていたのだ。パパが何を言っても聞く耳をもたない。しかしパパも娘が1人になったときの気持ちが痛いほど分かる。自分が子供の時の事を考え、悲しくなった。

「これからどんなことがあっても千絵を1人にする事はないし、どんなことがあっても千絵のことは守るよ」

 そう言うと、ようやく千絵の泣き声が穏やかになった。声を引きつらせながら、鳴き声が沈静していくのを見て、パパもホッとした。そしてパパは娘をぜったい離さないと心に誓った。

 しかしパパの考えとは裏腹に、決められた運命に逆らうことは出来ず、この後、2人は別れ別れの人生を歩むことになる。そして、このとき貰ったペンダントを娘は大切にすることになる。そんな人生を2人は、まだ想像することは出来なかったのだ。

 

 翌朝、太陽が昇ると、千絵は目を覚ました。辺りを見渡し、昨日のママの死、公園で寝たことを思い出した。

「あ、私生きている。嬉しい、死ななかったんだ」

 千絵は目を輝かせて喜んだ。そのあと急にパパのことが心配になった。パパは横で寝ていた。

「あ、パパ、パパ」

 揺するが目を覚まさない。慌てた表情になる。

「パパ、パパ」

 必死な表情になり、大きく揺するが、パパは目を覚まさない。千絵はとうとう泣き出した。

「パパ、私1人にしないで」

 千絵は急に寂しくなり、大きく泣き出した。そのときパパは目を覚ました。

「もう、脅かさない出よ」

「千絵が真剣だったので、ちょっとからかってやろうと思ったんだ」

「私、驚いたわ。していい冗談と、悪い冗談があるわ。パパが本当に死んだのかと思ってびっくりした」

「ご免。さー出かけよう」

「どこ行くの?」

「ショッピング行く約束だろ」

「こんなに早く出かけても店は開いてないわ」
「歩いて行くから、もう出かけないと」


 

 2人は歩いて芦屋から三宮に向かった。距離で言うと10km程だ。休憩しながら、ゆっくり歩いていった。

「パパ疲れた」

「少し休憩しようか」

 バスの停留所のベンチに座った。

「ちょっと待ってて、朝ご飯買ってくる」

 パパはコンビニ行き、少しすると、あんパンとジュースを2人分買い、千絵に渡した。

「お金大丈夫なの?」

「これくらいは大丈夫だよ」

 2人は美味しそうに食べた。

「私、少しくらい食べれなくてもいい。パパと居れれば、それで幸せだから」


 2人は三宮に着いたのは昼前だった。昼食は我慢し、三宮をさんざん歩いた。


 三宮を歩いていると幸せそうな家族の姿、幸せそうなカップルの姿をよく見かける。それを見るたびに悲しくなってくる。お母さんと娘が一緒にいて、お母さんが笑っていると、千絵は悲しくなってきた。「もうママの笑顔は見れないんだ」と思い泣けてきた。

 レストランも多く、料理を食べている姿を見ると、美味しそうに見えた。しかし千絵はお腹空いているのをグッと我慢した。

「パパ、足疲れた」

 さんざん歩いたので疲れていた。

「少し休憩して、帰ろうか」

 時間は夕方の4時頃だった。

「うん」

 千絵は歩き疲れ、元気がなかった。近くの椅子に腰をかけると、パパはまたコンビニに入り、おにぎりとお茶を買ってきた。

「これしか買えずにご免な」

「ううん、私食べなくても大丈夫」

 千絵は昔通りの笑顔で微笑んだ。千絵は昔から、そんなにわがまま言う方ではなかったが、笑顔を見せてくれた事にパパは最高に嬉しかった。娘の笑顔で元気になれ、これからの人生、娘の笑顔で乗り越えれると思えた。

「これ食べたら帰ろう」

「うん」

 また千絵は喜んだ。パパも最高の笑顔を見せた。パパは千絵を思いっきり抱きしめ、絶対に娘は自分の、もとから離さないと誓った。

「これからの人生辛いかもしれないけど、2人で力を合わせて、頑張って生きていこうな」
「うん」


 また千絵は微笑んだ。

 

 2人は元気を取り戻して、来た道を戻っていった。帰る途中デパートのショーウインドのマネキンに綺麗な服を着せ飾られているのが目に入った。

 マネキンが着ているのは、秋を感じさせる茶色のシックな感じのワンピースだ。ノースリーブで襟元には沢山の花のブローチが飾られ、飾りのベルトがついていた。

 千絵は目を輝かしながら、マネキンの服を眺めていた。

「可愛い。これが着れたら、どんなに幸せになれることか」

 夢中になり、凝視していた。パパは娘の輝いた目を見て、嬉しくなり、黙って見ていた。千絵は目をキラキラさせながら、ウインドに飾られている服から目を離すことは無かった。そして頭の中では、飾られている服を大人になった自分が着ていて、音楽が流れ、ヒロインになった気分になっていた。そして音楽に合わせて、上手く踊っていた。

「私、絶対将来金持ちになる。そして、こんな服を着るの」

 千絵の顔からは笑顔が洩れ、目をキラキラさせていた。

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4へつづく