|
4
今日は早く目が覚めた。昨日の雪が気になったのか、目が覚めたときは、まだ夜が明けてなかった。布団をはねのけ、窓に近付き、カーテンを開けると空はまだ薄暗かった。下を覗きこむと、まだ雪が少し残っていたので安心した。
その後、インスタントコーヒーを作り、夜が明けるのを眺めることにした。椅子に座りインスタントコーヒーを飲みながら、飽きもせず、ずーと空を眺めいる。1時間位した所で空はようやく青紫色に変化してきた。次第に太陽が東の空から昇り始め、空も明るくなってきた。
その後、朝食まで時間があったので病室の風呂に入る事にした。湯船につかりながら、入院してからのことを振り返ってみたが思ったほど嫌じゃない生活だ。1日くつろいだ生活を楽しんでいる。唯一問題なのは退屈なこと。食事をして外を眺めたり、空想したりするくらい以外は他にすることもない。しかしこれもすぐに解決する事になる。母が買ってきてくれた小説や部屋にあるTVや病院の敷地内を歩くなど、やりたいことでいっぱいになり時間は足りなくなってきた。
風呂から上がり、暫くのんびりした後、朝食を食べに行った。こんなにゆったりした時間を過ごして居ることに贅沢を感じた。高校の時のように学校に急ぐこともないし、家から帰って来て勉強する必要もないし、看護婦の検査以外は24時間自由で、それが楽しくてしょうがなかった。この病院生活で、恭子にとって、もう1つ楽しみなものにあげられるのが食事だ。1階にレストラン、喫茶があり、どこの店も美味しい。前にも書いた通り塩分は控えているが、味は薄くないような工夫がされている。更にリーズナブルとなっている。喫茶店、パスタの店、フランス料理の店、ファミリーレストラン、日本料理の店など沢山の店があり、恭子は、この1週間で食べる店のパターンがほとんど決まってしまった。朝食は喫茶店で食事をする。ここの喫茶店の特徴はメニューが沢山あることだ。コーヒー,紅茶などの飲み物に比べ、パンなどのメニューが数え切れないくらいある。ふかふかのトースト、数種類のサンドイッチ、クロワッサン、フレンチトースト、ベーグル、ドーナツ、ホットドック、ホットサンド、ハンバーガーなど数え切れないメニューを恭子は日替わりで食べている。更にセットで頼めば、サラダ、スクランブルエッグ、ベーコン、果物、飲み物がついてくる。昼食はパスタ、フランス料理、日本料理の店で食べ、夕食はファミリーレストランで定食、ショウガ焼き、ステーキ、オムライス、カレーと言った物を食べている。
今日は朝食を食べた後、時間をもてあそんでいた。昼までの時間を退屈に過ごし、昼食は和食の店でとる。和食の店は「サクラガーデン」と書いた看板が掲げられていて、丼類、うどん、そば、刺身、定食などに、豚カツ、オムライスと言った洋食などがある。そこでうどんを食べて、美味しくて気持ちまで満たされた。満足の面持ちで病室に戻ってきたが次の瞬間、恭子を涙に変える出来事が待ち受けているとは想像してなかった。
恭子は部屋まで近付いたときに部屋の中に父、母がいるのが見えた。満面の笑みで部屋に入ろうとしたが2人の神妙な表情に、恭子の表情も曇った。
「もし恭子が死んだら、私も死ぬかもしれない」
母の意外な言葉に、恭子は驚いた。
「そんなこと言うなよ。死ぬと決まったわけではないぞ」
「でも突然死があるかもしれないのよ。いつ死ぬのかわからないのよ。ひょっとしたら今日か、明日にも死ぬかもしれないのよ」
一瞬にして恭子の顔から血の気が引いた。手や足がガタガタ震え、ドアの横でもたれて聞いていたが、その震えがドアに伝わり音がした。その音に母は気づき、恭子を見た瞬間母の顔からも一瞬にして血の気が引いた。恭子の目からは涙が流れていた。自分では直ぐに治るものだと思っていたので裏切られた気持ちだ。これで母が病名を言ってくれない理由も理解できた。母が近付いてきた瞬間、反射的に逃げエレベーターの前でエレベータを待っていると、母に腕を捕まれ、引っ張られた。
「いやー」
母に腕を引っ張られながら、恭子は廊下で大きい声をだし、大きい声で泣いていた。母は周りの人目を気にしながら部屋に引き吊り込もうとしているが、恭子はすごい力で逃げようとしている。足で踏ん張りながら、前に進もうとしていた。母はそれに負けじとそれ以上の力を振り絞り、部屋まで引き吊り込んだ。部屋まで引き吊り込まれた恭子は、イライラをぶつける為に周りにある物を投げた。顔は涙でグチョグチョになっていて前がよく見えない。
「私、死ぬの?」
母は取り返しのつかないことを言ってしまったことに後悔した。
「死ぬ分けないわ。気持ちの問題なのよ。ここの医院長先生、優秀だと言うから、きっと治るわ」
さっきまで深刻そうな表情をしていた母は、自分の言葉に勇気づけられた。きっと医院長先生が治してくれると思った。しかし恭子の気持ちが変わることはなく、涙は止まらなかった。父母が帰った後も娘は布団に潜り、ずっと泣いていた。
母が病室に戻ってきたときベットの布団が膨らんでいて、恭子が中にいることは容易に想像が出来た。布団をめくると目を腫らし、眠っている恭子がいた。母が布団をはぎ取ったことで目を覚まし、寝ぼけた眼を手でこすり、辺りをキョロキョロさせ、眠ってしまっていた自分に気づき、飛び起きた。洗面所で顔を洗い、鏡に映った腫れた目を見て、さっきの母の会話が思い出され、急に憂鬱になってきた。タオルで顔を拭きながら、洗面所を出ると、
「タオルと下着もってついてきて」
と母に言われた。彼女は意味が分かず、まだ寝ぼけた頭のまま、無意識に、それに従った。どこに行くのかも判らず、母と一緒にエレベーターに乗り、母は3階のボタンを押した。3階に止まり、エレベーターを降りた瞬間、松葉杖の男が目の前を通り過ぎ、ボーとしていた恭子は、その人にぶつかりそうになった。一瞬ひやっとしたが、男の人は、ぶつかりそうになったことなど気づくこと無く、そのまま通り過ぎていった。しかし恭子はボーとしたまま、その人のことを眺めていた。足にギブスをし松葉杖で歩いていたが、顔は優しそうな表情をしている。その顔が脳裏から離れず、男の人が行ってしまっても、恭子は突っ立ったまま、その場にジーとしていた。
「行くわよ」
と言った母の言葉に我に返った。引き戸を開け、中にはいると、そこで2人は靴を脱いだ。まだ恭子はどこへ連れてこられたのか判らなかったが、更に歩を進めたところで気づいた。
「温泉だ」
「そうよ、温泉よ。お母さんも、さっき知ったの。それで恭子を連れてきてあげようと思ったの」
脱衣所で服を脱ぎタオルで体をかくし浴室に入っていったが、恭子はさっきとはうって変わってはしゃいでいた。これが恭子の特徴であり、さっきまで怒っているかと思えば、次の瞬間には笑っていると言った喜怒哀楽の激しい性格をもっていた。浴室に入ってびっくりしたのだが、それは露天風呂だった。周りは岩に模した物で囲まれ、外から見れないようにしている。3月という事もあり、まだ肌寒いので露天風呂までの距離を震えながら歩いた。しかしお湯につかった瞬間、温もりが全身に伝わり、幸せ感に満たされた。
「生きていてよかった」
2人が入ったとき、数人がお湯に浸かっていたが、暫くするとみんないなくなった。岩からお湯が滝のように流れていて、しぶきが伝わってくる。滝の下に行き脳天にお湯を直撃させた。マッサージされているようで気持ちよかった。滝から離れるとお湯で顔を洗い掌で顔を何度もマッサージした。至福の時だと感じ、気持ちは十二分に満たされていた。こんな簡単なことで幸せを感じることが出来るのかと恭子は実感した。
「この病院に来てからストレスなんか感じたこと無いよ」
「お母さんも入院しようかしら」
そう言うと、2人は笑った。
湯気が立ち上っていて体は温かいが、顔は寒い。しかしその対比がまた気持ちいい。そして運がいいことに、更にこの2人の前に幸運が訪れることになる。
「雪よ」
母がそう言い、恭子が空を見上げるとチラホラ雪が落ちて来るのが見えた。恭子は、この偶然を感謝し涙を流していた。さっきとはうって変わって、幸せの涙だ。雪の降る温泉に入る事は恭子にとって、いつか叶えたい夢であったので、それは非常に嬉しかった。これを病院で叶えられるとは想像してなかった。もう温泉につかり1時間になり、2人はのぼせてきた。横には数種類の温泉があり、夏はプールもあるが、それは次回に譲ることにして温泉を出た。
2人は服を着ると、体から湯気を発しながらエレベーターに乗った。
「あ、そうそう。暇だろうと思って、小説買っておいたから、また読んでね」
「ありがとう」
恭子は目を三日月のようにして喜んだ。今日はなんて幸せな日だろうと思った。さっきまでの父母の会話を忘れ去っていた。
昭和60年頃の話だ。公衆電話の前で行列が出来ていた。久美子の前に4人も並んでいて、今電話している人は話が長いので、イライラしていた。久美子は仕事先でトラブルがあり早く会社の人に伝えないと大目玉をくらうことになるので焦っていた。しかし近くに他の公衆電話はない。いっそ前の人に事情を説明して譲ってもらおうとも考えたが、そんな勇気もなかった。前の4人は身なりも性別も違っていた。男、女、男、女、自分と並んでいて、サラリーマン風のおじさんや自分のような若い女性がいたり、叔母さんがいたりと様々な人がいた。みんなはどういう用事で電話をしようと思っているのか判らないが、みんなも同じようにイライラしているように見えた。そのとき電話をしている人が、何か大きい声で必死に喋っている。しかし何を喋っているのか判らない。よく見て見ると、今まで気づかなかったが電話で話しているのは黒人だった。体は大きく、大きい手で受話器を持ち、泣いていた。事情は判らないが、この外人のことが何か急に心配になってきた。黒人の後ろに並んでいる自分と同じくらいの歳の女性も心配そうに見守っていた。どうしたんだろう、何があったんだろうと思考を巡らした。この大男が涙を流しているのだ。しかも何か焦っている。と言うのもテレホンカードの度数はすごいスピードで減っていて、残り少ない。確か最初見たときは4000円以上はあったように思えた。そこで久美子は、この人のことを推理した。
恭子はベットに横たわり、母が買ってきてくれていた小説を読んでいた。ページをめくりながら涙を流し、更に次のページをめくり読み進めた。
久美子はこの黒人のことを推理した。電話の主は、この人の親だろう。そしてテレホンカードの度数の減り具合から考えて、国際電話だろう。たぶん、この人の国では大変なことが起きているに違いない。それは何なのか判らないが、久美子は更に黒人の喋っている英語、言葉遣い、表情、しゃべり方を観察して次のように結論づけた。この人の家族の誰かが危篤状態である。しかしお医者さんを呼ぶお金も、薬を買うお金もない。この黒人も家族にお金を贈れるほど裕福ではない。そこで心配で名残惜しそうに喋っていた。黒人は更に激しい口調で、涙を流しながら喋っていた。久美子がテレホンカードの度数を見ると9,8,7,6と減って行っている。久美子は、さっきまでのイライラが消えさり、もう、この黒人のことが他人のように思えなくなっていた。この家族のことが心配になってきた。この電話が家族との最後の電話かもしれないと想像すると、いても立ってもいられなくなる。度数は更に減り3,2,1、もう駄目だと思った。しかし次の瞬間、後ろに立っていた女性が、黙って自分のテレホンカードを電話機に入れた。黒人は、最初驚いた表情をしたが、電話が切れてないことを実感し、話しを続けた。暫くすると満足したのか落ち着いた口調に変わり、電話を切った。その後、その女性に何度も何度も丁寧にお礼を言い、去っていた。久美子も会社で大目玉を食らうことになったが、この黒人のことを思うと自分の悩みなどちっぽけに感じられた。
恭子も小説を読み終えて涙が止まらなかった。黒人の後ろの女性が、公衆電話に、そっとテレホンカードを入れる勇気と優しさに感動していた。自分もこう言うことを自然に出来るような女性になりたいと思った。
恭子は布団に潜り、今日一日の楽しかったことを振り返り、楽しかった温泉のことを思い出した。気持ちよかったので、また絶対行きたいと思った。彼氏が出来て一緒に行きたいとも考えたが、彼氏を作ることも無理だし、混浴でもなかった事を思い出し諦めた。恭子は何よりも食べることが好きで、特に、ここの病院の朝食が好きだった。明日は何を食べようか考えるだけでウキウキした。
「卵サンドもいいし、フレンチトーストもいいし、ホットドックも食べたいな。しかしふかふかしたホテルのようなトーストも一度食べてみたい」
と思い、明日はこれにしようと考えると、早く明日にならないかなと今から翌朝が楽しみになってきた。
しかしまた暗くなった。母の「突然死」と言う言葉が脳裏をかすめたからだ。
「私は死んでしまうのかもしれない」
ため息が出た。彼氏がいないまま死んでしまうのは悲しい。
「せめて死ぬまでに、誰か私と1回でもデートしてくれないかなー」
と考えたが、所詮は絵空事だ。自分のような子供っぽい人間に彼氏は出来ないとあきらめた。それに、もうすぐ死んでしまう人間に恋愛はしてはいけないのだと、自分に言い聞かせた。それ以上考えると暗くなってくるので、もう考えるのはやめて寝る事にした。
しかし次の瞬間、脳裏をよぎったのは温泉に行く前にすれ違った松葉杖の男の事だ。
「あの人、かっこよかったな」
「あんな人とつきあえたらな」
と、ひとり言を言った。しかし自分のような人間に振り向いてくれるわけはないとあきらめた。暗い気持ちのまま、少しでも気持ちを明るくしようと明日の朝食のことを考え、布団をかぶって眠った。
|
||
| 激安ドリンク、箱買い、まとめ買い(コーヒー、紅茶、炭酸、スポーツドリンク、ジュース、水、酢、栄養ドリンク) 1缶50〜80円くらいの激安ドリンクを始め、安い商品が多数あります。破損時の返品、代引き決算(着払い)もありますので、安心してご利用ください。休日、買い物に行く時間も省け、重い物を運ばなくても、家まで持ってきてくれるのも、嬉しいですよね。 |
||
|
5へつづく |
||