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17
恭子は目が覚めると、1階の喫茶店で朝食をとることにした。まだ食べたことがないメニューは沢山あるが、前食べたフレンチトーストが忘れられず、また注文した。フレンチトーストを食べながら、暫くは至福の時間を楽しんでいた。甘くて、柔らかいフレンチトーストは幸せを運んでくれる。しかし隣の席の叔母ちゃん同士の会話で楽しい気持ちは、一瞬にして打ち消された。
それは隣の席で食べていた50歳くらいの叔母ちゃん2人の会話だった。
「豊田って言う看護婦、もう駄目らしいよ」
「心臓悪いって聞いていたけど、かなり重病らしい」
「私も、あの人に見て貰ってたんだけど、急にいなくなったから、聞いてみたら、悪いって言ってたよ」
「可愛そうにね」
その言葉を聞いて、恭子は自然に涙が出てきて、甘いはずのフレンチトーストの味も塩味に変わっていた。
「そんなことはない。絶対生きて戻ってくる」
と強く否定した。
「絶対、戻ってくる。NEVER GIVE UP」
その言葉が無意識のうちに口をついて出ていた。これは昔の否定的な恭子からは、想像できないことだった。食事を終えると、一目散に病室に向かい、千羽鶴の続きを折り始めた。折っていると、さっきの叔母ちゃんの会話が思い出されたが、頭の中で強く否定した。
この日は聡が来ていて、一緒に千羽鶴を折ってくれた。そして季節は夏を迎えていて、
恭子は折ることに夢中で季節が変わっていたことに気づかなかった。そしてお姉さんの無事を考え一心不乱に折っていると、千はとっくに越え、一万に達成しようとしていた。自分が病気であることも、すっかり忘れ去り、お姉さんのことだけを考え、朝から晩まで寝る間も惜しんで鶴を折っていた。この鶴を折り続けると、いつか治ると信じていたのだ。だから、この鶴一つ一つに恭子の気持ちが詰まっていて、お姉さんに対する1万の気持ちが詰まっているのだ。一万の鶴は恭子の想念のエネルギーの固まりのようであり、光を発しているような感じがした。愛情を込めて作った人形に魂が宿るように、この鶴にも病気を治すエネルギーが宿っているように感じた。
「一万が達成したときには、看護婦もきっと治るよ」
聡が立ち上がり、のびをして言った。
「疲れたから、シャワー浴びてくる」
「うん。私は後一頑張りするわ」
そう言って、また折りだした。今日中に折り終わるかもしれないと言う、期待感が励ましとなった。しかし看護婦とは映画館で会って以来、一度も会っていない。もしかしたら、もうこの世に居ないかもしれないと言う不安が芽生えたが、すぐに打ち消し、また続きを折っているときは楽しかった。1つ1つ折りながら、お姉さんの無事を願って、気持ちを込めて折っていたのだ。
聡はシャワーから出てきて、髪の毛をタオルで拭きながら、
「気持ちよかったぞ。恭子も入れよ」
「じゃー、私も、入ろうかな」
「その間に俺料理作っておくから」
「わー、楽しみ」
そう言うと、恭子は浴室に入った。恭子はシャワーを浴びながら、何の料理を作ってくれるか楽しみにしていた。聡が料理が得意だとは知らなかったのだ。熱いシャワーを頭から浴び、ずっと座って鶴を折る事で疲れた脳を活性化した。湯船に浸かり、病院に来て今までの楽しかった事を思い出していた。考えたら、嫌なことなんかあまりなかった。辛かったのは、倒れて一時退院がキャンセルになったことと、聡にふられた事、お姉さんが倒れたことくらいだ。後は楽しいことだらけだった。本当に、この病院にきてよかった。この病院に出会えて良かった。そして映画で見た「NEVER GIVE UP」と小言を言わないと言うことには感銘を受けた。この2つはこれからの人生の指針にしていきたいと思った。そして嬉しくて、涙が流れてきた。
自分は、絶対に治り、もうすぐ退院すると言う気持ちが、そこはかとなく感じていたのだ。もうすぐ退院出来るのではないかと言う、力強い気持ちと、お姉さんは治るのではないかという予感がし、体からはエネルギーがみなぎっていた。この体からみなぎるエネルギーを何処かにぶつけたい気持ちで一杯だった。
恭子は涙をお湯で洗い流すと、浴室を出た。
「丁度よかった。今、出来たところだから」
見るとカップラーメンが2つテーブルに並べられていた。
「何これ?」
「これ知らないの。カップラーメンだよ。俺が料理出来るわけないだろ」
「そらそうね」
2人は笑らった。恭子は髪をバスタオルで拭きながら椅子に座ると、2人でカップラーメンを食べた。そのとき恭子は、部屋の異変に気づいた。窓から涼しい風が入ってきて、風鈴を揺らしたのだ。
「いつの間にか夏になったね」
「風鈴は、さっきコンビニでカップラーメン買うときに見つけたので、買ったんだよ」
「早いもので私が来て、もう4ヶ月ね。本当なら死んでいたはずなのに、生きてるよ」
2人で笑うと共に、恭子の目は潤んでいた。
「そんなこと言うなよ」
「私、もう死ぬなんて言わない。この前誓ったの」
「うん。病気は気からって言うから」
「ラーメン食べ終わったら、続きしよ」
「うん」
恭子は明るさを取り戻していた。万羽鶴が完成すると、看護婦が戻ってくると信じていたのだ。2人で続きを折っていると、窓から花火が上がるのが見えた。
「今の花火じゃない」
「あ、今日、花火大会だった。忘れてた」
そう言うと暫く手を止め、窓から花火を眺めた。
「奇麗ね。私、花火大好き、奇麗だから。でも儚いのね。終わった後、寂しくなる」
暗くなった恭子を見て、聡は元気を出さす為に、励ました。
「もう少しだから、頑張ろう」
そして最後の1枚を折りだした。
「これで終わり」
恭子は最後の一つには、最高の念を入れて、静かに折った。
「お姉さんが、治りますように」
聡は、その最後の1つを静かに見ていた。
「やったー、長かったね。これで終わった」
2人は喜びの声を上げた。
「有難う手伝ってくれて。今日は遅いし、泊まっていったら」
「うん。今日は泊まっていくよ」
恭子は聡に、隣のベットに誘った。2つあるベットを使うのは初めての事だった。
翌朝起きると、彼は早い時間に帰っていった。恭子はいつものように朝食を食べ、料理番組を見て過ごした。
「こんなに、のんびり過ごしたのひさしぶり」
と恭子は思った。そう言えば、寝食を忘れ、あけても暮れても鶴を折っていたので、看護婦が居なくなってから、ひさしぶりにくつろいだと言う気持ちになれた。そこへいつもの婦長が入ってきた。恭子が鶴から離れ、くつろいでいる様子を見て、
「出来たの、千羽鶴!」
と聞いてきた。
「千羽鶴じゃないです。万羽鶴です。昨日の晩、出来たんです。渡しといてください」
「よく頑張ったね。豊田もきっと喜ぶよ。必ず渡しとくから」
婦長は恭子にニコニコしながら言った。
「お姉さん、よくなるかな?」
「これを見ると、きっとよくなるわ。恭子ちゃんの気持ちが詰まってるんだから。治らない方がおかしいわよ」
婦長が嬉しそうに話してくれると、恭子も嬉しくなり笑顔になっていた。
「今日はレントゲン撮るから、後で1階に下りてきて」
「はい」
恭子はレントゲン室の前で待っていると、医院長先生が来た。
「豊田のために千羽鶴折ったんだって」
「はい」
恭子は目を輝かしながら言った。千羽鶴を万羽鶴と訂正するのも面倒になり、返事するだけにした。
「豊田も、これでよくなると思うよ」
「はい」
恭子は喜んだ。
「じゃー、レントゲン撮るから、中に入って」
レントゲンを撮り終えると、医院長先生が近づいてきた。
「今日は、これでいいから」
と言い、恭子は部屋に帰っていった。
恭子は暫く千羽鶴ばかり折っていたので、今その忙しさから解放され、昼食後何をしていいか判らなくなっていた。外を眺めたり、ベットの上でボーとしたりして、退屈を紛らわしていた。すると医院長先生がやってきた。
「恭子ちゃん、びっくりしないでよ」
医院長先生の真剣な表情に、恭子は表情を強ばらした。
「さっきレントゲン撮った結果なんだけど」
恭子は緊張のあまり、喉元を唾が通るのが判った。
「病気が、完治しているんだ!」
「えっ!」
恭子は信じられないと言った表情を浮かべ、医院長先生の方をジーと見つめた。自分では治ると信じていたが、医院長先生に直接言われると嬉しい。
「治ってるんですか?」
「うん、前のレントゲン撮ったときは、それ程ではなかったのだが、今回は完全に治っているんだ!」
恭子は、まだ信じられないと言った表情を浮かべている。しかし医院長先生の次の言葉に更に驚いた。
「明日、退院していいよ」
「明日!」
その言葉に恭子は涙が出る程、嬉しかった。病気が治ると信じて、頑張って良かった。一時は自分は、このまま、ここでずっと住むような気がしていたので、その言葉は最高に嬉しかった。
恭子は耐えきれずになって、下を向いて手で涙が落ちないようにした。目からは涙が溢れだしていた。今までの苦労、苦しみが走馬燈のように蘇り、「NEVER GIVE UP」の精神で頑張ってきて良かった。信じてよかった。そして映画のケントと同じ気持ちになれた。
「奇跡が起きたんだよ」
そう言った後の、院長先生の目からも涙が流れていた。
「有難うございます」
映画の最後でケントが機長に向かってお礼を言ったのと、恭子が医院長先生にお礼を言ったのがダブって見えた。そして涙は溢れ出し、止まらなかった。こんな幸せなことは、今まで無かった。
「有難うございます」
恭子は何度も何度もお礼を言った。
「お礼を言うのはこっちの方だよ」
目に涙を溜めながら、医院長先生も泣いていた。恭子は、その意味が分からない。感謝するのは自分の方であって、医院長先生に感謝されるのはおかしい。しかし医院長先生は恭子の手を力強く握り、何度も礼を言った。それにつられて恭子も貰い泣きし、更に泣いた。
「感謝しているのは私の方です」
しかし、その言葉に耳も暮れず、医院長先生は更に話し出した。
「先生は、この病院を造るときに、身内から猛反対されたんだ。親がつくった莫大な遺産を、お前は一代で破産させる気か!?お前の遊びの為に、莫大なお金をつぎ込んで、仕事は博打じゃないんだからな、といろんな嫌な事を言われた。でも私には患者を救いたいと言う一心で、癒せる病院が造りたかった。癒せる病院を造れば、自然と患者もよくなる、そう考えたからだ。しかしこの病院を造るには莫大なお金がかかる。私は1年ほど悩み抜いた。しかし自分を信じよう、そう考え、身内の反対を押し切って行動したんだ。だから君が来たときは、正直驚いたよ。難病患者が来て、もうこれで終わりかと思った。と言うのも恭子ちゃんが死んででもしたら、私は身内から、ほれ見たことかと吊し上げられ、私は身内に見せる顔がなかったのだ」
医院長先生は涙を手で拭った。
「でも昔、私に絶対死なさないと言ったじゃないですか?」
「あれは治せる自信があったわけではない。むしろ治せる自信など全く無かった。君を助けたい一心で出ただけなんだ。恭子ちゃんの不安を少しでも取り除けることが出来たらと思って言っただけなんだ」
恭子は、そのときの医院長先生の不安を考えると、更に悲しくなった。
「でも先生のお陰で、私も治りました」
「治ったのは私のお陰なんかではないんだ。恭子ちゃんが自分で治したんだ。自分で治そうと思ったから治ったんだ。病気は医者だけの力だけで治すのは無理で、病気に潰されず、立ち向かおうとする気持ちが大事なんだ。だから気持ちが弱っている人は、手術してもそれに耐え抜くだけの体力がないんで、手術を受けることすら出来ないんだ」
医院長先生の謙虚な言葉に、恭子は感動した。
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18へつづく |
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