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18
恭子と聡はグリーンガーデンで最後のお茶を楽しんでいた。
「明日で、ここともお別れだな」
「最後となると寂しいね」
恭子は最後のお茶を名残惜しむように飲んでいた。
「ここの病院に来なければ、死んでいたかもしれない」
そう思うと、恭子は悲しくなり、涙が出てきた。
恭子は最後の一口を口に運んだ。
「私ここに来て、本当に幸せだった」
そう言うと、涙で顔が濡れた。
「なんか、この病院から離れたくない気持ち」
「それは本末転倒だな」
そう言うと、笑いながら泣いた。
その後、この病院も最後だと思いながら、ハーブを名残惜しそうに、見て回った。
その後、2人はシーガーデンに上がり、ゆっくり海を見た。
「家からはこんな綺麗な景色は見れない。よく見ておかないとね」
「本当に最後なんだね」
「退院は嬉しいけど、半分悲しいね。突然退院って言われて拍子抜けにあってるの。まだ、ここで居ると思ってたから。こんな急展開するとは思ってなかった」
「でも、ここでの生活は、もう充分堪能しただろう」
「まだまだよ。もっと楽しみたいよ」
恭子は、帰り支度をしていると、婦長が入ってきた。
「帰り支度できた?」
「だいたい」
そう言うと、恭子はお姉さんのことが気になった。それが一番の心残りだった。
「豊田さんは、治ったんですか?」
恭子の言葉に、婦長は表情を曇らせた。
「最後に、少しでも会いたいんです。それが一番の心残りなんです」
そう言うと、婦長は目頭を押さえ、そこにいるのを辛そうにしていた。それを見ていた、恭子はすごく不安をおぼえた。お姉さんの様態は相当悪いのでは。もしかしたら、すでに死んでいるのかもしれない。そう考えると、それを知らずに自分だけ治って生きているのが、情けなく感られた。死に目が見れなかったのも辛いし、せめてお墓参りでもしたいと思った。
婦長が帰るときに、手紙を置いて、外に出て行った。
「何かな?」
と思い、テーブルに置かれた手紙を開くと、ゆっくり読み出した。
「恭子ちゃんには感謝で一杯です。頼りない私にひたってくれ、私は妹のように感じていました。大したことをしてあげれず、話し相手にしかなってあげれなかったのが残念です。恭子ちゃんは、いつも元気で、自分の気持ちに正直で、喜怒哀楽が激しく、そう言うところがうらやましく、そう言った所から、いつも元気を貰っていていました。
あるとき外にでれない恭子ちゃんを不憫に思い、服を買いに行ったの。服をプレゼントすることで、少しでも希望と夢を持って欲しかったし、1年に1度のサクラヒルズの桜を見て欲しかったの。どれが似合うかなと考えながら、あちこち店を歩き回り、選んでいるときは楽しかったわ。
また、よく彼とのことを包み隠さず話してくれたね。それは嬉しかった。『私を信頼してくれているんだな』と感じた。だから『彼と別れた』と聞いたときは本当に心配したし、1人になってから泣いたの。そして自分のことのように彼に説得したわ。だから、また2人で仲良くしているときは本当に嬉しかった。
また恭子ちゃんが倒れたときも本当に心配したわ。酸素吸入をしている恭子ちゃんを見ながら、ここで死なすわけには行かないと思った。医院長先生も後で同じ事を思っていたと言っていたわ。その後、楽しみにしていた一時退院をキャンセルして、本当に申し訳ないことをしたと思いました。
恭子ちゃんは、よく泣いていたけど、いつも明るく元気なところを見せてくれていたね。しかしそんな恭子ちゃんにも頑固な一面があったね。いくら説得しても『私は死ぬ』と言って聞いてくれなかったね。『看護婦さんには私の気持ちは判らないわよ』と言われたときは、本当に悲しかった。と言うのも自分も同じように心臓が弱かったから。しかしそれは言えなかったわ。そして、それが原因で私は倒れてしまった。私は暫く意識不明だったみたい。意識が回復しても、ベットから離れることが出来なかったの。でも1日たりとも恭子ちゃんのことを忘れたことはなかった。心配で、心配で、一日も早く復帰したかったのだけど、不幸にもなかなか回復しなくって。
最後になったけど、これからも幸せに生きていってください。たまには私のことを思いだし、会いに来てね。彼との結婚式には絶対呼んでね」
読み終わった恭子の目からは涙が止まらなかった。お姉さんが、こんなに私のことを思っていてくれたことが嬉しかった。
この後も、何度も何度も手紙を読み、お姉さんの優しさに浸っていた。
とうとう、この日がやってきた。退院の日だ。恭子は帰り支度を終えると、医院長先生と婦長がやって来た。
「帰る準備は出来た?」
「はい」
恭子は静かなトーンで言った。
「じゃー、行こうか」
そう言われると悲しくなってきた。4ヶ月間過ごした、この病室から出るのは辛いことだった。
「ちょっとだけ、いいですか?」
恭子はそう言うと窓に近付き、カーテンを開け、最後の景色を堪能した。神戸の坂は急で、そこには沢山の家が建っていて、その先に海があった。海はいつものように静かに、太陽光線を浴びて、キラキラ光っていた。東から上る太陽、真上に昇った太陽、西に沈んだ太陽、夜景と脳裏に蘇ってきた。雪のとき、桜が満開のサクラヒルズなども思い出された。更にサクラヒルズを歩いたこと、グリーンヒルズで倒れたこと、グリーンヒルズでキャンプしたことと走馬燈のように蘇ってきた。朝の喫茶が美味しかったこと、母と料亭に行ったこと、母と温泉に行ったことなどいろんな光景が蘇ってきた。ここでの生活は楽しかった。今までで一番幸せだった。ここを去るとは考えれなかった。
恭子は外を向いたまま動かなくなっていた。涙が止めどなく流れ、目の前の景色は見えてなかった。
「行こうか」
医院長先生はまた言ったが、恭子は帰る気持ちにはなれない。
「私、帰りたくない」
そう言うと、ベットに泣き崩れた。その気持ちを察してか、医院長先生は言った。
「先生にいい考えがあるんだ。今では健康な人までもが、この病院に泊まりたいと言ってくるんだ」
意外な言葉に、恭子はびっくりした。
「健康な人も泊まりたいと言ってくるんですか?」
「うん。そこで先生が前々から考えていた11階以上をホテルとして解放することにしようと思うんだ」
「それじゃ、いつでも来ていいの?」
恭子は涙を拭い、目を輝かしながら言った。
「いつでも来ていいよ」
恭子は気持ちが収まったのか、やっと立ち上がった。医院長先生と婦長の後について、1階まで下りると、ホールまで送ってくれた。
「ありがとうございました」
恭子はお礼を言うと、名残惜しい気持ちにブレーキをかけ、外を向くと、振り返ることなく正面玄関を抜けた。
そこで振り向き、2人に深々と頭を下げた。
「有難うございました」
心の底から出た言葉だった。本当に感謝の気持ちで一杯だったのだ。
正面玄関を抜けると、そこはガーデンヒルズだ。最初に、この病院に来たときのことを思いだした。恭子は、2−3分の距離を20分も、はしゃいで歩いていた。ミントの匂いを嗅いだり、深呼吸をしたりして楽しんだ。その時のことが懐かしく思う。もう一度、病気で苦しむのは嫌だったが、もう一度、あの頃に戻りたいと思った。
「本当にこれで終わり。ゲートを抜けるとこれで終わり」
そう考えると寂しさがこみ上げてくる。恭子にとって病気が治ったことは嬉しいが、退院は嬉しくなかった。
「これで終わり。これで終わり」
そう何度も心の中で思いながら、イギリスのような庭を眺めている。ハーブの香りをかぎ、深呼吸をした。
「帰りたくない」
そう、叫びたい気持ちだ。出来るだけゲートをくぐるまでの時間を稼ぎたかったため、いろいろハーブの匂いをかぎ、歩いて回った。小径を通るとパーゴラと言った木製の休憩するスペースがある事を思い出した。
「そこで休憩しよう」
そう言いながら、小径を抜け、パーゴラに向かった。そこにはすでに座っている人がいて、彼女はジーパンに赤いチェックのシャツを着ていた。すらっとした足に、ジーパンが似合っている。パチリとした目、ショートヘヤー、丸い眉、細い体と可愛らしく、赤いチェックのシャツが更に可愛らしさを盛り上げていた。
その人を見て、恭子は、何かを感じた。
「どこかで見たことがある人だ!」
その女性は、恭子の姿を見るとニコッとした。
「恭子ちゃん」
その声で、恭子は昔の思い出が蘇ってきた。
「お姉さん!」
彼女は普段と違う格好なので、気づくのに時間がかかった。恭子は看護婦を見た瞬間、涙が溢れてきた。
「お姉さん、元気だったの!私、死んだと思ったわ」
そう言うと、恭子は看護婦に向かっておもいっきり走っていき、思いっきり抱きついた。久しぶりに会えた喜びでキツく抱きしめた。
「縁起でもないこと言わないで。でも私、暫く意識不明だったの。私も今日退院で、明日から仕事なの」
「でも昨日、婦長さんにお姉さんのこと聞いたら泣いていたみたいだから、これは死んだのかと思ったの」
「あ、あれ。あれわねー、芝居して貰ったのよ。恭子ちゃんを驚かそうと思って」
看護婦は悪気ない笑顔で、恭子に向かって言った。
「お姉さんの意地悪!」
と言い、すねた顔をすると、看護婦の胸に顔を埋め、また泣き、力強く抱きしめた。
「でも会えて良かった。嬉しい」
「千羽鶴ありがとう、あれで私、勇気づけられて、急に体調がよくなったのよ」
やはりあの鶴には恭子の想念が、いっぱい詰まっていたのだ。
恭子は看護婦の胸で泣いたままだ。
「恭子ちゃん、これプレゼント」
そう言うと、恭子は涙を拭きながら、包を受け取った。
「開けてもいい?」
包みを開けると、そこには腕時計が入っていた。時計はシルバーのベルトで、文字盤は大きく銀色にキラキラ光っていた。少し大人っぽさを感じる腕時計だ。恭子は自分の腕にはめてみた。恭子の手には少し大きく、少し重く感じた。しかしそのアンバランスさが恭子のかわいらしさを引き立てた。
「似合う?」
恭子は嬉しそうにはしゃいだ。
「うん、すごく似合う」
看護婦は笑顔で言った。
看護婦は恭子をゲートまで見送った。
「体調悪くなって、もう、この病院に戻ってきたりしたら駄目よ」
看護婦は恭子に励ますつもりで言った。
「うんうん。私、戻ってくる!」
看護婦の言葉を強く否定した。そして続けた。
「私、決めたの。戻ってくるわ。看護婦になって戻ってくる。お姉さんにして貰った優しさを1人でも多くの人に分け与えるの。そして全ての病人を治すの」
その恭子の力強い言葉を聞いて看護婦は喜び、泣いた。
恭子は何度も何度も看護婦に手を振り、名残惜しそうにし、ゲートを抜けた。
そして恭子にとっての新たな人生が、これから始まった。
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