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第二章 輝き
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恭子が朝目覚めると、部屋のバスルームで顔を洗い、すっきりした気持ちになり、カーテンを開け、神戸の景色を見、すがすがしい気持ちになるのが日課となった。その後、テレビを見てのんびり過ごし朝食までの時間を楽しんだ。また朝食も楽しみだ。学生時分の朝は1分1秒を急ぎ、朝食は口に放り込むように食べていたので、味わう事など無かった。それに比べ今、朝食が美味しく感じられるのは幸せなことだ。
食事が終わると料理番組を見るのが好きで、得意ではなかった料理の知識は深まっていった。その後、昼までの間は本を読んだりして過ごす。昼からは本を読んだり、病院の敷地内を散歩したり、温泉に行ったり、喫茶店に行ったりと病院内で充分楽しめた。夜になるとほとんどテレビを見て過ごす。それ以外に本を読んだりする事もあり、シャワーを浴び、寝る前に、空想したり、1日を思い出しニヤニヤしたりと1日が楽しくてしかたがない。する事もいくらでもある。病院内や病院の敷地内にも、まだ行ったことがないところが沢山あるようだし、暫くは飽きずに生活が出来るみたいだ。
今日も顔を洗い、神戸の景色を見、テレビを見た後、ヒールを履きたい気持ちだったので、服装もそれに見合った服を選んでおしゃれをした。シャツの上にクリーム色のカーデガンを羽織り、その上から真っ黒な長い髪の毛を見せ、スカートは白を穿き女っぽさをアピールした。そして1階まで下りていき朝食を食べに行き、昨日考えた通りにトーストを頼んだ。出されたトーストは卵やバターを贅沢に使っていて美味しかった。食パンの厚さは5cmもあり、高温で短時間で焼いたのかミミまでパリッと焼けているが、中はフンワリしている。普段食べているモゴモゴした食パンとは明らかに違っていた。食パンはただ焼けばいいと思っていた恭子にとって、焼き方にこんな奥深さがあることに驚かされた。
食パンを大きく口にほおばりながら、幸せそうに食べていると、ある一点に目が留まった。昨日見た、松葉杖の男が座っていた。ミルクティーを飲みながら、その人のことを観察した。何をしているのだろう、年は若そうだ。足はどうしたのかしら。疑問はつきないが、ジーと見ているわけにも行かないので、ミルクティーの残りを喉に流し込むと恭子は立ち上がり、店を出た。
恭子が店を出ると松葉杖の男の姿は無かった。しかし喫茶店の食パンが美味しかったことに満足し、暫くその場を離れたくなかった。
ふかふかの絨毯を踏みながら、他の店を見て回った。フランス料理の店は、まだ開いてないが、中を覗いてみると、床は木目で、丸テーブルの上には白いテーブルクロスがかけられていて、テーブルとテーブルの間隔も結構ある。部屋の内装も白で、全体的にシンプルだが、明るく、さわやかな印象がある。少し高そうなので、自分が入る事はないと思った。
少し歩くと、大理石の太い柱があり、つるつるで奇麗だ。中にアンモナイトの化石のような物が見える。触るとひんやりして冷たいが、頑丈さが実感できた。
大理石の柱を見上げ、その場をゆっくり離れた。その途端、何かに当たり絨毯の上に倒れた。絨毯はふかふかなので、倒れても痛くはなかったが、横にはヒールが転がっていて、ヒール部分が折れている。恭子は何が起きたのか判らず、暫く絨毯の上で横たわっていた。大理石の柱に当たったのかと思ったが、そうではなかった。
「すいません」
声が聞こえ、その声の主の方に顔を上げると、松葉杖の男が立っていた。恭子は、なぜ松葉杖の男が自分の目の前にいるのかわからなかった。大理石の柱を見上げていて、周りを見ていなかったので、ぶつかってしまったのだ。男も同じように、よそ見をしていたのだ。恭子はヒールが壊れたことよりも、この男が目の前で自分に話し掛けてくれていることに顔を赤くした。
「ごめんなさい」
男は何度も丁寧に謝った。恭子は顔を赤らめ、絨毯の上に倒れたまま、立つことも忘れていた。男が手をさしのべてきたとき恭子はドキドキした。男の手にゆっくり手を重ねると、恭子は自力で立ち上がった。
男は、壊れたヒールを見て、
「弁償します」
「いや、いいんです」
と彼女は言ったが、靴を履かずに帰るわけにも行かない。恭子は男の手から自分の手を離すことも忘れるくらいボーとしていた。男は1階の奥に恭子を連れていった。恭子はここに来るのは初めてだったので、辺りに美容室、理容室、クリーニング、靴修理の店、写真の現像などの店がある事を知らなかった。今まで恭子は1階の喫茶やレストランがある東半分しか知らなかったのだ。
靴修理の店に行き、直して貰っているまでの間、2人は黙って待っていた。
病院の21階にイタリアンカフェがある。グリーンガーデンと書いた看板が入り口に掲げてあった。中は空いていて、おしゃれな店構えで、店の中は東西に細長く、丸テーブルが並べられてあり、南側には大きい窓があり、その前にはカウンター席が、東の端から、西の端まで繋がっている。恭子と男はカウンター席に座り、カプチーノを飲んでいた。カウンター席の窓の前はテラスになっていて、ハーブが置かれている。座る人の癒しにもなるが、喫茶の食材としても使われている。ミント、ローズマリー、バジル、オレガノ、カモミール、タイム、セージ、コリアンダと多くのハーブが栽培されていた。ガーデンヒルズの緑も奇麗だが、ここも規模は小さいながらも奇麗だ。
「バイクで山を走っていると横転し足を大怪我してしまったんだ」
恭子は興味深そうに聞いていた。
「ここの医者は優秀らしいよ。俺の足も1ヶ月かかると言われていたけど、20日で治ったんだ。明日ギブスを外すんだ」
恭子は男の話しを黙って聞いていた。
「君は何て病気なの?何時、退院するの?」
恭子は、ほとんど喋ることはなく、聞き役に徹していていたので、突然の質問に驚かされた。更に本当の事を言おうか戸惑ったが、今会った人に、死ぬとか本当の事を言い驚かしても困るので、咄嗟に嘘を付いてしまった。しかし、このことが今後の恭子の錘(おもり)になるとは、このとき想像すらしてなかったのだ。
「うん。私ももうすぐ退院するの」
「それはよかったね」
恭子は松葉杖の男が自分の横にいて、自分と話していることに、まだ信じられない気持ちだった。緊張のせいか喜怒哀楽は少なく、ただ男の質問に答えるだけだった。
「俺、藤堂聡て言うんだ。また会ってくれない?」
この言葉に恭子は喜びを最大限に表現したかったが、小さく頷いただけだった。この後2人はテラスに行き、ハーブの匂いをかいだ。話しも弾まず、ぎこちないまま2人は別れた。
2人が別れた後も、恭子は部屋で嬉しさをかみしめた。思い出しては笑い、思い出しては笑いの繰り返しだ。男とは朝会い、朝別れたというのに、昼過ぎまで男のことを考えニタニタしていた。昼過ぎに、気持ちも収まったのでホラー小説を読むことにした。
知子は新しいマンションに引っ越しした日の夜、恐怖を体験する事になる。東京で過ごすことになり1年になったので新しいマンションに引っ越しをした。友達数人に引っ越しを手伝ってもらい、みんなは夕方に帰ったが、その後1人で片づけをした。まだ新しいマンションで隣は誰も住んでないので夜ともなると少し寂しい雰囲気になる。都会の中心から少し離れていると言うこともありマンションの前の通りを通る人は誰もいない。この10階建てのマンションの中で知子は孤独を感じた。引っ越したばかりで照明がなく、2LDKのマンションでテレビをつけると、テレビのみの明かりで、明かりが届かない廊下などは暗く、ぶきみな雰囲気をかもし出していた。それでも知子は片付けをしていたが、引っ越しの疲れで、片づけの途中でリビングで寝てしまっていた。
そして夜中、不気味な声で目を覚ました。
「助けて、助けて」
何度も言っている。知子は、その声に震え、そこから動くことが出来ず、20分もぶるぶる震えていた。トイレに行きたいが、立ち上がる勇気もない。何とか立ち上がり、布団をとりに行き、その布団にくるまった。しかし更に20分間眠ることが出来ず、布団の中で震えていた。
この声は毎日のように聞こえた。それも決まって深夜2時。この時間になると毎日目を覚まして、夏だというのに体がガクガク震えた。ある日どこから声が聞こえているのか突き止めようと、布団にくるまった状態で、音の出所を探った。すると隣から聞こえている事が判った。隣りに人が引っ越してきたのかと錯覚を覚えたが、そんなことはないと打ち消した。リビングの隣の洋間と隣の部屋とが接している。そっちの方から聞こえる。壁に耳を当てると確かに声は大きくなっている。知子は恐くなった。明日、管理人さんに相談してみようと考え、そのまま眠りについた。
翌朝管理人を部屋に呼んだが異常は感じられなかった。
「そんなにおっしゃるなら深夜2時に確かめましょう」
と言って帰っていき、再び深夜2時に管理人は来た。
「確かに聞こえる」
管理人がそう言うと、隣の部屋へ行き、鍵を開けると、中に入っていった。その間知子は部屋に1人になり、絶えず「助けて」と言っているのが聞こえ、震える。暫くすると管理人が戻ってきた。
「声、聞こえないよ」
管理人は玄関を開けるとそう言ったので、知子は驚いた。絶えず聞こえていた声が、管理人には聞こえなかったと言うのか。
「ずっと聞こえてましたが」
知子がそう言うと、管理人は部屋に上がってきた。
「こちらの部屋からは、確かに聞こえていますね」
管理人は真っ暗な洋間に入って来て、知子に近づいてきた。
そして音する壁の方に近づき、壁に耳をくっつけた。そして次の瞬間、管理人が発した言葉に、恭子は驚きを隠せなかった。
「声は壁の中からだ」
管理人の意外な発言に知子は戦慄を覚えた。一瞬にして鳥肌が立ち、髪の毛が逆立つような感覚に襲われた。管理人は暫く考えた後、
「壁を壊しましょう」
知子は、この言葉に驚くと共に、興味津々となっていた。
「壊しましょう」
金槌を用意した管理人は石膏ボードを叩き割った。石膏ボードは金槌で簡単にへこみ、ボードを手ではぎ取った。身長くらいの高さまでボードをはぎ取り、懐中電灯で中を照らすと、隣との仕切のコンクリートが姿を見せた。懐中電灯で、まさぐるようにコンクリートを見ると、一部コンクリートの色が違う部分があり、所々でこぼこしている。これは明らかに後で塗った形跡がある。
「コンクリートの中から何か覗いているぞ」
それは、ぼろ切れのような物だった。そのぼろ切れの大部分はコンクリートの中に埋まっていて、一部だけが露出している感じになっている。管理人はこのぼろ切れがなんなのか知りたくなり、振動ドリルを取りに行くと、コンクリートを壊し始めた。細いキリで削っているので時間はかかり、なかなかぼろ切れの全貌が現れない。1時間くらい削った後、管理人の次の言葉に知子は、仰天した。
「人間だ。人間の遺体だ」
恭子は仰天した。なぜコンクリートの壁の中から人間の遺体が出てくるのだ。鳥肌がたち、ベットで読んでいた恭子は、恐怖のあまり本を床に落としてしまい、自分の周りに幽霊がいないか見渡した。自分の周りに幽霊が出たら恐い。しかし昼間なのに出てくるはずもない。落とした本を拾い、続きを読み始めようとすると医院長先生が入ってきた。
「いい所だったのに」
しかし怪訝な表情を見せるわけには行かない。先生に笑顔を見せた。いつもの検診だ。一通り検診を終えると、
「異常はないね。激しい運動は控えた方がいいが、それ以外は普通に暮していいから」
「はい」
恭子は嬉しそうに答えた。
「恭子ちゃんは18歳だね。将来何になりたいの?」
「まだ自分でも何になりたいかわからないんです」
そう言うと、看護婦が入ってきた。医院長先生は看護婦の方を見て、
「看護婦さんなんかどう?」
「大変そうだから私には向かないです」
そう言ってニコニコした。看護婦もニコニコしていた。
「こんにちは」
と挨拶した。医院長先生は看護婦の方に目をやり、
「後、頼んだから」
と言って出ていった。
「今朝、藤堂君と仲良さそうに歩いているのを見たんだけど」
看護婦は優しい、お姉さんと言った感じの口調で喋り、恭子はその言葉に顔を赤らめた。それと同時に看護婦が彼の名前を知っていたので嬉しさを感じた。
「看護婦さん、その人のこと知っているんですか?」
恭子は興味津々になった。
「うん。私が担当していたからね」
「教えて、教えて」
と子供がおねだりするように、看護婦の細い腕を揺すった。
「大学生で、とてもいい人よ」
恭子の興味は止まらない。
「看護婦さんも好きなの?」
「私は普通よ」
看護婦は照れながら答えた。
「彼女いるのかなあ?」
恭子は目をパチパチさせ、看護婦とキスするくらいの距離まで顔を近づけた。看護婦は、それに驚き、体を後ろにのけぞった。
「彼女はね、」
看護婦はニコニコし、優しい口調で、じらすように喋った。
「彼女はね、」
「彼女は?」
「いないと思うよ。前そう言ったこと話したとき、いないって言っていたから」
「本当!」
恭子は高い声で、目を輝かしながら言った。
「恭子ちゃんは、藤堂君のこと好きなの?」
「また会って欲しいって言われたの」
嬉しそうに、はしゃいだ。
「つき合ってて言われたらいいね」
「うんうん」
と言いながら喜んだ。しかし次の瞬間、表情は一変し暗くなった。
「私なんか好きになってくれる人はいないの。それに私、死が近いので、つき合ったら相手を不幸にするわ」
恭子の表情を見て、看護婦の表情も暗くなった。
「恭子ちゃんは死なないわ」
「私、知ってるもん。そんな気休め言っても無理だから」
その後、看護婦がいくら説得しても聞く耳を持たず、すねて布団に潜り込んだ。
遺体が見つかった翌朝、そのマンションの施工業者を呼んで、更に壁を壊すことになった。大工は管理人が持っているのより、いい工具を持っているので、コンクリートを壊すのは簡単な事だった。コンクリートの中から顔が現れ、細かく目、鼻、口と削っていったとき、大工の1人が叫んだ。
「高橋だ」
「知っているんですか?」
管理人も、そこにいるみんなも驚いた。
「同じ大工仲間です。1年くらい前から行方が判らなかったんです」
周りの人間は震え上がった。
「何で大工が埋められているんですか?」
「僕らにもさっぱり判りません」
辺りは、どよめき立った。
「警察を呼べ」
管理人は叫んだ。
暫くすると警察はやってきた。その後、警察の追求により、なぜコンクリートに人が埋められているか、誰がコンクリートに埋めたのかなど、全ての謎が判明した。
事件の真相はこうだ。同僚の鈴木と高橋はひょんなことで喧嘩になった。そこで鈴木がドリルを高橋に向けたところ、誤ってドリルが勢いよく回転し、高橋の体に突き刺さり、心臓をえぐり、高橋は即死した。その事に鈴木は動揺してしまった。このままでは自分は殺人犯になってしまう。どこかいい隠し場所はないかと考えていると、このコンクリートは打って付けの隠し場所だと気づいた。マンションが出来た後では、誰にもばれる心配がない。そこでコンクリートを削り、高橋を埋め、またコンクリートで塗り固めた。この作業は大工にとって容易なことだった。普段していることなので、何の苦労もなく、作業は終了した。これで鈴木は完全犯罪が成立したと思い込んだ。ところが人生そんなに甘くはなく、このような結末となったのだ。
恭子はシャワーを浴びた後、夜景を楽しんで、カーテンを閉め、布団に潜り込んだ。今日は幸せな一日だったと、喜びがこみ上げてきた。藤堂聡とグリーンガーデンに行ったことがまだ信じられない。1階の喫茶店でぶつからなければ、こんな幸運は訪れてこなかった。もう少し早く行っていても、遅く行っていても会えなかっただろう。そう考えると自分に幸運が訪れたことを実感する。明日会う約束をしたので、その事を考えニタニタしていた。明日何を話そうかなどと考えていると1時間があっという間に過ぎた。
「いい夢が見れますように」
と願いを込めて、眠りについた。
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6へつづく |
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