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母と恭子が料亭の廊下を仲居さんの後について歩いた。恭子は廊下を通されたとき不思議に感じていた。窓の位置が低いのだ。胸の高さくらいまでしかない為、外を見ることが出来ない。しかしこれは部屋に通されたとき理由が判った。
部屋に通されるとそこには豪華なテーブルがあり、奥には座敷があり、豪華な花瓶の中には大振りの桜の枝が生けられいた。
恭子がテーブルについた瞬間、ハッとした。
窓が目の高さにあり、16:9の大きさに区切られていて、そこから中庭の竹林が見える。竹は窓の左側から中央に向かって、しなっていて、鮮やかな緑が光に反射し眩しいくらいだ。その奥には庭園が見え、作られた池があり、水が青々している。更に朱色の庭園灯がある。緑の竹に、朱色の庭園灯、池の青々した水、その中に太陽の光が降り注ぎ絵画のような美しさだ。
「お母さん奇麗よ」
母は横に座っていて、同じように驚いていた。変な格好だが、お互い隣りに座り、食事をすることになった。仲居が入ってきて、まず最初の料理が運ばれ、テーブルに置かれた。
「筍(たけのこ)の刺身と、筍のステーキです。筍の刺身は芥子醤油で、お召し上がり下さい」
「筍の刺身?」
「今朝とったばかりの筍ですので生で食べても美味しく頂けます」
恭子は初めての筍の刺身に感動した。
「甘い」
口に入れた瞬間、そう感じた。筍のステーキは、筍の根本の方は輪切りにし、鹿の子に包丁目を入れ、穂先の方は斜めに包丁目がはいっていた。これに醤油、みりん、酒で作った照り焼きソースを塗っては焼き、塗っては焼きを繰り返して作られている。それを陶器の器の上に載せられ、更に細かく切った木の芽が振りかけられている。
「輪切りにした方は歯ごたえがいいね」
母はそう言った。
「穂先の方は柔らかい」
恭子はそう言って、2人は夢中に食べた。暫くすと仲居がやってきた。
「山菜の天ぷらです」
器の上にはワラビの茎、コゴミ、ワラビ、ふきのとう、たらの芽、ふきと6品が奇麗に盛られていた。その横にはレモンと塩が添えられている。
「料亭料理みたい」
恭子は目を丸くして嬉しそうに言った。
「料亭料理よ」
母は仲居さんに気を遣いながら、愛想笑いをした。
ワラビとふきは下ゆでをして、その後小麦粉をまぶし、その上に薄目の衣を付けて揚げるのだが、全て同じようにはいかない。小麦粉は薄くまぶすが、全体に塗るのと、半分ほど塗るのとに別れ、衣も全体に付けるのと、半分しか付けないのに別れる。揚げるときも投入順番が決まっていて、最初にふきを入れ、最後がワラビになっている。その間1分間で、最後のワラビを入れてから1分経つと全てを引き上げる。恭子はレモンをかけ、塩を少しつけ、口に入れた。その瞬間、サクッと音が響いた。
「歯触りがいいね」
「中から山菜の味がしみ出してきて美味しい」
「これふきのとう。苦くて大人の味ね」
2人は6品を平らげた。
次に仲居が持ってきたのはふきの青煮だ。陶器の器に盛られた、ふきは綺麗な緑色をしていた。下ゆでしたふきを冷水につけた後、皮をむき、3cm程に切り、ボールに移し、刻んだ唐辛子の入った熱々の八方だしを上から注ぎ3時間浸したものだ。ふきの緑を強調するために塩で板ずりし、だしで煮ないで、熱々のだしをかけ3時間浸す。
「これもシャキシャキして歯触りがいいね」
「このだしも美味しいね」
恭子はふきを平らげた後、だしも飲み干した。その飲み干しただしを仲居が見て、びっくりしていた。最後に持ってきた物は山菜おこわと、若竹椀だ。山菜おこわは米に下ゆでした山菜を入れ、水、薄口醤油、塩、昆布を入れ、炊いた物だ。若竹椀の方は筍を下ゆでし、味つけはシンプルに鰹でだしを取り、薄口醤油を少し入れただけの物だ。それに細かく切ったわかめを入れて少し煮たもの。それが漆(うるし)の器に盛られ、木の芽が添えられている。
「このご飯ホクホクしているね」
「餅米が少し入っているのよ」
「お椀の上に載っているの何?」
「木の芽って言うの。山椒の葉よ」
「へー、山椒の葉なの?」
初めてみる木の芽に恭子は驚いた。
「筍、柔らかい」
若竹椀には柔らかい方の筍の穂先が使われていた。
食べた頃を見計らって、仲居がやってきた。
「どうでしたか?」
「美味しかったです。すごい満足しました」
恭子は、嬉しそうに言った。
「有難うございます」
正座をした仲居は、深々とお辞儀をした。
「美味しかったね」
母にも同意を促した。
恭子と藤堂聡はグリーンガーデンでお茶をしていた。いつものようにカウンター席に座り、ハーブが目の前に見え、奇麗な緑色をしていた。恭子はフォカッチャを頬張りながら、エスプレッソを飲んだ。
「この病院に料亭があるの知ってる?」
恭子が切り出した。
「あー、知ってるよ・・それがどうしたの」
「さっき、お母さんと一緒に行ってきたの」
「へー、俺も行きたいと思っていたんだ」
「すごく美味しかったよ。筍の刺身、筍のステーキ、山菜の天ぷら、蕗の青煮、山菜おこわ、若竹椀がでたの」
「へー、春って感じだな。俺が今まで生まれてから食べたのは1つもないよ」
2人は笑った。
「どれが美味しかった?」
「筍の刺身も美味しかったし、山菜の天ぷらもおいしかったよ」
「俺も死ぬまでに1度は食べてみたいな」
「今度一緒に行こうよ」
恭子は嬉しそうに言った。楽しそうに話していると急に恭子の脳裏に病気のことがよぎり、一瞬にしてトーンが落ち、暗い顔になった。病気のことは脳裏からぬぐい去ることが出来ず、楽しい気持ちのときに限って、ブレーキをかけるように脳裏をよぎる。
「どうしたの?」
恭子は、さっきまで楽しそうに話していたのに、急に暗くなったので、聡は訳が分からなかった。
「・・」
聡がいくら言っても、暗い表情をするだけで、恭子は何も喋ろうとしない。自分の死を考てからは、暗くなることが多くなった。それを見ていた聡も理由は分からないが、寂しい気持ちになってきた。
「今日は帰ろうか」
聡がそう言うと、2人は店を出ていった。
病室で恭子は看護婦と話していた。恭子から見ても看護婦は河合らしく見え、自分も大人になると、こう言う大人になりたいと思った。
「最近、彼とは上手くいっているの?」
「うん、さっきも一緒にグリーンガーデンに行ってたの」
「幸せそうでいいね。最近、悪い症状出ないけど、彼のお陰じゃないの?」
看護婦は可愛い目で恭子の方を見た。
「うん、治ったみたい」
「彼に感謝しないとね」
「うん」
恭子は笑顔で喜んだ。
「私、もうすぐ退院できる?」
「この前撮ったレントゲン診たら、まだ病気治ってないのよ。でも近いうちに一時退院はあるかもしれないわね」
看護婦は悲しそうな表情で、言った。
「でも、まあいいよ。ここの生活楽しいし。まだまだ楽しいことはいっぱいありそうだし。退院は全て楽しみ終えてからでいいよ」
恭子は看護婦に微笑むと、看護婦も笑顔を取り戻した。
恭子は電気を消して寝床に就いたのは11時だ。料亭の味は、まだ舌に残っていて、満足感も続いている。料亭から見える景色も奇麗だった。サクラヒルズも奇麗だったが、まだバードヒルズ、グリーンヒルズには行ってない。今度彼に連れて行って貰いたいなと考えると、ニタニタしていた。サクラヒルズであれだけ綺麗なのに、バードヒルズ、グリーンヒルズは、どんな世界が待っているのだろうかと、胸が高鳴った。
毎日のように幸せを感じている。このまま、この幸せは長く続くのだろうか。しかし看護婦さんもレントゲンで症状はよくなってないと言ってた事を思い出し、不安を感じだした。いつか幸せはとぎれるのでは無いかと不安を感じた。そう考えると暗くなってきて、自然に涙が出てき、寂しい気持ちになってきた。18年間分以上の幸せを、1ヶ月程の入院生活で感じているような気がする。そうすると後でしっぺ返しが帰ってくるのではないかと思った。みんなに見捨てられ、自分一人が取り残され死んでいくのではないかと考えた。そう考えると恭子は涙が止まらなくなり、布団をかぶり、大泣きをした。
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8へつづく |
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