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第三章 苦悩
 


 

 恭子が入院し、はや2ヶ月が経ち、新緑が映える5月を迎えていた。今日、恭子と聡はグリーンヒルズに行くことにした。2人は桜の林を通ったが、すでに桜の花は散っていて残念だったが、西の端まで行くと川が流れていた。川と言っても人工的に作られた川で、一足で飛び越えれる幅しかない。北へ向かって川は蛇行していて、綺麗な水が流れ、水の流れる音を聞いていると気持ちが安らいだ。川に沿って歩いていくと、川沿いにはモミジが沢山、植えられている。秋になると、この紅葉は奇麗に色づき、目を楽しませてくれるんだろうなと思った。桜も紅葉の季節になると、色づくので、この辺り一帯は、赤や黄色に染まるだろう。その様子は病室からも見れると思うと、楽しい気持ちになってきた。

 川に沿って歩いていくと北の外れに池があった。ここがバードヒルズだ。鳥がよく集まってくれるので、その名前が付けられ、池の直径は50Mくらいはある。池の水は濁っているが、魚が泳いでいる姿が見える。2人で柵にもたれながら見ていると小さい亀が水面めがけて上がってきた。両足を器用に使い、かわいらしい泳ぎを見せてくれた。亀のかわいらしい泳ぎを見ていると、ほほえましくなる。水面に目をやるとカモがつがいで泳いでいた。優雅に泳いでいる姿を見ると、のんびりした気持ちになれる。池の真ん中には小さい島があり、そこは草が覆い茂り、カモの巣がある。恭子は小さい島をじっと見ていて、

「あ、アヒルだ」

 よく見ると真っ白なアヒルが、これもつがいで座っていた。

 暫く池を見ていたが、2人はまた歩き出した。東に向かって歩き出す。これは病院の北側にあたる。広い敷地内にカエデ、ブナ、松など様々な木が植えられていて林になっている。日差しが木々の間を通り、木漏れ日が優しく降り注いでいる。昼寝にはもってこいの場所だ。

 その林を抜けると、辺りは芝生で、所々に木が生えているだけだ。芝生は太陽の光を浴びて青々していて、新緑の緑と芝生の緑が明るく映えていた。恭子は嬉しくなり、はしゃいだ。

 そこを北へ行くと山を削ったような地形で急斜面になっていて、木が覆い茂り、薄暗くなっていて、それ以上北へは行けなくなっている。2人はそこには行かず、芝生の上に立っていた。

「寝転がってみよ」

 聡がそう言うと2人で芝生の上に寝転がった。恭子は、この病院に来て、空を見上げることが多くなった。今まで、空をジーと見ていることは少なかったが、空を見ていると気持ちが晴れ晴れしてくる。

「気持ちいいね」

「うん、気持ちいい」

「このまま、ずーと、こうしていたいね」

「嫌な気持ちも忘れ、ストレスも吹っ飛ぶよ」

 太陽からは燦々と光が射し込め、空はまぶしいくらい青かった。所々雲があり、その雲の動きを目で追っていると、あまりの気持ちよさで2人は立ち上がることが出来なく、少し眠ってしまっていた。

 

「気持ちよくて眠ってしまったね」

「うん、そろそろ帰ろうか?」

 2人は仲良さそうに手を繋ぎ、楽しそうに新緑を肌で感じながら歩いた。風が吹くと木の香りがして気持ちいい。バードヒルズを通り、川沿いに歩き、サクラヒルズを歩いているとき、恭子が急に胸を押さえて、ひざまずいた。

「大丈夫?」

 聡が話し掛けても、苦しそうにするだけだ。恭子の顔は苦痛に歪み、顔から冷や汗が流れていた。聡が恭子の背中をさするが、全く効果がない。聡の顔からも不安の色が見え始めていた。

「ちょっと待ってて」

 と言うと聡は全速力で病院まで走り出した。その後、恭子は地面にうずくまり、意識を失った。恭子がいるサクラヒルズの桜は風に揺れていた。

 

 ベットの上で恭子は寝ていた。医院長先生によってベータ遮断剤が打たれ、口には酸素吸入が行われていた。看護婦は心配そうに上から、恭子の顔を覗いている。30分位したとき、恭子は目を覚ました。

「あー、よかった」

 看護婦は目を輝かせながら喜んだ。恭子は辺りを見渡し、不思議そうな目をしていた。

「デートの途中、サクラヒルズで倒れたんだよ」

 看護婦が話し掛けると、思い出したように頷いた。

「あー、よかった。助かったのね。死んでないのね」

「大丈夫よ。恭子ちゃんは私が死なせないから」

 と看護婦はニコニコしながら言った。

「無事でよかったよ」

 医院長先生が割り込んだ。

「ありがとうございます。私、死んでないんですね」

「恭子ちゃんはみんなで守るから心配しないで」

 恭子は死に対する不安はぬぐい去れないが、みんなに勇気づけられて力強い気持ちになれた。

 

 夜、電気を消して布団にはいると、急に今日のことが思い出されて不安になってきた。医院長先生も看護婦も自分のことを守ってくれると言っても、気持ちだけでどうにかなるものではない。死ぬときは、いくら医院長先生や看護婦が頑張っても死ぬんだ。それを考えると暗くなってきた。

 そして前に医院長先生に「将来何になりたいの?」と言われたことを思いだした。

「自分はまだ何になりたいか判らない」

 独り言をつぶやいた。しかし考えても意味のないことに気づいた。

「自分には未来などないのだ。今日倒れたと言うことは、死も近いのかな?」

 そう不安に感じていると、更に不安を感じる出来事が起きた。恭子は何か声がすることに気づき、静かにし耳を澄ました。すると隣の人の苦しそうなうめき声が聞こえてきた。声は小さいが苦しそうにしている声が漏れている。恭子は恐くなり、布団をかぶり、ぶるぶる震えた。

「私もいつか死ぬんだ」

 更に布団をかぶり、声が聞こえないようにしたが、恐怖感と、震えは止まらなかった。

 

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9へつづく