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3 次の日の昼頃、恭子は椅子に座り窓からサクラヒルズの桜を見ていた。まだ桜が咲くには早いが、大量の桜の木を眺めていると、花の咲く時期が楽しみで、胸が高鳴ってきた。しかしそれをかき消すかのように病気のことが脳裏をよぎり憂鬱になった。自分はいったい何の病気なんだろう。考えれば考えるほど暗くなる。この入院生活は楽しいもののように感じているのに、否定的な考えで脳を支配されるのが嫌だった。
そこへ母が入ってきた。
「これ着替え」
と、バックを床に置いた。その母からも笑顔は消えていた。恭子は憂鬱そうな顔を母にゆっくり向け、今考えていた疑問をぶつけてみた。
「私なんの病気なの?」
母は返事をしなかった。言いたくても、言えない辛さと心の中で闘っていたのだ。
「直ぐ直るの?・・もしかして死んでしまうの?」
この発言は心の底からのものではなかった。母の返事がないので不安に思い聞いてみただけだ。
「心配しないでいいのよ。すぐに退院できるから」
母は普段言い慣れない嘘をつき、恭子の顔が見れなくなったので、一つの笑顔もみせないまま、部屋を出ていった。
「まだ食事してないので、下で食べてくるわ」
逃げるように慌てて、部屋を出た。
母が食事を終え戻ってきたとき、恭子はベットに座り友達と楽しそうに携帯で話していた。
「じゃあ、今から行く」
と言って携帯を切った。それを見ていた母は行かせてはいけないと思った。昨日、医院長先生に言われた、突然死が脳裏をよぎった。部屋を出ようとした恭子の前に母は立ちはだかった。
「だめよ。絶対出さないから」
「少しくらいいいじゃない。こんなにピンピンしているし、すぐ帰ってくるから」
「絶対だめよ」
制する母の前をすり抜けようと力づくで母を押した。しかし母も部屋を出さないように力づくで抑えた。
「何でだめなの?少しくらい、いいじゃない」
恭子は怒っていた。母が病名を教えてくれないことにも腹を立てていた。その母に対する反発心もあって、意地でも出ようと女の子とは思えない力で母を押していた。しかし母も出すわけには行かない。突然死という言葉が母の行動を突き動かしていたのだ。そしてその事で母が今まで見せたことのない行動に駆り立て、恭子の心を驚愕させた。
母は恭子を制するのをやめ、部屋の中に入って行った。恭子は母に交わされたことに意表をつかれた思いだ。母はあきらめたのかと思ったが、母の次の行動に戦慄を覚えた。ミニキッチンに素早く向かい、そこから包丁を取りだしたかと思うと、それを自分の手首に当てた。
「あんたが出かけるというなら、お母さんは手首を切って死ぬわ」
勢いよく、迫力のある声を発した。恭子は、母の今まで見せたことのない行動と母の様相を見て、足が震え、恐ろしさで顔から血の気が引いた。そして次の瞬間には涙が頬を伝った。
「お願いだからそんな事しないで」
恭子は恐ろしさで泣き出した。恭子の涙で母も我に返り、今まで見せたことのないことをした事に気づき動揺し、自分の行動に後悔し、包丁を落とした。恭子は恐ろしさで、ぶるぶる震え、涙が溜まらなかった。それに気づいた母は恭子を抱きしめ、震えを止めようとしたが、なかなか止まらなかった。心臓病の娘に、とんでもないことをしてしまったと母は思った。この出来事は恭子にとって、それ程、恐ろしいものだったのだ。
そして携帯を母にとられ、恭子の口からは「出かけたい」という言葉を二度と発する事はなかった。
恭子が入院して1週間が経った。今日もまた病室の窓から景色を眺めているが、いつみても景色が違うので飽きることがない。太陽が東の空にあるのを見て学生時分の頃のセカセカした忙しい朝の時間を思い出した。それに比べ今の自分はくつろいでいる事で優雅な生活を送っているように感じられた。太陽が昇りきった昼頃、夕方太陽が西の空に沈むころ、太陽が沈みきった夜とでは様相が全然違う。またそれに伴い街の景色も全然違ってくる。昼間の明るさで浮かび上がった景色、海の海面がキラキラしている様子と、夜真っ暗になりネオンが光っている様子とでは街の雰囲気が一変する。また同じ24時間でも晴れのときと、曇りのときと、雨のときでは違った景色を見せてくれる。その様子を病室の大きな窓ガラスから眺めていた。サクラヒルズ、バードヒルズ、グリーンヒルズと行きたい気持ちはあるが1週間病院の建物から1歩も出ていない。桜の頃、新緑の頃、夏へと変わっていく変化は、どんなに奇麗だろうと想像し、胸がわくわくしていた。
今日はどんよりした空で、朝から曇っていた。しかし晴れた日なら海も空も奇麗なのだ。真っ青な空に雲が少し流れていて、遙か彼方にある空を、ベットに寝転がって見ていると、何か小さな事で悩んでいるのが馬鹿らしくなり、大きい心になれる。どんどん気持ちが晴れてきて、ストレスなど全くなくなる。自分の病気のことなどどうでも良くなるのだ。ここ9階からは建物で邪魔されることがないので、遙か彼方の空まで眺めることが出来、流れている雲をどこまでも追っかけることが出来る。
今日は残念ながら曇っているが、曇っているのもなかなかいいものだ。今までなら曇っているだけで憂鬱な気分になったが、ここにいると楽しいことばかりで、憂鬱な気分になることは少ない。暫く空を眺めていると、更に曇り始め、あたりはどんより暗くなり始めた。その変化を見ていた恭子はわくわくし出した。子供の頃、台風にワクワクしたように、空が暗くなっていく様子が面白かった。
外を眺めている恭子の目の前に、何か白いものが落ちてきたかと思うと、次の瞬間には、目の前は真っ白になった。
「雪だ」
小躍りして喜んだ。今年になって初めての雪だった。更に激しさを増して、勢いよく降り出し、辺りは暗く、窓からの景色は一面真っ白になり、前が見えないくらいだ。窓から下を見るとサクラヒルズの桜の上に雪が積もり、白くデコレーションされだした。更に下を覗き地面を見ると、雪で真っ白になっている。こんな短時間で辺りが真っ白になるくらいだから、かなりの激しさで雪は降っていた。前方に目をやり街の方を見るが、街がはっきり見えなくなっている。恭子は飽きることなく、ずーと窓からの景色を楽しんだ。雪は1時間くらい降り続いたが神戸では結構珍しい風物だ。1時間も降り続くことは少ないし、やんだ今も桜の木や地面は真っ白になっていて1時間前とは全く違った様相を見せていた。タイムマシーンで別の所に連れて行かれたような錯覚に陥る。
「すてき」
恭子の興奮は収まらず、この日は数時間、窓の側から離れる事はなく、暗くなる様子、雪の降る様子をずっと見ていた。
今日も、のんびりした、楽しい1日が過ぎた。床につくと雪のことが思い出されて満足感にひたる事が出来た。だいぶ雪は溶けたが、まだ半分くらいは残っていて木や地面は白かった。明日の朝は、溶けきっているだろうと思うと残念でならないが、明日の朝起きたら確かめようと考えた。その後1階で美味しい朝食を食べようと考え、また幸福感にひたることが出来た。そしていつの間にか眠りについてしまっていた。
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4へつづく |
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