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15
「ケント、食べろ」
機長は優しく、食事を勧めると、ケントも静かに食べ出した。
「みんな食べながらでいいから、俺の話を聞いてくれ」
そう言い、機長は自分の話を静かに始めた。
「俺は登山が趣味で、あるとき友達と山へ登り、頂上のホテルに泊まったことがある。シングルの部屋を2部屋借りて泊まった。ところが寝静まった夜中、そのホテルが火事になったんだ」
機長の意外な過去に、みんなは驚いていたが、静かに話しを聞いていた。
「俺たち2人は9Fで隣どおしに泊まった。ところがその9Fが出火元になり、気づいたときには廊下は火の海になってたんだ。俺は隣の友達が、自分の部屋の窓を激しく叩く音で目を覚ました」
「ドン、ドン、ドン」
激しく窓を叩く音がした。機長が目を覚ましたとき、なぜ友達が窓枠に立っているのか判らなかった。夢でも見ているのではないかと思い、もう一度眠ろうとした。しかし友達は必死の様相で、激しく窓ガラスを叩いた。友達は割れんばかりの勢いで、窓ガラスを叩いていたのだ。俺が、もう一度眠りに就こうとしたとき、窓ガラスの割れる激しい音で、目が覚めた。俺は、そのとき友達が必死の様相で、窓を割ってまで俺に何を伝えに来たのか、そのときはまだ判らなかったんだ。しかし友達の次の言葉に、驚愕した。
「火事だ!」
友達は必死の様相で叫んだ。友達の部屋が火事で、自分の部屋はどうもないので、俺は最初、半信半疑だった。更に友達は喋り始めた。
「俺は自分の部屋の扉を開けた途端、火が飛び込んできて、部屋は火の海に包まれてしまったんだ。嘘だと思うなら、窓から隣りを覗いて見ろ」
キョトンとする俺の表情に、友達は激しく怒鳴った。しかし次の瞬間、俺は友達の言葉を信じることになった。廊下に面した部屋の扉の隙間から、煙がゆっくり入ってきたのだ。
「絶対、ドアを開けるなよ」
しかし、正直、俺はこのとき、それ程焦っては居なかった。どうにかなると思ったんだ。誰かが助けに来てくれると思った。所が現状は、そう甘くなかった。煙は扉の隙間からゆっくりでわあるが侵入してきた。俺が窓から外を眺めたとき外は静まりかえっていて、救急車や救助が来る気配は全くなかった。宿泊客も少ないのか、ホテルも寝静まっていた。しかし、このときも俺は、まだ焦っていなかった。煙はゆっくりしか入ってこなかったのだ。
「大丈夫だ。救助が来る」
俺は友達に言った。しかし現実は最後まで、救助が来る事はなかったのだ。
10分、20分経っても、依然外は静まりかえっていたが、部屋の中は大変な事態であった。煙が部屋を充満し、徐々にではあるが危機が迫っているのが判った。俺は次第に焦りだし、窓を覗いて見ると、窓枠に人が立っているのが見えた。更に辺りを見渡すと、何人もの人が窓枠に立っているのが見えた。救援は依然とこない事に、俺は焦り始めていた。そして部屋を見たとき、炎が部屋の中に入り込んでくるのが見えた。俺の表情にも段々焦りの色が見えてきたが、友達は落ち着き払っていた。どうして、こんな状況で落ち着けるのか、俺は不思議で仕方なかった。そのときだった、部屋の窓から人が飛び降りるのが見えた。俺は、それをジーと見ていた。地面に叩きつけられ、まったく動かない。暫くすると頭部周辺から血が広がっていった。それを見た瞬間、戦慄が走った。
「こんな大災害で、救援はどうなってるんだ!」
俺は怒った。しかし友達は依然として、落ち着いている。その内に徐々にではあるが、部屋の中を炎が広がり始めた。それを見ていた次の瞬間、炎はものすごい勢いで広がり始めた。床から壁を伝い、天井に広がったかと思うと、すごい勢いで火は広がった。部屋の中は燃え安い物ばかりだ。クロス、木の扉、椅子、机などが燃え始めた。
そして俺と友達は窓枠まで追いやられた。2人の眼下は地面だった。9階のこの部屋から落ちると間違いなく死だ。俺は下を見た瞬間、気分が悪くなった。部屋の中は火の海で、窓枠に立っていても、炎の熱さで耐えれなくなってきた。
「飛び降りよう」
俺は熱さで耐えれず、友達に言った。1人では飛び降りる勇気がなかったので、友達を誘った。そのとき友達は信じられないことを言った。
「NEVER GIVE UP」
しかし、まだ限界ではなかった。炎の熱さは我慢すれば、耐えれるものだった。その間にも、あちこちから人が飛び降り姿が見えた。
「どうして助けにこないんだ!」
俺は怒鳴った。そのとき熱さは限界に来ていた。また部屋から人が飛び降りた。
「もう限界だ。俺は飛び降りるぞ」
と言ったが、友達はまた同じ事を言い、友達は頭がおかしくなったのではないかと思った。
「NEVER GIVE UP」
「俺は1人でもいい、飛び降りる」
そう自分に決意した。熱さの限界は、とうに過ぎていたのだ。俺が飛び降りようと構えた瞬間、友達は力づくで俺を押さえ込んだ。
「NEVER GIVE UP。NEVER GIVE UP」
何度も大声で叫んだ。俺は友達の頭を疑った。依然辺りは静まりかえり、こういう状況で、どうやって助かるのだと思った。仮に、この瞬間に救助が来たとしても、救助の順番を待っていては焼け死んでしまう。
「どうせ苦しんで焼け死ぬんだ。それなら飛び降りて、一瞬で死んだ方がましだ」
しかし友達は違っていた。
「NEVER GIVE UP。奇跡を信じるんだ。最後まで希望を捨ててはいけない」
このとき友達の頭がおかしくなってないことに気づいた。熱いのは俺だけではないんだ。友達も同じように絶えて居るんだ。そう思った瞬間、少し気が楽になり、もう少し頑張ろうと思った。そのときだった奇跡が起きたのは。
頭に何かが当たることに気づいた。最初は熱さで頭は朦朧としていたが、何かが頭に当たる。そして頭上を見上げたとき、上の階の人が、シーツを何枚も結び、それを下に垂らしてくれていた。声は聞こえないが、手の動きで、これに伝って上がってこいと言う。その瞬間、俺はこんなシーツで人を支えれるのかと思ったが、悩んでいる時間はなかった。友達を見たとき、俺に先に上がれと勧めてくれた。熱いのは同じなのに、俺に先に上がれと言ってくれた。俺は友達を助けるためにも、ここで譲り合っている暇はない。一刻も速く上がり、友達を助けようと考えた。
そして俺は無我夢中で上がった。そのときのことはあまり覚えていないが、辺りを見ず、無我夢中で上がった。上がりきると、直ぐに友達を上がらせた。そして数分後には友達も上がった。俺はこのとき喜んだ。しかし、まだ浮かれている場合ではない。このホテルから脱出しないといけない。そう思っていたとき、肝を潰す出来事が起きた。今まで2人がいた部屋が爆発したのだ。もう少し、遅ければ俺たちは間違いなく、飛ばされ、地面に叩きつけられていただろう。その後は、無我夢中で非常階段を向かい、下りていった。
そして、機長の九死に一生話しは終わった。
「これ以来、俺は生死についてよく考えることがある。あの火事で生き残った人と死んだ人との違いは何だったのだろうか。もし同僚がいなければ俺は間違いなく飛び降りていた。そして死んでいた。そしてある時、結論が出たんだ。それは諦めないこと、彼の言った「NEVER GIVE UP」だったんだ。これ以来、俺は、どんなことがあっても諦める事を忘れ、これでいくつもの困難を乗り越える事が出来た。今回のことでも、友達に教えて貰った「NEVER GIVE UP」を人に伝えないといけない、伝える番が回ってきたと思ったんだ」
その話しを聞きながら、ケントは泣いていた。
「俺が間違えていたよ。さっき言ったように小言はやめにするし、もう絶対諦めない。そして奇跡を信じ、もし生きて帰れたら、俺は人に「NEVER GIVE UP」と言いたい」
そして恭子も泣いていた。自分は考え違いをしていた。「NEVER GIVE UP」の精神で頑張らないといけない。応援してくれている医院先生、看護婦、聡の為にも生きないといけないんだ。自分はこの映画で気持ちを変えることが出来た。
「絶対に生きるぞ。誰が何と言っても、難病だろうと、何だろうと私は自分の気持ちで絶対治してみせる。そして生き抜いてみせる」
そして恭子は涙が止まらなくなっていた。
機長の話以来、ケントは別人のようになった。救助がこなくても、食べ物が無くても小言を一切言わなくなり、食料を探しに行ったり、薪を取りに行ったりと、自分から率先してやるようになった。それを見ていた機長、トム、ヘンリー、トーマスは、その変わり様にびっくりしていた。
その日は、雪が降っていて、次第に激しく降ってきた。そのとき5人の脳裏には嫌な予感がした。ポールが死んだように、また死んでしまうのではないかと。
機長の声で、みんなはセスナ機に避難した。無言で、重い足取りでセスナに向かった。そのときトムが大声で叫んだ。
「ヘリだ」
しかし5人の脳裏には、また嫌な事が思い出された。前のように気づかれずに帰っていくのではないか。無情にも雪は激しさを増し、前のときと同じ状況になり、5人に諦めムードが出ていた。しかしケントが意外な言葉を発した。
「NEVER GIVE UP。NEVER GIVE UP」
ケントの意外な言葉に、みんなは驚かせられると共に、勇気づけられ、笑顔になった。
「よし頑張ろう」
トムとヘンリーとトーマスはケントから元気を貰った。5人は吹雪の中、大きく手を振り、大声を出した。顔に雪がかかり、目や口の中に入ってくる。そんなことにも気にせず、みんなは激しく手を振った。みんなの気持ちが伝わったのか、奇跡が起きた。ヘリは5人の頭上まで来ると、下りてきたのだ。
「本当に奇跡が起きたんだ」
「ケントのお陰だ」
みんなはケントと一緒に喜んだ。
「俺のお陰ではない。みんなの心が一つになったからだ」
警察のヘリだった。警察官はヘリから降りて来て、みんなの所に近付いてきた。しかし警察の第一声に、みんなは驚かされた。警察管は怒っていたのだ。
「こんな所で何しているんだ?」
喜びムードから一変して、みんなの表情も驚きの表情に変わった。警察官が何を言っているのか、そのときは判らなかった。
「今夜から吹雪くため、登山道は閉鎖しているはずだぞ。どうやって上ってきた!」
この言葉で5人は、警察官の言っている事を理解した。俺たちを救出に来てくれたのではないのだ。黙っていた機長が怒りだした。
「俺達は、みんなの脳裏から忘れられた人間なのか?。セスナ機の墜落から2ヶ月も経っている。どうして今まで助けに来てくれなかったんだ!」
そのとき警察官は動揺し、雪に埋もれたセスナ機を発見し、状況を理解した。
「1週間は捜索をしたけど、見つからないので、死んだことに処理されたんだ」
「俺達はこの通り生きて居るんだ!」
機長の罵声が響いた。警察官は謝ると、慌てて無線機でセスナ機を呼んだ。その瞬間、5人は欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。
「俺達は助かったんだ」
5人は歓喜の声をだし、激しく降っている雪の寒さなど忘れ去るほど小躍りして喜びを体で表現した。
セスナ機には5人が乗り、ポールとロバートの死体も無事に載せた。セスナ機が離陸し、安定した飛行をすると、一番前の列に座っている機長の前に警察官が近付いてきた。
「悪かった」
警察官は深々と頭を下げた。
「一つ聞いてもいいですか?」
機長は警察官に問うてみた。
「何だ?」
「救助に来たので無ければ、何しに来たんですか?」
「登山家から、この辺りで死体を発見したと通報があったので調べに来たんだ」
機長は暫く考えたが、次の瞬間ロバートの死体のことを言っているのではないかと思った。そしてロバートが助けてくれたのかもしれないと思った。空腹を感じ、ロバートの死体を食べようと考えたが、あのまま残すと言った機長の決断が正しかった事が今判った。もし空腹に任せて、ロバートの死体を食べていたら、救助は来なかったかも知れない。そう思うとロバートに感謝した。きっとロバートの霊が、警察を引き寄せてくれたのだ。
機長と警察官の話が一通り終わると、ケントが機長の側までやってきた。そして一言言った。
「ありがとう」
ケントはゆっくり感謝の言葉をのべ、涙を流し、恥ずかしそうな顔で言った。表情は最初の頃とは、うって変わり、優しい表情になっていた。機長も喜びで涙を流した。
ケントは席に戻ろうと振り返った瞬間、映画はストップモーションなり、テーマ曲と共にエンディングロールが流れ始めた。次第にテーマ曲は高鳴り、映画は終わった。
映画が終わっても、暫くは誰も立ち上がろうとせず、拍手と歓声が鳴り響いた。みんなの目は輝き、勇気と笑顔がみなぎっていた。
恭子は涙で、座席を立つことが出来なかった。
「絶対生きてみせる」
力強く、そう誓った。
「半年の命と言われながらも、何年も生きる人だって居るんだ。病気は気で治せる」
死を待っていた自分が情けない。
「私は何年でも生きてみせるわ」
そう言って、誰もいなくなった映画館に1人取り残されていた。そのとき1人の女性が近付いてきた。豊田ひろ子だった。いつものようにパッチリした目で、優しい笑顔で近付いてきた。
「お姉さんも見てたんですか?」
久しぶりに見る看護婦に、安心した。
「すぐ近くで見ていたのよ。映画おもしろかったね」
「すごくよかった」
「泣いていたのね」
そう言うと2人で照れ笑いをした。そして、これが看護婦を見る最後になろうとは、このとき恭子は知らなかった。
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16へつづく |
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