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 北の奥池では、夏涼しく、山にも近く、別荘や保養所が建ち並ぶ静かな所だ。真ん中辺りにある六麓荘ではお金持ちが多く住んでいて、高級な家が多く建ち並んでいる。少し下がりJR芦屋駅前ではおしゃれな店が多く、スーパーもあり、一番人の集まる所だ。

 JRより少し北西の阪急芦屋駅のすぐ横を流れている芦屋川は、春は桜が咲き、川の両岸を淡いピンク色に染め、新緑の頃は河原が緑に光る。国道2号線から、川を北に向いて見る景色は開けていて、広い緑の河原の奥には、六甲の連なった山と、青い空が見え、その間をカシス色の阪急電車が時折横断する。阪急芦屋駅の北側の桜並木も奇麗だ。桜のシーズンや夏場などは河原で花見やバーベキューをしている人をよくみかける。

 更に南に行けば海がある。公園も多く、緑があり、芦屋公園や海沿いには松などをよく見かけ、のんびりとし静かだ。少し東に行けば、シーサイドタウンの高層マンション群が建ち並び、マンションの眼下には宮川や海が見える。もう少し東に行った浜風町には一戸建てが多く建ち並び、その庭からも手が届く位置に海がある。近くの海浜公園からは西宮のヨットハーバーが見える。

 

 館林千絵はまだ9歳の女の子だ。目がパッチリして、いつもニコニコしていて、元気で明るかった。だから友達も多かった。もうすぐ10歳だが、他の10歳の子と比べたら、少し小柄な方だ。

 千絵のパパの名前は館林俊介、40歳だ。大学を卒業し、コンピューターの仕事を18年間続けている。その間に2回転職したが、同じコンピュータの仕事をずっと続けている。

 千絵のママの名前は館林はるか、38歳だ。パパとママが知り合ったのは、パパの最初の会社で、ママの方はすぐに仕事を辞めたが、5年間恋愛が続き、その末に結婚した。

 ママも千絵と同じで、いつもニコニコしていて、あまり失敗しても気にしないタイプだ。それが娘の性格にも影響したようだ。パッチリした目などは、よく似ている。

 ママは短大を卒業し、3年間コンピューターの仕事をするが、自分にはむいてないと思い辞め、その後はアルバイトで生活していた。5年間の恋愛の末、結婚し専業主婦になる。結婚して2年後に一人娘を生んだ。

 もう結婚して12年にもなるが、夫婦は今も仲良く恋人同士のような感じだ。

 5年前に海の見えるマンションの10階を買った。8畳2間、キッチン、ダイニングが付いていて、3人では、ゆったり出来る広さだ。ここで親子3人が幸せに暮らしていた。金持ちでもなく、貧乏でもなく、ごく普通の標準の家庭だった。

 しかし、この幸せな家庭に、ある日突然不幸が訪れ、家庭が崩壊することになる。

 

 3人は夏休みを使い、伊勢に旅行に出かけた。1年に1回は、こうやって家族揃って旅行に出かけて、家族仲を深めている。

 長いドライブで疲れたパパは、旅館の駐車場に車を停めた。旅館は昭和40年に建設された鉄筋4階建ての和室旅館。何度か増築を行い100室にもなる部屋数を誇っている。この旅館は全室オーシャンビューで、食事には伊勢エビが出、露天風呂が2つあるのがうりだ。

 車を停めて、荷物を下ろそうとすると、着物姿の仲居さんが荷物を取りに来てくれた。

「お持ちします。お疲れになったでしょ。さー、中でおくつろぎ下さい」

 仲居さんの案内でホールに通された。中は広く、ピンクの絨毯が敷かれ、ソファーがあり、天井には豪華なシャンデリヤがぶら下がっていた。パパがフロントに行っている間、ママと千絵は、ソファーでくつろいだ。

 その後も仲居さんの案内で部屋に向かい、エスカレーターに乗り、長い廊下を進み、203号室に案内された。その間も、廊下はピンクの絨毯が続き、綺麗な内装に3人は見とれていた。

 部屋も綺麗だった。10畳の和室には太い木の柱があり、畳も、襖も綺麗で、落ち着いた感じと、ぬくもりが兼ね備わった感じがする。10畳の奥にはサンルームがあり、テーブル1つと、椅子が2つならべてあった。サンルームの壁は大きなガラスになっていて、そこから伊勢の砂浜と海を臨む事が出来た。

「わー、すごい、こんな綺麗な部屋初めて」

 千絵は、はしゃいで、一目散にサンルームに向かい、外を眺めた。その姿を見ながら、ママと、お茶の準備をしている仲居さんが微笑んでいた。

「ママ、窓から海が見えるよ。ほら、後で海に行こうね」

「あとでね」

 パパとママは仲居さんの入れてくれたお茶を飲み、お茶菓子を食べ、くつろいでいた。しかし千絵だけは元気で、早く海に行こうとうるさい。少し休憩した後に3人は海を見に行った。

 千絵は元気が有り余っているので、砂浜を嬉しそうに走り回っていた。窮屈な車の中で長い事いたから発散させたかったのだ。

「パパ、ママ早く」

 千絵は遠くの方から呼んだ。2人を呼ぶと、更に走っていった。

「パパ、ママ早く」

 千絵は靴下を脱いで素足になり波打ちぎわまで行って波と戯れたりと元気いっぱいだった。そうしている間に太陽も沈もうとしていて、辺りは暗くなってきた。

「もうすぐ夕食だから戻りましょ」

 そう言うと千絵は、笑顔で楽しそうにパパとママのもとに来た。

「あー、伊勢エビ、伊勢エビ」

 千絵は伊勢エビを楽しみにしていたのだ。

 

 部屋に戻ると、すでにテーブルには料理が並べられていて、3人が静かに座って待っていると、すぐに仲居さんが、やってきた。残りの料理を持ってきてくれ、七輪の上には伊勢エビが1人一匹載せられてあり、その七輪に火を付けてくれた。

 刺身にも伊勢エビがあり、他にアワビ、カニ、マグロ、ヒラメなど盛りだくさんだ。更にサザエの焼き物、茶碗蒸し、揚げ物、小鉢、果物とテーブルは料理でいっぱいになった。

「わー、すごい。伊勢エビだ。1人で全部食べていいの?」

 千絵は笑顔でママの方を見た。

「えー、食べていいのよ」

 仲居さんが、千絵の方を見ると優しく言った。料理はテーブルいっぱいになり、仲居さんが料理を並び終えると、部屋から出て行った。

 美味しそうな料理が沢山ならんであるので、千絵はどれから食べていいか迷い、いろんな料理を口に頬張り、嬉しそうな笑顔をママに向けた。

「美味しい。ママ、こんなにお腹膨れた」

 と服をめくり、お腹を見せた。

「やめなさい」

「ママ早く食べて、次は温泉に行こ」

「焦らないで、ちょっとくつろいでから行きましょ」

 いくら速く食べても、全部食べるのに1時間くらいはかかった。

 

 食事を終え、少しくつろぐと温泉に行った。温泉は男女2カ所ずつあるが、その内2階にある温泉に入った。中は広く、1つの大きな湯船に、4つの小さな湯船があり、人はあまりいず空いていた。千絵はお湯の中に潜ると、30秒潜って苦しそうに顔を出した。

「また、3人でこようね。私、ここ気に入った。伊勢エビも美味しいし、温泉もいいし、全部いい」

「また、こようね」

「外にも何かあるよ」

「あれは露天風呂よ」

 千絵は走って露天風呂に向かった。ドアを開けると、涼しい風が入ってきて、その先には石で囲まれた露天風呂があった。ドアを閉めると勢いよく露天風呂に飛び込み、飛び込んだ勢いで、お湯が飛び跳ねた。千絵は静かにお湯に浸かっていると、露天風呂を覆う半透明の仕切に町の明かりが映っているのが見えた。露天風呂から出て、手すりから身を乗り出すと、町の明かりが見えた。

「わー、綺麗」

 町の明かりがぼんやり光っていた。

 

 8月3日、パパは買ってきたイチゴのケーキの上に10本のローソクに立て、それに火を付けた。

「千絵、10歳の誕生日おめでとう」

「有難う。わー、美味しそう」

「早く火を消せよ」

 パパにそう言われると、千絵は口を大きく膨らませて、一気に火を吹き消した。その後、ママはケーキをナイフで小さく切り分け、それぞれを皿に載せた。千絵はホークでケーキを切り、ホークに突き刺すと、口に入れた。

「あー、美味しい。残り全部1人で食べてもいい?」

 千絵は口に生クリームを付けながら、嬉しそうに言った。

「いいぞ。全部千絵の分だからな」

 千絵は口にケーキを頬張り、夢中になって食べた。

「ママ、おかわり」

 一気に口の中に入れ、そう言うと皿をママの方に突き出した。ママは、その上に切り分けたケーキを載せた。

「あー、そうそう。プレゼント忘れていたよ」

 そう言うとパパは袋を千絵に持ってきた。

「何、これ?」

「開けてみろよ」

 袋を開けると、ピンクのワンピースが入っていた。

「あー、可愛い。着てもいい」

 千絵はその場でワンピースを着てみた。

「似合う、パパ。明日学校に、これ着ていく。パパもママも大好き。私、幸せ」

 千絵は幸せな家族に恵まれ、幸せな人生を送っていた。そして幸せな人生が、このまま永遠に続くかのように思われていた。

 

 季節が秋から冬になろうとしている頃の日曜日に、家族で映画館に行った。

 映画の内容は、1900年初頭、アメリカの田舎町で貧しい暮らしをしていた家族が、お金に困り娘を養子に出すことになる。娘は10歳で、着る物にも事欠き、何時も同じ服を着ていた。養母は娘をこき使い、掃除、洗濯、料理と働かせて、厳しくあたった。屋敷のような家を掃除するのは大変だった。

「何やってるの、ぐずぐずして」

 何時もこんな感じで養母は娘にあたった。10歳の子供にとってはキツく、冬場、水で何度も雑巾を絞るので、手にはあかぎれや、しもやけが出来ていた。しかし娘は負けては居なかった。いくら、怒られたり、叩かれたりしても、いつか元の家族と一緒に暮らす日を夢見て、必死に頑張った。

「私が、一生懸命働けば、お父さんと、お母さんは、楽出来る。だから私は、頑張るのよ。そして、またいつか一緒に暮らしたい」

 娘は泣きながら、あかぎれの手を水につけ、雑巾を絞った。その小さな手に出来たあかぎれは痛々しかった。

 夜は屋根裏部屋で、1人で寝かされた。夜1人になると、お父さんと、お母さんの事が思い出される。

「今頃、お父さんと、お母さんは、どうしてるのかな?」

 屋根裏の隙間から見える、星を見ていると涙が出てきた。娘は小さい心を痛めていたのだ。そして悪い知らせを聞いたのは、そのすぐ後だった。娘は養父に呼ばれた。

「すぐに家に帰ってあげて」

 そのとき、娘はとうとうお父さんと、お母さんと一緒に暮らせるときが戻ってきたのだと、嬉しさで、スキップを踏みながら家に向かった。しかし家の前まで来たとき、大勢の人がいた。全員が黒い服を着て、何か悲しそうな表情を浮かべている。

「どうしたの?」

 家の中に入ると、お父さんを見かけたので、聞いてみた。

「お母さんが、亡くなったの」

「???」

 娘は意味を理解するのに、時間がかかった。そして意味を理解したとき泣いた。

「いつか、お父さんと、お母さんと、3人で幸せに暮らすと思っていたのに。お父さんも、お母さんも、私が働いたお金で、楽しているとばかり思っていたのに」

 娘の目から溢れ出した涙は止まることはなかった。お葬式を終えても、娘はお母さんの棺から暫く離れることが出来なかった。

「どうして、お母さんは、私を養子に出して、お母さんと一緒に幸せに暮らす前に死んでしまったの。一緒に、幸せに暮らしたかったのに。私は、これからどうやって生きたらいいの?お父さんと、お母さんの為と思って、辛いのを我慢して働いてきたのに。お母さんが居なくなると、私は何を目標に生きたらいいの?」

 棺が土に埋められる横で、娘の心の中は空洞になっていた。屋根裏で思っていた願いは、あっさり消えてしまい、これからどうやって生きたらいいのかと言う指針を見失っていた。棺が埋められているのをボーと見ながら、脳は考えることをやめた。

 数日はお父さんと2人で暮らしたが、また養父の元に戻された。生きる指針を失った娘の心は空洞になっていて、前のように一生懸命に働かなくなった。

「何ぐずぐずしてるんだよ」

 働かなくなった娘に養母はキレ、娘を蹴った。娘は力無く、前のめりに倒れた。そのまま立ち上がることも忘れ、涙を流すことも忘れていた。

「この子はしょうがないわね」

 養母が娘を片手で持ち上げ、立たせたが、娘の目は焦点を失っていた。それだけ、お母さんの死がショックだったのだ。怒られようが、蹴られようが、そんな事大したことではなかった。屋根裏部屋で1人になると、毎晩、泣いていた。

「お母さん、私を1人残して、私は、これからどうやって生きていったらいいの?」

 10歳の子供にとっては、辛い試練だった。そして、たまにお父さんと会うこともあったが、次第に会う間隔も空いて、そして会わなくなった。22歳の時に結婚に出されるまでは、養父と養母と一緒に暮らし、ひどい仕打ちを受け、すっかり暗い性格になり、ほとんど喋ることもなくなった。

 結婚するときには、お父さんのことも、養父、養母の事も忘れ、その後会うこともなかった。

 しかし夫の事業が成功し、娘は裕福な生活を手に入れた。お金も、どんどん入って来て、そして成功を手に入れることが出来たのだ。

 

 映画を見終わると、レストランで夕食をとった。フランス料理の店でスープを飲みながら、千絵が言った。

「今日の映画面白かった。貧しかった人が、虐めに遭い、苦しい人生送っていたけど、最後は成功するなんていいわ。でもママが死んで、パパと会わなくなるは悲しい。私なら耐えれないと思う」

「パパは、お前が苦しい人生など歩まず、幸せに暮らしてくれる事だけを望む」

「でも、映画のような逆境に耐えるのも楽しいかもしれないわ。私が貧乏に生まれようが、虐められようが、そんな事は気にしないわ。絶対頑張って成功すると思うの」

「親は子供の幸せを願うものよ。自分が犠牲になっても、子供に幸せになって欲しいのよ」

 ママが仲に入った。

「私は今が最高に幸せだから、関係ないけどね」

 千絵は満面の笑顔で言うと、パパとママは笑った。

 メインディッシュのステーキが運ばれてきた。千絵は不器用にナイフでステーキを切ると、大きく切りすぎたステーキを口に入れるために、大きな口を開け、肉汁をテーブルに垂らしながら、ナイフで口に押し込んだ。そして嬉しそうに、口をもぐもぐさせた。

「こんな美味しい物が食べれるなんて幸せよ。でも映画みたいに、いつか罰が当たるかもしれないわ」

 そう言うと3人で笑った。しかしこれから起こる不幸を千絵どころか、パパやママさえも判るはずはなかった。まるでこの映画をジで行くかのように、地獄へ落ちていったのだ。

「次の土日、ディズニーランドに行こう」

 千絵の嬉しそうな笑顔を見ながら、パパが言った。

「えー、いいの。やったー」

 千絵は驚いた。2,3年前から言っていて、未だに実現しなかったのが、もうすぐ実現するのが嬉しかった。

「本当に、本当にいいの!」

「行きたいって言ってただろ」

「でも本当にいいの!」

 千絵は信じられないと言った感じだった。

「パパも、仕事の切りが付いて、今度の連休休めそうだから」

「えー本当。夢見ているようだ。こんなプレゼント貰って、ディズニーランドに行けて、欲しい物は全て手に入ったみたい。私は世界一の幸せよ」

 しかし千絵の喜びとは裏腹に、この夢が叶う事はなかったのだ。

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 1缶50〜80円くらいの激安ドリンクを始め、安い商品が多数あります。破損時の返品代引き決算(着払い)もありますので、安心してご利用ください。休日、買い物に行く時間も省け、重い物を運ばなくても、家まで持ってきてくれるのも、嬉しいですよね。


2へつづく